「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(52) 第10巻「成約人への道」 第1章 人生観

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第一章 人生観

1)人生とは何か

2)人間は原因たる存在ではない

3)人間の価値は偉大である

4)人間本性の真なる生活

5)真の人間が行く道

 

 

1)人生とは何か

 ①今まで人生問題は迷路

 

 私がなぜ生まれ、なぜ生きなければならず、どこに行かなければならないのでしょうか。生まれたことを、皆さんが自分で生まれたと考えてはいけません。生まれはしたけれど、どのような動機で生まれ、何のために生まれたか、私を生まれさせた動機と目的が分からない私たちです。
 生まれるには生まれましたが、私が生まれようとして生まれたのではなく、生きるには生きるのですが、私が生きようとして生きるのではなく、死ぬには死ぬのですが、私が死のうとして死ぬのではないというのです。ところで、私の何を誇るのでしょうか。自分自身が生まれようとして生まれることもできず、自分自身のその何かをもって生きることもできず、死ぬ道を避けることもできない自分の何を誇ってみても、哀れで物悲しいだけです。生まれたので生きなければならない運命であり、またそのように生きていかざるを得ない運命です。(7-178,1959.9.6)

 

 今日まで哲学は、歴史時代を通じて人生問題を解決するために苦心してきました。真の人間の価値、人間がどのように完成することができ、人間自体から勝利して万宇宙に誇るる勝利の完成した姿を、いかに成し遂げるかという問題を中心として、数多くの哲人たちが現れ、苦心しながらありとあらゆる主張をしました。それが今となっては、人間を通じて思想体系を立てたすべての主義主張が、もはや実験をすべて終え、既に落第してしまったというのです。みな脱落してしまいました。(141-125,1986.2.20)

 

 なぜ人間が、このように特別することもなく生きながらも、死ぬことを嫌い、「なぜ生きるべきか。根源がどのようになっているのか」と、皆さん、疑問が多いでしょう。そのすべての疑問は、人間の哲学書籍を通しては解決できません。哲学というものは、今まで神様を探していく道を開発したものです。宗教とは何でしょうか。神様を知って、共に生きる生活から始めるのが宗教生活です。(186-12,1989.1.24)

 

 人生をこのように生きて行く目的とは何でしょうか。この問題を、もう一度考えてみなければなりません。動機が私によるものではなく、目的も私だけのものではないことに間違いありません。生きる上において、幸福な場を嫌う者がどこにいて、豪華絢爛な場で生きたいと思わない者がどこにいるでしょうか。しかし、思いどおりにできないのが私です。それでも自分を誇り、思いどおりに生き、思いどおりに残りたい私です。このような心情の交差点をもった私だというのです。(7-178,1959.9.6)

 

 皆さんが80年ほど生きたとします。その中で、夜寝る時間を除けば40年になります。半分に減るということです。寝ることも生きることでしょうか。寝ることは死んでいるようなものです。寝ることは死んだ命です。ですから、24時間の間で生きようともがく時間は、半分にしかなりません。
 また、そこからご飯を食べる時間を一時間ずつ切り捨てたらどうですか。ご飯を食べる時間を1時間は見ないといけません。また、その中で友達の宴会の日、近所のお年寄りの還暦を祝う日、誰かが亡くなった日、葬式を行う日、病気になって寝ている日、すべての日を全部差し引くと、一生の中で生きているという日が半分にもなるでしょうか。この間、計算してみたところ、生きているという日が7年と出ました。その7年の中で、「本当に生きた」と言える日が何日出てくるかというのです。(49-336,1971.10.24)

 

 一生というものは早いのです。物心ついて、この世の物情を知り、あれこれしていて40を越えたら50であり、もう10年はあっという間なのです。そして10年たてば60があっという間であり、60になれば70があっという間であり、私も、静かに考えてみると、一場の春夢(注:人生のはかないたとえ)という言葉を実感するのです。(188-38,1989.2.16)

 

 自分が運を100ほどもって生まれたのに、120ほど生きて死ぬ人は、その子孫が滅びるのです。人の運は、ゴム紐と同じでピンと張るというのです。しかし80ほど生きて死ねば20ほどの福を残し、その運勢を子孫に相続してあげて逝けるというのです。(78-333,1975.6.10)

            

 運命は変更することができますが、宿命は変更できないのです。大韓民国の人として生まれたことは、変わり得ますか。自分のお父さんの息子、娘として生まれたことは、変わり得ますか。その国の主権がどんなに強く、その国の慣習がどんなに強くても、お父さんの息子、娘だということは変更できないというのです。そのように復帰の道は、宿命的な道です。(172-55,1988.1.7)

            

 出発を誤れば、とんでもない所に行くというのです。ですから、船が大海を航海するにしても、出発した港から羅針盤を中心として行くべき目的地に向かい、方向性を描いてこそ行けるというのです。それでは、人間が出発した港とはどこなのでしょうか。分からないでいます。羅針盤をもって彼岸の世界に到達することのできる目的地を描き、行き得る方向性がどこにあるのでしょうか。ないというのです。これがくねくねと、自分勝手に行ったり来たりしました。このように見るとき、人間は、どんなにやったとしても人間で終わるのです。(172-28,1988.1.3)

 

 ②私たちはどこに行くべきか

 

 一生を経たのちに、私は、どのような所に行くのでしょうか。これが、人間たちが解決しなければならない重要な問題です。宗教もこの問題を解決するために、哲学も歴史もこの問題を解決するために動員されています。それで皆さん自身も、このような運勢に捕らわれて導かれていっていることを否認できないのです。
 それならば、どうせ行かなければならない私自身であるとすれば、この体は、どこに行こうとするのでしょうか。この心は、どこに行こうとするのでしょうか。またこの生命は、どこに向かって傾いていて、私の心情は、どこに行こうとするのでしょうか。私の所願あるいは所望と理念は、どこに行こうとしているのでしょうか。この問題を解決できないとしても、私たちは、いずれ行かなければならない運命に置かれているのです。
 私たちが生きて、そして死ぬ日、この体は、土に埋められることによって終わるのです。それならば体が埋められるその日、この心も、この生命も、この心情も、この理念も、あるいは所願までも一緒に埋められてしまうのでしょうか。消えてしまうのでしょうか。ここに確実な内容と、確実な解決点と、確実な目的観を立てておかない限り、これは不幸な人間でしかあり得ないのです。(8-194,1959.12.20)

 

せみの卵がせみになるためには、赤ちゃん時代、幼虫時代があります。幼虫時代には水たまりに棲み、あるいは地面のくぼみにある穴の中に棲むとしても、それらが行かなければならない道は、そこではありません。
 大空を飛んでいく道を行かなければならないのです。飛ぶためには、どんなに地面の穴を掘り入って入り、水の中で泳ぎ回ったとしても、その過程で何かを準備しなければなりませんが、それが絶対条件だというのです。なくてはならない条件だというのです。
 幼虫時代から成虫時代に越えていくためには、幼虫時代において、飛ぶための万端の体制が準備されなければならないのです。そして、反対の要素である皮を脱いで整備する一時を、必ず通過しなければなりません。殻を脱がなければなりません。水の中で棲むのならば、魚のように平べったい姿のほうが水面に出たりするのにちょうど良いのですが、空中で飛ぶのならば、それではいけないというのです。そこに合うように、すべてのものが整えられなければなりません。(120-222,1982.10.17)

 

 私たちは、何を中心として生まれ、何を中心として行くべきであり、何を目的として行かなければならないのでしょうか。このことは、神様抜きには絶対駄目なのです。神様を抜きにしては、動機のない因縁になるのです。
 動機をもつことができない人は、どのようなことを成就しようとしても、その結果は収められず、価値が認定されることはないのです。ある建物を建てるときは、設計者が設計した設計図に従って建築するようになります。設計の原本もなく建てられた建築物は、設計者が目的とした建物になることはできないのです。(21-100,1968.11.17)

 

 秋の季節が来たという事実は、冬が近づいているということを意味します。冬は、生命があるものだけが通過することができる路程です。生命をもてないものはすべて、ここで後退するしかありません。それで、冬が来る前に新しい生命を注入しなさいというのです。新しい生命は、新しい愛を中心とした新しい主義と思想、そして新しい人生観、新しい世界観、新しい宇宙観をもたなければなりません。そうでなくては、冬の季節を通過することはできません。冬の季節を通過し得る生命力をもつようになれば、それを通過する過程には苦労が多いのですが、行けば行くほど春の日が近づくのです。春の日が訪ねてくるのです。統一教会は、その道を行くのです。(35-68,1970.10.3)

(2022.5.7:写経奉献)

 

2)人間は原因たる存在ではない

 ①本来神様の愛によって生まれた人間

 

 本来、私たち人間は、自分の意志によって生まれたのではありません。また、父母なら父母自身がこれこれこのような息子、娘を生もうという計画のもとで生んだのでもありません。このように私たちは、父母の要求によって生まれたのではないというのです。神の摂理を中心として、私たちが存在するようになった根源を掘り下げてみるなら、私たち人間は、摂理の起源と一致し、その起源を中心として動いていく歴史と関係を結ぶ、重大な責任をもつための一つの生命体として、この地に送られたとしか考えようがないのです。それゆえ、歴史過程にある私自身、その中で生きている私たち個体がどんなに小さいとしても、一つの個体として終わるのではありません。(34-155,1970.9.6)

 

 人間自体が、自分で生まれたのでしょうか。自分を主張できる起源は、どこにあるのでしょうか。この大宇宙の原則の前に人間を主張できる起源を、どこから探さなければならないのでしょうか。私たち人間は、生まれた結果的存在なのに、結果的存在が原因を知ることはできないのに、自分を主張しようとする人、そのような人たちは、正気ではない者たちです。全部が狂った人です。(83-191,1976.2.8)

 

 生まれたことについて、なぜ生まれたかという問題、神様が人間をなぜ造り、天地万物をなぜ造ったかという問題、その結論は簡単です。神様も愛の対象が必要なので、愛の対象として人間を創造されたのです。
 皆さんは今、「何でもない姿の私のような存在は、いてもいなくても同じだ」と考えるでしょう。それではいけません。神様の愛の対象になるのに、父母は、子供が優れているからといって愛するのではありません。子供であれば、優れていようがいまいが愛するというのです。障害のある子供をもつ父母の胸がより痛むのと同じようにです。
 天地の中心であられる神様の愛の心は、皆さんが優れているとかいないとかいうことを超えているのです。本性の愛の、その根本をもっているかいないかということが重要です。ですから、私がなぜ造られ、宇宙がなぜ創造されたかということを知らなければなりません。愛の理想を完成させるために造られた、という事実を知らなければなりません。(130-44,1983.12.11)

 

 神様がなぜ天地万物を造り、神様が私をなぜ造ったのでしょうか。愛のためです。私がなぜ生まれたのでしょうか。神様の愛ゆえに生まれたのです。神様の愛の中で生まれ、神様の愛の中で生きるために生まれたのです。
 「神様と共に私の家庭で愛することができる人だ、神様と共に私の社会で愛することができる人だ、神様と共に私の国で愛することができる人だ、神様と共に私の世界で愛することができる人だ」と言える人になるために、神様の愛の中で生きなければならないのです。(97-266,1987.3.19)

 

 私というものは、父母から何を受けて生まれたのでしょうか。生命の連結体として生まれた、このように見るのです。お母さん、お父さんが一つになる所から、お母さん、お父さんの生命力の価値をもって生まれたというのです。その生命力は愛によって、その生命力と愛は、宇宙の目的を完成するためにと、このようになるのです。目的を完成するために生まれたというのです。男性なら男性、女性なら女性としてのある目的、大宇宙目的の協助体としての自らを完成するために、このような生命力を中心とした結合によって生まれたというのです。(110-72,1980.11.9)

 

 私たちが生まれたのは、なぜですか。何のために生まれましたか。神様のゆえに生まれたというのです。ここで「ドカン!」といえば、神様の頭に「ガン!」と通じる、その愛だというのです。皆さんが何かを持って池に「ポン!」と投げれば、波紋が池全体に広がるのと同じように、この宇宙の中で愛を「パーン!」と投げれば、全宇宙に波紋が生じるはずだというのです。そのようなことをしているのです。皆さんが、何によって大きな波紋を起こすかが問題だというのです。(103-254,1979.3.4)

 

 神様とは、どういうお方でしょうか。創造主です。創造主とは、どういうお方でしょうか。宗教世界での概念では、「神様は私たちのお父さんだ」、「私たちは神様の子女だ」と言うのです。では、そのお父さんは、どんなお父さんですか。どのようなお父さんだというのですか。これは漠然としているというのです。借りてきたお父さんですか、隣近所のお父さんですか、あるいは養父ですか、どんな父母ですか。そうでなければ妻の父母ですか、嫁ぎ先の父母ですか。「お父さん」という言葉はたくさんあります。根本を解決できずしては、どんなに環境が拡大されたその世界で解決しようとしたところで、解決は出てこないのです。千万年行っても解決ができないというのです。
 それならば、人間と神様が問題です。「神様が私たちのお父さんだ」と言うとき、皆さんは、神様がお父さんだと感じられますか。私よりも、私がいる前にもっと確実なのがお母さん、お父さんです。お母さん、お父さんが私より先にいるので、私がいるということを前提とする時は、私がいるということを主張する前に、私たちのお母さん、お父さんがいると主張しなければならないのです。それが正しい定義です。お母さん、お父さんをのけ者にして、私がいるという主張は、愚かな主張なのです。(188-190,1989.2.26)

 

 人間は、第1の原因的存在ではありません。第2の結果的存在だというのです。ですから私がいるということを語る前に、お母さん、お父さんがいることを語るべきなのです。このように見れば、根本に帰って宇宙の根本となる神様という問題を、根本的に、最初に解決しておかなければならないのではないかというのです。お母さん以上、お父さん以上、先祖の先祖といって上がっていけば神様になるでしょう。このような論理を追求すれば、私を主張する前に神様を決定しなければなりません。神様は、どんな方だ、彼は、私のお父さんだ、そのお父さんは、どんなお父さんだということを。それで私たち統一教会は、これを教えてあげるのです。(188-190,1989.2.26)

 

 「本然の出発点を正しくつかめ」、「正しく求めよ」というのです。人間は結果的存在なので、「原因の起点にもっていって合わせろ」というのです。原因の起点に合わせますが、その起点が盲目的起点になってはいけません。神様が人格をもっているので、人格をもった人間においても、知情意のすべての良心的作用の内容を持ち合わせているのです。ですからその動機も、原因的内容以上の動機でなければならないというのです。それでいて、絶対的でなければいけません。一度、出発したものが誤ったなら、永遠に是正することはできません。(172-32,1988.1.3)

 

 ②人間が生まれた本然の目的

 

 神様は、宇宙の第1原因であられ、森羅万象の創造主です。そして、私たちの愛するお父さんであられます。神様は、特別なみ旨を成し遂げられるために万物を創造されたのであり、その目的は、正に愛の具現にあります。
 神様は、真の愛の根源であられますが、どんなに全能な神様であられるとしても、一人では決して愛の喜びを感じることができません。神様は、愛の対象が必要であり、その対象から自発的な愛が帰ってくることを願っていらっしゃいます。その対象としての最高の被造物が、正に私たち人間です。そのような理由で、人間の生命には目的があるのです。
 人生の目的は、成熟し、神様と永遠の真の愛の関係を実現するところにあるのです。正にこれが、神様と人間の間に平和をつくり上げる根本原理なのです。(166-131,1987.6.1)

 

 豊かに生きることも重要で、何かをすることも重要ですが、まずは縦的な天の父母の前に孝の道理を立てなければなりません。縦的天の父母の前に忠の道理を立てなければなりません。縦的な天の父母の前に聖人以上の道理を立てなければならないというのです。それが、人間が生まれた本来の目的です。また、そのような人に出会うために神様が人を造ったのです。そのような目的があるというのです。(58-231,1972.6.11)

            

 人生が真実に行く道とは、どこでしょうか。人間は、どこから生まれたのでしょうか。愛から生まれました。人生は、どんな道を行くべきなのでしょうか。愛の道を行かなければなりません。どのように死ぬべきなのでしょうか。愛のために死ななければならないという結論が出てきます。その愛とは、どんな愛でしょうか。大宇宙が歓迎し得る愛です。小宇宙ではないというのです。神様が公認し、天使世界が公認し、万物が公認し、すべての人が公認し、私たちの父母が公認し得る大宇宙の中で生まれ、その中で生きて、その中で愛し、その中で死んでいくことが、人生の目的だと見るのです。(83-164,1976.2.8)

        

 人は、自分が良いときは、父母、兄弟、親戚を訪ねて、一緒に楽しもうとします。良いことは、幸福なことなのです。幸福は永遠なものであり、永遠なものは心情です。宇宙の中心は何でしょうか。それは、父母と子供だというのです。すなわち父母と私です。神様と私だというのです。神様はお父さん、私は息子です。人生の究極的な目的は、父を訪ね求め、切ることのできない関係を結んで喜びを感じることです。(12-104,1962.12.16)

            

 先生はいつか、道を行く途中で、年を取ったおじいさんと話をしたことがありました。そのときおじいさんに、「どこに行かれますか」と尋ねると、「どこに行くも何も、うちの息子の家に決まってるでしょう」とおっしゃいました。「そうですか。行って何をされるんですか」ともう一度聞いてみると、「出されるご飯を食べて、たまに鶏でも出してくれるなら、鶏もおいしく食べるんだよ」と言うのでした。また、「それなら食べたあと、何をされますか」と聞いてみると、「食べたあとは、特にないよ」と、このような答えでした。私たちの人生を、このように送ってもよいのでしょうか。(19-289,1968.3.10)

            

 家計の帳簿を整理するときにも、収入がいくらで支出がいくらかを正確に決算します。このように帳簿を整理するときにも、収支計算を徹底してやるのに、皆さんの人生はどうですか。一生の間、生きたことを収支決算してみましたか。赤字ですか、黒字ですか。赤字ならば地をたたいて痛哭しなければなりません。
 人は死ぬ場において、楽しく歌を歌って死ぬことができなければなりません。ところで、死を前にして生きようともがくことは、赤字の人生だという証拠です。私たちは、絶対性を中心として、心情の世界において黒字の人生を生きなければなりません。(19-289,1968.3.10)

 

 人間は、誰のために生きるのでしょうか。「私のために生きます」と言えば落第です。自分のために生きる人の前に、家庭が存在できますか。希望の家庭がないのです。国が存在できますか。国は出てきません。そこに世界が存在できますか。世界が存在できません。世界が出てこれる場がないのです。天地の公約は、「この個人主義の悪党よ、立ち去れ」と制止するのです。個人を第一とするのに、そこに家庭が入れますか。そこにある理想的な国が入れますか。錐の先のような狭い所に入れるかというのです。どんなに入ろうとしても、入っていくけないというのです。(57-66,1972.5.28)

 

 皆さんは、愛を知らなければなりません。すべてのものが移動する目的、存在する目的は、愛だというのです。愛を求めて動き、愛を求めて存在しているというこの鉄則を、皆さんは、いつももっていなければなりません。鳥たちがお互い好きになり、「チュッチュ」とさえずりながら飛び回ることも愛ゆえであり、磁石のプラスとマイナスがお互い合わさることも愛で一つになるためだというのです。人がみな、誰かに会おうとするのも一つになるためなのです。(67-159,1973.6.1)

 

 ③愛のために生きる

 

 人生は、どのように生きるべきでしょうか。人間は、どこから、なぜ生まれ、どのように生きていくべきでしょうか。簡単だというのです。愛(神様を中心とした)ゆえに、愛によって生まれたので、愛の道を求めて、愛の目的地に行くのです。そうすれば、循環法度上で、永遠に回れるのです。愛は、永遠の概念なので、愛を求めて、この中心に来るのです。それは、愛でのみ成立するのです。(125-65,1983.3.6)

 

 私が一生の間、生きるのは、私のために生きるのではありません。神様の愛のために生きるのです。その目的のために移動しながら生きるというのです。それが、どれだけ素晴らしいことでしょうか。そのように生きる人は、絶対滅びないのです。そこに大変なことがあり、涙もあり、時には悲惨なことがあったとしても、それは神様の愛ゆえなので、悲惨ではなく、悲痛でもなく、悲しみでもないというのです。その原則を知らなければなりません。(67-159,1973.6.1)

            

 私たちは、何のために生きるのでしょうか。絶対的な真の愛、真の愛のために生きましょう! ここに、すべてが入っているのです。ですから、私のポケットにあるハンカチも愛のためにあり、私が仕事をするのも、汗を流すのも愛のため、真の愛のためにするというのです。私が話すことも真の愛のため、食べることも真の愛のため、遊ぶことも真の愛のため、すべてがそうだというのです。(107-205,1980.5.1)

 

 人間は、何を目的としなければならないのでしょうか。個人を目的とすることより、家庭を目的とすることより、団体を目的とすることより、国家を目的とすることより、世界を目的とすることより、天地を目的とすることより、神様を中心として神様と人間が合わさった目的に向かって進んでいかなければならないのです。
 そうすれば、どの目的が最後に残るでしょうか。個人を主としたものは流れていき、家庭を主としたものも流れていき、団体を主としたものも流れていき、国を主としたものも流れていき、世界を主としたものも流れていくのです。しかし、最後まで残る一つの目的があるとすれば、それは神と人間が共同で追求する目的です。そのような目的だけが、人間の歴史の最後まで残り得るものなのです。(41-323,1971.2.18)

            

 皆さんの心が最後に安着できる終着点とは、どこでしょうか。神様を求めて自分のものにしたとしても、そこに皆さんの心は、安息しようとしません。心の最後の終着点は、神様を占領し、神様の愛を占領する所です。ですから、皆さんが神様の愛を占領することができなければ、万事がむなしいのです。(24-17,1969.6.22)

            

 人生の最後の目的は、神様を中心として天の中心たるその方と出会うことではありません。その方と一緒に住むことが問題となります。その方と会うのにどのような場所で会うか、生きるのにどのような場所で生きるのかということが問題です。その方とは中心の場所で会い、中心の場所で生きようというのですが、その中心の位置は、神様の愛の位置なのです。ですから、人類の良心が指向する最高の目標は、天運に従って神様と一致し、神様の愛を私のものにしようというのです。結論はそれです。(24-17,1969.6.22)

            

 人間が最後に到達したいのは、最高であられる方の愛の対象者になることです。その最高の方とは誰かというと、私たちの父であられると同時に、神様だというのです。(65-46,1972.11.13)

            

 本来、人間の特権は、誰彼問わず、天上王国世界において皇太子として生まれる権威をもっているのです。お姫様として生まれる権威をもっているのです。それが人間の価値です。それが本来の人間の権威だったのです。(68-326,1973.8.5)

 

 心情が通じるようになれば、みんなが神様の子女になります。文化の背景や歴史的環境、あるいは時代の位置いかんによって人間の価値が左右されるのではありません。そのいかなるものをもってしても、人間の価値を決定することはできません。人間が天を知り、地を知り、天の目的と地の目的と人間の目的を知るところにおいてのみ、人間の価値が決定されるのです。(15-83,1965.9.29)

            

 私たちは、新しい価値観を模索して、それを中心としなければなりません。世界に対する新しい価値、人間に対する新しい価値、理念に対する新しい価値、あるいは愛に対する新しい価値を模索しなければなりません。その価値観が神様のみ意と一致できる内容をもって出発するとき、その価値観は、人間を中心とした価値観とは母体が異なるのです。人間の意志を中心として立てられた価値観とは異なるのです。(44-227,1971.5.23)

 

 今日、この世界において確実な価値観をもたなければなりません。世界観を越えることができる価値観をもたなければなりません。私たち統一教会は、その価値観の中心を神様においているのです。私たちの主張する世界に帰ろう、理想世界に帰ろう、ではないのです。神様に帰ろうというのです。神様に帰らなければ理想世界もないのであり、幸福な世界もないのであり、永遠な世界もないのであり、愛の世界もないのです。そのすべての幸福の要因、私たちが願うすべての要件は、神様によって始まらなければならないからです。それゆえ、神様に帰らなければならないのです。これを懐かしく思い、これを求めてきたのが、人類歴史上に現れた宗教という機関だということを知らなければなりません。(68-138,1973.7.29)

            

 私たち統一教会は、絶対的な価値観を提示するとともに、真の父母様を提示しています。私たちが願う絶対的価値の基準は、どこが終着点なのでしょうか。真の父母の息子、娘になるところです。永遠の生命をもてる、永遠の愛をもてる神様の息子、娘になることです。そのほかには、道がありません。アダムとエバが堕落するとき、神様が許諾した立場で相対理想を結んだのではありません。自分たちが勝手にやったのです。神様が許諾して関係をもって出発することができるのは、父子の因縁しかありません。ところが、それが壊れたので、没落したので、それを標準にし、もう一度、継ぎ当わせなければなりません。(68-138,1973.7.29)

 

3)人間の価値は偉大である

 ①人間の価値は神様的価値

 

 人の価値は、どのくらい大きいでしょうか。神様が杖をついて千年、万年懐かしがることができる存在が人間です。統一教会の文先生が見ると、これが宇宙の根本だというのです。これが内外関係になったので、縦横の愛の世界観が成立するのです。上下関係と左右関係になれば、縦横の愛の世界観が広がるのです。その中心には神様が臨在されるのです。心の深い谷間の位置で一つに固く結んであげられるその場は、縦横の中心地です。これを結んでおかずしては、縦横の基準が愛の理想型として出てこないのです。ですから人を、このように造らずにはいられなかったということを皆さんは知らなければなりません。(48-224,1971.9.19)

            

 神様は、絶対的な創造の観を所有した絶対者であられるので、絶対的な対象としての価値のある存在を追求するのです。これは、この地上における被造万物の中の何を与えられても換えられないものです。価値的に見るならば、相対的存在とは、神様をあげても換えることができない存在です。「相対的価値」という言葉は少し難しい言葉ですが、相対的価値というものは、相対という言葉を中心として、その対象の価値というものは神様をあげても換えることができないのです。神様をあげたところで、神様お独りになられるのです。神様だけが残ってしまうのです。
 ですから、神様自身を投入して、神様自身の力を、エネルギーを消耗するのです。消耗戦をされるのです。ですから、神様をあげても換えることのできない対象であるという、価値的存在として造ったものが人間なのです。このように、絶対的価値の存在が人間だということを皆さんは知らなければなりません。神様がそのような観をもって、価値的存在として人間を造られたのです。(68-134,1973.7.29)

            

 神様は、人間を愛のために造られました。人間は、なぜ造られたのでしょうか。愛のために造られたのです。人間が万物と違うのは、神様の息子、娘として造られたからです。
 神様の直系の愛を受け得る対象者として造られたというのです。これが人間の特権です。(132-245,1984.6.20)

            

 人は、誰に似ましたか。神様に似たというのです。ですから神様が愛を願うのも結局は人と同じだ、とこのように見るのです。愛を中心とした理想の創造世界というものは、実体を中心とした愛の表示が形象として現れ、形象の表示が象徴として現れるのです。統一教会の「原理」は、そのように言っているのです。何を中心としてですか。愛を中心としてです。その実体が喜べば、その形状となるものも自動的に喜び、形象となる存在が喜べば、象徴的なものも自動的に喜べるのです。そのような作用を、何がしますか。愛のみがするのです。(166-48,1987.5.28)

            

 神様が、愛を求めていく対象を造ろうとするとき、誰に似るように造るのでしょうか。神様に似るように造るのです。その神様に似るように造るなら、神様の中にあるもののように男性の性稟がなければならず、女性の性稟がなければなりません。自分に似たので自分の本性相からすべて抜き出し、見えない性相、見えない考えの形態を実体として展開させたものが人間だというのです。ですから聖書の創世記に出てくる、神様が自分の形状のとおりに人間を創造したという言葉は、正しいのです。(170-167,1987.11.15)

            

 見えない神様の形状を、私たちの体中に象徴的にすべて投入したというのです。目は、誰に似たのですか。神様です。ですから顔の真ん中を見てみると、目は深い所にあるのです。そうでありながら、すべてのものを観察するというのです。その次に、鼻はアダムとエバを象徴するのです。これが中心です。その次に、口は万物です。横的です。ですから、48、32(4×8=32)、32個の歯をもっているのです。この世の万物を中心として4数を中心として。その次に、耳は四方を象徴するというのです。この首の上は。天の国です。天の国の情報センターがあるというのです。(201-83,1990.3.4)

            

 顔は、天地創造の主人が自分の形状をすべて取り入れて造りました。ですから、人の中には神様の性稟がすべて入っているのです。この目は何を象徴するかというと、神様を象徴します。ですから生物が生まれるとき、目が最初にできるのです。天地の中心は神様であられるので、目は神様を象徴するのです。ですからどんな人でも、その人の目は、神様を象徴するというのです。ですからどんな人でも、その人の目を見れば、その人が良心的な人なのか非良心的な人なのか、直ちに分かるのです。(39-247,1971.1.15)

            

 いくら真理だと言っても、その真理の核心とは何でしょうか。お金でもなく、権力でもなく、知識でもありません。愛です。本質的な愛は縦的なところにあり、真理的愛は横的に連結されているのです。ですから万物を見て神様が分かるし、アダムとエバは神様の形状なので、アダムとエバを見て神様が分かるのです。アダムとエバは、縦的な真の愛の対象的主体なので、この二人、男女の愛を、東西南北を通して世界の軸に合わせるときには、神様と霊界が通じ、全世界がすべて通じるのです。(179-290,1988.8.14)

            

 皆さんは主体と一つにならなければならず、対象と一つにならなければならないということを知るべきです。主体と対象が一つになれば、繁殖が起こります。与え受ければ、必ず繁殖が繰り広げられるのです。その繁殖きる場は、うれしい場なのです。
 神様自身も、性相と形状の二性性相になっているでしょう。各自が一人の時は、主体ではありません。男性と女性が合わさってこそ、家庭の主体が成立するのです。二人が合わされば、主体になるまいとしても主体になるのです。(42-115,1971.2.28)

 

 人間たち自らが、神様の本然の愛を再現させられる運動、神様を愛する運動、神様に接近できる運動をしなければならないというのです。「汝の体と心を尽くして、主なる汝の神様を愛せよ」と言われた、それが第1の戒めだというのです。愛することが第1です。体と心を尽くして愛さなければならないのです。中間であってはいけません。終わりまで行かなければなりません。それで、神様の形状が現れ得る真実な心、神様と一つになろうとするその心の本性が絶対的であり、それがすべてのものの始まりであり、終わりだと考えられる境地に入っていかなければなりません。そのように愛せよ、ということが第1の戒めなのです。(149-237,1986.11.23)

 

 神様と人間との拍子が合って和動することができる喜びの拍子の前に、すべてのものが自分の姿どおりに音律を合わせることができ、自分の姿どおりにすべてが象徴的、形象的に踊り、すべてがこのようにすることができる、そのような喜びの表示がそうだというのです。そのようになれば、万物も、「ああ、私が生まれたかいがあるなあ」と言うでしょう。例えば、神様と人間が愛の祝宴をするその日に同参ができる因縁をもち、その喜びをお互いに分かち合える存在になったという事実が、被造世界の限りなく小さい万物が望む所願だったのではないだろうかというのです。(166-46,1987.5.28)

 

 このすべての万物は、神様の息子、娘たちを造るための土台なのです。関係を結び、連結するための土台なのです。動物もそうであり、鉱物もそうです。鉱物世界にもプラスとマイナスがあるのです。植物世界にもみな雄しべと雌しべがあり、動物世界にも雄と雌があります。すべて橋を架けて、すべてのものが結集され、創造された最高の傑作品が、人間の内的形状と外的形状です。(144-236,1986.4.25)

 

 それでは神様は、なぜ夜と昼をつくられたのでしょうか。毎日のように一日中、お日様があれば、朝、何の刺激がありますか。光明な朝だ、輝く朝だというとき、光明といっても何が光明で、輝くといっても何が輝くというのですか。おもしろ味がないのです。しかし、すべてのものは、刺激のために、愛という課題をめぐって刺激的な象徴と形象でつづられながら、調和し得る拍子をもっているのです。(124-85,1983.1.30)

            

 皆さんの生命の根は、どこにありますか。堕落していない父母にあります。では堕落していない善なる父母の位置は、どのような位置ですか。神様が二性性相の主体であられるように、神様が自分の二性性相を展開し、神様の形状どおり万宇宙を造り、人間を造ったのです。アダムは神様の男性的性稟を展開させたものであり、エバは神様の女性的性稟を展開させたものなのです。このように見るとき、私たち一般人が普通「天のお父様!」と言うのは、お一人ですからそのように言うのでしょうが、そのお一人という概念の中に「天のお父様、お母様」という概念が入っているというのです。(140-123,1986.2.9)

 

 ②人間は神様が臨在される聖殿

 

 もし人間の先祖、アダムとエバが堕落しなかったならば、どのようになっていたでしょうか。アダムとエバは、神様と一つの体になり、神様と同じ立場に立ち、神様の創造の威厳を継承し、神様が創造後、お喜びになられたのと同じ位置に立つことになっていたはずです。神様と人間の間で、そのような関係を結ぶようになるのです。堕落していない本然の人は、神様の聖殿になるのです。(54-64,1972.3.11)

            

 アダムとエバは、神様の息子、娘であると同時に、神様の聖殿です。彼らが共に成長し、聖殿が完熟するように造られたなら、神様がアダムとエバの中に入ってこられるというのです。そして、完成したアダムとエバが神様を中心として聖なる式を挙げれば、神様と一つの体になるということです。神様は内的な神様になり、私たち人間は実体をもった神様の体になるというのです。
 コリント人への第1の手紙第3章16節を見ると、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」というみ言があります。信じて救いを受ける人も神様の聖殿になるのですが、本然の人類の真なる先祖の位置に進むその方たちにおいては言うまでもないというのです。(54-139,1972.3.22)

            

 神様が父になり、人間は神様の息子になったとしても、父は上にいて息子は下にいる上下関係のような、そのような気分がするのです。そのとき私たち人間は、どのような考えをするのでしょうか。「お父さん、お父さんが座っていらっしゃったその席を、私に一度下さい。私もお父さんの席に座りたいです」という欲望が私たち人間にはあるのです。ここで神様が、「おいこいつ、駄目だ」と言えば、すべて壊れるのです。しかし神様は、そのように言われないのです。むしろ神様は、私たち人間がそのような欲望をもっていることを知っているので、「早く、そうしなさい。早く、そうしなさい」と言われながら、その位置までも私たち人間に下さるのです。その位置まで人間に下さり、神様は私たちの心に臨在され、私たちの心を聖殿として、いようとされるのです。(54-89,1972.3.20)

 

 聖書には、「私たちの体は聖殿である」とありますが、それはどういう意味か、解釈できずにいるのです。それは偉大な言葉です。いくら大きな神様だとしても、その神様と私が愛をささやける愛の対象圏になり、その愛の対象圏と一つになれば宇宙を相続し得る権限が生じるからです。愛という原則基盤を通じて神様が造った世界、霊界、無形世界、実体世界、このすべて、すなわち宇宙の相続権を獲得できるのです。この驚くべき事実を知らないのです。(137-67,1985.12.18)

            

 アダムは、実体をもった神様の体です。コリント人への第1の手紙第3章16節にあるでしょう。あなた方の体が聖殿であることを知らないのかと。聖殿は、神様がいらっしゃる所でしょう。私たちの心に本然の愛が芽生えるその場所を、至聖所としているのです。ですから、アダムの心に神様が宇宙的な愛の聖殿を造り、愛の力を伸ばし、愛の花を咲かせようとするのです。これが、神様がアダムとエバを造り、家庭と世界に繁殖しなさいと祝福してくださった目的であることを知らなければなりません。(121-113,1982.10.24)

 

 一番神聖な所とはどこですか。至聖所とはどこかというとき、エルサレムの聖殿が至聖所ではありません。人間が造った、そこが至聖所ではありません。神様が造られた愛がとどまれる所が、最高の至聖所です。この至聖所を失ってしまったのです。ですから、人間の罪がどれほど大きいでしょうか。(136-310,1985.12.29)

            

 神様が人間を造ったのは、実体の神様の体として造ったということです。コリント人への第1の手紙第3章16節を見ても、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」と言っています。聖殿とは何ですか。神様の家だというのです。アダムとは誰かといえば、神様の体であり、エバとは誰かといえば、神様の夫人だったというのです。このようになっていたならば、その子供は、神様の血統をもって生まれるのです。彼らが神様の血族になるのが原則です。(135-313,1985.12.15)

           

 完成段階に至った人間が霊界に行くと、どのようになりますか。アダムは、神様の体になります。ヨハネによる福音書とコリント人への手紙に、「あなた方は神様の聖殿であることを知らないのか」と出ているのと同じように、神様が臨在できる聖殿です。家です。神様と、どのように似ますか。責任分担完成段階に至り、神様が臨在し一つになれば、愛によってすべての生命の結合、一体化が成し遂げられるのです。生命が和合するのです。男性、女性が家庭、夫婦を成すということは、愛を中心として一体となり、和合するということです。それと同じように、その愛の力は、神様と和合するようになるのです。神様と和合するようになるということなのです。(130-21,1983.12.11)

            

 人間が完成して成年になれば、そのとき、見えない神様が入ってきて愛をつくるのです。神様が好むと同時に、アダムが好む激動的愛を神様ができるというのです。それゆえ愛は、最高の神聖な聖殿です。神聖の聖という字です。ですから真の愛の中には、どこでも神様が入っていらっしゃるというのです。
 なぜ人は、真の愛を好むのでしょうか。真の愛にさえ会えば、神様がここにいらっしゃるというのです。ですからアダムとエバが成年になって愛するとき、アダムとエバの体は、この宇宙を創造した神様がその中に入ってきて最高の神聖な聖殿を築く、神聖なところになるのです。(128-325,1983.10.2)

            

 エバとは誰かというと、アダムの妻です。アダムは、神様の実体です。「あなたの体は神様の聖殿だ」と言ったのです。神様は、アダムの心に臨在している、見えない父です。この二つの父が一つになるのです。合一されるのです。ですから霊的世界、無形の世界と有形の世界の合一の起点がアダムの本性的基準です。その本性的基準は何ですか。お金のふろしき、欲心のふろしきではないのです。純粋な思春期を通じてすべての細胞機能が総動員され、一つの触覚として、アンテナとして現れたその基準を中心として、神様がそこに臨まれることにより、定着するのです。(120-70,1982.10.3)

 

 コリント人への第1の手紙第3章16節を見れば、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」というみ言があるでしょう。これが何かというと、神様の聖殿です。皆さんが神秘的な境地に入って祈祷しながら、「神様、どこにいらっしゃいますか」と尋ねると、答えがとても素晴らしいのです。「ここにいる! なぜそのように大騒ぎするのか」とおっしゃるのです。「朝ご飯を食べられなかったのか。夜遅く、なぜ大騒ぎするのか」と言うのです。「どこにいますか」と尋ねると、「どこにいるも何も、その深い心の奥に立っているだろう! お前の心の中にいるだろう!」と言われるのです。天国がどこにあると言いましたか。心の中にあると言いました。(224-214,1991.11.24)

 

4)人間本性の真なる生活

 ①心に和合した生活をしなければならない

 

 自分の一番近い先生とは誰かと言えば、自分の心です。一番親しい友達よりも貴いものが自分の心であり、お母さん、お父さんよりももっと貴いものが自分の心です。心に尋ねてみるのです。その心には、神様が入っていらっしゃるのです。その心の声を聞くことができなければなりません。その境地まで入らなければなりません。仏教には、自性を清めなければならないという言葉があります。「天上天下唯我独尊」とお釈迦様が言いましたが、それは何かと言えば、私が私に尋ねれば、私に神様が入っていることが分かる、ということです。そのようになれば、できないことがないというのです。(133-178,1984.7.10)

            

 愛する心は、いつも犠牲になろうとするのです。譲歩しようとするのです。与えても、また与えようとするのです。例えば、私にお金が百億あって、道端に出ていって全部分けてあげたとします。それでも心が安らかでないというのです。世界の人類をみな助けてあげられなかったので、お金がもっとあれば、もっと分けてあげたいのです。神様の心は、推し量ることができないというのです。神様の心がそうなのです。ですから自慢することができないというのです。いくら大きいことをやったとしても、心に尋ねると、「もっとやらなければ」と、このように答えるというのです。(133-180,1984.7.10)

           

 自分の心を清めなければなりません。心を清めなければならないというのです。心が先生よりも良いのです。心は、永遠の私の主人です。
 ですから、よこしまな心をもつなというのです。公理に属した、公的立場に立った心をもたなければなりません。(133-178,1984.7.10)

            

 ある人をさっと見れば、その人がどんな人かということを、心は一遍で分かるのです。すぐにもそれが分かるというのです。ですから、一番近い先生が自分の心です。ですから、その心を苦しめるなというのです。心を悲しませるなというのです。それは、先生を悲しませることであり、天宙の主人を悲しませることです。心が私の生涯の主人です。ですから、心を悲しませるのは、私の生涯の主人を悲しませることなのです。心が喜ぶことのできる道を行かなければなりません。(133-180,1984.7.10)

            

 心と楽しむ時間をもたなければなりません。世の中で見れば、寂しい立場のようですが、心と友達になる時間です。心と座り、瞑想でもしてみよというのです。深い祈りの境地に入るでしょう。人知れぬ、深い世界に入るのです。そのようなものが必要です。(133-18,1984.7.10)

 

 ②三位一体を成してこそ完成人間

 

 統一教会では、三位一体を主張しています。それを何によって一体化させるのかといえば、正に真の愛を中心として一つにするというのです。観念と実在に対する問題も深く入ってみると、いろいろな背景があります。それを解明していけば、正にこの道が正当な道だということが分かるのです。それは、体恤してみれば証明されるのです。(227-12,1992.2.10)

          

 良心が正しい、行動が正しい、心身一体圏を成しているというとき、それは何を中心として言う言葉でしょうか。言葉だけではいけないのです。行動だけでもいけないのです。心身一体圏の決着点は、どこでしょうか。「まずは90度になれ。90度になるには、すべての世の中で、水平として中心になれる基準を立てよ。西洋に行っても東洋に行っても、連結できる標準的な人間になれ。それゆえ、歴史的に現在と未来を通して見ても、それは間違いないと言える基準になるべし」これが結論です。(205-49,1990.7.7)

            

 人間の貴重な価値を満点にするのは、真の愛と一体になるときに可能なのです。心身一体とは、良心と肉身が共鳴圏に立っていることをいいます。音叉の周波数が同じとき、一方をぽんと打てば、その反対の音叉が響きます。それと同じように、真の愛によって良心を打てば、肉身が響くのです。真の愛によって肉身をぽんと打てば、良心が共鳴圏をつくるようになるのです。そこには、教育は必要ありません。その真ん中に入れば、教えるべきすべてのことが分かるようになっているのです。(223-355,1991.11.20)

            

 統一教会の勇士は、どんなことがあっても心身一体圏を成さなければなりません。この生涯の間に、心身一体圏をどのように成すのでしょうか。それを成すことができない者が愛を考え、理想を考えるということは恥ずかしいことです。天運に反するのです。そのようなものを完成した自分自身を指向する、そこに新たに希望の道が連結されるのであって、ただそのままの基準においては、新たな希望の天国に連結される道が現れません。(205-45,1990.7.7)

 

 心身一体をどのように成すのでしょうか。歴史を通じて心身が紛争しています。神様がそのように創造されたとすれば、そのような神様は、人間の敵です。自分がそのような立場にいることをはっきりと知って、神様に、「神様自体の心と体が人間のように争いますか」と尋ねたら、神様は、どう答えるでしょうか。そのようななことを考えてみた人がいますか。神様も人間のように、良心と肉身が心身一体できずに闘っているのかと聞いてみれば、神様は間違いなく、そうではないと答えられます。
 皆さんは、そのような境地に到達したことがないので知らないかもしれませんが、統一教会の教主としては、そんな境地をいつでも連結できる道があるので、間違いありません。神様は、心身一体となっていらっしゃるのです。(223-349,1991.11.20)

            

 宗教生活は、体を主管するものです。3年ないし5年以内に習慣性をつくるのです。そのようにならずに、不便な自分を発見できないときには、心身一体をいくら願っても道がないのです。先生の第1目標は、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ!」ということです。自分自身の統一圏を成せない人が、いくら世界を飛び回ったとしても、自分と関係をもつ道は絶対にないのです。(222-340,1991.11.7)

            

 人間の体は、サタンの血統をもっています。皆さんの良心は、アダムとエバが長成期完成級に成長する時まであった神様の良心の基準にまで、成長しなければなりません。それは信念です。それと反対の愛の力により、この良心以上の力によって、サタンにだまされてしまいました。良心も肉身の方向に従わざるを得なかったのです。良心のほうに、もっと力を与えなければなりません。
 ずっと多くの力を与えれば、肉身がいくら強くても、ついてこざるを得ないのです。そうでなく、良心が肉身より弱ければ、現在の状態よりもっと下に落ちることになるのです。この二つの道しかありません。
 それで、断食とか水行をして、犠牲と奉仕をするのです。それ以外の道はありません。皆さん、そうですか。この道を歩んでいますか。死んでも犠牲と奉仕をしようと誓いますか。それで死ぬ覚悟をして反対の道を行かなければならないのです。宗教の行く道、それは克服の道です。心身が闘うそれ以上の克服の道なのです。その道を行かずしては、心身一体を成すことができないのです。(222-333,1991.11.7)

 

 統一教会に入って長くなったからといって、罪を埋めておいてはいけません。それを清算しなければなりません。手続きを踏んで清算しなければならないのです。私の生涯のすべてのものを白紙化させて、そこから新たに復活してエデンの園で罪を犯さず、神様が造られた心と体が完全に真の愛と一つになれる本然的な私だ、と自覚できる男性と女性にならなければなりません。分かりましたか。そうでなければ故郷へ行くことはできません。
 皆さんは、故郷の家を訪ねていかなければなりません。そこには、神様がいらっしゃるのです。神様がいらっしゃり、本然的父母がいらっしゃり、本然の私たちの家があり、皇族圏生活を中心として万国を治め得る長子権国家の後孫たちが住むべき所なので、そこが新しい私の故郷の家です。自分が生まれたその故郷ではなく、新しい私の故郷の家、本然の家を訪ねていくにはどうしなければならないでしょうか。その故郷に入れる資格を備えなければなりません。そうするには、私自身が心身一体となり、統一圏を備えなければならないということを知らなければなりません。(233-168,1992.8.1)

            

 いくら良くできなかったとしても、「神様、私はこのように良くできませんでした」と、このように率直でありなさいというのです。そのように祈祷しなさいというのです。「本然の心がこうで、父の心がこうで、師の心がこうで、国の民の心がこのようになるべきではありませんか。このような心を神様の愛と連結させようと、忠孝を尽くす私の心は、変わらないでしょう。このような心を哀れに思い、きょうのこの心の前に、すべてのことを許してくださることはできませんか」と言えば、神様が「うんうん」と言われるのです。祈祷する方法も知らなければなりません。分かりましたか。(149-37,1986.11.1)

            

 神様は、いったいどこにいらっしゃるのでしょうか。神様が住まれる所は、いったいどこでしょうか。神様は、最も価値のある愛に定着します。それならこれが男性と女性の二人だとすれば、神様は、どこにいるでしょうか。神様は一体化し、変わらない、統一された愛の最も底に、垂直に住んでいらっしゃるのです。これが何かといえば、男性と女性が一つになった所、それが中心点になるのです。
 皆さんが神秘な祈祷の境地、霊的体験圏に入って、「神様!」と言えば、おなかの中から、「どうして呼ぶのか。ここにいる、ここ!」と答えます。「ここ」というのは自分の心の中です。心身一体となった愛の中心点、垂直の場にいるのです。神様の点を垂直と見れば、これをゼロ点というのです。(224-148,1991.11.24)

            

 心身一体となれば、宇宙の力が保護してくれるのです。宇宙の力が保護してくれる心と体になれば、父母も宇宙の因縁をもった父母、兄弟もそのような因縁をもった兄弟です。みな因縁を結んでいます。民族、国が因縁を結ばなければならないのです。素晴らしい結論です。それで、国を越えて他の国に行っても、そのような一体圏を成せば、そこでも通じるのです。どこでも通じるのです。サッカーをするとき、ボールが転がっていって止まったら、どうなりますか。その表面全体が合わさることができる所は、垂直線を通るのです。それで、球形体を理想的な存在だというのです。
 表面のどんな箇所でも、その垂直線が安着できるのです。それで転がっていくのです。どこで心身一体圏、90度の角度になれば、どこでもみな合うのです。西洋人と東洋人、過去の人と現在の人、未来の人も、どこでもみな合うのです。(205-53,1990.7.7)

 

 ③心が正に師であり、近い神様

 

 心とは誰でしょうか。私の主人です。私の先生です。心は誰かというとき、心に似た体を生んだので、私の体の根源です。ですから平面的に、お母さん、お父さんの代わりです。心は、父母の代身であり、師の代身であり、その次は主人の代身です。(222-157,1991.11.3)

            

 皆さんの心は、師が必要ありません。心は、第2の神様です。師についていかないで、統一教会の先生に侍らないで、皆さんの心に侍りなさい。心はどうですか。朝、早く起きて一人、ねずみの子の音も聞こえず、ハエの音も聞こえない静かな時に、「ああ、私は、こんなことをしなければ。良いことをしなければならない」と言えば、心が「うれしい! うれしい! 早くしろ!」と言いますが、悪いことを考えれば、心が「こいつ!」と言うのです。心が分かるでしょうか、分からないでしょうか。分かるのです。そうだというのです。心は、よく知っているのです。(138-124,1986.1.19)

            

 心の価値、私にとって心がどれほど貴いものかを考えてみたかというのです。心は、体が間違った所へ行こうとすれば、いつでも忠告し、「こうしてはいけない」と、みな制裁するのです。しかし体は、いつも心を攻撃し、無視し、踏みつけて、自分勝手だというのです。迫害を受けながらでも死ぬ時まで、私にとっての戦友のように、師のように、主体的使命を全うすべく犠牲を払っていくのが、私たちの体についている心だ、ということを考えてみたかというのです。(217-91,1991.5.4)

            

 人間の主人は、正に自分の良心です。この良心がどれほど皆さんのために忠告し、昼夜を分かたず悪い考えをすれば、「おい、こいつ!」と言って、疲れずに引っ張って峠を越え、川を渡ろうと、どんなに気をもんだことでしょうか。このように、心は、真の主人の姿をもって私を保護しようとするのに、裏切った体、一つしかない宇宙から貴い師として賜り受けた先生であるにもかかわらず、この先生を手荒にあしらった体、また私の本然の愛の心を引き継いでいけるように、父母の代わりに送ってくださった良心を容赦なく蹂躙したこの体、このように心の怨讐となったこの体を、皆さんは愛しますか。いいえ!(201-353,1990.4.30)

            

 もう、私たちが誰かの言葉を聞く時は、過ぎ去りました。どんな真理よりも、千万倍素晴らしい師の言葉よりも、私の心の声を聞き、聞いてもまた聞きたくて、その心を求めていくべきです。そうすれば、私も分からない無限大の何かが出てきます。それが創造の内容です。(7-201,1959.9.6)

            

 良心が体のために、どれほど犠牲になったことでしょうか。一生の間、蹂躙される良心の事情を皆さんは知っていますか。昼も夜も、私を管理するのにくたびれているのが良心です。それでも疲れずに、体が悪い行動をしようとすれば、やめさせようとするのです。「そんなにやったのなら、もうやめなければならないのではないか。私の言うことを聞かなければならないのではないか」と、そう言うでしょう。自分に一番近い、父母の代わり、神様の代わり、師の代わりの存在が良心です。心自体には、教育が必要ありません。しかし、体には、教育が絶対必要です。(214-282,1991.2.3)

            

 皆さんの心と体を中心として見るとき、心がどれほどかわいそうですか。心は神様の代身です。心は烈祖(注:功績のある先祖)、先祖たちを代表するのです。心は師を代表し、心は王を代表するのです。ところが、これまでこの心をどれほど蔑み、手荒にあしらいましたか。宇宙の中心として真なる父母の立場、真なる師の立場、真なる主人の立場にある、真の愛をもった主体としていらっしゃる方の代身であるその心が、この地上において私一人を収拾するために、どれほど犠牲になったことでしょう。
 (心は)そのように犠牲になりながらも不平を言いますか。(心は)ぞんざいに扱われ、引っ張り回されながら、死んだように見えても、(私が)悪い考えを抱いて夜中にどろぼうでもすれば、「おい、こいつめ!」と再び生き返って忠告するのです。
 皆さんは、そのような心を、どれほど弄びましたか。心は父母の代身であり、心は師の代身であり、心は主人の代身です。心の世界には、公判が必要ありません。皆さんが、皆さん自身を誰よりもよく知っています。第三者、証人が必要ないのです。(209-154,1990.11.28)

            

 私自身に、偉大な師がいることを知りませんでした。心は、偉大なお母さん、お父さんの代身なのです。お母さん、お父さんが心に逆らって訓示するはずはありません。心がお母さん、お父さんのように訓戒するとき、服従できなければなりません。このようなすべての秩序的環境において、起源になり得る道義的な結論が出ていません。そのような公式が出ていないというのです。心を虐待してはいけません。
 皆さんは、二重人格が好きですか。心は、先生の代身、父母の代身、神様の代身です。心を教えられる師は、いません。(207-266,1990.11.11)

            

 すべての人間は、それぞれ自分の中に、最も貴い師を一生の間ずっともっているのです。にもかかわらず、その師を間違って待遇し、踏みにじり、濫用します。その師が、正に人間の良心です。私たちの良心は、常に私たち自身にも、助けになるように言葉を語り、私たちを真の愛と連結させてあげようとします。父母のように私たちの良心は、私たちをして善なる非利己的な人になれと促し、神様のみ意に従って行動するように導いてくれます。
 しかし、各自の心の中にはまた、良心の声にいつも逆らう反乱者がいます。その反乱者が、まさしく肉体なのです。(201-208,1990.4.9)

            

 「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ!」というのは、悟りの道を開拓したときの標語でした。「宇宙主管を願う前に、この世の万事と何らかの関係をもつ前に、自己主管を完成せよ」と言いました。(201-154,1990.3.30)

 

 貴重な三大お客さんです。主人になれる、師になれる、父母になれるこの方を、私の体が千年、万年仕えても不足だという自分自身を発見するときに、初めてここに天運が臨むのです。心は体のために生きようとするのですが、体は心のために生きません。これが問題です。問題は、私自身にあるのです。社会にあるのではありません。(201-154,1990.3.30)

            

 このように心は、真なる主人の姿をもって私を保護しようとするのに、裏切ったこの体、宇宙から賜った一つしかない貴い師であるにもかかわらず、この先生を容赦なく手荒にあしらったこの体、また私の本然の愛の心を引き継げるように父母の代わりに送られた良心を容赦なく蹂躙したこの体です。このように心の怨讐となったこの体を、皆さんは、愛しますか。いいえ。心と体の闘いをやめさせる前には、天国はないのです。いかなる聖人も、このようなことを考えませんでした。(201-154,1990.3.30)

            

 陰と陽、性相と形状というプラス・マイナスは、相対的であって、相反することができません。
 しかし今日、堕落した人間には心の声もあり、体の声もあります。心と体が一つになっていません。神様に似て生まれるべき男性や女性の心と体が、どのように分かれたのかというのです。これが問題です。
 神様は絶対的な方なので、私たち人間においての標準相である心と体が絶対的に一つになり、神様の全体世界に和合し、一つの中心的な役割をすべきなのにもかかわらず、私たちの心と体がどのように分かれたかというのです。心と体が分かれたのが、心のままになされたことなら、神様はいないのであり、理想や統一や平和や幸福といったものの基地を見いだすことができません。(195-304,1989.12.17)

            

 神様は、遠くにいらっしゃるのではありません。私の中にいらっしゃいます。心が皆さんの主人でしょう。夜にただ悪いことをしようとしても、現れて「行くな」と言い、いつでも現れて主人の役をし、どこででもお母さんのように、先生のように教えてくれるのです。ですから、この体というやつが怨讐です。(201-74,1990.3.1)

            

 神様は誰に似ましたか。私たちに似ました。男性と女性です。皆さん、心は見えないでしょう。心を見たいですか、見たくありませんか。神様も同じです。神様が霊的な立場から見れば、神様も体がありません。今まで体がありませんでした。アダム完成が成されなかったので、体が今までなかったというのです。心のような宇宙に、心のような主人、心のような師、あるいは管理者、心のような父母としているのです。(197-44,1990.1.7)

            

 皆さん、心と体が一つにならなければ駄目なのです。そこに焦点を合わせなければなりません。祈祷するとき、心と体が呵責を覚えるものがあれば、悔い改めなければなりません。
 悔い改めるときは一人ではいけません。東西南北を備えなければなりません。自分に一番近い人、父母に通告しなければなりません。師に通告しなければなりません。
 その次に、自分の息子、娘に、自分の弟子に通告しなければなりません。「私に、これこれこのようなことがあるのだが、許してもらえるか」と言うのです。こうして、心を合わせて後援を受けられる、このような道を行かなければなりません。何のことか分かりますか。(184-301,1989.1.1)

            

 心と体がいつ統一できるのか、それを考えなかったでしょう。これが深刻な問題です。一生の間、心と体が闘うのですが、この闘いをやめさせる者は誰でしょうか。これが問題です。私たちのお母さん、お父さんもやめさせられません。王もやめさせられません。師もやめさせられません。聖人もやめさせられません。この心と体の闘いをやめさせられる主人は、どこにいるのでしょうか。深刻に求めてみましたか。それが真の愛だというのです。(184-211,1989.1.1)

            

 心は、皆さんの番人となって昼も夜も皆さんを守ってくれ、皆さんに休みなく、「善なることをしろ。善なることをしろ」と言うのです。ですから、どんなに疲れるでしょうか。生まれたその日から、意識的に考えることができ、社会環境において、すべての制度を分析できる知能的起源が生じるその日から、生涯をついて回るのです。自分の師もついていくことはできず、お母さん、お父さんもついていってくれませんが、生まれたその日から死ぬ時まで、永遠に良心は、私に対して命令するというのです。
 神様に似なさい、聖人に似なさい、愛国者に似なさい、孝子に似なさい。そのように似ることを願うのですが、「体よ、お前は私に似なさい」と言うのです。(179-311,1988.8.14)

 

 皆さんの心と体の統一も、真の愛でなければできません。ですから心は、体のために犠牲になりながらも忘れ、また忘れ、また忘れるのです。心は、神様の代身としての立場なので、皆さんの師の中の師です。その心は、神様がご自身の代わりに送ってくださった、私の中心です。縦的な私です。(226-60,1992.2.1)

 

5)真の人間が行く道

 ①人間が求めて行くべき道

 

 本性の心が行く道を行けば、宇宙が一つに広がります。そのような何かがなければなりません。そのような境地に入れば、自分の心と話をするようになるのです。そのような境地では、心と話をするのです。何かをしようと思えば、既に答えが出てくるのです。そのような境地まで進むのです。そのような境地にいる人が、自分の行く道が分からないでしょうか。もう行く道が確実で、宇宙におけるすべての作用の力が助けるのです。手を引っ張って試験場へ入れば、既に、すべてのものが協助するのです。そうしてこそ、大きいことができるのです。(120-313,1982.10.20)

            

 偉大な力の背景をもって生きられる人間が、真の人間です。真の人間には、そのように無限の力のバックグランド(背景)があって、自分が指向する方向に無限に後押ししてくれるのです。方向が間違えば、すぐに分かるというのです。皆さんが知っている統一教会は、いい加減な教会ではありません。深い背景、偉大な力のバックグランドをもっているのです。ですから皆さんが努力をしてこのような境地を連結して上がれば、すべてのものがみな解決されるのです。ですからそのような面で、皆さんが行く方向感覚を決定しなさいというのです。それは、自分がしなければなりません。自分が一番よく知っているのです。(120-313,1982.10.20)

            

 自分が行く道を求めていかなければなりません。お金さえもてば、すべてでしょうか。そうではありません。お金が必要なときがあり、また人として自分が行くべき、他の道を行くべきときもあるのです。ですから、自分が行く道は、自分が決めなければなりません。自分自ら、自分の深い心の底から本来、自分がもって生まれた本質と共に和合して、未来の目的を指向できる、天があれば天がその方向を提示するようにして、自ら解決するようにしなければなりません。(120-298,1982.10.20)

            

 磁石は地球の引力を凌駕した作用として現れるようになっていますが、そのような作用は、何によって可能なのでしょうか。それ自体は、地球の重力以下の作用ですが、(主体と対象の関係において)その作用を越えるというのです。ですから、私たちの良心も同じです。生まれたなら、既に、自分が生まれた背景がさっと分かるのです。これは、自分が判定しなければなりません。そのようなものを感覚、判定できなければ、皆さんは将来、大きいことができないというのです。(120-301,1982.10.20)

            

 私たちが自然を見て、「ああ、私には四季が必要ない。私は、春だけ必要であって、夏や秋や冬は嫌だ」と言うかもしれませんが、神様に尋ねてみると、「私は四季がみな好きだ」と答えるというのです。ですから、嫌いでも夏を好むことを習わなければならないし、秋と冬を好むことを習わなければならないというのです。雪が降る冬になれば、神様は白い雪が世界的に積もるのを見るとき、喜ばれるのです。「ああ、私もいい」と言うのです。そうでなければなりません。(133-29,1984.7.1)

            

 神様のような心で、自然を見ることができなければなりません。そのような心をもたなければなりません。洪水が起こり、雷が鳴ったりするときは、「ああ、あれは私は嫌だ」と言うなというのです。神様は、「ほほ、あれはキスして結婚するのだな」と、このように考えるというのです。そして「嫌いだ」と言う人たちに、「はははは、おいこいつ! ならず者たちよ!」と言うのです。(133-29,1984.7.1)

            

 人間を愛さなければなりません。人間の中でも、五色人種をみな愛さなければなりません。「ああ、私は、白人だけ好きだ」と、神様がそう言うでしょうか。それなら、みんな白い服だけを着なければなりません。白人たちは、みんな白い服だけを着なければなりません。色のある服は、全部捨てなければなりません。黒い服を、なぜ着ますか。色のある服を、なぜ着ますか。それは矛盾です。部屋に入れば、色とりどりのものがみなあるのに、ピアノなどもみな真っ黒ですが、どうして置いてあるのですか。黒板のようなものも、どうしてもってきたのですか。その人たちには、夜もあってはなりません。真っ黒な夜もあってはなりません。真っ黒な夜もあってはなりません。どうしてそうですか。白人中心ですか。白人中心が何ですか。それは、滅びる道です。それが何年も続くと思いますか。どれほど続くと思いますか。冬がいくら長くても3カ月しか続きません。永遠のもののために皆さんは、四季をみな愛さなければなりません。ですから白人だけ好んではいけないのです。(133-29,1984.7.1)

            

 神様の愛は、神様のすべてを愛し、人類を愛するだけでなく、過ぎ去った過去、現在、未来の人類を愛してあげる愛です。ですから、地獄へ行った霊人たちまでも解放してあげる運動をする神様だ、ということを知らなければなりません。人は、真理の道を行かなければならず、命の道を行かなければならず、愛の道を行かなければなりません。いくら偉大だとしても、「ため」に生きる基盤がなければ、すべてのものがついてこないのです。このように生きる人は、自然に主体になります。真の命の人になるのです。(133-30,1984.7.1)

            

 皆さん自身が、自分がどんな道を行くべきかを知って、行かなければなりません。方向をすっぱり決めたなら、それを中心としてありったけの精力を、みな投入するのです。疲れて目を開けることができないほど、耳が聞けないほどに、すべてを投入しなければなりません。(120-315,1982.10.20)

            

 統一教会で正常な信仰生活をすれば、自分が何をすべきか、すぐに分かるようになっているのです。しかし、自分を中心として生き、自己の考えを中心として行動する人は、分からないのです。船にいるねずみも、波打てば船が破損することを知り、すぐに縄をつたって、船が出る前に、みな港の荷下ろし場へ出ていくのです。それなのに、人間にそれが分からないはずがないというのです。自分が行く道を知らなければならないというのです。
 ありも、梅雨になることがみな分かるではないですか。ありが引っ越しするのを見たでしょう。行列をつくって。意味のない空想でもしているので分からないのでしょう。自分が自分の分野を知らないという事実は、深刻なことです。重要な一生の問題を、天と共に深刻に話し合うべきです。そして、自分自ら環境的与件に適応しなければなりません。それを、誰がしなければなりませんか。それは、いずれにせよ自分がしなければならないのです。(120-298,1982.10.20)

            

 人は、冷静になれば、心の深いところに心が落ち着く場があるのです。心が眠れる場があるのです。そこまで私の心が入らなければなりません。そこで寝て、目覚めるときには鋭敏だというのです。そのとき、雑多な考えをせずに、精神を集中すれば、すべてに通じます。ですから修養が、祈祷が、必要なのです。(120-306,1982.10.20)

            

 先生も祈祷するのです。精誠を尽くすのです。いつも精誠を尽くさなければなりません。精誠は、一度だけ尽くせばいいというものではありません。刀は常に研がなければなりません。刀を一度使って、研がなければどうなりますか。いつも研がなければなりません。一度、激して怒ったならば、常に研ぎ澄ましておかなければなりません。それが問題です。静かに、心の位置を定めておかなければならないのです。(120-306,1982.10.20)

            

 心情の世界の中央に行けば、下がったり上がったり運動するのです。自動的に運動するのです。これが息をするということです。地球も息をしていることを知っていますか。地球も1メートル近く息をするのです。こうしながら調整しているのです。円形に曲がったところを調整するのです。ですから心情の世界も、中央はすべて軸を中心として上がったり下がったりするのです。運動するのです。(120-308,1982.10.20)

            

 すべての存在物は、球形で形成されています。ですから、心の、心情の中心、真ん中に入ってみよというのです。そこで、無限の力が伝わるのです。それで90度の角度さえつくれば、無限な力を90度で保つことができます。それで修養の道を行かなければなりません。精誠を尽くしてこの世のすべての面で、深い心霊世界を体験しなさいというのです。一生の間生きていくのに、推進力を無限に供給してくれる一つの源泉が必要なので、そのようなことをするのです。(120-308,1982.10.20)

            

 先生も、先生自身が今もっている力より、もっと大きい世界的な仕事をするときは、深刻だというのです。もっと大きい力が必要なときは、それを、どこからもってくるのかということが問題になります。もってこれないときは、それをどこから補うのかが問題になります。もってこれないときは後退しなければならないのですが、そうすることはできません。ですから祈祷が必要であり、神様が必要なのです。心情の世界が、それで必要なのです。愛の世界は、いくら引っ張り出しても終わりがないのです。物質の世界も終わり、知識の世界も終わり、権力の世界もすべてが崩壊し得るのですが、心情の世界は無限なのです。ですから、心情の世界を中心として動かさなければなりません。(120-306,1982.10.20)

            

 神様は、独裁者ではありません。神様も、人間のために投入しました。神様が人間の前にいるのは、「ため」に存在するのです。ですから、千年、万年神様についていこうとするのです。「ため」に生きる天理の宇宙の存在世界で、自分自らの存在位置を維持するためには、「ため」に存在しなければなりません。「ため」に生きることにより、東洋、西洋に通じることができ、古今に通じることができるのです。神様は、昔も今も、東洋にも西洋にもみな同じ愛をもっているので、東洋、西洋を克服でき、過去、現在、未来を克服できるのです。それはどういうことかといえば、過去も現在も未来も克服できるので、いつも発展できるし、東洋、西洋を克服するので、東洋、西洋を統一できるというのです。これは愛でのみ可能なのです。(187-89,1989.1.6)

            

 自己主張するときは、自己破壊、相対破壊、神様破壊、完全に分離されるのです。そこでは、統一的理論を発掘できないことを知らなければなりません。簡単な言葉ですが、重要な言葉です。私たちが理想を求めていく最後には、究極には神様の愛と縦的な統一を要求しますが、その縦的基準が早く来いと催促するためには、互いに「ため」に生きなければなりません。「ため」に生きるところから、完全に統一圏が広がるのです。(187-89,1989.1.6)

            

 どのように統一されるのでしょうか。先生がどのように統一するのでしょうか。何によってですか。こぶしによって、力によって、お金によって、権力によって、知識によってですか。愛を中心とした、「ため」に生きる立場で、万事が解決するのです。結論は簡単でしょう。真の愛を中心として「ため」に生きていくところに、悪魔の世界が天の国へ再創造されていくという結論です。それは理論的です。(182-134,1988.10.16)

 

 ②真の人間の行く道

 

 自分を中心として作用しようというのは悪をもたらしますが、全体のために作用しようというのは発展をもたらすのです。これを知るべきです。全体のために行くところには、すべてのものが門を開くのです。個人も門を開き、家庭も門を開き、氏族も門を開き、民族も門を開き、世界も門を開き、天の国も門を開き、愛の道や、すべての道が門を開いて歓迎するというのです。そのような道とは何でしょうか。これを私たちは、考えなければなりません。それで統一教会は、このような観点で、「ため」に行く道を選べ、「ため」に生きよと、「ため」に生まれたという天理を教えるのです。(133-16,1984.7.1)

            

 真の人生が行く道とは何でしょうか。一つの公理として立てるべきことは、「ため」に生きよということです。これは、どこでも通じることのできる原則ですから、万古不易(注:永遠にかわらないこと)です。過去、現在、未来がないので「ため」に生きよというのです。ここに孔子やイエス様やお釈迦様やムハンマドマホメット)のような、すべての聖者といわれる人の前に神様が現れ、「あなた方はどう思うか」と言えば、「そのとおりです」と言うでしょうか。「それは違います」と言うでしょうか。「正しい」と言います。それが宇宙の法則です。それが、人間が人生において真の姿で生きられる一つの法だということを知るべきです。このような真の道があるのです。(133-16,1984.7.1)

            

 世界的な人物になるためには、どうしなければならないでしょうか。人倫道徳だけを中心としてはいけません。人だけを中心としてはいけないのです。人だけを中心としては、国を越えることができません。国を越えるそのような内容は、天にあるのです。天宙思想をもたずしては、国を超越できないのです。(30-260,1970.1.8)

 

 ですから聖人たちが何を紹介したのかといえば、人間だけを紹介したのではなく、神様を紹介しました。聖人のレベルに同参した人々を見れば、神様を崇拝しましたか、しませんでしたか。神様を抜きにして聖人になった人がいますか。(39-316,1971.1.16)

 

 また聖人たちは、人倫の道理だけ教えたのではなく、天倫の道理を兼ねて教えたのです。(33-291,1970.8.21)

            

 家庭で父母に尽くし、愛する人は、孝子です。国のために生き、愛する人は、愛国者です。世界を愛する人は、聖人です。それでは、先生が教えるものとは何ですか。神様と世界と宇宙を愛する聖子になれというのです。皆さんは、どのような者になりますか。聖子になりますか。孝子、孝女になりますか。そうなるには、神様のような愛を心にもたなければなりません。(129-99,1983.10.1)

            

 神様は、短い生涯を生きて死んでいく人間の前に、一番良い標語、一番良い課題を賦与せざるを得ないので、その課題を「誰よりも神様を愛しなさい」という標語として掲げたというのです。それによって誰もなることのできない神様の息子になれるのです。
 神様の息子になる日には、聖人完成はもちろん、忠臣完成ももちろん、孝子完成ももちろん、すべてのものが完成だというのです。このようになれば、家庭でも勝利した立場に立つのであり、国家的基盤においても勝利者となるのであり、世界的基盤においても勝利した者となるのです。(100-157,1978.10.9)

            

 統一教会は、何をしようというのでしょうか。偉人をつくろうというのではありません。聖人をつくろうというのです。偉人の前には怨讐がいますが、聖人の前には怨讐がいません。偉人は自分の民族だけを愛した人ですが、聖人は人類を愛した人です。それゆえ偉人が神様の前に出ていくとき、「お前は、お前の民族は愛したが、私が愛する、私が求める世界人類を愛することができなかったではないか」と言われれば、出ていくことができませんが、聖人の道理に従っていった人は、神様の前に直行できるのです。統一教会は、何をしようというのですか。偉人をつくろうというのですか、聖人をつくろうというのですか。(38-263,1971.1.8)

            

 宇宙を造った神様とは、宇宙の法度を立てた神様とはどんな方でしょうか。全宇宙を通じて、誰よりも「ため」に生きる代表的な立場に立った方です。その方が神様だというのです。ですから、その方に出会うには「ため」に生きなければならないのです。その方は、知識の大王であられながら、「知識をもって神様の前に来い」とは言いません。能力の大王ですが、「能力をもってこい」とは言われません。権力に対する、お金に対する、物質に対する主人であり、大王ですが、「それをもってこい」とは言われないのです。「ため」に生きてくれば、すべてがついてくるというのです。(133-16,1984.7.1)

 

 ③「ため」に生きる法度を立てた理由

 

 私たちが思うに、愛とか理想とか幸福とか平和とかという言葉は、一人では成立しません。これは、相対的な関係で成立する言葉なので、いくら絶対者、神様がいらっしゃるとしても、その神様が願う理想と幸福と平和は、一人で成すことはできないのです。神様の理想を成就させることができ、神様の愛を成就することができ、神様の幸福と平和を完結させられる対象が人間だ、という事実を私たちは考えることができなかったのです。神様独りで愛すれば何をし、神様独りで理想をもって何をしますか。相対的な人間を通じずには、このような要件を成就させられないというのは、当然の結論です。(75-315,1975.1.16)

            

 知恵の王であられ、全体の中心であられる神様の真なる愛や、真なる理想や、真なる幸福や、真なる平和の起源を主体と対象、この両者間のどこにおくのでしょうか。これが問題にならざるを得ません。主体がいらっしゃる反面、対象がありますが、主体のために生きる道と対象のために生きる道、この二つの道の中で、理想の要件をどこにおくのかということが、創造主であられる神様として、問題とならざるを得ません。
 それで真なる理想、真なる愛、真なる平和を成すにおいて、主体を中心として対象が主体のために生きるところに理想的起源をおくのか、対象を中心として主体が対象のために生きるところに理想的起源をおくのか、という問題を神様は考えられました。その理想的起源を、対象は主体のために生きよという立場に立てるならば、神様がそのようになります。と同時に、すべての人も、自分がある対象をもち得る立場に立つならば、そのようになるでしょう。そうなれば、一つになる道がふさがってしまいます。これを知るべきです。(75-318,1975.1.16)

            

 一つになることができ、平和の起源になる道は、どこにあるのでしょうか。神様ご自身だけでなく、真の人間も「ため」に生きる存在だ、という原則を立てざるを得なかったのです。
 ですから真の愛は、「ため」に尽くすところから、真の理想も「ため」に尽くすところから、真の平和、真の幸福も「ため」に尽くす立場で成り立つのであって、「ため」に生きる立場を離れては見いだすことができません。これが天地創造の根本だということを、私たち人間は知りませんでした。(75-318,1975.1.16)

            

 男性と女性が生まれたのは、どうしてでしょうか。男性は男性のために生まれたのではなく、女性のために生まれたのであり、女性は女性のために生まれたのではなく、男性のために生まれたのです。生まれるのに、自分のために生まれたのではありません。自分のために生まれなかったのに、自分を主張するのです。「私、私」というこの思想を壊してしまわなければなりません。これさえ壊してしまえば、統一の世界が展開するというのです。(61-266,1972.9.1)

            

 自分の価値を自分から追求するよりも、相対から、すなわち相対的基準からその価値を追求する道を探求する人は、不幸な人ではありません。いつでもどこでも、心情の土台は相対圏をもっているので、どこに行き来しても、彼は寂しくなく、幸福であり得るのです。(59-200,1972.7.16)

            

 神様は、なぜ「ため」に存在する原則を立てざるを得なかったのでしょうか。まず皆さんに尋ねますが、もし皆さんのために誰かが心から生命を尽くし、犠牲になりながら100パーセント恩賜を施した人がいるとすれば、皆さんの本心がその恩に報いるのに、50パーセントはポケットに入れて、50パーセントだけ報いたいですか。それとも、ありったけの恩返しをしたいですか。私たちの本心が、どのように作用しますか。誰でも、より多く報いたいのが本心です。
 与えるままに、心から愛する中でくれたことを知れば、100パーセント以上を返そうとするのです。100パーセントが110パーセントになって帰ってくるし、その110パーセント返ってきたのは、また向こうが心からくれたので、120パーセントを返すようになるのです。このようにすることによって、ここで永遠という概念が設定されるというのです。永遠が始まるのです。ですから、このような原則を立てざるを得ないし、それだけでなく、ここから発展と繁栄が生じるのです。(73-326,1974.8.10)

            

 理想と愛は、人間にとって生命よりも貴いものなのにもかかわらず、今日、人間たちは、このようなものが自分のものとして、自分に現れると思っていること、これが大きな誤解だというのです。愛と理想は、どこから来るのでしょうか。対象から来ます。対象から来るので、「ため」に生きる法度を立てざるを得ないのです。知恵の王であられる神様は、このようなすべての結果を御存じなので、そのような法度を立てざるを得ないということを知るべきです。(73-326,1974..8.10)

            

 永遠という概念、これは自分の「ため」に生きるところでは不可能なものです。皆さんが運動するのを見ても、押してくれ、引っ張ってくれる相対的方向が、大きければ大きいほど早く回るのです。知恵の王である神様が「ため」に存在する法度を立てたのは、永遠であり得るために立てられたということを知るべきです。(75-322,1975.1.16)

            

 私たちの中で、「人に主管されるのは死んでもできない」と考える人たちが多いと思います。さらに、識者層にいる高名な方の中に、このようなことを多く見ます。しかし、一つ知るべきことは、今までの人間たちが、「ため」に存在するその方に主管されて生きることが、どれほど幸せかという事実を夢にも考えられませんでした。霊界の組織を見れば、天地の大主宰であられる神様、その神様は、宇宙万有の存在の中で、「ため」に存在する中心存在なので、その方に支配されるのがどんなに幸せなことか知れません。千年、万年、支配されても、感謝できる理想的統一圏がここに成立することを知っているので、神様は、「ため」に存在せよという原則を立てざるを得ませんでした。(75-322,1975.1.16)

            

 愛は、私から始まったのではありません。生命よりも貴い愛と理想を見つけるには、対象がいなければできません。私たちは、これを考えつきませんでした。この高貴な愛と理想を受け得る、それを見い出し得る存在が対象です。ですから、私たちが謙遜にその高貴な愛と理想を受け入れようとすると、最も「ため」に生きる立場でなければならないので、神様は「ため」に存在せよという原則を立てざるを得なかった、ということを私たちは覚えておくべきです。(75-322,1975.1.16)

            

 愛は、一人では成されません。愛は、どこから出てきますか。私から出てくるのではなく、対象から来るのです。対象から出てくるので、私が頭を下げて、対象のために生きなければならないのです。「ために生きよ」という天理がここから生まれるのです。極めて高貴なものが私を訪ねてくるのですが、それを受けようとするので、高め、「ため」に生きるべきだというのです。「ために生きる哲学」を成してこそ、愛されるのです。(143-277,1986.3.20)

            

 真の愛は、与えても忘れ、また与えようとする愛です。偽りの愛は、与えても付け加えて商売する愛であり、与えたのでお前は、それ以上返しなさいという愛です。これは、サタンの愛です。(138-172,1986.1.21)

            

 私たちの本郷は、神様の「ため」に存在する者たちだけが入る所であり、「ため」に生まれ、「ため」に生きて、「ため」に死んでいった人たちが入る所です。これが、私たちの本郷の理想的構造なので、神様は本郷を訪ねてこさせるために、歴史過程で数多くの宗教を立てて、訓練させてきたのです。
 これまでの宗教が温柔謙遜でなければならず、犠牲にならなければならないと教える理由は、霊界の法度がそうなので、霊界に帰るべき人間たちを地上生活の過程で、その霊界に合うように訓練させざるを得なかったからです。ですから高次元的な宗教であるほど、より次元の高い犠牲を強調し、奉仕を強調するようになったのは、普段の生活を通じて、その世界に一致させようとするところに、その原因があるのです。(75-320,1975.1.16)

            

 しばしばこの世で、「ああ! 人生とは何なのか」と言いますが、人生観、国家観、世界観の確立、その次には宇宙観に対する確立、ひいては神観の確立が問題となるのです。これを、どのように確立するのでしょうか。系統的段階と秩序をどこにおき、その次元的系列をどのように連結させるかという問題は、最も深刻なものです。
 しかし、「ため」に存在するというこの原則に立脚して見るとき、最も価値ある人生観は、私が全人類のためにあり、全世界のためにあり、国家のためにあり、社会のためにあり、家庭のためにあり、妻のためにあり、子女のためにあるという立場から、幸福な自我を発見し得るならば、これ以上の人生観はないと見るのです。(75-324,1975.1.16)

 

(2022.5.9:写経奉献)

 

■天聖經(51) 第9巻「祝福家庭」 第4章 祝福家庭と入籍

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第四章 祝福家庭と入籍

1)祝福家庭入籍と私たちの祖国

2)入籍のための条件

3)四位基台入籍統一祝福

4)入籍時代と私たちの責任

 

1)祝福家庭入籍と私たちの祖国

 ①入籍とは何か

 

 皆さん、入籍とは何でしょうか。嫁入りする女性は、新郎の戸籍に籍を移します。女性は、自分の本然の籍を取り消して、他の籍に移らなければならないのです。(177-302,1988.5.22)

 

嫁入りすれば、人の家に引っ越しすることになるので、戸籍が変わることになるのです。入籍とは何でしょうか。真の愛の根源を中心として結ばれた証票です。(178-207,1988.6.4)

 

 嫁入りした女性は、何をしなければならないでしょうか。婚姻届けを出すだけではありません。その家に入籍しなければなりません。(195-227,1989.11.15)

 

 女性が結婚すれば、夫の戸籍に入籍しますね。西洋や日本の場合、姓はどうなりますか。根本が何もないので、姓が変わります。井上ならば井上、山岡ならば山岡、木下ならば木下というように、みな夫の姓に従って一つになるのです。それは愛の関係を結ぶことを条件として、一つになるのです。愛の力は生命の根源よりも強いので、それを悲しいことと考えるのではなく、当然のこととして、希望をもって喜んで行くのです。(258-244,1994.3.20)

 

 花嫁が輿に乗って新郎の家に行ったとします。新郎の家に行って、自分がその家に入籍するその瞬間、自分を中心とした考えをもっていたのでは通じません。
 それまで自分を中心として、自分の家で育ち、暮らしてきた、そのような行動一切が受け入れられるでしょうか。それが問題です。「受け入れてくれ」と言うことができるでしょうか。「受け入れてくれ」とは言えないのです。自分の行動の一つ、視線、聞くこと、話すことなど、行動の一切が新しい分野において出発するときには、細心の注意をしなければなりません。
 どのように注意しなければならないのでしょうか。いかにして新郎の家門や、新しく出発するその環境とぶつかることなく、そこにプラスになり得る立場に立つかということですが、それはとても難しいことなのです。(142-160,1986.3.9)

 

 これから神様と真の御父母様から歴史がつづられ、入籍時代が来るのです。ですから皆さんが入籍するのです。自信がありますか。神様の息子、娘として、すべての人が神様のように、真の父母のようになりましたか。
 言葉で言うのは簡単ですが、容易なことではありません。寝ても覚めても、そのことを考えなければなりません。食べるときも寝ているときも、どこに行くとしても、それを考えなければなりません。
 そのためには祖国で暮らさなければなりません。ですから韓国語を勉強すべきでしょうか、すべきではないでしょうか。本来、人間には二つ以上の言語はありませんでした。たった一つなのです。(201-234,1990.4.22)

 

 今後、入籍する時が来ます。先生の一族、天の皇族を中心として連結されるところに、皆さんが加入するための入籍時代が来るのです。しかし、入籍時代が来たとしても、氏族復帰ができていない人は、そこに入籍することができません。それを知らなければなりません。12支派と同じことです。氏族復帰をするまでは、入籍できないのです。
 人々が氏族復帰のこの内容を知るならば、統一教会に我先に入ろうと、それこそ群れをなして押しかけてくるのです。入籍する時はどのようになりますか。今までは、神様の愛、人、万物、すべてが神様の所有ではありませんでした。サタンの愛によってサタンのものになったことを、今、神様のみ旨を成した先生を中心として、先生の息子、娘、先生を中心として、先生の息子、娘、先生を中心とした万物を探し立てなければなりません。
また、今、先生には国がありません。そうでしょう? 国を復帰しなければなりません。(208-399,1990.11.21)

 

 今までは、天国への入籍はありませんでした。天国には国がありませんでした。家庭もなく、国もありませんでした。霊界に行けば、父母も何も、10人家族ならば10人がみなばらばらになりました。
しかし、これからはそうではありません。本来、堕落しなかったならば、父母と一族が共に行くようになっているのが天国だということを知らなければなりません。
 真の愛を中心として祖父母、父母、自分たち夫婦、息子、娘が一つになって、「ため」に生きる神様の真の愛をもてば、そこでは神様も絶対服従するのです。そのような愛の伝統に服従しながら、「ため」に生きる愛のみをもって動くその世界、「ため」に生きようとするその世界には、平和の基地が願わなくてもできるのです。(210-354,1990.12.27)

 

 入籍時代になって名簿を作るとき、いい加減に作成することはできません。ホーム・チャーチを通過しなければ、名簿に記入されないのです。天国の族譜編成がなされないのです。祝福を受けた家庭であっても、外されるのです。落ちるのです。
そのようなことを知って、天が提示するすべてのことを、急いでしなければなりません。人がするから自分もするのではありません。しなければならないのです。それをせずに霊界に行けば、霊界に行ったあとで、永遠にしなければならないのです。地上で解決することができずに行けば、大変なことになるのです。(143-118,1986.3.16)

 

 この地上でみ旨を成し遂げられなかったイエス様は、時代的な新婦の名を立てて真の父母の因縁を決定し、真の子女を立てて、この地上で、相続権、入籍権、天国の権限をもって入籍させるための基準をつくっていかなければならなかったのに、それができないまま逝ったのです。
 入籍させるとき、僕として入籍させるでしょうか。直系の息子、そうでなければ、せめて養子という名前で入籍させて、初めて神様の前で相続できるのです。相続圏内に同参し得るのです。(155-309,1965.11.11)

 

 私たちは何をしようというのでしょうか。神様の愛を受け、真の父母の愛を永遠に受けられる息子、娘の立場に入籍するのです。これから入籍しようというのです。天国の生命録に入籍するのです。新しい「真の父母主義」、「神主義」を中心として、新しい入籍がなされると同時に、支派編成が行われなければならないのです。イエス様の12弟子、12支派などと同じように、支派編成をしようというのです。(146-230,1986.7.1)

 

 皆さんはこれから故郷に帰って、自分を中心とした血族はもちろん、環境的条件をいかに早く拡大させるかという闘いを繰り広げるのです。競争が起こるのです。ですから、どの支派に属したとしても、故郷に帰ったその根と共に支派編成をするのです。東西南北の枝、その枝がどこに属するかが決められて、本籍への登録が始まる時が来るのです。
 人種の違いによる差別や、文明国や発展途上国というものはありません。どれだけ霊界の善なる先祖を中心に一つとなって、その先祖が地上に来て協助できる基盤をもつかという問題が、今後、皆さんの郷土開発運動の展開を左右するのです。その枝が、どれだけ大きいかということが問題です。幹が死んだとしても、枝が大きければ、それが幹になることもできるのです。
 人は、芽が出て、それから枝になりますが、それが問題ではありません。皆さんが新しい枝を育て、その一族がこの世界に入籍して本郷に帰るか、天国に帰るかということが問題なのです。帰郷の道に立っているということを知らなければなりません。(189-224,1989.4.6)

 

 これから入籍をするのです。南北が統一されれば、世界の統一教会の家族は、祝福を受けた家庭の中で正常な行動をしてきた人は、氏族を越えてすべて入籍をすることになります。
 先生の力によって南北が統一されれば、法をつくって世界の統一教会の忠臣を代表民族として、血統を受け継いだ民族として立てるのです。そのようにしたからといって反対する人がいるでしょうか。
 歴史的にいえば、韓国の独立のために生き、韓国の還故郷のためにこれほど苦労をしたのに、誰が反対するでしょうか。(197-212,1990.1.14)

 

 これからは氏族加入時代が来ます。個人加入時代ではありません。金氏ならば金氏、朴氏ならば朴氏、その時代が過ぎれば、国家入籍時代が来ます。早く来るのです。
 これからは早いのです。あっという間に変化していくのです。今、世界情勢は目まぐるしく変わっています。なぜそうなのでしょうか。文総裁ゆえなのです。原因がほかにあるのではありません。(197-262,1990.1.20)

 

(2022.4.28:写経奉献)

 

 ②入籍は国家祝福時代になされる

 

 統一教会の祝福は、教会祝福であって国家祝福ではありません。世界祝福までの3段階を通過しなければなりません。教会祝福時代を経て、南北を統一して一つの国をもつ天国を中心とした祝福時代が国家祝福時代であり、その次は地上・天上世界が一つになる祝福時代です。3大祝福圈時代を通過しなければなりません。アダム1代でなされるべきことを、再臨時代になって先生の1代ですべて終えなければなりません。2000年までに、世界的な祝福を一度にやらなければならないのです。そうして本格的な入籍となるのです。(290-253,1998.3.2)

 

 統一教会の祝福家庭は婚礼を挙げましたが、その結婚式は教会内の結婚式であって、国家の中での結婚式でも、世界の中での結婚式でもありません。ですから、祝福の日も、教会の祝福、国の祝福がなければなりません。世界の祝福、天国に行って永遠の祝福の式を経てこそ、本然の世界に行く道が開かれるという事実を知らなければなりません。
 皆さんが統一教会の祝福を、先生の知らないところで簡単に、便利に受けたといっても通じません。国家祝福を経なければなりません。そして天上に行って、大入会式とともに入籍式を経て、12支派の編成を終え、神様を中心として真の父母が天国へ行き、定着して初めて、万民も順々に定着するようになるのです。(185-36,1989.1.1)

 

 統一教会の結婚も、3段階を越えていくのです。教会祝福、国家祝福、世界祝福です。ですから、祝福家庭は今までの段階を越えていかなければならないのです。
 本来ならば、蕩減条件のない解放された人が結婚すべきなのですが、引っ掛かっている蕩減条件があるのです。教会の前には迫害する国があり、国の前には世界があるのですが、それを超えなければならないのです。
 ですから、家庭を引き連れて、迫害のない解放された立場に達してこそ、一つの統一された世界のアダム家庭で天が祝福した相続圏ができるのです。解放がなされるのです。
 ですから、教会圏、国家圏、世界圏があるのです。世界的な王権復帰の圏を越えて、サタン世界の讒訴圏を抜け出すことによって、地上・天上世界の解放がなされるなら、その立場にまで行って祝福を受けなければならないのです。そのような立場を3度乗り越えるのです。(285-235,1997.6.5)

 

 祝福家庭が氏族的メシヤになるのは何のためでしょうか。入籍するためです。入籍して国を復帰し、国家的祝福を受けるためです。ですから氏族的メシヤは、氏族的メシヤ同士が一つになって自分の国を求めなければなりません。その国を世界に入籍させることによって、世界祝福を受けるのです。(268-251,1995.4.2)

 

 国を復帰すれば、入籍時代が来ます。神様の国がないので、全人類には、新しく神様の血族に入籍する時代が来るのです。それで、大移動時代が来るというのです。共産主義が資本主義を中心として、完全に一つの破壊的な面で強制的にしましたが、これからは自ら進んでしなければならないのです。(259-223,1994.4.10)

 

 入籍時代が来れば、大韓民国の民という名では通じません。愛を中心としてすべての民族を克服しなければならないのです。
 家庭を否定し、氏族を否定し、民族を否定し、国家を否定し、世界を否定し、天上世界の地獄、霊界の地獄まで否定して、サタンを否定しなければならないのです。
 それを肯定したのが堕落です。そのようにして落ちたので、反対に上がっていかなければならないのです。(259-233,1994.4.10)

 

 今は国がないので、教会の中で祝福しましたが、これからは国に入籍しなければなりません。
 氏族的メシヤの責任を果たしてこそ、国への入籍がなされます。国に入籍し、世界に入籍することによって、真の父母と一つとなり、真の父母が主体だとすれば、全世界の家庭が客体として一つとなり、神様に侍り得る家庭を献納してこそ、天宙的祝福家庭の理想が形成されるのです。それが正に地上天国、天上天国なのです。アーメン! (269-65,1995.4.7)

(2022.4.29:写経奉献)

 

 ③入籍するためには主権国家が必要

 

 国がなければ国籍もありません。国がなければ入籍するための基盤がないのです。
 私たちは、民族を編成して新たな入籍をしなければなりません。この地上に天国を編成して、その国籍をもって愛国、愛族する、真で善なる父母の血統を受け継いだ勝利的息子、娘として、自分の氏族、家族を引き連れて生きたのちに、天上世界の天国に入ることができるのです。それが原理です。(58-143,1972.5.22)

 

 皆さんは天国に登録されていません。国がないので出生届けができないのです。結婚式ができないのです。死亡届けもできないのです。
 ですから、押されれば倒れ、死んでも訴えることのできない恨の道を、宗教人は歩んできたのです。文総裁がその代表的な道を歩んできたということを知らなければなりません。いくら痛哭しても尽きることはありません。無念で悔しくても、耐えなければなりません。(283-222,1997.4.12)

 

 自分が息子、娘として生まれたとしても、入籍する天国がないので保留せざるを得ないのです。天国の夫となることを願い、天国に入籍した民として妻を得て、その家庭で子を生みたいと思わなければなりません。それを知るべきです。そして寝ても覚めても、1日の1時間、1秒を忙しく闘って勝利しなければならないという前提があるということを知らなければなりません。常にそのように生きなければなりません。(122-280,1982.11.21)

 

 皆さんは、出生届けをしますね。入籍というのは、そのようなものです。日本のどこどこに生まれた日本人として登録します。今までは神様の国がありませんでした。本当の真の父母を中心としてできた家庭がなかったので、氏族もなく、国もあるはずがないのです。
 ですからサタン世界、サタンの国からすべて蕩減して、家庭、氏族、民族、国家、世界を取り戻さなければならないのです。宗教圏を中心として、宗教圏以外の世界を一つにして、サタンがもっていたものをすべて神側に還元しなければならないのです。
 そうしなければ、霊界に行って平安な生活をすることができません。霊界に行ってから地上と関係をもつことは、何十倍、何百倍、何千倍も大変なのです。(250-112,1993.10.12)

 

 神様の愛と生命圏と血統圏を伝授するのが、統一教会の祝福です。堕落した万民は、祝福を受けなければ、入籍がなされません。ここにいる人はみな、一人残らず誰もがそうしなければなりません。
 では、どうすれば入籍がなされるのでしょうか。本来は、出生した時から入籍しなければなりません。皆さんは今日、大韓民国に生まれ、大韓民国に入籍しましたね。いつ、どこで、父誰々、母誰々の息子、娘として生まれ、誰々の長女ならば長女、次女ならば次女、長男ならば長男というように、名前をもって入籍します。そうして永遠に大韓民国の民となるのです。皆さんは、天国の民になっていますか、なっていませんか。はるかに及ばないというのです。(211-109,1990.12.29)

 

 神様の国がありません。サタン世界に入籍しているものを、すべてそこから外して、天国に入籍できる時代が来るのです。
 人々は、それを知らずに死ぬので、大変なことになるのです。天国の民として入籍して、天国の家庭として入籍し、天国氏族、天国国家、天国世界に入籍して、地上天国と統一されれば、神様の右腕として二つの世界を愛で統治することができるようになるのです。その世界へ行くには、入籍という手続きをしなければなりません。(287-40,1997.8.10)

 

 今後、皆さんには、入籍する時期が来るのです。祝福を受けるのは、入籍することではありません。それは象徴的な入籍でしかありません。ですから、私たちは入籍するための国を求めていくのです。
 その国は、どんな国でしょうか。主権は父母に代わり、民は息子に代わり、国土は物質に代わって、三位一体をなす国です。国家を形成するためには主権がなければならないし、国民がいなければならないし、国土がなければなりません。宗教も同じことです。(35-282,1970.10.25)

 

 私たちには国がありません。祝福家庭の息子、娘は多くいますが、神様の願う理想国家を立てられずにいます。ですから、皆さんの息子、娘の名前を入籍する所がありません。結婚しても、昇華しても、登録する所がないのです。国がなければ定着はあり得ません。とどまって暮らす所がないのです。皆さんがパスポートをもっていなければ、どこの国でも認められません。一国家の国民として認められないのです。それと同じことです。私たちにも国がないので、パスポートがないのです。
 統一教会のメンバーは、どこに所属していますか。アメリカですか、他の国ですか。神様の国です。堕落した世の中では、「どこから来たのか」と聞きます。聞かれれば、アメリカ、ドイツ、日本といった国の名前を言います。その中で最高の国は、天国です。最も貴い国が天上天国、神様の国です。「どこに属するのか」と聞かれたならば、「私は神様の国に属する」と答えなければなりません。そこから天国なのです。(277-251,1996.4.18)

 

 近い将来、統一教会のメンバーは入籍式をする時が来ます。私たちの国が南北統一されて、天も喜ぶことのできる国になれば、皆さんの入籍時代が来るのです。そのような入籍時代が来れば、たとえ目の見えない人でも、鼻に障害のある人でも、腕に障害のある人でも、先に嫁いできた人が上になるのです。長男の嫁になるのです。遅れて嫁いできた人は、たとえ大卒で年上だとしても、鼻に障害のある人、腕に障害のある人に仕えなければならないのです。そのような時が来ます。
 ですから今後、そのような時にこのような特殊な条件が、すべてパスするための重要な要件になるのです。(58-113,1972.6.6)

 

 南北が統一されて、その祝福された者たちの国ができれば、入籍時代になるのです。真の御父母様を中心とした血族となれば、入籍時代になるのです。平面的に60億人類が一度に祝福を受けて入籍することによって、数千万代の先祖が決定されるのです。平面的に同じ日に祝福を受けたとしても、その中で数千代の先祖の差がつくのです。恐ろしい時代が来るのです。(252-246,1994.1.1)

 

 もしも、皆さんが国家を復帰することができずに死んだとすれば、この地上に再臨して個人を後援し、家庭を後援できるだけであって、堂々と権勢をもって後援することはできません。サタン世界を征服するために闘い得る資格をもった者にはなれないのです。ですから、国ができて初めて、皆さんは入籍することができるのです。皆さんは入籍しましたか。皆さんは、統一教会には入籍しましたが、統一された神様の国には入籍できないでいるのです。国がないのに、国民になることができるでしょうか。できないのです。(54-277,1972.3.26)

(2022.4.30:写経奉献)

 

 ④私たちが求めるべき祖国

 

 私たちが求めるべき祖国は、今日この地にあるような歴史と伝統をもった国ではありません。そのような国とは本質的に次元が異なるのです。私たちが次元の異なるそのような国を受け継ぐには、それを可能にする思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。
 ところで、その主体的な思想は、絶対的な創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者の願う国が存在するためには、その国の主権を中心として、その国の国民と一致する国になることを願わなければなりません。そのような国民性をもって、国家形態を備えなければならないのです。(49-93,1971.10.9)

 

 神様の祖国とは、どこでしょうか。真の父母と真の家庭がある所です。では、真の父母の本郷は、どこでしょうか。神様とその息子、娘が入る所です。その真の父母の祖国とは、どこでしょうか。神様と子女のいる所、愛する主体と対象のいる所が祖国です。主体と対象が愛し合える所が祖国です。そうだとすれば、子女の祖国はどこでしょうか。神様を主体として父母を愛し、子女は対象として愛されることのできる所です。そこが統一教会でいう、四位基台の本郷地です。それが理想的な祖国です。どうして理想的な祖国なのでしょうか。真の神様の愛と、真の父母の愛と、子女の愛があるからです。それが根本となって拡大された世界が理想世界です。四位基台には、そのような原則があるのです。(124-266,1983.2.27)

 

 祖国とは何でしょうか。祖国は、父母の国であり、私たちの先祖の国です。お父さん、お母さん、私たちの先祖の国です。始祖の国です。その始祖の時から愛してきた国です。
 その愛は不変なので、その国は変わってはならないのです。歴史時代に国を中心として祖国だと主張した人々の伝統的な背後を見るとき、このような父母の愛する祖国を失わなかった民族はありませんでした。常に失ってきたのです。(173-168,1988.2.4)

 

 神様のみ旨から見た祖国は、真の愛を中心とした人類の祖国であり、本郷です。韓国はそのような人類の祖国、本郷にならなければなりません。(185-131,1989.1.3)

 

 一つの国をとって見れば、国が形成されるためには、その国の主権がなければなりません。そのような観点から地上に天国を実現するという問題を考えるとき、天国の主人とは誰でしょうか。主権者とは誰でしょうか。間違いなく神様が主権者です。では国民は誰でしょうか。国民は万民です。では、国土はどこでしょうか。地球星です。(96-15,1978.1.1)

 

 本郷の地と本郷の祖国とはどこでしょうか。どのようにして祖国となるのでしょうか。もちろん祖国というのはある特定の一つの国家的な基準ですが、神様が求めてきた人類の祖国とはどこかというと、地球星です。この地球星なのです。この地球こそが人類の願う祖国なのです。神様の願う人類の祖国なのです。
 過去、数知れない歴代の私たちの先祖が、犠牲の道を歩んできましたが、その先祖たちが天の前に訴えてきた望みとは何でしょうか。「望みの祖国のひとときが早く来ますように!」と訴えたのです。
 天の一つの国家を建てることによって、今まで天の前に怨讐であった大サタンを審判して悪を除去し、善のみによる平和の天国をこの地上につくらなければならないのです。それが神様の願いであり、イエス様の願いであり、今まで摂理路程において至大なる貢献をしてきた先祖の願いだったということを、皆さんは、はっきりと知らなければなりません。(155-321,1965.11.1)

 

 神様が創造した世界には、国境というものはあり得ません。黒人、白人といった人種も問題になりません。善悪の闘争も、そこでは必要ありません。そのような観点から見るとき、私たちの住んでいる世界には、すべての国に国境があります。
 黒人、白人の人種問題のみならず、家庭においては夫と妻、父母と子女の間のすべてに分裂が起きています。善なる人と悪なる人が闘っているのです。そのような現在の情勢を考えるとき、来たるべき主は、国境のない国をつくって人種問題を超越し、世界を一つにしなければなりません。分裂した家庭をすべて統一し、善悪が闘う世界に平和の王国をつくらなければなりません。(53-72,1972.2.9)

 

 私たちの目標は、統一世界、神様を中心とした一つの国をつくるところにあります。その国は、一つの主権、一つの国民、一つの国土、一つの文化です。真の父母を中心として一つの血統でつながっています。その国では、すべての人が心情圏を完成して理想的な後継者になろうとするのです。聖書にある、「怨讐を愛せよ」というみ言を完成することができるのです。(御旨と世界-789)

 

 その国は、神様を中心として直系の子女たちが天命に従い、神様に代わる命令をもって、その王権で納めるそのような国であるに違いありません。そこには、民主主義や共産主義といったものはあり得ないのです。一度形成されれば永遠の国家体制として残るのです。そのようなことを考えるならば、自分自身がそのような国の民になっていないのは、とても悔しいことではないでしょうか。自分自身がそのような国で暮らせないことを嘆かなければなりません。そのような一人の自分をもつことができずにいることを、嘆かなければなりません。そのような一つの不変なる主権がもてなかったことを、私たちは嘆かなければなりません。(72-292,1974.9.1)

 

 私たちの信仰の目標は、神様の国の民になることです。その国の民にならなければ、その子女として自由自在に万民や万物世界に誇り、愛される道は現れません。国のない者は、いつも攻撃を受けることになります。かわいそうな立場に立つのです。あえなくやられてしまう場合がいくらでもあります。ですから、神様の願う国がどこにあるか、神様の足場となる国がどこにあるか、それが問題なのです。(55-79,1972.4.23)

 

 主権のない国の国民は、かわいそうです。ですから、イエス様は懸念を抱いて、「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」(マタイ6:31~33)とおっしゃいました。まず息子を求めよとおっしゃいましたか、国を求めよとおっしゃいましたか。神様が求めている国を求めよとおっしゃったのです。(34-337,1970.9.20)

 

 私たちがこの国、この民族のために血と汗を流すのは、結局は永遠の天国をつくるため、千秋万代の子孫が永遠にたたえられる福地をつくるためなのです。(14-193,1964.10.3)

 

 これからは、祖国を建てることができます。その祖国には主権があり、その祖国には国土があり、その祖国には国民がいます。また、そこは単一民族の血統の因縁があり、他の民族にはもち得ない歴史があります。
 このような祖国のために、私たちは、密使の使命を遂行しなければなりません。そのような使命を自ら早い時期に完遂すればするほど、祖国光復の基盤が徐々に近づいてくるのです。
 今日、苦労の代価を払うのは、祖国光復の1日を早く迎えるための基盤となるのです。そのような事実を考えながら、皆さんは、生きて密使の使命を果たそうという決意をもって進まなければなりません。
 そうしなければ、この時代に神様が私たちにもたらしてくださる世界史的な祝福と天運を、私たちのものとして迎えることができないのです。(29-40,1970.2.16)

(2022.5.1:写経奉献)

 

2)入籍のための条件

 ①所有権、血統圏、心情圏転換

  イ)所有権転換

 

 皆さんは今後、新しい国に入籍しなければなりません。ところで、神様が万物を造ったのちに人を造られたように、万物を先に入籍させてから人間が入籍して、神様とつながれなければならないのです。そのための歴史が六千年歴史に該当します。
 旧約時代は万物を通して、成約時代は父母を中心として、天とつながっていくのと同じように、このすべての過程を経ていかなければならないのです。
 ところが、これが今日私たち統一教会の限界圏の中だけで行われてはならないのです。国家を超えて世界まで拡大して、そのような歴史を完全に終結させなければ、完全な復帰の1日を迎えることができないということを知らなければなりません。(23-232,1969.6.15)

 

世の中のすべてのものが、堕落した父母からサタンの前に流れました。今後、父母様を中心としてすべての家庭がこれを復帰するためには、自分たちの所有物があってはならないのです。自分の所有物があってはならないということです。
 自分の体も自分のものではなく、息子、娘も自分のものではなく、夫も自分のものではありません。すべてアダムの所有として決定されなければなりません。エバの所有になってはいけません。自分の所有に決めてはいけません。
 アダムの所有として決定したあと、神様の前に戻して神様のものとして認められてから、再度アダムを通してもらって、初めて自分の所有権時代が来るのです。
 天国に行って入籍を終えることによって、そのようなことが起こるのです。そうして初めて皆さんは、地上で、エデンの園で堕落せずに万物を所有していた主人の立場を復帰するのです。そうしてこそ地上天国に入っていくのです。(165-284,1987.5.27)

 

 自分の持っている物は、すべて自分の物ではありません。天の前に返して接ぎ木されなければなりません。ですから、自分の物ではないのです。自分のものという所有権はありません。真の愛を中心とした主人はアダムではありません。天が中心なので、天を主人として、自分はその相対的な存在、対象的な立場に立つということを考えなければなりません。ですから、所有権はまず、誰にあるべきかというと、神様になければならないのです。(219-214,1981.8.29)

 

 財産を自発的に捧げなければなりません。ところが、そのように捧げる人がいません。自分の家、自分の所有をもち、先生の命令に従わない人たちは、困るというのです。今、このような話を聞く人たちがあとで入籍するとき、自分の家のようなものがあれば、引っ掛かるのです。先生は、何もありません。先生がお金をたくさん稼いでも、世界のためにお金を稼ぐのです。それは、誰かのためではありません。万民を救うには、国家をすべて溶かして水のように注いで使わなくてはならないのです。
 このように緊急な時において、そのように溶けないというような人は、天の恩讐、反逆者です。日本の国を失ってしまった場合に、王権を復興させなければならない問題が提起されたとき、家だけではなく、命までも捧げるのが忠臣です。
 しかし、これは日本だけの問題ではありません。天宙を建設するのですから、何であっても、すべてのものを天のために捧げるという決心のをしていなければいけないというのです。(286-238,1997.8.11)

 

 被造世界はサタンの所有であって、神様の所有ではありません。今後は、所有権回復ということがあるので、天下は戦争せずに一つになるのです。今後、一族が財産とすべてのものを合わせて天に入籍するために、世界の歴史上にかつてなかった行列が続くことでしょう。誰が先にそこに入籍するかによって、兄となり、弟となるのです。(208-346,1990.11.21)

 

 真の父母の名を中心として、神様のみ旨の平和世界ができ、統一圏ができたここにおいて、家庭的に入籍するという事実は、国家が一瞬のうちに戻ることができるということです。
 入籍した氏族的メシヤが12家庭いると考えてみてください。その国は、どうなるでしょうか。一瞬のうちに戻るのです。日本も、すべての国も問題ありません。完全に一度に復帰されるのです。
 それはどういうことかというと、神様を中心として、アダム家庭以後に堕落した全体を、愛で許して抱こうという意昧なのです。(269-57,1995.4.7)

 

 そのような時代が来たので、先生は号令をかけるのです。「早く氏族復帰をしなさい! 所有権を神様に返しなさい! 早く入籍しなさい!」と、それが人間としての最大の希望です。先祖以来、数千代の希望がここにあるのです。骨の髄に刻んで、忘れてはなりません。そうすることによって、未来の日本において、黎明の朝が過ぎ、輝く太陽を迎える喜びを体恤することでしょう。(227-107,1992.2.10)

 

 所有権を神様にお返しするためには、真の父母の名前を通さなければなりません。真の父母の名前を通さずには帰る道がありません。
 ですから、世界統一は統一教会を中心として成されざるを得ません。手を出さなくても、お互いがもっと早く入籍しようと列をつくって待つようになるでしょう。1番目になるのか、2番目になるのか、3番目になるのかを争いながら、全力で争う時が来るでしょう。(198-242,1990.2.3)

 

 皆さんは、総生畜献納祭、献納祭物を捧げなければなりません。エデンで偽りの父母によって奪われていったではないですか。真の愛をはじめ、そっくりそのまま奪われたのです。それで、そっくりそのまま総生畜献納祭です。生きているものまでも祭物として捧げなければなりません。分けてはいけません。そこに自分の中心として貯金通帳を残し、息子、娘、自分の取り分をつくって残しておいてはいけません。
 アナニヤ夫婦が家を売っておいて、半分だけペテロに捧げて、その場で即死したではないですか。それを知っていますか。目の前で、目前で葬られるのです。そのような時だというのです。(302-44,1999.5.18)

 

 「総生畜献納祭」とは何でしょうか。堕落した偽りの父母が、天の世界を奪ったどろぼうになりましたが、真の父母を中心として世界をすべて一つに結んで捧げなければなりません。
 捧げるまでは、先生が主人として振る舞うことができません。地上の王権、天上の王権を立てて引き継いでから、基盤を築いてこの地上で生きてから行かなければなりません。そうしてこそ地上・天上天国が完全に合徳となるのです。合徳というのは、一体となることです。天地合徳、人間合徳という言葉があります。(299-48,1999.2.1)

 

 今ここにいる皆さんは、「総生畜献納祭」を捧げなければなりません。解怨統一式をしなければならないのです。
 今までは神様に祭物を捧げるときは、神側の所有物とサタン側の所有物に裂いて捧げました。神様にとって、それはどんなに悔しかったことでしょうか。二つに裂いた右側のものが神様のものであり、左側のものはサタンだというのです。これが人です。アベルであり、アダムです。神様の愛を中心として完全に捧げて、初めてサタンが離れるのです。(298-22,1998.12.31)

(2022.5.2:写経奉献)

 

  ロ)血統転換

 

 統一教会の「原理」を中心として見れば、今日、堕落した人間は、生まれるやいなや地獄行きです。そうではないでしょうか。生まれるやいなや地獄に入籍するのです。間違いありません。(48-200,1971.9.19)

 

 堕落後、偽りの血統でつながったすべての子孫は、サタンに入籍することになるのです。サタンの国、サタンの世界を奪い返すために宗教が現れたのです。宗教とは、体と一つとなり、分かれたものと一つとなるためにあるのです。(272-83,1995.8.30)

 

 再臨主は、イエス様が果たせなかった神様の復帰摂理の根本を完成するために来られます。すなわち、創造理想を完成する真の本然の種として来て、神様の真の愛、真の生命、真の血統の根源となる真の父母の理想を完成するために来られます。再臨主は、イエス様の時までに神側が勝利した根本摂理の土台の上に臨在します。
 すなわち、イエス様が成長される時までの勝利的な基盤の上に立って、イエス様が探し得なかった新婦を探し出して真の父母となり、万民を救ってくださるのです。真の父母は、血統を転換する新しい結婚行事を通して、全人類を神様の真の愛、真の生命、真の血統に接ぎ木し、真の人となるように救い、さらには真の家庭を築いて地上天国を建設されるのです。(282-223,1997.3.13)

 

 堕落によって偽りの父母から、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を受け継いで、偽りの結婚式をした家庭から始まった汚れたものを、完全に清算して復帰し、真の神様と真の父母の愛を中心として、私たち夫婦が外的には「頭翼思想」を立て、左翼、右翼を屈服し、内的には「神主義」、すなわち真の愛を通して良心世界と霊的世界を屈服して真の父母となることによって、神人愛一体となった真の愛の種、真の生命の種、真の血統の種を接ぎ木して、大いなる祝福を伝授してあげるという復活の儀式が、正に国際合同結婚式なのです。(275-58,1995.10.31)

 

 再臨主は、肉身をもって来られ、新たな血統関係を編成しなければなりません。アダム家庭で失ったものを、世界大家庭圏で蕩減することによって、アダム家庭で完成すべき真の長子権、真の父母権、真の王権を得て、神様が主管される地上天国に転換し、天上天国への入籍をして、神様を中心とした地上・天上王権時代へと進入し、勝利と自由と幸福と統一の世界を求めて、神様の創造理想である地上天国、天上天国を迎えるのです。これが救援摂理史の原理観です。(277-211,1996.4.16)

 

 蕩減復帰は、血統転換、所有権転換、心情圏転換が3大目標です。そのような内容について聞いたことがありますね。血統が変わったので、血統を転換しなければ、神様の国に連結され、入籍することはできないのです。血統の主人は、神様です。堕落の血統を受け継いで、盗みを働いて神様の所有権をめちゃめちゃにしたので、神様の愛で血統を連結することによって、これが整理されるのです。
 それゆえ、血統転換しなければなりません。堕落の愛の関係によって血が変わったのです。血統が反対になったので、血統を転換しなければ神様のもとに戻る道はないのです。(258-287,1994.3.20)

 

 今後、所有が誰のもとに戻らなければならないのでしょか。今までは神様の所有にはなれませんでした。悪魔の所有だったものを、神様の所有として入籍させなければなりません。血統転換をすることによって、祝福を受けると同時に、所有権を天に返還し、心情圏を返還しなければなりません。心情圏とは一族のことです。4代から8代までつなぐことができます。一つの心情圏です。おじいさんを中心として親戚になれば、4代、5代とつながり、それが8代となるのです。(272-214,1995.10.5)

 

 皆さんは、お父様、お母様に会うためにどのようにしなければならないでしょうか。皆さんは、父母様の前に直接出ることはできません。皆さんは、血統が違うので、入籍するまでは相続権をもらうことはできません。まだ、皆さんは入籍していません。先生の族譜に入籍しましたか。していないのです。では、いつ入籍するのでしょうか。祝福を受けたからといって、みな入籍するわけではありません。祝福を受けた位置は、長成期完成級です。完成期の7年路程が残っているのです。それが原理です。その原理を中心として復帰していくのです。(139-279,1986.1.31)

(2022.5.3:写経奉献)

 

  ハ)心情圏転換

 

 天国へ行く条件があります。自分の家庭をもたなければ行くことができません。神様の息子、娘である以上、息子、娘としての使命があります。様々な使命を果たした上で、永遠の世界で真の父母と会うようになっているのです。そのような公式の内容を完成しなければ会うことができません。祝福を受けただけでは、天国へ行く門は開かれても、歩いて入ることはできません。先生の言うとおりに実践して、氏族のメシヤを完成した立場で入籍しなければならないのです。(250-112,1993.10.12)

 

 心と体の統一世界をもつには、神様の本質的愛を回復しなければなりません。そのような命題が残っているということを知らなければなりません。どんな苦労があったとしても、これを克服して、その境地を取り戻してから霊界に行かなければ、大変なことになります。このような真の愛の論理を中心として考えるとき、私たち人間がそこに一体化して共同一体圏内に入るので、神様の生命が私の生命となり、神様の愛が私の愛となり、神様の血統が私の血統になるのです。「神様の所有である被造世界は、私の被造世界だ」と言って、天下を抱く父母の名をもち、そのように生きなければ、天国に入籍することはできません。(200-230,1990.2.25)

 

 皆さん、祈祷してみてください。祈祷すればするほど、涙で前が見えなくなります。父の前に近づけば近づくほど、悲しみと痛哭が起こるのです。このような段階を越えて、父を思っただけで踊りたくなるようでなければならないのに、いまだにそうなっていません。ですから皆さんは、いまだに神様が私たちを本然の人間として慕うことができなかった歴史的な条件に引っ掛かり、時代的な条件に引っ掛かっているのです。ですから、希望となれなかった皆さんには、天と自分の間にある「慕わしさ」という条件を清算すべき時が、今後、来るということを知らなければなりません。
 それから何をしなければならないのでしょうか。天の家族として入籍できる日を待ち望まなければなりません。皆さん一人だけが待ち望むのではなく、全世界の人類が待ち望まなければなりません。(8-114,1959.11.22)

 

 皆さんが真の父母権を相続しなければなりません。そして、真の子女権、真の父母権、真の王権を中心として、真の父母権と一体化した天地とならなければならないのです。そこでは、まず地上天国、第2に天上天国、第3に王権と皇族圏です。皇族圏とは何でしょうか。カイン世界が残っています。カイン世界の長子権を復帰して、次子として絶対服従させて天国に連れていってこそ、皇族圏ができるのです。堕落しなければカインも皇族になるはずだったのですから、地獄に行くのを、天国に行けるようにしてあげなければならないのです。
 それで皇族圏が出てくるのです。次に、何ですか。侍義、侍る家庭生活を完成しなければならないのです。天上、地上、そして王権と皇族圏を中心とした勝利の基盤の上で何をしなければならないかというと、真の父母に侍り、神様に侍る家庭を完成しなければならないのです。天と縦的な関係を結んで、すべて入籍しなければならないのです。すなわち、先祖の立場に立たなければならないということです。(274-183,1995.10.29)

 

 真の父母の恵みは、言葉では表せないほどの恩恵だということを考えなければなりません。天下の、そのいかなるものとも替えることはできないのです。自分の一族が問題ではありません。自分の財産が問題ではないのです。この肥だめのような汚れたものを、神様が受け取りたいはずはありません。「ペッ」とつばを吐くのです。先生の息子、娘を通して、お母様を通して、先生までの3代を経るのです。天使長を通して、天使長の息子を通して、お母様を通して、お父様を通して、神様のもとに帰るのです。帰って本然の者となるのです。神様の血族になって、再び分配してもらわなければならないのです。それは、先生が勝手に言っているのではありません。摂理的な観なのです。(264-320,1994.11.20)

 

 ②氏族的メシヤの使命を果たさなければ

  イ)氏族的メシヤの使命

 

 これから、皆さんの根を整備しなければなりません。根は、どうなっているのでしょうか。堕落によって父母が駄目になってしまいました。ですから、真の父母を中心として、真の息子と娘を中心とした本然の父母権と長子権を中心として、逆にして越えていかなければなりません。ただ、そのままではできません。180度反対にしてこそ、再び出発することができるのです。どういうことかというと、皆さんが故郷に帰って、先祖を取り替えるべき運命が残っていることを知らなければならないのです。(178-99,1988.6.1)

 

 氏族的メシヤがすべきこととは何でしょうか。アダムが失敗したことをすべて復帰しなければなりません。真の父母が来て、イエス様が失敗したことを復帰し、アダムが失敗したことを復帰したのです。アダムは家庭的基準ですが、家庭的な根をアダム、エバから連結できなかったので、これを逆に、氏族的メシヤの立場において、自分の父母と氏族を復帰しなければなりません。それが祖父母、父母、自分、息子・娘の4代です。この4代を連結させて、今まで根がなかったので・・・・・・。自分の父母を中心として、根を代置してあげるのです。(210-273,1990.12.25)

 

 氏族的メシヤとは、父母の位置に立つことです。父母の位置において息子、娘を結び合わせるのです。宿命的です。避けることができません。それができなければ、あの世に行っても入籍できません。立つ瀬がないのです。自分の位置を定めてもらうことを有り難く思わなければなりません。先生が与え得る最高の贈り物であり、先生が一族の前でできなかった歴史的な恨を解くことを、代わりに皆さんにさせるのです。そうすることによって先生の父母が解放されるとともに、皆さんの父母まで恵沢を受けるのです。皆さんのお父さん、お母さんが、堕落していない父母として登場するのです。(220-39,1991.10.13)

 

 自分の氏族を復帰するためには、氏族的メシヤの責任を果たさなければなりません。このような命令は、歴史上にありませんでした。氏族的メシヤの立場は、第二の真の父母の立場であり、イエス様の立場よりも上なのです。そのような立場を賦与されたという、とてつもない価値があるのです。これは、いかなるものとも替えることができません。
 なぜ氏族的メシヤとして責任分担を果たさなければならないのでしょうか。最初の理由は、皆さんの父母を救わなければならないからです。父母は第一のアダムの立場であり、皆さんは第二のアダムの立場にあります。父母を復帰して再創造し、アダムの使命を完遂しなければなりません。
 第2の理由は、皆さんには故郷が必要だからです。氏族的メシヤの使命を果たすことによって、自分の故郷をもつことができるようになるのです。結局、氏族的メシヤの責任分担を果たさなければならない理由は、アダム家庭の完成のためです。具体的には、氏族を教育するということです。(宗族的メシヤ-178)

 

 ここに来た皆さんは、金氏ならば金氏家門のメシヤのような使命を果たさなければなりません。
 金氏家門ならば金氏家門、朴氏家門なら朴氏家門において、天国を創建するに当たって、その氏族を代表して「私がメシヤだ」と考えなければならないのです。救世主だと考えるべきだというのです。金氏家門を救う救世主だと考えるのです。そのためには、金氏家門全体を代表して、祭司長的な責任を果たさなければなりません。(155-265,1965.10.31)

 

 入籍というものがなければ、天国の国民になることはできません。宙に浮くことになるのです。そうなればサタンが思いのままに前後、左右、上下から攻撃するのです。今、皆さんは、真の父母様に代わって、氏族的メシヤの使命をもって自分の父母を解放することのできる立場に立っています。(236-322,1992.11.9)

 

 なぜ氏族的メシヤが必要なのでしょうか。氏族的メシヤがいなければ、家庭基準を中心として連結されません。そのようにならなければ、皆さんの故郷があり得ません。先生には故郷がありますが、皆さんの故郷はないのです。家庭をすべて復帰したならば、今後、入籍時代が来ます。入籍時代になれば、支派編成が行われ、入籍する順序が決まるのです。先に入籍する人々が兄となり、彼らを先祖のように侍る新しい体制ができます。全世界がそのようになって、初めて地上天国が完成されるのです。(210-273,1990.12.25)

 

 絶対的に氏族的メシヤが必要です。それができない人は、第一・第二アダム圏を連結することができません。先生とつながることができません。入籍することができません。ですから、絶対的に氏族的メシヤが必要ですか、必要ではありませんか。必要なのです。そのような天の恩寵について何の価値も分からない人は、宝物をもらっても、その価値あるものをないがしろにします。そのようにいい加減に考える基準に応じて、審判を受けるのです。氏族さえ復帰すれば終わるのです。(192-233,1989.7.4)

 

 祝福を受けることによって、天国への入籍が可能になります。そして、ようやく人間が天国を得るのです。天の家庭を得て、天の氏族、天の民族、天の国家、天の世界を経て、天宙を経て国を得ることになり、その国に入籍することによって天国の国民になるのです。真の父母の血族が入籍するはずでしたが、堕落することによって長い歴史を経て世界の中から奪ってこなければならなくなりました。ですから、ここにおいて氏族的メシヤの責任を果たすことで、イエス様が失敗したことを蕩減復帰しなければならないのですが、そのためには世界各国に責任をもって、その国を天国に捧げなければならないのです。(269-303,1995.5.1)

 

 氏族的メシヤがたくさん現れて、彼らが一つになり、氏族的メシヤを中心として自分の国を復帰する運動が起こるのです。東で西で、360度で祝福家庭が生まれ、誰が頂上に上るか競争するのです。天の国に入籍するまでは、先祖の立場を得ることはできません。先祖の立場が得られなければ、いつ押し出されるか分からないのです。(269-93,1995.4.8)

 

 統一教会に通いながら20年間に何人を伝道したかということで等級をつけるとすれば、その間一人も伝道できなかった人は、寄生虫のようなものです。今後、入籍するときは、その数を重要視するのです。入籍時代に入るのです。自分の家庭を中心として一族にならなければなりません。アダム家庭は、アダムの一族です。
 アダム家庭を中心として考えると、アダム家庭の息子、娘がいて、一族がいるならば、国が形成されるのです。そうなれば、じっとしていても国は形成されるのです。(240-27,1992.12.11)

 

 自分の家庭を中心として、息子、娘がいて父母がいるので、3代がいることになるでしょう。自分の縦的な基盤を中心として、横的には平衡に家庭の理想をすべて受け継げる、数百、数千の家庭があるのです。それを連結すれば国になるのです。そのままにしておいても国になるのです。世界は、複雑で困難なものではありません。(240-27,1992.12.11)

 

 統一教会の教団は、氏族です。氏族なのです。私の血が共に動くのです。私が涙を流すならば涙を流さなければならないし、私が喜べば喜ばなければならないのです。血族なのです。五色人種を超えて、文化背景の異なるすべての国家基準を超えて、壁を打ち破って一つとなった新しい天国を創建するための民族です。この民族が聖なるものとされるとき、天国の創国(注:国を建てること)が顕現するのであり、そのような聖なる創国の民族として生きていくとき、創世界がなされ、その世界の上に天宙的な地上天国と天上天国が連結されるのです。(168-136,1987.9.13)

 

 今、先生は、皆さんにメシヤという名を与えました。氏族的メシヤ! ですから皆さんは、どうすべきでしょうか。メシヤとして何をしなければならないでしょうか。国家的メシヤ、世界的メシヤ、天宙的メシヤになり得るあらゆる準備をしておきました。山のような大きな宝物を皆さんのために準備しました。皆さんがメシヤになりさえすれば、宝の山のようなものをすべて相続するのです。水道管のようなものがつながっていて、水が流れていくように、皆さんに相続させるのです。(189-247,1989.4.9)

 

 氏族的メシヤが安物だとでも思っていますか。賢い先生がメシヤの使命を果たすために一生を捧げても到達していないので、恥ずかしく思っているのです。皆さんにとって、「氏族的メシヤ」という言葉は驚くべきものです。イエス様よりも貴い価値ある立場に立てるのです。そればかりでなく、統一教会に反対し、誹謗中傷してきた人をも、堕落していないアダムの立場に引き上げてあげるのです。この世の中に、そのような話がいったいあるのでしょうか。語っているこの文なにがしという人は、真の父母様の位置にあるので、今まで話してきたすべてのことを成し遂げてきました。成し遂げられなかったことはありません。(219-150,1991.8.29)

 

  ロ)160家庭完遂は必須

 

 皆さんの一族をすべて祝福家庭にしなければなりません。160家庭から180家庭です。そうして初めて入籍するのです。これを中心として国を救うことができるのです。このような時が来たのですが、氏族的メシヤにならなければならないでしょうか、なるべきではないでしょうか。個人の救いの時代ではありません。家庭と、氏族と、国家と、世界が一度に帰り得る時になったのに、家庭的基準で座り込んでしまえばどうなるでしょうか。(285-207,1997.5.4)

 

 祝福を受けた家庭は、氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。イエス様が失敗したことを、家庭的メシヤを中心として160軒、120軒を一つにできずに死んだがゆえに、今の時は世界的舞台で160軒を一つにすることによって、イエス様が失敗した基準を中心に、地上に着陸できる家庭的メシヤを形成して、堕落していない真の父母の歴史をつくることができるのです。そうなって初めて入籍がなされます。国に入籍することができるのです。自分の国になるのです。そうなれば、国に入籍し、戸籍に載るのです。先生は、迫害されながらなしてきましたが、皆さんは、歓迎されながら160軒をなすことができるのです。ですから、先生が反対されながら160カ国やったものを、160軒で歓迎されることによって蕩減復帰するのです。(266-182,1994.12.25)

 

 王権時代になったので、多くの国、160の国家を中心として、先生が神様の代わりにメシヤを送るのです。神様は、一人のメシヤを送って今まで救いの歴史を展開してきましたが、先生は、神様の救いの歴史において地上に着陸し、サタンのいない世の中になったので、平面図上で全世界の祝福家庭に氏族的メシヤの使命を完遂させるため、世界に配置したのです。この氏族的メシヤが家庭的メシヤを引き連れて国に入籍するようになれば、世界に通じる基盤が開かれるのです。274-184,1995.10.29)

 

 160の国家さえ一つになれば、世界と天宙は自然に一つとなって結ばれるのです。先生は、160の国家を完成したということを知らなければなりません。皆さんがいかにして160軒をするかということが問題です。いかにして、氏族的メシヤとして160軒を救うかということです。そのようにして真の父母が160の国家を完成したのを連結するのです。ですから登録するのです。そのようにして皆さんの家庭が回れば、160家庭を中心として、国が回り、160の国家がすべて一度に回るのです。ですから氏族的メシヤが必要なのです。(267-110,1995.1.3)

 

 アダム、エバが堕落することによって、アダム家庭を失ったばかりでなく、アダムの一族を失いました。7代です。7代を経たならば、アダムの一族を中心として、地上天国の基盤を完成するはずでした。7代が神様の血統を中心として結ばれなかったのです。7代だと何千家庭になるでしょうか。個人・蘇生、家庭・長成、氏族・完成です。これが一つのカテゴリーです。これを切り離すことはできません。3段階過程です。ですから、み旨の道では、皆さんは一人で生きることはできません。家庭のために生きるべきであり、氏族のために生きなければなりません。その氏族を越えることができなければ、世界の国家圏に加わることができません。氏族編成ができなければ、世界国家、世界版図の上に入籍できないということは、皆さん、知っていますね。160家庭以上祝福をして、初めて天国に入籍するのです。これは話だけではありません。このとおりにしようということです。(275-214,1995.12.30)

 

 氏族的メシヤがいなければ、復活し得る重生の橋を失うということを知らなければなりません。氏族的メシヤが160家庭を立てることができなければ、入籍できません。入籍において数千代の差が開くのです。50億人類が歴史的代数においての差が開くということを知らなければなりません。ですから、必死に氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。(265-142,1994.11.20)

 

 入籍する順序で先祖が決まるのです。つまり、誰が早く氏族的メシヤになって、先に入籍をするかによって先祖が決まるのです。イエス様が120門徒を登録しようとしたのですが、それができなかったので、再臨時代に160家庭を中心として登録しなければならないのです。180でもよいのです。みな「160家庭が良い」と言って、180家庭は願わないので、160家庭に定めたのです。6数はサタン数なので、サタン世界で完成しなければならないのです。4数は理想数です。4数の4倍は全体を象徴するのです。(253-83,1994.1.7)

 

 皆さんがいかにして160家庭をするかが問題です。それが氏族的メシヤの使命です。このように160家庭を連結して、皆さんの家庭を中心に160国家と連結するのです。それが失われたアダム家庭を完成することです。160家庭が絶対に必要です。どうして必要なのでしょうか。神様と真の御父母様が勝利したすべてを相続するためです。相続というのは、すべてが解放されて、神様のようになることです。
 皆さんは、氏族的メシヤがそれほどまでに重要だということが分かりましたか。これがなければ、先生についてくることはできないのです。つまり、天国に行けないということです。それはまた、サタン世界を解放できないということでもあります。ですから、いかに困難でも氏族的メシヤの使命を果たさなければなりません。そうしてこそ天国に入籍できるのです。登録するのです。そうしなければ入籍できないのです。(268-85,1995.3.5)

 

 なぜ160家庭かというと、これを世界に連結させるためです。ヤコブは12家庭、モーセは72長老、イエス様は120門徒、再臨主は160使頭です。使徒の頭ということです。イエス様は使徒といいました。「使頭」というのは私が初めて使う言葉です。誰も知らない言葉です。日本はエバ国家なので、先生が知っている秘密をすべて教えてあげました。
 韓国人の責任者も知らないことまですべて教えてあげたのです。それで責任が果たせなければ首が飛ぶのです。160家庭を解放できなければ、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムの勝利圏を相続できないのです。一次アダムの分しかしていなければ、二次アダム、三次アダムと関係を結ぶことができないのです。来たるべき再臨の主が、一次アダム、二次アダム、三次アダムをすべて完成して、一次アダム圈、蘇生の基盤さえつくるならば、接ぎ木してあげようというのです。(265-127,1994.11.20)

 

 先生は、40年間迫害を受けながら、160カ国に宣教部をつくりました。これからは、祝福を受けた家庭、統一教会のメンバーが氏族的メシヤとなって、160家庭を連合しなければなりません。それは一つの水晶体、結晶体のようなものです。先生は迫害されながらつくりましたが、今や統一教会の食口は、迫害されるのではなく、歓迎されながら自分の一族を救える時が来たのです。それができないという人は、資格がありません。160人に祝福を受けさせて初めて、国に入籍するための資格ができるのです。カナンの福地に上陸して、国を迎え得る立場に立つのです。(252-288,1994.1.1)

 

 世界が先生の言うことさえ聞いていたならば、1952年から地上に平和の世界が、天国ができていたはずです。今日、皆さんに語っている「氏族的メシヤ」を派遣していたことでしょう。そうしていたならば、全世界のキリスト教徒は八億ですが、世界の8億の人が先生の側にいるのですから、一つの町内に1軒、一家3代がみな氏族的メシヤということになるのです。そうすればサタン世界は、完全に退くのです。そうして憲法を中心として、すなわち今後の世界をいかにして治めるかという憲法を制定して、治めるようになっているのです。
 ですから今後、家庭を中心にどう進むべきかということは、まだ教えていないのです。一つ知っておくべきことは、大移動の時代が来るということです。先生の言う氏族的メシヤとなって、百六十家庭を祝福した家庭は入籍が可能です。先生を1代として、2代、3代、4代というように、先祖を定めるのです。先祖を立てれば王権ができるのです。王権の血族をつくらなければなりません。(273-46,1995.10.21)

 

 実績のない人は、神様には必要ありません。愛を中心とした実績がなければなりません。ですから、皆さんも36家庭、72家庭、120家庭、一族を率いてこそ天国に行くことができるのです。それができなければ入籍はできません。原理がそうなっています。そうですか、そうではありませんか。36家庭という威信を掲げていますが、ただ掲げているのではありません。恐ろしい立場なのです。サタンも誰かをつかまえて、その前で攻撃するかもしれません。(303-166,1998.8.17)

 

  ③天国の支派と族譜編成

 

 国を復帰するようになるときには、皆さんすべてが入籍しなければならないのです。入籍とは何か知っていますか。族譜をつくるのです。これから統一教会を中心として国に入籍する時には、族譜をつくらなければなりません。族譜をつくる時は、必ずすべてのものを天の前にお返しするのです。多くても少なくても、すべて精誠を尽くして自分の生涯のすべてのものを、生命の代わりであるすべてのものを国に捧げるのです。
 最近、なぜ税金をあのようにたくさん定めたと思いますか。すべてかき集めていくというのです。98パーセントまで、かき集めていくというのです。それはなぜそうなのかというと、国に捧げなければならない時が来るので、そのようにするのです。全世界がそのように回っていっています。それは、知らないからそうだというのです。そのようになることによって、そのような伝統を受け継いで世界が一つになって祝福を受けるとき、世界のすべてのものを天の前にお返ししなければなりません。(101-289,1978.11.7)

 

 

 今後、皆さんが天国に登録するという新しい出来事が起こるでしょう。戸籍に載せなければなりません。戸籍に載せるためには、国がなければなりません。国がなければ入籍することができません。国がどんなに重要かを知らなければなりません。国があってこそ、その国を通して神様が思いどおりになさることができ、そうして初めて私たちにも迫害圏であるサタン世界を踏み越え得る基盤がつくられるのです。ですから、食べるときも、何をしていても、いつも国のことを考えなければなりません。(54-228,1972.3.24) 

 

 戸籍が変わらなければなりません。戸籍を新しくつくらなければなりません。サタン世界の戸籍は、すべて滅びるのです。それは、地獄圏に属するものです。ですから、天国の戸籍に入籍し直さなければならないのです。今日、それをはっきりと知って、今後、私たちの取るべき姿勢を整え、私たちの周辺にこの事実を伝えなければなりません。そのために、中心存在はいつも、投入して忘れなければなりません。(251-273,1993.10.31)

 

 天国に新しい族譜が編成されるとき、入籍が行われるのです。(105-189,1979.10.21)

 

 160カ国を中心として160家庭が一つになることにより、入籍時代となるのです。今、皆さんが生まれたとすれば出生届けをしなければならないし、結婚すれば婚姻届をしなければならないし、死ねば死亡届けをしなければならないのと同様です。国ができれば、憲法を中心に、戸籍であるとか、それに関する体系によって管理する基本法ができなければなりません。その国に入籍するためには、160家庭が完全に一つになって入籍しなければならないのです。
 入籍するとき、母国語を知らなければ入籍できません。言葉と文化と生活環境が完全に真の父母のものでなければなりません。真の父母様の文化圏を相続して心情文化世界を代表した、そのような家庭とならなければ、天国に入籍できる資格が剥奪されるのです。(276-216,1996.2.24)

 

 天国の法を守って、天国の王宮法を尊重視することができなければなりません。今後、南北が統一された世界、そのすべてに対して備えなければなりません。その訓練が残っています。その時に、誰でも入れるのではありません。入籍時代が来るのです。その時は、大学を卒業して、博士になって、大学の先生になることよりも難しいのです。自分の1代に一族の歴史をすべて編成して、それにパスしなければなりません。霊界、肉界から鑑定を受けて選出されるのです。
 そのように考えると、皆さんは、先生が今まで45年間指示してきたすべてのことにおいて合格ですか、不合格ですか。何分の1合格したかが審判の条件になるのです。これは脅迫ではありません。見ていてください。私の命令は、私がすべて勝利した条件を立てた上で命令していることなので、天国の訓示第1条の条件として、法的条件として残っているのです。それについての問答がなされるのです。(210-370,1990.12.27)

 

 憲法を作って法律を発表したのに、その法に引っ掛かるならば監獄行きなのです。「知りませんでした」という弁明は通じません。そのように考えている女性は今、悔い改めなければなりません。絶対に隠れて生きてはなりません。警告します。男性よりも女性に責任があります。男性は女性の言うことを聞くものです。どういうことか分かりますね。(250-344,1993.10.15)

 

 日帝時代にサタンが先に創氏改名する運動をして、私たち民族を教育しました。ですから今、姓を変えることが難しいでしょうか。日帝時代にも変えたのですから。そうではありませんか。私は、姓を変えるために来た人物です。族譜を掘り起こすために来たのです。気分が悪いですか、良いですか。僕の族譜を掘り起こして、王宮の王女、王子の族譜に入籍させてあげようとしているのに、嫌だという人がいますか。嫌ならばやめてください。そのような人は、滅びるべきです。ですから、喜ばざるを得ないのです。(39-111,1971.1.10)

 

 アダム1代から族譜ができていません。初めて族譜編成がなされるのです。家庭を中心とする入籍時代が来ます。そのような恐ろしく、驚くべき時代が来るということを知らなければなりません。(290-167,1998.2.18)

 

 ④民族大移動時代が来る

 

 氏族的メシヤとして入籍したときには、韓国語を知らなければ御父母様の近くに行って立つことができません。遠からず、そのような時が来るのです。入籍は、超国家的、超民族的にしなければなりません。民族大移動の時が来るのです。ですから民族的メシヤの活動を急いでしなければなりません。この世は、何でも先生の言ったとおりになります。そうなるようになっているのです。(253-48,1994.1.1)

 

 今後、入籍する順序を中心として、民族大移動が起こるのです。統一教会に反対する人は今後、荷物をまとめなければなりません。スターリンはサタン側の再臨主の象徴なので、サハリンの韓国民族を死ねとばかりに中央ロシアの砂漠地帯に連れていって捨てましたが、死にませんでした。
 韓国民族は、とても忍耐力のある民族です。団結して生き残りました。その時のように大移動するのです。その時は、強制的に移動させられましたが、今は、志願して移動せざるを得ないのです。原理原則がそうですから、天国に行くといって、自分たちが良い暮らしのできる所に行くことができるでしょうか。そうではありません。地上天国が顕現するときには、大移動が起こります。先に入籍した順番のとおりに、先生の側近となり、ずらりと並ぶのです。大韓民国で反対する人は、追い出すのです。荷物をまとめるのです。(253-299,1994.1.30)

 

 イエス様は結婚できなかったので、祝福を受けた人は、イエス様よりも上の立場に立つのです。ですから氏族が反対することなく、先生を歓迎する時代が来たのです。氏族的メシヤとして160家庭を糾合するのは、たやすいことでしょう。問題ないのです。早くそれをしなければなりません。それをしなければ、皆さんは一人残らず追い出されます。世界の人が行列をつくって来て、みな入籍するようになって、入籍する数が4000万を超えるとき、皆さんがそこから外れたならば、荷物をまとめて南米に、アフリカに行かなければならないのです。嫌でもそのような時が来るのです。大移動時代が来るのです。(274-175,1995.10.29)

 

 ここに来た人たちは、「そんなはずはない」と言うかもしれません。そのような人は、見ていてください。今に、荷物をまとめて遠い南洋に追い出されるのです。世界における7000万人以上の統一教会のメンバーが、入籍して入ってくるのです。すべて韓国に入籍してくるのです。それを知らない人はみな、荷物をまとめて退くようになります。大移動が起こるのです。起こらざるを得ないのです。そのような困難な世界を知っているので、皆さんを集めて深刻にみ言を伝授してあげているのですから、よく聞いてください。ここに来ていた人が死んでから、「どうしてあの時はっきりと言ってくれなかったのか」と言ったときに、私が引っ掛かることのないように、はっきりと語ってあげるのです。(283-211,1997.4.12)

 

 国があって初めて入籍がなされます。出生届け、婚姻届け、死亡届けを出すのです。私たち統一教会の多くの家庭が祝福を受けましたが、今は誰も手続きすることができません。手続ができないのです。国がないので、みな新しく登録しなければならないということを、知らなければなりません。
 ですから大移動が起こるのです。北極の人が南極に、南極から北極に行くのです。今後、手続きをする順によって、国と支派が異なってくるのです。大移動が起こるのです。(278-327,1996.6.23)

(2022.5.4:写経奉献)

 

 

3)四位基台入籍続一祝福

 ①三時代大転換一体圏統一祝福式

 

 地上では真の父母によって祝福を受け、天上では興進君によって祝福を受けたのですが、父と息子が霊界と肉界に別れて祝福したものを一つにしなければなりません。地上の父母様を中心に、息子が霊界でしたことを地上に下ろして、父母様から皆さんが祝福を受けた基盤と霊界で祝福を受けた基盤を連結させて一つにし、父母様が地上で息子、娘を祝福する代わりに、霊界が天使長の立場で完成できる祝福基準の前に順応しなければならないのです。それゆえ興進君が地上に降りてきて、父と息子が一つとなった立場で一つの条件を立てて、父母様がなしたことをすべて興進君も共になしたといえる価値を認めるのです。(332-287,2000.9.24)

 

 80の老人が世界を回って祝福する時代は過ぎ去りました。皆さんが父母様の代わりに、興進君も霊界で父母様の代わりに祝福する時代を設定するのです。そのためには、私が地上にいる父の立場で、息子である霊界の興進君に祝福する権限を伝授し、霊界で祝福してきたすべての基盤も、先生が行っていつでも祝福してあげることのできる基準を、同等の価値を設定したのです。ですから、平面の場において、お父様の前に息子を立たせて祝福しようと、お父様が天上世界、霊界の息子の所に行って祝福しようと、同じ価値のものとして、統一された祝福家庭として意味をもたせるために、お父様が息子に祝福の権限を相続してあげるのだということを知らなければなりません。(332-287,2000.9.24)

 

 父親が霊界に行けば、兄になります。また、息子は、弟になるのです。ですから、父親の呼ぶ天の父も、息子の呼ぶ天の父も同じなのです。神様の前では、みな息子になるのです。ですから、同じ息子といっても、父親が先なので、横的な面においては兄の立場を代表するのです。
 ですから、父母様が父母様の立場を完成したということは、息子の立場の完成を、霊界でも地上でも同じ価値的内容を伝授し、一体化させるというようなことをするのです。父母様が、霊界の長子である興進君を呼んで、このように祝福された家庭を立て、一緒に統一的宣言をすることによって、先生が祝福をしてあげるのではなく、今後は興進君が祝福をするのですが、興進君がいなければ、顕進君がお父様の代わりに祝福できる時代になるのです。(332-289,2000.9.24)

 

 3代の息子、娘、祝福を受けた家庭は、絶対に堕落してはいけません。堕落したならばどういうことになるかというと、今までのように真の父母が来て救える道理の時代は過ぎ去るのです。血統が異なったのを完全に転換し、3時代の先祖を代表した王権を受け継いで、祝福できる大将となった夫婦の血統は、千年、万年たっても汚されてはならないのです。血統の汚れたものを受けてはならないのです。純潔を守らなければなりません。深刻です。
 「真の父母の名によって許してください」と、許しを請うことはできないのです。自分の先祖と自分の愛する兄弟を犠牲にしなければ、救う道がありません。それでもその血統はきれいな血統ではないので、はぎ取ってしまわなければならないのです。純潔な血統を残さなければなりません。深刻なのです。(332-291,2000.9.24)

 

 3代圏内にある祝福家庭は、どのようなことがあっても、堕落の悲しさを味わうような血族になってはならないことを警告します。(332-294,2000.9.24)

 

 入籍特別修練会に参加した女性たちは、入籍することによって、息子、娘に責任をもち、母と息子、娘が一つとなって父を完全に悔い改めさせて、堕落していない父母の立場に立てることによって、来たるべき真の父母のあとに従って、神様を玉座にお迎えし、天宙のすべてを喜びの心をもって旧約時代、新約時代、成約時代、万物と息子、娘と自分たち夫婦をすべて捧げる立場に立たなければならないのです。
 愛の実権を再び相続したその立場が故郷の地への出発の場であり、祖国光復の出発の場なので、今後、全体的歴史時代で願ってきた、祝福家庭がなせなかったすべてを蕩減して、南北統一のこの混乱時代に責任をもたなければなりません。
 私たちの手で祖国光復することによって祖国を建てるのであり、本郷の地を求める厳粛な課題に出征した兵士の母であり、息子、娘であるので、天地全体が協力して、一方通行で、勝利に向かって1歩1歩前進するための出征命令であることを知らなければなりません。兵士となって、天の威信と伝統に汚点を残すような家庭、一世、二世、三世となるのではなく、霊界の先祖の前に恥じることのない、誇らしい家庭となることを天地父母は願います。祝福された長男の興進君、顕進君、一族全体を合わせて願いますので、その目的達成のために、1寸の狂いもなく一体理想を完成させ、天地の勝利的王子、王女となることを願います。アーメン!(332-298,2000.9.24)

 

 地上世界の真の父母の勝利圏を、天上世界の長子圏を代表した興進君を中心とした勝利の伝統とし、一体的理想をもって伝授したことを宣布いたしますので、天地の存在は感謝の心で永遠不変の愛の国と、愛の地上天国、天上天国を抱いて、ありったけの精誠、忠誠を尽くし、孝子、孝女、忠臣、烈女、聖人の道理、聖者の道理を果たします。お誓いします。アーメン! お誓いします! アーメン! お誓いします! アーメン!(332-302,2000.9.24)

 

 ②四位基台入籍

 

 家庭的基盤でなければ入籍することはできません。真の父母というのは、家庭を中心として祝福の基盤を代表した世界的家庭なので、それと相対圏をなして入籍しなければなりません。家庭的出生を届け出なければならないのです。真の父母のみ名を中心に、神様のみ旨の平和境ができ、統一圏ができるそこにおいて、家庭的に入籍するという事実は、国家が一瞬のうちに帰ることができるということです。(269-55,1995.4.7)

 

 アダムとエバが家庭的に堕落することによって、サタンにすべてを入籍したのと同じように、今度は皆さんの家庭を中心として皆さんの国と全体が入って、天に入籍して戻ってこなければならないのです。これは原理です。堕落するときに、家庭を中心として堕落しました。
 ですから、それを蕩減しなければなりません。この原理があるので、この世界の大統領がいれば、その世界を引き連れて天に登録しなければなりません。登録したならば全体が、その国全体が救われるのです。(184-96,1988.12.20)

 

 皆さんは、家庭を中心に入籍しなければなりません。ところが皆さん、まだ入籍していませんね。今後、恐ろしい時が来るのです。それに関しては具体的に説明しません。もしも引っ掛かるようなことがあれば、切ってしまわなければなりません。それが正に原理の法度なのです。(28-333,1970.2.11)

 

 皆さんは、天を愛するように父母を愛さなければならないのであり、天と父母を愛するように兄弟を愛さなければなりません。自分の家庭と兄弟を愛するように万民を愛する人は、天国の民としての資格をもつ者として登場することができるのです。入籍できるということです。(190-122,1989.6.18)

 

 潮が満ちてくるときは、初めはとても早く満ちてきます。どんなに早いことでしょうか。ところが、満潮となって交代するときは、1分以内に代わるのです。恵みの圏内で1分間だけ水平となって同じ立場に立てるということです。ですから、統一教会の熱心な青年たちが、サタン世界の人と、同じ祝福の位置に立って、50億人類が一朝一夕に、すべて統一されるのです。それで数万代が横的に連結されるのです。それから国家編成をするのです。国家というものを編成するときに、再び先祖として登場するのです。(253-299,1994.1.30)

 

 これからは、祝福を受けたならば、一族に責任をもたなければなりません。押されてでも、強制的にでも祝福を受けたならば、天国に入籍するチケットをもらうのです。(283-295,1997.4.13)

 

 ③入籍家庭に対する真の御父母様の訓示

 

①純潔な血統を死守せよ

②一心定着

③子女に対する真の愛の実践教育

④国境撤廃と交差結婚

⑤祖国光復と天国創建

⑥訓読経、原理暗記

⑦家庭盟誓の実現化

⑧正午定着(333-233,2000.9.26)

 

 ④祝福家庭婦人動員と祖国光復

 

 これから家庭が責任をもって越えていく時になりました。このようになったあとに入籍が起きるのです。したがって、妻を送りださない人は引っ掛かります。引っ掛かれば、いくら先生にお願いをしても仕方ありません。先生もどうすることもできないのです。(37-264,1970.12.27)

 

 今後、皆さんの一族がすべて天に入籍しなければなりません。今回、動かなければ、入籍できないのです。ですから祝福を受けた家庭を動員しなければなりませんか、しなくてもよいでしょうか。既成家庭はどうでしょうか。既成家庭の皆さんが、「既成家庭は動員しよう」と言うならするし、しないというならしないで、自由です。また、皆さん以外の人も、しようというならして、しないというならしないで・・・・・・。我先に動員しようとするというのです。今、そのような時が来たのです。(164-292,1987.5.17)

 

 父の前に、天国のすべての祝福を受け継ぎ、母を通して母の伝統を受け継ぎ、父母の伝統を受け継いで代表としてきたのが長子であり、長子の伝統まで受け継いだのが次子だということです。ですから、父の命令に母が絶対服従して、母の命令に長男が絶対服従して、長男の命令に弟が絶対服従しなければならないのです。そのような家庭にならなければ、神様に仕える家庭になることができないというのが、原理的総観です。総観です。(283-56,1997.4.8)

 

 先生は、天の心情をあまりにもよく知っているので、誰かが一言でも語るならば、痛哭するのです。天下を統治し万国を治めるべき神様が、主権者の中の主権者となって、万世の大王のあらゆる権威をもって、万民を父子の関係の世界として統治しようという理想が蹂躙されたという事実、それが恨なのです。この時点から私たちが立ち上がって、悪なる権勢をすべて破り、天の願ってきた主権を立て得る栄光の1日が、私たちの目前に迫っているのです。(164-216,1987.5.16)

 

 私たちが神様を中心とした自主的な国で生きられる希望の1日は、何ものにも換えることのできない価値ある時間なのです。霊界に行った人の中に、神様を中心とした国家圏内で生きた人はいません。先生は、それを知っています。私は、統一教会のメンバーを苦労させましたが、国を建てて摂理的国家圏で国をもった主権者の前に国民として堂々と生きてきたという、本然の人間像をもてるという事実が、どんなに権威あることかというのです。
 先生は一生の間、それを標準として生きてきました。今まで先生は、多くの人に苦労させましたが、その国の国民のために主権者としての神様に仕え、その心情を注いで、一生涯をそっくりそのまま捧げ得る栄光の日のために闘ってきたのです。(164-216,1987.5.16)

 

 私たちが復帰すべき祖国というのは、今日この地上にあるような歴史と伝統をもった国ではありません。そのような国とは本質的に次元が異なるのです。私たちが次元の異なるその国を受け継ぐには、そのための思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。ところで、その主体的な思想というのは、絶対者である創造主がいるとするならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。
 絶対者の願う国が存在するためには、その国の主権を中心として、その国の国民に一致することのできる国になることを願わなければならないのです。そのような国民性をもって国家形態を備えなければならないのです。その形態を保存できる資格をもつ人になれなかったので、その国は形成されなかったのです。(49-93,1971.10.9)

 

 今、私たちが生きている世の中に、祖国がどれほど多くあるでしょうか。大韓民国の人は、大韓民国を「祖国だ」と言いますね。北朝鮮の人は金日成を中心として北朝鮮を「祖国だ」と言います。日本人は日本が「祖国だ」と言い、中国人は中国が「祖国だ」と言います。多くの民族が、根源的な国家や先祖を中心として民族を形成したならば、それを中心として「祖国」と言うのです。しかし本来、人間世界の祖国は、何百、何千もありません。本来の祖国は、一つです。一つでなければなりません。(241-291,1993.1.1)

 

 私たちの祖国は、一つの国です。一つの国の中にある故郷を求めていくのです。「神様が共にいらっしゃる故郷、神様が共にいらっしゃる祖国、神様の名をもった祖国だ」と言える国がないのです。それはモスクワでもワシントンD・Cでもありません。ないのです。そのような祖国と、私たちの故郷の地を創建できる宝物を探そうというのです。(102-260,1979.1.14)

 

 先生は、横になりながらも、いつもそのようなことを考えました。ここは父の国の家ではないので、愛着がないのです。ここに愛着をもって、良い暮らしをしたり子を生んだりするのは、仕方なくしていることなのです。
 神様と霊界の霊人が祖国の統一を、どれほど待ち望んできたことでしょうか。どんなに待ちわびてきたことでしょうか。「たとえ自分は地獄で生きたとしても、天上の低い所にいたとしても、私たちの祖国が早くできてほしい」と願うのではないでしょうか。その祖国が顕現するとき、自分たちが解放されるのです。ですから特赦を下してあげなければならないのです。私は、監獄でもそのようなことをしてきました。門を開け放ったのです。肉界、霊界すべてにハイウェイをつくったのです。ですから、霊界がすべて父母様に対して、そのような方向に、一つの国へと進軍するのです。そのように願っているのです。
 霊界が地上のために、真の御父母様がうまくいくように祈っているのです。それを知らなければなりません。「地上の真の父母様、どうかよく闘って霊界の恨を解いてください。」。神様の願っていらっしゃるのがそのようなことではないでしょうか。皆さんは、これまで神様の国で生まれて暮らすことができず、この地のサタン世界で生きてきた期間が長いということを、恥ずかしく思わなければなりません。(164-218,1987.5.16)

 

4)入籍時代と私たちの責任

 ①入籍と真の御父母様の恵み

 

 今日の人類は、サタンの血統を受けています。ですから悔い改めなければなりません。天地の大主人の前に顔を上げることのできないほど、恥ずべき内容があるのです。しりまで隠して岩の後ろに隠れて、神様と呼ぶことのできない恥ずかしい子であることを知らなければなりません。愛の怨讐の血を受けたのです。ですから、涙と鼻水を流してはいつくばり、命を失ったとしても、「罰を受けて当たり前だ」と言うことができなければなりません。死んで埋葬された自分だということを知らずに生きる、かわいそうな人たちなのです。
 誰も知らないこの道を探すために、私がどれほど大変だったか分かりません。人生問題の根本を解明しなければ、解決することができないということを知ったとき、暗中模索していた若い時の苦痛は、皆さんには分からないでしょう。しかし、それを可能にする組織をつくって、言葉だけでなく実戦の途上において、それが証明された世界の版図をすべて備えました。今や誰でも走ってきて旗を受け取って後ろを向きさえすれば、天国に入ることができる時代が来たのです。(209-292,1990.11.30)

 

 自分自身がどれほど汚れた姿で悪臭を放ち、統一教会を汚し、サタンの舞台をつくってきたかを考えてみてください。それを考えれば、神様の前で、先生の前で体を伸ばして座っていることはできないのです。答えてみてください。それができますか。解放されて長子権を相続し、王権を相続できる自然な神様の愛圈と血統圏が中心となっている人ならば、それが可能かもしれませんが、皆さんは、そのような人になっていますか。腐って、いつ落ちるか分からないこの者たちが、自慢しているのです。このような事実を知らなければなりません。(206-255,1990.10.14)

 

 皆さんには何の資格がありますか。祝福を受ける資格があるでしょうか。祝福を受けようとここに来て座っているのですが、皆さんが統一教会に入ってから何年かの間にしたことは何でしょうか。祝福というのは、そのようにただ来て座っていれば受けられるというものではありません。千年の功を尽くし、万年の功を尽くしてから、その子孫が来て厳粛に千万回の謝礼を捧げながら、そして天上世界と地上世界の万民が仰ぎ見て、その日の栄光を称賛する中で、祝福を受けるべきなのです。果たして皆さんに、それができるでしょうか。(30-224,1970.2.23)

 

 文総裁の言っていることがうそかどうか、死んでみれば分かります。私の言っていることがうそかどうか、今すぐにでもこの場で一度死んでみてはどうですか。霊界の度数に合った道理を教えてあげたということを知って、その教えどおりに行かなければなりません。いずれにせよ一度は行かなければならない道です。文総裁の教えを受けなければ、その峠を越えることはできません。案内者がいないのです。
 ですから、天は今日、この滅びゆく世の中で私たちのような者を立てて、キリスト教が生きる道、自由世界、民主世界が生きる道を教えてくれるのです。今日ここで名実共に真の父母の論理が出てくるのです。(209-227,1990.11.29)

 

 「先生に似なさい」というのは良い言葉でしょうか、悪い言葉でしょうか。築かれてきた福をそのまま引き継がせてあげようというのです。先生が大きな峠を越えたとすれば、それを中心に同じ形をつくりなさいということです。そうすれば、その垂直線は同じなのです。(199-188,1990.2.16)

 

 これからは、皆さん全員が絶対愛、絶対服従する立場に立たなければなりません。エデンにある家庭には自己所有権はありません。神様と神様の絶対愛と血統が一つとなった立場に立った真の息子、娘になりさえすれば、宇宙のすべてが私のものになるのです。愛によって一つになれば、自分のものになるのです。(300-303,1999.4.11)

 

 ②家庭の伝統を立てよう

 

 天国の皇族圏を編成していく時代です。このどうしようもない者たち、今後ブルドーザーで押し倒してしまう日が来るのです。私の教えるすべての原理のみ言、教えるすべてのことを中心として、世界へ出ていくとき、この世界の伝統をせき止めることのできる韓国人がいるはずはなく、この世界の伝統をせき止める統一教会があるはずはありません。根を抜かなければなりません。
 目をつぶって断行しなければなりません。天国の伝統を立てるために刀を当てるときは、刀を当てる腹がなければなりません。私の目を見てください。とても早く話しますね。主張の強い人なのです。間違えたならば、許しというものはないのです。
 世界に向かっていく時代を前にして、そのような日がやって来るということを考えるとき、これからは厳粛に過去をもう一度悔い改めながら、自分の一身を整え、一家庭を整えなければなりません。(184-243,1989.1.1)

 

 これからは、世界がすべて入籍しなければなりません。12支派を中心に、入籍するときは、皆さんの一生、統一教会に来てから今までのすべてを一つ一つ記録しなければなりません。教会からふろしき1枚でも持っていったとするならば、それをすべて記録しなければなりません。それが霊界で記録されたコンピューターの記録と合っていなければ、皆さんは入ることができません。正直にすべて告白書を書いていかなければなりません。そのように、一度清算して越えていくべき時が来るのです。
 ですから、皆さんの祝福も、教会祝福、南北を統一したあとの祝福、世界を統一したあとの祝福があるのです。そのようなものなのです。
 短期間内に南北統一の時代が来ることを願わなければなりません。世界を越えて皆さんが祝福を受けて行ってこそ、天国に入るのであって、そうでなければ霊界に行ってとどまるのです。(212,59,1991.1.1)

 

 人間の価値的結論は、二つではありません。一つです。その価値的結論の中心とは何でしょうか。真の愛です。真の愛とは何でしょうか。真の愛の定義さえ下せずにいます。統一教会の思想は、愛を中心とした唯一の世界観です。個人はこう行くべきであり、家庭はこう行くべきであり、氏族はこう行くべきだということがはっきりと示されています。
 その法度は、レバレンド・ムーンの構想ではありません。天国の法度の反映体なのです。そうしなければ、霊界に行って入籍できないのです。(147-194,1986.9.21)

 

 もう、理論的に考えるならば、み旨に関して説明することはなくなりました。すべて終わったのです。これからは、紙切れを持って越えていく時です。ですから、神様と真の父母から歴史が始まり、今後、入籍時代が来るのです。ですから皆さんが入籍するのです。神様の息子、娘としてみな神様のように、真の父母のようになったでしょうか。言葉で言うのは簡単です。寝ても覚めてもこれを考えなければなりません。食べている時も寝る時も、どこへ行ってもこれを考えなければなりません。そのためには、祖国で暮らしてから行かなければなりません。(201-235,1990.4.22)

 

 人間の堕落によって、あってはならない内容が、天の道に反対する内容が、今日の人間世界に満ちているのです。これを払いのけなければなりません。これを裂いてしまわなければなりません。
 それは言葉だけではできません。サタンの愛を中心に、サタンの生命、サタンの血統につながるすべての民族は、それぞれ歩んできた歴史的文化背景を中心に、異なる習慣性、あるいは風習が各種各様に満ちているので、そのままでは除去できないのです。
 ですから聖書に、「自分の命を失おうとする者は生きる」とあるのです。それで逆説的な論理が成立するのです。命を失おうとしてこそ生きるのです。自分の命を投入しなければならないのです。
 ですから、すべてのものを漂白して洗濯し、言い換えれば、蕩減して復帰しなければならないのです。そのような過程が絶対に必要なのです。それをせずに、堕落世界で所有していた習慣性や罪悪性が残っている限り、天との関係を結ぶことはできないのです。(213-98,1991.1.16)

 

 救いの道というのは、皆さんが今まで生きてきた、そのままの習慣的生活を通して得られるものではありません。完全に蕩減の道を行かなければならないのです。救いの摂理は復帰摂理であり、復帰摂理は再創造摂理です。ですから、再創造されるためには、堕落する前のものと同じように、本然の位置、ゼロの位置に戻らなければならないのです。そこには意識もなく、習慣もなく、今の自分の金や李という姓もないのです。そのようなゼロの位置に戻らなければなりません。天の創造本然の基準を考えるならば、造られたすべての万物は、ゼロから出発したのです。(213-98,1991.1.16)

 

 統一教会のメンバーは、絶対に自分勝手に生きることはできません。自分の心をだますことができますか。自分の心を偽ることができない限り、天国の戸籍を偽ることはできません。すべてのことが籍に入るのです。
 私がこの手を挙げたとすれば、それがビデオテープにすべて記録されていますね。人間の世界でもそのように記録されるのですから、天国に記録されないはずはありません。祝福を受けたある夫婦について、ボタンを押しさえすれば、幼い時から、その先祖の時からすべて現れるのです。あっという間に出るのです。時間はかかりません。ここでは時間という概念がありますが、天国はあっという間なのです。(148-290,1986.10.25)

 

 女性が家柄の高い名家に嫁入りしたならば、いくら美人だとしても、その家の法度に従わなければなりません。法度に従えなければ追放されるのです。ですから、どんなに大変でしょうか。生活が合わず、習慣も合わず、風習が通じなければつらいのです。規則だらけの行路に従って愛し、それに拍子を合わせることは、容易ではありません。難しいのです。拍子を合わせられなければ、追い出されるのです。(184-243,1989.1.1)

 

 絶対服従! 絶対服従しなければなりません。これはお父様の話ではありません。原理的な観です。これは実際です。観念ではありません。絶対信仰! 絶対愛! 絶対服従! そうであってこそ個人主義が反対に行くのです。そうであってこそサタンが逃げるのです。サタンが逃げるというのです! ですから絶対服従が必要です。
 南・北アメリカがこのまま行きさえすれば、南・北アメリカは統一されます。絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。それがルール(軌道)です。このレールを走っていかなければなりません。そのような立場に立っているので、私は血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰をすることができるのです。一族をすべて復帰することによって、「国も私の国だ。絶対的に私の国だ! 絶対的に家庭、氏族、民族、国家が私のものだ!」と言うことができるのです。(269-94,1995.4.8)

 

 アダムとエバが絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を失って偽りの結婚をして、神の血統を失い、所有権を覆し、一族を滅ぼしたので、ここで絶対血統復帰をしなければならないのです。
 真の父母の純潔な血統を、永遠に自分の子孫に残すことができるように守らなければなりません。アダムとエバは、それができずに結婚したのです。私たちは、それを守って結婚し、絶対血統、絶対所有権、絶対心情圏を復帰しなければならないのです。それを標語とするのです。三大標語です。(269-94,1995.4.8)

(2022.5.5:写経奉献)

 

 

 

 

■天聖經(50) 第9巻「祝福家庭」 第3章 祝福家庭の摂理的意義

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第三章 祝福家庭の摂理的意義

1)36家庭

2)72家庭

3)124家庭

4)430家庭

5)777家庭

6)1800家庭

7)6000家庭

8)6500家庭

9)3万家庭

10)36万家庭

11)360万(3600万)家庭

12)3億6000万家庭

13)既成家庭の祝福の意義

14)独身家庭の祝福の意義

 

 

1)36家庭

 ①3家庭をまず祝福

 

 1960年に先生の聖婚式を挙げる前に、36家庭の中の3家庭を婚約させて先生が聖婚式を行ってから、この3家庭を祝福しました。それは、イエス様を中心としたペテロ、ヨハネヤコブのように、先生を中心として3子女が神様の理想圏に立ったという条件を立てたのです。完全に分かれることができないという勝利基盤を立てたのです。(55-164,1972.5.7)

 

 先生が最初にしたことが3家庭の祝福です。1960年に先生が聖婚式をする前に、この3家庭の基盤がなければ聖婚式はできないようになっていたのです。お母様を迎える時に、この人たちの相手をすべて決めておいて、先生が結婚式をまず行い、次に彼らも祝福してあげたのです。そのように原理の道を合わせてきたのです。(89-243,1976.12.1)

 

 アダムの前に3大天使長、アダムの8人家族を編成しなければなりません。3大子女、信仰の息子、娘を立てることによって、結婚したら8人家族を編成し、3大天使長を連れて天の前に行かなければならないというのです。それで統一教会の文先生も、3人の息子、娘、36家庭を立て、36家庭の婚約式を行ってから結婚式をしたのです。すべてが原理的です。水も漏らさぬ組織編成をしてきたのです。アダムが家庭を失ったので、再び家庭を探し出さなければなりません。(126-49,1983.4.10)

 

 先生を中心として見れば、縦的立場の子女たちがいて、子女を中心として見れば、横的な立場の兄弟がいますが、横的基盤で私たちの子供の中の代表としてアベルの位置に立ったのが誰かというと、興進だったのです。2番目、2番目だというのです。私たちの統一教会で見れば、36家庭を立てるためにはイエス様の3弟子、天使長の家庭を代表した3数を解決しなければならないのです。その3数が決定されたので、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭の型の36家庭が出てきたのです。
 36家庭で代表されるこの3家庭の中で、最初の家庭が金元弼家庭です。歴史は、誰でもその場に立てるようにはなっていません。これこれこのようなプログラムによる、様々な背後の内容が霊的な世界にできていなければ、長子の位置に立てることができないのです。そのような人が金元弼なのです。その次に2番目は誰かといえば、劉孝元です。そして3番目は、金榮輝です。(169-109,1987.10.29)

 

 3家庭を中心として12人を立てなければなりません。この12人は、歴史的な使命を果たさなければなりませんが、12人だけでは駄目だというのです。過去の12人、現在の12人、未来の12人、36数を決定しなければならないのです。それで36家庭となるのです。アダム家庭からノア家庭まで10代、ノア家庭からヤコブ家庭までの10代、ヤコブ家庭の12人の子供、2000年歴史の先祖を連結できなかったのを、すべて圧縮したのが36家庭です。(89-243,1976.12.1)

(2022.4.23:写経奉献)

 

 ②36家庭を立てた意味

 

 36家庭は、第1家庭、第2家庭、第3家庭で構成されています。第1家庭は、旧約時代を象徴していますが、それは神様の許可なしに結婚した立場です。第2家庭は、新約時代を象徴していますが、新約時代は、地上で初めて神様が選んでくれる結婚を願った時代です。しかし、イエス様が十字架で亡くなることによって失敗し、新婦は新郎がやって来ることだけを待った時代です。第3家庭は、成約時代を象徴しますが、成約時代は、完成の時代で、神様の家庭の出発を願う時代です。
 現在の摂理は、ヤコブが勝利した象徴的復帰摂理を経ています。したがって先生は、僕の時代と養子圏時代を蕩減復帰して、神様の真の子女時代を成し遂げなければなりません。この3時代の路程を象徴的に復帰するのが36家庭です。(御旨と世界-165,55-165,1972.5.7)

 

 36家庭の中で、第1家庭は、既成家庭で旧約時代に該当し、イエス様の時代は、結婚を願ったけれども成せなかった時代で第2家庭がそれを象徴します。第3家庭は、すべての苦難に勝って、勝利したヤコブのように、成約時代を象徴します。
 特に36家庭は、先生を中心として1代に旧約時代、新約時代、成約時代を蕩減する勝利的基台となるのです。さらに、家庭勝利の完成で3時代を横的に1代に蕩減した歴史的意義をもつのが36家庭の祝福だというのです。(55-165,1972.5.17)

 

 摂理史的に見れば36家庭の第1家庭は、アダム家庭を復帰した立場です。アダム家庭のカイン、アベルを含み、ノアまで12数でつながっているので、これを蕩減するために12家庭を立てたのです。第2家庭は、ノアからアブラハムを復帰したことを意味します。アブラハム家庭にサタンが侵犯することにより、イサクとヤコブに延長された12代を象徴します。ヤコブは、12人の子女を通じて歴史上初めて縦的な摂理を横的に蕩減復帰したので、36六家庭において第3家庭がそれを象徴するのです。
 ヤコブが成した個人的勝利の基台の上に出発した家庭は、旧約時代、新約時代、成約時代を象徴したものでもあります。(55-165,1972.5.7)

 

 36家庭は、36代と同じです。36家庭は先祖なのです。神様の復帰摂理の中で先祖が失敗したことを、すべて取り戻した型です。イエス様の時代の12弟子を代表した歴史的な過去、現在、すなわち旧約時代と新約時代を、すべて蕩減して取り戻した型が36家庭だというのです。言い換えれば、成約時代は旧約と新約を完成しなければ出発することができないのが原則なので、これをすべて清算するために36家庭を取り戻さなければならなかったのです。(54-293,1972.3.26)

 

 先生が個人的な勝利の基盤の上に、横的な家庭的蕩減の基準を準備しなければならないので、36家庭を祝福するようになったのです。ノア家庭から勝利の基準を築いたでしょう。伝統的家庭の基準を中心として立てたのがノア家庭です。
 その次にヤコブ家庭、第3家庭とは何でしょうか。これは清い青年男女たちです。ここから地上の基盤は、すべて蕩減復帰して完全なものを立てなければなりません。それでヤコブ家庭型の12家庭を中心として横的な四方向性が起こるのです。これが36家庭を中心として全体を代表した立場で基盤を築くようになります。それが12支派を中心として、3時代の12型です。ヤコブを中心として見れば、蘇生、長成、完成の3時代です。これがすべて一つとならなければなりません。(47-199,1971.8.28)

 

 三十六家庭は、歴史時代において復帰摂理の使命を担った時代の数多くの善なる先祖を代表した家庭です。その先祖が縦的に失敗したことを横的に実体復帰するために、先祖の復活体としての責任をもった、選ばれた家庭です。この三十六家庭は、三十六億の世界人類を代表しているということを皆さんは知らなければなりません。(40-185,1971.2.1)

 

 世の中を見れば、家庭をもった既成家庭と家庭をもっていない人がいます。また、家庭をもっていない人の中にも二つの種類があります。一つは、自分勝手に男女関係を結んで失敗した者です。このように世界の人々を分ければ、3種類になるのです。自分勝手に結婚した人、その次に自分勝手に男女関係を結びながら家庭をもっていない人、今、そのような人が多いでしょう。その次には純潔な青年男女、このような内容でもつれ合っているのが世界人類です。世界人類を縦的に見れば3種類なのです。
 言い換えれば、自分勝手に結婚した人、その次には、自分勝手に相対的関係を結んだけれども結婚できなかった人、すなわちイエス様と聖霊が今まで婚約段階にありながら新しい家庭を収拾する、そのような型の人がいます。その次は、純潔な青年男女がいるのです。このような型をすべて蕩減復帰するためには、縦的な歴史時代を代表して家庭的に収拾しておかなければならないので、それで36家庭が出てきたのです。(58-183,1972.6.11)

 

 イエス様が12弟子を取り戻し、アダム家庭からノア家庭、ヤコブ家庭までの3時代の代わりにしてみ旨を成そうとしたことを、蕩減復帰するために36家庭を立てたのです。このように連結してきたのです。このように先生は、どれ一つ取っても適当にやったことはありません。(23-62,1969.5.11)

 

 再臨主は、アダム家庭の立場を蕩減復帰しなければなりません。したがってアダム、ノア、アブラハム型の家庭を取り戻して先祖に立てなければなりません。そのためには、まずアダム型の12家庭を取り戻し、ノア型の12家庭とアブラハム型の12家庭を取り戻して、縦的な先祖を立てなければなりません。(22-215,1969.2.6)

 

 36家庭は、私たち人類歴史の先祖が復活したものです。その先祖が復活してどのようなことをするのでしょうか。地上世界の人間が6000年間縦的に繁殖したものが、横的に展開しているのですが、これをすべてつなぐようなものです。これが全体の縦的蕩減においては12代、代数では12です。地上でも、この12ですべて連結されました。地上でも、蘇生圏が既成家庭、長成圏は、愛の関係はもったが結婚式を挙げていない者、その次に完成圏は、清い青年男女です。(122-97,1982.11.1)

 

 36家庭は、すべて12数です。アダムからノアまでは10代ですが、12数です。カイン、アベルで12数になりました。その次は、ノアからアブラハムまでが10代ですが、イサク、ヤコブを入れて12数です。こうしてヤコブの時になって初めて12数の基準を中心として、横的に展開することにより世の中に着陸したのと同じように、統一教会も、やはり36家庭が出てくるのです。
 アダム家庭型、ノア家庭型、ヤコブ家庭型、これが第1家庭、第2家庭、第3家庭です。これを中心として歴史時代のすべてのもの、旧約時代と新約時代を経てきたすべてのものを成約時代に一つにつないできたのです。霊的世界を代表して、これらを連結させ、地上に先祖たちを一つにつないできたのです。それで36家庭は、みな先祖たちです。(164-269,1987.5.17)

 

 36家庭とは、いったいどんな家庭でしょうか。36家庭の中で第1家庭は、自分勝手に結婚した者をすべて連れてきて神様の前に連結させたのです。その次に第2家庭は、愛を成し遂げられなかった、このような内容をもった人たちをすべて組み合わせたのです。そのまま単に、ペアを組んで祝福したのではないのです。それはなぜでしょうか。世界の人々を救うためです。その次に第3家庭は、清い青年男女たちです。既成家庭は、第1家庭の前に絶対服従しなければなりません。霊界に行けば分かるのです。その次に、第2家庭は、第3家庭に絶対服従しなければなりません。
 今後、み旨が成し遂げられた時には、36家庭の中で誰が中心になるかといえば、第3家庭が中心になるのです。こういう話は、先生から初めて聞いたでしょう。では、再臨主が来られる所とはどこでしょうか。この既成家庭を訪ねてくるのではありません。自分勝手に愛の関係を結んだ人を訪ねてくるのではなく、清い青年男女を訪ねてくるのです。(148-284,1986.10.25)

 

 先生が36家庭を組んであげなかったとすれば、皆さんは、天上世界に入っていって立つ場所がないのです。このようなことを知っていますか。ここでそれを拡大すれば、全世界がその範囲の中に入るのです。既成家庭を蘇生とするならば、長成は第2家庭です。それでこれをアダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭、このようにいうことができます。ヤコブ時代となって初めて平面時代、横的に越えてきたのです。
 12支派を中心として横的に越えていくのです。天上世界に行けば12の真珠門があり、12支派があるように、また地上世界に12カ月があるように、先生を中心とした12支派、これがすべて合わなければいけないのです。イエス様を中心として12弟子がいたように、先生を中心として36家庭がありますが、その中で12家庭の代表が清い青年男女たちです。これを中心として、その次は自分勝手に生きてきた人たち、その次は家庭をもった人たちです。この人たちが一つになったという条件を立てなければ、入っていく道がないというのです。(148-284,1986.10.25)

 

 清い青年男女として先生から祝福を受けた家庭は、先生と連結することができる基準が立てられています。それで今後、家庭的基台においての中心は、清い青年男女として祝福を受けた家庭です。このようなことを知り、皆さんが今後、家庭の秩序を立てていかなければなりません。36家庭を見るとき、第1家庭、第2家庭、第3家庭の中で、第3家庭が中心になるのです。(31-284,1970.6.4)

 

 36家庭は、アダムからノアまで、ノアからアブラハムまで、アブラハムからヤコブまでを経て、12の子女を中心として、全体的な摂理の基盤を築かなければなりません。これは、過去の歴史を成し遂げようとするのではありません。先祖が失敗したことを現実において、横的に一度に蕩減復帰するためなのです。これを成すための闘いが36家庭を中心として起こるのです。先生がこの世の事情を知らずに、そのようなことを言っているのではありません。人間の事情よりも神様の事情がもっと哀れで、人間の意志よりは神様の意志がより大きいので、責任をもってこれを成そうとしたのです。
 神様が子女を失った歴史的な恨を蕩減復帰しなければならないので、縦的な歴史を現実において横的に蕩減復帰して、先祖の願いと、先祖が立てようとした基準を再び取り戻さなければならない立場にあったので、36家庭を祝福したのです。(16-60,1965.12.26)

 

 36家庭の責任とは何でしょうか。今までの歴史的なすべての蕩減条件を食い止めることです。言い換えれば、サタンを完全に消し去ることのできる一つの完璧な囲いにならなければなりません。それでこの家庭のすべての伝統と思想は、サタンとは完全に隔離された伝統を立てなければなりません。この伝統を中心として、横的な伝統の因縁を72家庭と120家庭が立てていくのです。このような立場で見るとき、36家庭の責任がどれほど貴重なのかを皆さんは知らなければなりません。(28-60,1970.1.3)

 

 霊界に行けば、正式に清い青年男女として祝福を受けた者と、既成家庭が受けた祝福は違うというのです。霊界に行けば、天は三層になっています。現実の社会にも上中下があるように、霊界もそうだというのです。
 それでは36家庭はどうでしょう。各々十二家庭ずつアダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭の代わりとなる36家庭を見るとき、どの家庭が一番貴いかといえば、最後の家庭が一番貴いというのです。今後は、そのような家庭を貴ばなければなりません。今は、そのような時になっていないからそうなのであって、みな差があるというのです。違うのです。(30-189,1970.3.22)

 

 私がお金を投入して金の指輪、服などを買ってあげたのです。そのようなことを、なぜするのでしょうか。36家庭は、結婚費用も出さなかったでしょう。人の子を連れてきて、自分の子以上の結婚式をしてあげました。
 1次、2次、3次と、世の中がどんなに反対しても堂々と行いました。全く、そのようなことをすれば土地が生じますか、お金ができるでしょうか。何ができるというのでしょうか。先生に度胸がなかったならそのようなことが成せたかと、考えてみてください。大韓民国が騒いでも、既成教会が騒いでも、微動だにしなかったのです。アメリアが騒ぎ、全世界が騒いでも、微動だにしませんでした。それで、今ここまで来たのです。(126-299,1983.4.28)

 

 ③三次にわたって祝福、数多くのエピソード

 

 1961年の36家庭の祝福式の時に、乱闘劇が起こりました。門に警備兵を立てて結婚式を行うほどでした。しかし先生は、誰がどんなに騒いでも、すべきことは、すべて行います。36家庭の親たちが集まって来て、あらゆる罵声を浴びせながら大声を張り上げました。またひどいのは、先生を「監獄にほうり込んでやる」と裁判所に何十枚もの投書をして、先生が裁判所に呼ばれていくこともありました。特に、過激になって練炭の灰をばらまきながら「統一教会をなくさなければならない」と言う人が12人いました。
 統一教会は、そのような中で大きくなりました。反対されるその立場で、勝利の基盤を築かなければならなかったのです。反対されて冒険をする立場で、勝利の基盤を築いてきたのです。(23-317,1969.6.8)

 

 私が36家庭の合同結婚式をする時、新郎新婦のお父さん、お母さんに私の名前で招待状を送りました。「お父さん、お母さん、何日にあなたの息子、娘が青坡洞教会で結婚式をしまので、来る時には、このような礼服を着て参加してください。そうでなければ参加できません」と招待状を送りました。そのようにしたところ「全く、そのような話がどこにあるか。誰が人の子の結婚式の招待状を送るのか」と大騒ぎして、どんなに大変だったか分かりません。騒いでみろというのです。私が既に決めて行うのです。警察が動員されても私が言ったとおりに、そのままするようになっているのであって、自分勝手にするようにはなっていないのです。(162-321,1987.4.17)

 

 韓国で36家庭の結婚式の時は、自分の親も天使長の扱いをしたのです。親にも全く知らせなかったのです。仕方なくあとで、1週間前に、「礼服を着て来なければならない」という条件を立てて、通告したのです。それでののしりわめき、「他人の息子、娘を連れていって誰が結婚式をするのか」と物議を醸しましたが、仕方ありませんでした。
 親がどんなに気分を悪くしたか考えてみてください。それでそのまま鉄の門を閉じて、誰も入ってこられないようにしました。そのようなことをして、すべて分別したのです。(90-124,1976.10.21)

 

 36家庭の幹部の中のある人の親は、相当な名士で、文先生のような人は夕日を旅する詩人の金サッカにも及ばないとか、ああだこうだと言ったのです。その人の娘を結婚させる時、私が通知を送りました。その人は、自分の娘が結婚するといって結婚式場に堂々と入ってこようとしたのです。
 しかし、統一教会の結婚式に参加するには礼服を着てこなければならなかったのです。(礼服ではなく)自分の洋服で、入ってこようとしましたが、入れてくれないので大騒ぎになったのです。娘の結婚式なので入らなければならないのに、入れないので仕方なく、統一教会の教会員のところに行って、「頼むから礼服を貸してくれ」と言って、礼服を着て入ってきたのです。(75-216,1975.1.5)

 

 36家庭の合同結婚式をする時にも、お父さん、お母さんに知らせることができるでしょうか。駄目だというお父さん、お母さんに会って、説得しようとする子を歓迎するでしょうか。そうではないですか。それははっきりしているのです。お父さん、お母さんが来れば、喜ばしい日に、目の敵にされるのに、先生という人は、それをすべて知っていながら、そのお父さん、お母さんに尋ねてから紹介するようになっているでしょうか。しかし、通知はしなければならないので、結婚式をする前日の何時間か前にちょうど到着するようにするのです。「あなたの息子、娘が貴い結婚式を行います。御来賓なされますようお願いします」、そのようにすべて通知したのです。(61-313,1972.9.3)

 

 先生の時代にどんな革命をしたかといえば、伝統を完全に覆しました。キリスト教の伝統を完全に覆して、大韓民国の伝統を完全に覆しました。お父さん、お母さんを否定しました。皆さん、祝福を受ける時、皆さんのお父さん、お母さんに先生が相談して祝福しましたか。一言もしていません。
 先生が主体です。36家庭の時にはお父さん、お母さんが来られないようにしました。無条件、礼服を着て来いといいました。それで大騒ぎとなったのです。革命の中の革命なのです。完全に覆したのです。(213-17,1991.1.3)

 

 36家庭の結婚式をする時、1次の結婚式は何時にしたでしょうか。夜明けにしたでしょう。一悶着しながら、「やあ、私の父を出せ!」、「私の娘を出せ!」と言いながら騒いだのです。「私の父を出せ」と言われて、他人の父を盗んだ人となり、「私の娘を出せ」と言うので、他人の娘を盗んだ人になってしまったのです。このようにして、けんかをしながら「おい、文なにがし! 出てこい! やつが出てきて、うちの家をめちゃめちゃにして、うちの娘を気違いにした!」と言うのです。
 結婚する場合、親から承諾を受けなければならないのに、結婚式の日に親に、「来たければ、こういう礼服を着て来てください」と通知を送る、全くそのような話がどこにあるかというのです。そのようなことはあり得ないのを、私はよく知っています。知らなかったら気が楽ですが、知った上でやるのですから息が詰まるのです。そうでしょう。知らずにすれば悪口を言われても、「なぜいけないのですか」と言えますが、非難されることを明らかに知っていながらするのです。このようなことを知っていながらもやりました。しなければ蕩減にならないのです。目をつぶって、いい加減にしてはならないのです。(211-332,1991.1.1)

 

 36家庭が結婚式をする時、一つは夜に行い、一つは昼に行い、一つは夜明けに行ったのです。なぜでしょうか。自分の息子、娘を出せと、みんなが反対をしたからです。
 神様のみ旨から見た時、偽りの父母から出発したので、真の父母の立場で、すべてのものをコーチしなければならないというのです。親たちも反対しましたが、国も反対しました。私が裁判所に行って、調書を作ってきて結婚式をしたのです。そのようにやってきたことを、誰も知らないでしょう。先生が立つ位置がなかったのです。そこから冒険をしてきたのです。(91-259,1977.2.23)

 

 先生がおもしろい話を一つしましょうか。私たちの韓国で36六家庭の合同結婚式をする時、その娘婿も今この席にいるのですが、ある人が訪ねてきました。自分の二人の娘が二人とも統一教会に引っ掛かったというのです。自分はある学校の校長先生なので、良いお婿さん候補にある先生たちを選んでおいたと、絶対合同結婚式をさせることはできないというのです。しかし先生は、「反対をするならしなさい。あなたの娘は私が嫁に送る」と言いました。(22-261,1969.5.4)

 

 36家庭を選ぶ時、その親たちに先生が相談したでしょうか。他人の子を連れていって相談もしないで、招待状も出さないで、すべて先生の勝手に結婚をさせたので、悪口だけでなく、棒でたたかれるようになっているのです。
 昔のイスラエル民族だったならば、服を破られ、刃物で刺されて死んでいたことでしょう。しかしそれを、みんなが何をしているのか分からないように、あっという間に片づけてしまったのです。サタンの子をみな連れてきて、神様の子にして結婚させました。天の宇宙的な運勢で復帰路程を完結させるのに、誰に相談しなければならないでしょうか。祝福してあげるのに、誰に相談しますか。
 36家庭は何かといえば先祖です。先祖となる愛を成すのに、肉親のお父さん、お母さんに相談できますか。神様に相談しなければならないのです。(18-207,1967.6.8)

 

 36家庭の祝福も、真っ暗な夜中にしなければならなかったので、門を閉めて成婚式をしたのです。その時、「私の息子を出せ、私の夫を出せ、他人の息子、娘を連れてきて何をするのか」などの罵声を浴びました。自分の子を結婚させるのは、親の一存で決めることなのに、統一教会の先生が独断で結婚させるというので、わめいたのです。すなわち、サタン世界の親だからです。神様の息子、娘をサタンが奪っていったので、先生が再び奪い返して蕩減復帰するのです。歴史的に失った息子、娘を再び取り戻して蕩減復帰するためでした。それで式を早く終えたのです。蕩減復帰歴史なので仕方がありませんでした。(19-120,1967.12.31)

(2022.4.24:写経奉献)

 

2)72家庭

 ①72家庭の祝福の意義

 

 今まで、先祖が責任を果たせなかったことだけが間違ったのでしょうか。そうではありません。先祖も過ちを犯しましたが、兄弟が間違ってそのようになったのです。それで、36家庭の前に兄弟のような立場としてカイン、アベルの二人を立てたのが72家庭です。72家庭を立てることによって、ヤコブの代まで、地上に横的基盤を築く時まで、家庭を中心としてカイン・アベルの二つの型を復帰した基準に立てたのが72家庭です。
 それによって、今までの直系先祖の家庭が、すべて復活した型として地上に現れたのです。これによって、重要な中心が決定されたのです。12家庭を中心としてイスラエル支派型の出発が行われたのです。今日、私たちが72家庭を立てたので、先祖を中心とした基盤がこの地上に立てられたのです。(47-200,1971.8.28)

 

 先祖の前に二人の息子の家庭型を編成しなければならない摂理的意味があったので、これを立てるために36数の2倍の72家庭を立てたのです。縦的な歴史路程において、アダム家庭で成し遂げられなかったことをカイン・アベル家庭が完結させなければなりませんでしたが、完結させることができなかったのです。すなわち、蕩減条件を立てることができなかったのです。
 ところがカイン・アベル家庭型の72家庭を祝福することによって、延長した縦的な摂理が平面的な一つの基準点で勝利の基準を立てることができたのです。36家庭と72家庭を立てることによって、縦的なカイン・アベル型の理念的基盤がすべて地上に造成されたのです。その次に平面的に縦的家庭型を復帰しなければならないのです。その家庭は、すべてアダム家庭を復帰するための型です。(16-62,1965.12.26)

 

 36代が失敗したことを復帰したという基準を立てたのが36家庭ですが、そのようにして先祖となった36家庭だけでは駄目なのです。争いは、どこから始まりましたか。アダムとエバの息子のカインとアベルから争いが始まりました。それで、この世界がこのように壊れました。
 それは何のことかといえば、その子孫がみなけんかをする世界をつくったということです。これを蕩減復帰しなければなりません。そのためには、36代の息子、娘が神様の前で争わないで一つになったという条件を立てなければなりません。それでカイン、アベルに分立した数、すなわち36を2倍した数の72家庭を立てたのです。この72家庭が立てられることによって、カインとアベルが争わないで四位基台を成し得る歴史的な先祖の基礎をつくったのです。それで、サタンを防ぎ得る絶対的な基準が立てられたのです。皆さんは、72家庭がどのくらい深刻な位置に立っているかを知っていますか。(19-120,1967.12.31)

 

 72家庭は、36家庭の祝福基盤の上に立てられました。72家庭は、アダム家庭を中心として復帰されたカイン・アベル家庭を象徴します。アダム、エバが神様の前に立つためには、カイン、アベルが完全に一つになった基台の上に上がらなければなりません。
 アダム、エバが人類の先祖として完全な父母の立場に立つためには、カイン、アベルが完全に一つにならなければなりません。36家庭は、先祖格のアダム家庭を象徴しています。したがって36家庭は、カイン、アベルが一つになった家庭の基盤の上に立ってこそ、父母の資格を備えるようになっているのです。72家庭が36家庭の2倍になっているのも、カイン、アベルの立場だからです。(55-167,1972.5.7)

 

 72家庭とは何でしょうか。聖書で見るように、70門徒といい、72門徒ともいいました。もともとは、この72数が合うのです。72数。12支派を中心として6数、6人の族長たちが合わされば2掛ける6は12、12掛ける6は72なのです。70人ならば数が合いません。それで72家庭が、もともと合っているのです。
 この72家庭は何かといえば、中心家庭の36家庭、すなわち先祖家庭の前にある息子、娘と同じです。子孫なのです。神様のみ旨の中で先祖がみ旨を成し遂げられなかったことは、その先祖の家庭においてカイン、アベルが一つになれずにみ旨が延長されたと、このように見るのです。カイン、アベル、息子、娘、兄弟が一つになった、その家庭の基盤をもてなかったのです。72家庭とは何でしょうか。全体を合わせてみれば、36家庭の倍数です。
 それでカイン・アベル家庭の36家庭の息子を中心としたアベル的36家庭とカイン的36家庭、合わせれば72家庭と同じです。それは何かといえばカイン、アベルが一つになれずに、歴史的先祖が失敗したことを蕩減復帰するための代表的家庭です。このように見るのです。(84-144,1976.2.22)

 

 36家庭から72家庭、120家庭は1チームです。分けることはできません。36家庭は歴代の先祖のことをいいます。次に72家庭は、息子、娘のことをいいます。120家庭は、世界国家の祭司長のことをいうのです。12支派のことをいいます。12支派の世界的分派型をいうのです。問題は、先祖とカイン、アベルと12支派が一つになればいいのです。それが復帰歴史です。(82-237,1976.1.31)

 

 今日の「私」という存在は、過去の結実であり、現時代の中心であり、未来の出発です。すなわち、3時代を代表した結合体だというのです。この3時代の形を結合したのが36数です。12数に3時代を掛ければ36双になるのです。この36双を中心としてカイン・アベル型の息子、娘を復帰しなければならないので、72家庭が出てくるのです。(34-262,1970.9.13)

 

 家庭でいつも問題になるのは、父母と子女が一つになることです。アダム家庭において、アダムとカイン、アベルが一つにならなければならないのです。神様の前に一致できる家庭になるためには、父母と二人の息子が一つになったという条件を立てなければなりません。そうでなければ神様の前に立てないのです。それが36家庭の2倍に当たる72家庭なのです。この72家庭は、イエス様の70門徒に該当する数です。私たちが家庭を取り戻すことによって、この家庭はイエス様の12弟子と70門徒を中心として氏族を編成しようとしたのを成した型です。
 イエス様が12弟子と70門徒を家庭型として復帰した氏族型が、72家庭です。言い換えれば、この36家庭と72家庭は、イエス様のイスラエル民族を中心とした12支派と70門徒のようなもので、イスラエル民族を指導し得る代表的型を復帰した型なのです。これは、神様がイスラエルを中心として取り戻そうとした基本数が取り戻された型です。(54-293,1972.3.26)

 

 72家庭は、どんな家庭でしょうか。家庭を完全復帰しようとすれば、カイン・アベル家庭が一つにならなければいけません。アダム、エバが完全に神様の前に立とうとすれば、カイン、アベルが完全に一つになった基台の上に上がらなければならないのです。先祖というのは、父母の立場です。この父母の立場が完全に神様の前に立とうとすれば、カイン、アベルの基台を復帰しなければなりません。36家庭は、先祖です。先祖が立とうとすればカイン、アベルが一つになった家庭の基盤がなければならないので、36家庭の2倍の72家庭になります。
 72家庭は、イエス様を中心とした70門徒に該当します。それが一つになった地上の蕩減圏を成し遂げたので、神様の摂理はますますその基台が拡大されるのです。こうなると先祖の家庭を中心としてカイン・アベル家庭が一つになるので、摂理歴史においてそれは、家庭を中心に必要としたすべてのものが備わったことになります。家庭復帰を完成したことになります。それが72家庭までの祝福です。
 72家庭の祝福が成就することによって初めて、地上に神様を中心として平面的にも立体的にも一つの段階を成すようになったのです。したがってこれが決定されることによって、中心的基準が立つのです。
 すなわち、神様の摂理により決定されなければならない中心点が縦的な足掛かりとして、完全な歴史の勝利者として立つことは、36家庭、72家庭が一つになることによって成されるようになります。その中心点が決定されれば、神様が要求してこられた中心的先祖の勝利圏を成すことになります。それは完全な基台なので、それを横的に展開しなければなりません。(55-167,1972.5.7)

 

 イエス様が天国を成し得なかったのはなぜでしょうか。氏族が協助できず、次に12弟子が協助できなかったからです。3弟子と12弟子が協助できなかったのです。その次に氏族を中心として、12弟子を中心として、70門徒を中心として国と国を連結する橋を架けようとしたのに、その橋が崩れてしまいました。そうして家庭的基盤をもつことができなかったイエス様、氏族的基盤をもつことができなかったイエス様、教会基盤をもつことができなかったイエス様となったのです。
 次に、70門徒が一つになれなかったのです。この70門徒は12支派の代わりであり、70長老を代表したものです。これが70門徒ではなく、72門徒にならなければならないのです。12支派に6人ずつとすれば、72人です。それで統一教会では、72家庭を祝福したのです。聖書を見れば、新約には72人ですが、旧約は70人となっています。72人が合っているのです。70人では合わないのです。(67-327,1973.7.22)

 

 復帰歴史とは、カイン、アベルの歴史です。カイン、アベルの歴史なので、このような先祖の前に二人ずつ、カイン、アベルだけを組んでやれば、今まで歴史時代において先祖が失敗したすべてのものを蕩減する条件となるのです。先祖がなぜ失敗したかといえば、カイン、アベルが一つになれなかったからです。
 カイン、アベルを中心として信仰基台と実体基台がすべて成されるのです。ところが、その先祖を中心としてカイン、アベルの基準を完結できなかったので、それを完結するための条件をこの地上の横的基盤に合わせるためのものが72家庭です。(75-148,1975.1.2)

 

 地上天国を成し遂げるためには、家庭を成さなければなりません。イエス様の3弟子、12弟子、これは3時代の蘇生時代、長成時代、完成時代です。それを代表した36家庭。その次は72家庭です。カイン、アベルが家庭を中心として争ったので、その代表的な立場として72家庭を立てたのです。これは72民族、民族的な代表なのです。(74-270,1974.12.31)

 

 人類の中にはアダムのように自分勝手に結婚した型があり、次に相手を見つめながら生きてきたイエス型の人物もいるし、再臨主型もあります。再臨主は、これらの人物型の立場をすべて蕩減しなければなりません。最初にノア型家庭を復帰しなければなりませんが、これはノアが、アベル型であり、またイエス型であり、神側の2番目の息子型なので、これをまず復帰しなければならないのです。それがカインとアベルに分かれて復帰された型が72家庭なのです。(22-216,1969.2.8)

 

 カインとアベルの闘いにおいて、カインがアベル服従しなかった過ちを、先祖がいまだに蕩減できずに歴史が延長されてきました。それを完全に蕩減しようとすれば、先祖の一家庭、一家庭の前に、カインとアベル服従の基準を蕩減しなくてはいけないのです。それが72家庭です。72は、36の倍数です。(22-193,1969.2.2)

 

 36家庭を立てた目的は、36の先祖を探し立てるところにあるのです。それで36家庭を中心に霊界と肉界が一つになるのです。これをカイン・アベル型に広げたのが72家庭です。ヤコブが72家族を率いてエジプトに出発したように、統一教会も72家庭の時、そうでした。(13-125,1963.11.16)

 

 祝福は、新しいイスラエルを認めることです。36家庭の一家庭に、カイン型とアベル型を立てれば、72家庭になるのです。(12-47,1962.9.10)

 

 3年の期間にアブラハム、イサク、ヤコブの3代の基準を越えなければなりません。今年、72双を無理に結婚させたのです。何組かしか気に入った人がいなかったのです。(12-50,1962.9.13)

 

3)124家庭

 ①124家庭を立てた意味

 

 イエス様の120門徒の代わりとなる120家庭は、世界的な型です。120家庭は、世界の代表型として世界的な蕩減条件を立て得る基盤となるので、120家庭を立てることによって、神様が世界的に訪ねてこれる基準を立てたのです。
 それで国連の加盟国が120カ国を超えれば、その時が「終末だ」と言うことができるのです。(16-62,1965.12.26)

 

 120家庭は、世界のすべての国家を代表した基準で立てられた家庭です。(20-342,1968.7.20)

 

 再臨主は、アダム家庭の立場を蕩減復帰しなければなりません。したがって、アダム・ノア・アブラハム型の家庭を取り戻して先祖に立てなければなりません。そのためには、まずアダム型の12家庭を取り戻し、次にノア型の12家庭とアブラハム型の12家庭を取り戻して、縦的な先祖を立てなければなりません。それで先生が36家庭を立てました。この先祖を中心としたカイン・アベル型の家庭として探し立てたのが72家庭です。そして120家庭は、世界120カ国の指導者を象徴するのです。(22-215,1969.2.6)

 

 横的な基準を立てて、平面的な四方数の世界型を立てたのが120家庭です。これは120国家を代表したものです。(13-125,1963.11.16)

 

 124家庭までは7年路程です。現在120家庭があるので、新しいイスラエル圏を中心として世界の120カ国を取り戻せる基盤が連結されるのです。それでイエス様が家庭を通じて取り戻そうとした世界的なすべての数が、先生が120家庭を祝福することによって、復帰された基準が決定したのです。(54-293,1972.3.26)

 

 皆さんに必要なのは何かといえば、84人と120人をすべて氏族圏内に立てることです。それは縦的です。36家庭、72家庭、120家庭、違いますか。120というのは世界の代表です。それでイエス様が復活したのち、五旬節に屋根裏部屋に120人が集まったのです。それは世界的な代表です。先生が124双を祝福する時、国連の加盟国が124カ国でした。それがすべて合っているのです。(198-17,1990.1.20)

 

 12数に該当するのが120門徒です。これは、イエス様の時代において120門徒の代わりの蕩減復帰数に該当するので、世界国家の代表者型です。これを立てて、その族長代表が国家代表でしょう。国家代表基準として編成するために、世界的な基準として編成するために祝福してあげたのが124家庭なのです。4家庭は、これはこぶです。その4家庭は、既婚家庭です。なぜ既婚家庭を入れたのでしょうか。既婚家庭を入れないと今後、既婚家庭を救う道がないのです。
 この4数は東西南北の4方の門を象徴するので、このようなタイプの型を中心として既成家庭が復活できる道を開けてあげなければならないのです。それで124数を祝福したのです。(158-170,1967.12.27)

 

 120家庭は、イエス様を中心とした120門徒の代わりなのです。4家庭は、結婚した既婚家庭です。四方の門を開けてあげなければなりません。(20-145,1968.5.26)

 

 イエス様が十字架で血を流すようになったのは、72門徒と12弟子を足した84人が一つになれなかったからです。ですから皆さんは、84人を実体で蕩減復帰しなければなりません。その蕩減復帰基盤の上で、皆さんは結婚生活ができます。先生もそうです。そのために12、12、12の36家庭です。それは蘇生、長成、完成です。これは三つですが、縮小すれば一つなのです。
 その次の72家庭も同じです。その基盤上に120家庭、120家庭の基盤上に世界が連結されるのです。イエス様が復活し昇天したのちに、五旬節に120門徒が一つになって聖霊が地上に降臨したでしょう。それは世界の代表を象徴します。(122-117,1982.11.1)

 

 イエス様がユダヤ教的基準を成し遂げられなかったことが恨なので、それに代わる120家庭がイエス様の恨を解いてあげる祝福家庭だというのです。それで120家庭は先頭に立って犠牲にならなければなりません。
 この前、出動教育を受けた地域長は、全部120家庭なのです。120家庭は犠牲にならなければならないのです。120家庭は、イエス時代の120門徒の立場で世界的な支派編成をするところにおける、世界120国家を代表した国家的な基台です。(47-202,1971.8.28)

 

 イエス様が昇天する時に120門徒を立てたでしょう。120門徒は、120家庭を意味します。その次に、地上でも天上世界に行った120国家の代表がいるのです。その国家代表の列に皆さんの血族が一つずつ入っていくことによって、皆さんの活動舞台が120国家の天国の版図を相続して、そこに活動できる基地を連結するのです。(215-129,1991.1.26)

 

 イエス様に12弟子と70門徒だけがいたのではありません。五旬節の時に120門徒聖霊が降りてきて、世界的な宣教運動を始めたのです。それを代表したのが120カ国です。私たちが120家庭を祝福する時にも、国連に加盟した国が124カ国でした。私たちにおいても124双ですが、4双は何かといえば、東西南北を中心として犯罪者だった人でした。前科1犯、2犯、3犯、4犯まで124組にすべて入っています。なぜでしょうか。地獄に行っている人々を救ってあげなければならないからです。刑務所にいる人々を救ってあげなければならないのです。(215-129,1991.2.6)

 

 私たちに120家庭があるのと同じように、皆さんも霊界の12部族の10倍の120の一族がいます。今、私たちが宣教する全世界の宣教国を120カ国、あるいは160カ国とみるのです。
 ですから、オリンピックの時にも、120カ国の代表者たちが来て一つになったのです。それと同じように、皆さんの一族を中心として120カ国の代表を立て、世界的な国家代表型として皆さんと一つにしなければならないのです。それでこぞイエス様が復活して霊界に昇天することにより、地上の120門徒の基地を失ってしまったことを蕩減復帰できるのです。
 それゆえ、120家庭が必要なのです。これを地上で起こして結び、完全に一つになってこそ、120の代表を氏族の前に連結できます。そのようにすることによって、120の国家も天上世界に連結するのです。ですから絶対に必要な数なのです。(215-129,1991.2.6)

 

 天国の民を少なくともイエス様が願った120人、120家庭は連れて入らなければならないというのです。120家庭とは何でしょうか。120家庭は、地上の国家の代表です。それで一生の間、120家庭を連れて入っていかなければなりません。それを目的としなければなりません。それは何かといえば、イエス様の代身者として再臨した者を氏族に送るということです。カインの氏族にアベルの氏族を送ることです。それがメシヤの資格です。それが氏族的メシヤの使命なのです。(215-185,1991.2.17)

 

 自分の息子、娘と自分の血族と復帰された民と共に、永遠なる創造理想的伝統を、愛の伝統をどのようにつくっておくのかというのです。あの世に行って、これが一つの群れとなって自らの永遠なる生命の権威、生命の位階を求めていくのです。一族を復帰して120家庭以上を連れていかなければなりません。これだけ話したから分かったでしょう。恥を免れるように準備しなさいというのです。恥どころか裸にされて追い出されます。(213-139,1991.1.16)

 

 イエス様の12弟子の12数を10倍した120数は、平面的な世界を代表する数です。それで、この120門徒と同じ数を合わせるために120双の祝福をしたのです。本来は120ですが、四方数の四双を足して124双を祝福しました。(16-62,1965.12.26)

 

 120カ国の代表に4を加えて124双を祝福して、氏族的中心が決定された基盤の上に世界的な124家庭を祝福しました。これは、イエス様が120カ国の象徴基盤として出発したキリスト教全体を代表する家庭が成立したということです。ですからそれは、先生を中心として個人で四位基台を成して、次に先祖をつなげ、次に民族をつなげて、次に世界をつなげる蕩減的家庭なのです。ですから今は、世界に広がっている数多くの国家圏を代表することができる国家が、すべて1箇所へ行くことができる道が開けるというのです。(75-150,1975.1.2)

 

 120門徒は、世界を代表します。イエス様も120門徒を中心として世界的な出発をしようとしましたが、それができませんでした。私たちは、これを準備しなければなりません。世界を標準として行く道の前に、架け橋となることができる自らの子孫を段階的に立てなければなりません。子孫を立てる時はいい加減に立てるのではなく、世界的な代表になることができる位置に立てなければなりません。
 これは何でしょうか。統一教会の36双、72双、124双の合同結婚式です。(34-262,1970.9.13)

 

 ②献貢式と120カ国聖地選定

 

 124双の成婚式ののち、献貢式を行いました。神様がイエス様を通じて成すことができなかった個人的、家庭的、氏族的、民族的な基盤を成すために復活実体として来られ、み旨を成さなければならない方が再臨主です。それを3年間しました。この3年は、子女を取り戻す期間(縦的期間)に該当します。この期間は、イエス様がユダヤ教ユダヤ民族を収拾しなければならなかったように、復活実体の一人のお方を立てて、それを収拾する期間です。(13-11,1963.9.12)

 

 120家庭は、世界型です。1965年に40カ国を中心として、120箇所の聖地を立てた理由もここにあります。(18-260,1967.6.12)

 

 人を取り戻したのちには土地を取り戻さなければなりません。先生が40カ国を巡回した理由は、聖地を選ぶためでした。韓国で堕落前の基準を立てたので、聖地を選ぶことができたのです。世界40カ国で105箇所の聖地を選びました。120家庭は、120国家を象徴します。今後、私たちは、120箇所の聖地を選ばなければなりません。(16-7,1963.12.21)

 

 120家庭とは何でしょうか。120国家を代表する型だというのです。それでは天の組織で見たとき、先祖と家庭の形態と、ここに世界の代表者の型を備えたのに、土地がないというのです。土地がないので、天の前に人的組織の型は備えたものの、この地を汚したことを天が取り戻せる基盤がなかったので、これを中心として数を合わせるために40カ国に120の聖地を選んだのです。それで地の基盤となったのです。
 そのようになったので、皆さんが聖地に行って祈祷するときは、そのような観点で祈祷しなさいというのです。皆さんは120家庭を代表して、70家庭を代表して、36家庭を代表して、天の玉座の中心である真の父母を代表して、すべて地上に降りてきて、平面に広がった立場で祈祷しなさいというのです。
 それで今後、統一教会を発展させるためには神様も動員しなければならず、今までの先知先烈(注:先駆け歩んだ義人たち)も動員しなければならず、すべて動員しなければならないのです。彼らはカイン型です。ここはアベル型なので、すべて地を中心として協助するのです。神様も協助しなければならないし、天使も協助しなければならないし、先祖も協助しなければならないのです。(158-129,1967.12.26)

(2022.4.25:写経奉献)

 

4)四百三十家庭

 ①四百三十家庭の数理的意味

 

 430家庭とは何でしょうか。430家庭は、全体の平面的な基準です。ですから一つにならなければなりません。今は、国家を中心として影響を及ぼすことができる状況になったので、世界へ出ていくのです。それで43数を立てて、先生の40年生涯を復帰しなければならないのです。世界的に条件を立てなければならないのです。それで歴史は今、統一教会時代圏に移ってきているのです。
 ではここで、何が問題かといえば、氏族が一致団結して民族復帰のために進むことです。民族が復帰される日には、国家は自然屈服するようになっているのです。(29-103,1970.2.25)

 

 今年、430双を祝福しなければならないのは、韓国において1967年が檀紀4300年になるので、これを摂理的な条件に合わせなければならないためです。また、イスラエル民族がエジプトの地からカナンに帰ってくるまで430年かかりました。
 すなわち、43数です。それは新しい時代に移っていく歴史の転換点となる数です。それで私たちも、43数を中心として7年路程を最後に終わろうというのです。これがすべて合って、新しい歴史時代に移っていくのです。これから統一教会が行く道は、日進月歩することでしょう。(19-171,1968.1.1)

 

 4数、3数というのは、7数を代表して、イスラエル民族が430年目にカナン復帰のためにエジプトを出発したことを代表します。ゆえに新しい出発をする時だというのです。また、その時が韓国歴史4300年になった年なのです。偶然の一致ではありません。神様は、数理的役事をされます。4300年になる年に430双をこのように祝福したという事実は、氏族的で一つの系列的な宗教の勝利的基盤だけでは駄目なので、すべての氏族の前に共通の門を開放させておくのです。(84-146,1976.2.22)

 

 430家庭の時は、大韓民国の歴史が檀紀4300年の年だったのです。4300年になる年に、大韓民国の家庭はどんな家庭でも、天の国へ行くことができる門を開いたのです。反対した集団までも入っていくことができるのです。いかなる氏族、いかなる民族、大韓民国の民は、反対した人でも、下賤の身の子孫だとしても、人ならば誰でも行けるのです。
 それで430家庭は、氏族全体が加担する時なのです。全体の特定時代が、今は普遍的時代に移ってきているのです。それで金氏ならば金氏家門が神様の前に選ばれたならば、金氏全体が入ってけるのです。そして1969年度に、世界の数多くの国家を代表して43家庭を祝福してあげたのです。ドイツで祝福してあげ、アメリカで祝福してあげ、日本で祝福してあげたでしょう。それが43家庭です。相対なのです。430家庭の国家的家庭の前に、43数の相対的家庭です。
 これは何を意味するのかといえば、全世界民族国家も韓国のあらゆる氏族が天国圏内に加担する特恵を得たので、世界民族が加担できる内的基盤によってこの相対的基準を連結させれば、外的世界の氏族も内的世界の蕩減基準にある韓国民族と連結することができるというのです。(100-31,1978.10.4)

 

 430家庭は、イスラエル民族がカナン福地へと出発したように、私たちは、世界のカナン福地に出発したのです。430年に出発したことを、この時は、4300年を代表した43数を合わせたのです。そこからみんな出ていくのです。出ていくための単位は、個人単位でなく、家庭単位です。家庭を引き連れて進まなければなりません。それを知らなければなりません。単位は個人ではありません。家庭なのです。それで自分の家庭を捨てていってはいけないというのです。
 また、モーセは、イスラエル国民を捨ててはいけないのです。みな率いて進まなければならないのです。監獄にイスラエル人がいても、その人を奪い取ってでも連れていかなければならないのです。そのような数を代表して430双を祝福したのです。430家庭には、すべての民族が入っていくのです。善なる人、宗教人、すべての人が入ります。12数から40数も出てくるし、30数も出てくるし、120数も出てくるし、すべてここから出てくるのです。1カ月の30日もここから出てくるのです。宇宙の中心数がここに、すべて入っているのです。
 それで430家庭を中心として、4300年を私たちが出発するのです。一段階高いのです。正にその年なのです。韓国民族はもちろん、世界民族までここにみな入りました。韓国は、世界の代表で、すべて入っているというのです。それをはっきり知らなければなりません。広めていくのです。(98-186,1978.7.16)

 

 430家庭を祝福することによって、どんなことが起こったかといえば、大韓民国はこれから統一教会と連結することができる立場に立ったというのです。それは何を意味するのかといえば、韓国の民は、宗教を信じなくとも、430家庭を中心として第三イスラエル圏の恩恵を受けることができる圏内で、蕩減条件を成立させられるということです。それで大韓民国が選民だということを発表することができました。選民圏が形成されたというのです。このような基盤を中心として、先生が世界的に拡大するのです。    430家庭をつくっておいて、次に世界的に大韓民国の土地と民をすべて拡大しなければなりません。土地に植えるというようなこと、聖地を選んでおいて、次に430家庭に接ぎ木をするということをしなければなりません。それで、40カ国を中心として聖地を選んだのです。次に、世界巡回をしながら何をしたでしょうか。43家庭の祝福をしたのです。430家庭の相対的数になる43家庭を、日本と米国とドイツを中心として連結させるのです。これは世界史的です。
 それによって、世界にいる数多くの信仰のない人々も、イスラエル圏の恩恵が受けられるのです。4000年あるいは6000年間、ユダヤ教キリスト教の歴史を経てきましたが、そのように伝統を受け継いで信じてきたその恩恵を、信じないでも平面的時代でのその恩恵圏内に加担できる特権を与えるというのです。このような基盤が形成されたというのです。(110-123,1980.11.10)

 

 祝福とは何でしょうか。家庭を確保することです。先生の家庭を中心とした3家庭、36家庭、72家庭、124家庭……。これによって世界的蕩減条件を形成するというのです。それでは、次に何が問題でしょうか。430家庭なのです。世界的祝福基準の代表的型として124家庭を立てましたが、大韓民国を中心として見た時、宗教を信じないで宗教生活をしない数多くの人が大韓民国にいるのです。そうではありませんか。蕩減条件は、教派を中心として必要であり、神様の摂理は、教派を中心として必要なのですが、その他の宗教を信じない人は、どのようになるのでしょうか。それをすべて切って捨てることはできないのです。
 結局、教派を中心とした主流の思想圏内に平面的に数多くの国家、民族、数多くの氏族をすべて接ぎ木しておかなければならないというのです。世界へ通じることができる道を開き、その宗教人を連結させることができる門はできていますが、一般人は外れてしまったのです。一般人は加入できなかったのです。それで、韓国を中心として一般の数多くの氏族圏を接ぎ木しなければならなかったので、430家庭を立てたのです。韓国歴史、4300年を代表した430家庭なのです。(110-123,1980.11.10)

 

 430家庭とは何でしょうか。数多くの姓、朴氏、金氏などなど、韓国にも数百の姓があるでしょう。これと同じように、世界の数多くの姓をもった人々が連結し得る道を430家庭を通じて開いておいたのです。430家庭を中心として見れば、国内430家庭と国外43家庭 - 日本とアメリカとヨーロッパ中をすべて合わせたことで相対圏を成します。これで全世界、五色人種の前に430数の相対的数を決定して、43家庭でつなげたのです。(100-279,1978.10.22)

 

 430家庭は、韓国における4300年に合わせたものです。ここには、すべての人々が入っているのです。罪人も、あらゆる人たちが入っているのです。ここは殺人犯も、強盗もいて、あらゆる人がいなければなりません。それでこそ、世界の人々が入ることができる門ができ、道ができるのです。(118-331,1982.6.20)

 

 430家庭が統一教会で主力部隊にならなければなりません。今、40代ならば、先生が世界的に闘う時です。45歳までにすべての基盤をつくって、大韓民国の蕩減基準を立てて、国と国を連結させ、40カ国を中心として120箇所の聖地を選んだ時だったのです。闘いの準備を始めた時です。(141-226,1986.2.22)

 

 430家庭には、どれほど重要な意義があるか知っていますか。本来、昨年の1967年を中心にして越えなければなりませんでした。今年の2月22日は、先生が興南の監獄に入って満20年を越えようとする時です。
 それで内外のすべてが先生の復帰路程20年を越えていく、その中に内外の重要な意味があるので、皆さんがその日を中心として記憶されるというのです。皆さんがそのような同参する権威を所有できるという事実が、どんなに光栄であるかを知らなければなりません。その日は、悲しい日だけではありません。ジョージ・ワシントンの誕生日がその日なのです。そのように理解して、皆さんが素晴らしい家庭を築いていかなければなりません。(159-43,1968.3.1)

 

 430家庭とは、大韓民国、この民族の代表なのです。そこには様々な姓が、すべて入っています。それとともに、これがアダムの立場、アダム国家のような世界的版図基盤を経て、韓国国民が連結されたところに、エバ国家型と同じ基準の人を連結させるのです。そうでなければ連結できないのです。それで430家庭の時に初めて、日本の久保木家庭を連結させたのです。そこから連結させていくのです。(164-269,1987.5.17)

 

 1968年を中心として「神の日」を定めるとともに、大韓民国の背後に神様の家庭が連結され得る版図をすべてつくったのです。世界へ出ていける版図を連結させておいて、世界的に進出するというのです。ゆえに430家庭の中に、初めて日本を介在させたのです。久保木会長が代表なのです。世界的時代に連結させていくのです。このような蕩減的条件を立てて、世界の版図を組んでいく、このような勝利の発展をさせていくのです。(163-145,1987.5.1)

 

 原理的に見た時、國進は4番目の息子で7番目に生まれ、結婚は8番目にしました。そのすべてが原理に合うのです。それとともに今回、430家庭を國進の相対としたのは、430家庭を中心とした全体の姓を連結したものです。世界の姓がそれほど分かれたということです。4300年を人によって、年数を人で蕩減するのと同じなのです。
 また、家庭を中心として蕩減するのも同じなのです。過去には430家庭をすべて祝福することで、個人が行けましたが、今は430数を家庭で選ぶことで、先生の家庭を中心にすべての東西南北にある世界の姓をもった人が家庭的に入れる時が来たというのです。
 それで國進の結婚式が、どれくらい影響が大きいかを知らなければなりません。したがって地上において東西南北が、すべて満たされるのです。先生は、その真ん中の位置を占めるのです。(185-304,1989.1.17)

 

 430双というのは、4数、3数は、韓国歴史の4300年数に該当するのです。また、4数、3数を掛ければ12数が出てくるし、4数、3数を合わせれば7数が出てくるのです。原理数においてすべての重要数、合わせて倍にする数が7数、3数、4数から出てくるというのです。
 このように430双に決定しておいて、その次は韓国が中心なので世界の前に相対的数を探し立てるために、世界で43家庭を立てて祝福をしたのです。日本と欧州と米国において43家庭を立てて、世界的な相対圏を成したのです。これによって、全世界の万民には、天と接することができる平面的な基盤が完結したのです。
 天についていく人ならば、地の果てであってもその人が真心を込めれば、必ずこの門を通じて1箇所に集まることができる道を開けてあげなければならないのです。統一教会合同結婚式はそのような意味があるので、430家庭を中心とした世界的な連結体をつくることによって、統一教会は平面的に世界民族圏に発展したのです。韓民族だけではないというのです。
 430双と43双を世界舞台の家庭的基台に連結させたのは、超民族的、超国家的基準における新しい超民族形成の出発が成されたということです。そのように見るのです。(100-171,1978.10.14)

 

 1968年の1月1日を中心として、「神の日」をこの地上で定めたのは統一教会として勝利した日です。その時まで何をしたのかといえば、430双まで祝福をしてあげました。このような勝利の日を横的に、世界的に連結させなければならないので、先生が1969年に世界を歴訪しながら43組を祝福してあげ、10ヵ国を横的な舞台に連結させたのです。韓国でしたことを世界化させなければならないというのです。
 韓国で勝利したことを、世界的に錨をつけておかなければならないというのです。これが10カ国を中心とした43双の祝福ですが、430双の祝福のようなものです。430双というのは、韓国の歴史が4300年なので、韓国の全国民を中心とした祝福の基礎となったのです。(58-223,1970.6.11)

 

 36家庭の時も、命懸けだったのです。それで36家庭の時代を経て、72家庭、120家庭の時代に入って、これがすべて地上に定着して、430家庭の時代に入ってからは、東西南北の四方360度に対する方向を備えて、世界的な発展をしていくのが統一教会の歴史だというのです。それとともに21年間に、数多くの人々と数多くの氏族圏を、すべて連結させる家庭の門を四方に開いたというのです。五色人種がすべて入らなければならないのです。それで私たち統一教会は、430家庭を中心としたその時から、世界史的な舞台を中心としたのです。
 韓国において430家庭とは何でしょうか。430数は、4300年になる年に430双を中心として新しい出発をするというのです。また430数は、イスラエル民族がエジプトでカナン福地へ行くまでの年数だというのです。430年ぶりにカナン福地に向かっていくのです。それで、世界史的なカナン復帰の出発をするので、家庭を中心としたカナン復帰の世界的出発が行われるのです。(100-277,1978.10.22)

 

 430家庭は、民族すべてを合わせたという意味です。統一教会だけではありません。430という数字は、4300年の韓国歴史を中心とした世界的なカナン福地に出発することであり、イスラエル民族がカナン福地に向かって出発することと同じになるのです。信じている人はもちろん、信じていない人でも、その道を行けるように開いたというのです。
 すなわち、イスラエル民族が430年に民族的出発をした代わりに、4300年に430家庭が世界的出発をするのです。世界的なカナン福地に出発をするのです。430家庭を中心として国家全体を連結させて、世界へ連結させなければならないのです。それで、先生が世界的な43双の祝福をしてあげたというのです。それが、430双の相対です。それは条件なのです。
 それで、韓国にどんな氏族でも連結できるのと同じように、世界代表を連結することによって、どんな国でも連結できるのです。(91-259,1977.2.23)

 

 本来は、1967年に祝福してあげようとして日本へ行ったのに、できませんでした。それで1968年に430家庭の祝福をしてあげる時、日本の代表として久保木を連れてきて、最初に祝福の条件を立てたのです。まず日本を祝福してあげて、アメリカを祝福してあげました。そしてサタン的なアダム国家だったドイツを中心として、4大国家に神様の錨を下ろせる立場に立ちました。
 したがって全世界の国家を代表した全体が、蕩減条件を立て得る勝利の基盤になったということを皆さんは知らなければなりません。このようにして帰ってきたのです。(23-291,1969.6.8)

 

 皆さんが7年間先生の路程に同参したので、430双まで責任をもって祝福してあげました。これは、すべて先生に属します。彼らは、先生の世界復帰路程に貢献したので偉大なのです。(22-68,1969.1.21)

 

 ②430家庭は氏族的メシヤの家庭

 

 先生は、430家庭を祝福する時、「氏族的メシヤになれ」と話しました。それは「自分たち同士で楽しく生きよ」ということではありません。言い換えれば、イエス様と聖霊のような使命、すなわち復活したイエス様と聖霊の実体として、その氏族を救う役事をする氏族的メシヤになれというのです。霊的ではなく、実体としての氏族的メシヤの使命を果たせというのです。(40-216,1971.2.1)

 

 430家庭に「氏族的なメシヤになれ」と言ったのに、彼らは私がなぜそのような話をしたのかが分からないのです。皆さんは、この地で生きている間、自分の両親と親戚を伝道しなければなりません。したがって一つの家庭が、少なくとも120人は伝道しなければなりません。これが皆さんの生涯における使命です。このような目標を中心として今後、進むのが、統一教会の行く道です。(34-261,1970.9.13)

 

 第2次7年路程とは何でしょうか。皆さんの家庭がアベル家庭にならなければならない期間です。これを決定するための路程なので、皆さんの家庭がアベル家庭として責任を果たすためには、カイン家庭を復帰しなければなりません。このようにアベル家庭がカイン家庭を復帰すれば何になるでしょうか。氏族になります。皆さんは、氏族的メシヤにならなければならないのです。430家庭がこの氏族的メシヤに該当するのです。これは世界性を帯びているのです。このように、条件にすべて合わなければなりません。(34-104,1970.8.29)

 

 1968年度の430家庭を祝福する時に先生が指示したとおり、氏族的メシヤになれというのです。その使命を果たさなければなりません。先生を中心として教会に36家庭が組織されているように、金氏ならば金氏家門で、先に祝福を受けた家庭を中心として金氏家門の36家庭型がなければなりません。36家庭ができないなら、皆さんは12家庭型の先祖にでもならなければなりません。皆さんは父母なので、皆さんの息子、娘を中心として、三位基台を成してその基準を立てなければならないのです。(31-276,1970.6.4)

 

 430家庭とはどんな家庭でしょうか。430家庭時代になって、氏族的メシヤ時代に入ったのです。430家庭とは、どんな家庭でもすべて氏族を中心として再臨復活できる家庭的基盤、言い換えれば、イエス様が再臨した家庭的基盤を全民族的に与えたことを表すので、430家庭は自らの全氏族を中心としたメシヤ家庭なのです。
 430家庭は、氏族を中心とした再臨のメシヤ家庭と同じなのです。それで、36家庭から72家庭、120家庭は先生に属します。
 それは縦的な基準に該当するのです。430家庭は四方に立てたのです。それで氏族的メシヤ圏内に入っていくのです。それで皆さんに対して、「氏族的メシヤになりなさい」と言ったのです。中心になった36家庭、72家庭を先生がすべて蕩減して、120家庭を先生が一遍に蕩減したので、皆さんは120人だけ連結すればいいというのです。それによって縦的に、横的にすべて蕩減できるようになります。
 ですから、120人は、皆さんが氏族に入っていって、必ずまとめなければなりません。それが430家庭、私たち統一教会の家庭の責任だということを知らなければなりません。そのようにしましたか。できませんでしたか。そのように考えていましたか、考えていませんでしたか。今まで知らなかったでしょう。先生の話を聞いたので、今は理解できるでしょう。(84-157,1976.2.22)

 

 個人を取り戻したのちは、家庭を取り戻すのです。個人が勝利した次は、家庭のアベルとして入っていくのです。夫ならば夫、妻ならば妻、皆さんは家庭において神様から送ってもらったアベルなので、ここから氏族的なメシヤになるのです。これは家庭をもった人たちがしなければならないので、先生が430家庭を中心としてそれを編成したのです。
 皆さんは、何が何だか分からないでしょう。430家庭は氏族的メシヤだ、とはどういうことでしょうか。これは道理を通じて不可避的に出てきた言葉です。み言は公式的なのです。(39-119,1971.1.10)

 

 

5)777家庭

 ①777家庭は世界を代表した家庭

 

 1970年度に、10カ国の青年男女たち777双が祝福を受けました。国境と人種を超えて神様のみ旨の前で愛を中心とした新しい家族、新しい氏族を編成して世界のための神様のみ旨の道を開拓する家庭を形成するために、777家庭の祝福をしたのです。
 そうして、来られた主の前に新しい世界的な国家体制を備えて、その方が計画したみ旨の前に、いかなる国といかなる国民の前にも奉仕できる、基本となる要員を形成しようというのです。(53-255,1972.2.29)

 

 777家庭は、世界を代表した家庭です。世界的な家庭だというのです。したがって、世界的な家庭を中心として補強するためのものです。しかし、まだ統一教会の家庭制度が継ぎはぎのようで、みな使命を果たしていないので、世界的基準の777家庭まで延長してきたのです。本来は430家庭からそれをしなければならないのですが、777家庭を立てて、今まで発展してきました。
 皆さん、777家庭は全世界を代表しているのです。7、7、7、すなわち蘇生、長成、完成を意味します。1970年度に777家庭を中心として世界的な家庭形態を備えて、超民族的な時代に入っていくのです。それで日本人とか、ここに参加した家庭を中心として36家庭、72家庭、124家庭、430家庭までも間違えれば、すべて押し込まなければならないのです。このようにして、復帰摂理の道を築いていくのです。(79-104,1975.6.22)

 

 私たちは、国家、民族を超えて世界的に一つになろうとするのです。私たちには、人種が問題ではなく、皮膚の色が問題ではありません。自分の国家と民族を超えて、一つの家庭制度を形成する運動をしなければならないので、777双の大々的な合同結婚式をするのです。(53-190,1972.2.20)

 

 先生が1970年に777双を祝福してあげたのは、3掛ける7は21、3数と7数は全体の完成数です。すなわち、21数は3段階も表し、全体完成も表すのです。分けようとするのではなく、一度に一つにしようとするのです。そのような位置に合わせたのです。そこに10カ国が参加したのは、世界を代表して10数をすべて蕩減するためです。
 それによって、家庭を中心として世界的に新しい支派を編成できるのです。これを連結したので、世界的な支派を編成できます。このようにして超民族的な基準で、新しい支派編成ができる基準を立てたのです。(54-295,1972.3.26)

 

 777家庭を祝福したのは、蘇生7年、長成7年、完成7年ですべてが終わるということです。それで数十カ国の多くの人々を一緒に祝福したのです。それによって、全世界人類は誰でも天の国の家庭的出発ができる道を開いたのです。すべてが家庭的に出発できます。(105-156,1979.10.14)

 

 今日、1971年度を迎えた年頭に、私たちが必ず決意しなければならないこととは何でしょうか。私たち統一教会は、世界の核心であり、世界の中心なので、主の思想を1日も早く世界に伝播しなければならないのです。
 今回10カ国を中心とした基盤の上で、私たちは民族を超え、国境を越え、人種を超えて、神様の愛の世界圏を連結する責任を果たして、神様のみ旨の前に一致させることができる内容を決めなければなりません。それを標榜するためのものが、今回の777双の結婚式だというのです。これは歴史的な事件です。(38-213,1971.1.3)

 

 777家庭とはいったい何でしょうか。これは、結婚式としては最後の結婚式だというのです。1970年度に統一教会が777双の結婚式をすることによって、世界の数多くの民族が連結されるのです。
 このような基盤の上で777家庭を祝福することによって、どんなことが起こったのでしょうか。今日の世界の数多くの家庭を、数多くの氏族をつなげることによって、すなわち天国と連結することができる家庭をつなげることによって、すべての家庭、氏族、民族を問わず、天と関係を結ぶことができる世界的な門が開かれました。777の門を通じて入り、すべてその道に沿って行けば、どこへ行くかといえば、天国へ行くのです。門ができたのです。これを統一教会においては1970年度に行ったので、世界へ出発することができる新しい次元の最後の祝福だというのです。(100-279,1978.10.22)

 

 世界は、統一教会の運勢に入って、だんだん動くようになります。それで、1970年に初めて国際合同結婚式を行いました。それが777双です。これは地上において、世界的にすべてのものが到来しつつあることを意味します。
 430双までは、先生が行って祝福してあげたのです。韓国に連れてきて祝福をしてはいけなかったからです。ところが、初めて韓国で、全世界的に777双の国際合同結婚式を行いました。そこに10カ国の人が参加しました。このように家庭的理想を中心として、世界のいかなる国でも神様に帰っていける道が完成しました。この時を中心に、世界の運勢は統一運勢に回ってくるようになりました。(55-171,1972.5.7)

 

 777家庭は誇ることができます。ですから1980年代を越えるに当たって先頭に立ち、すべての家庭の伝統を相続して誇らなければなりません。このような位置に、どんな家庭が立つのでしょうか。それによって世界に通じるのです。777家庭は、世界の氏族的家庭を代表した家庭です。
 ヤコブの一族が7年路程でできなかったので、3・7路程を通じて一族ができたのと同じです。統一教会において四方に通じ得る氏族的編成が777家庭だということを知らなければなりません。数多くの国の人々が祝福を受けたという事実は、世界に通じることができる伝統を残したことになるのです。
 ですから厳粛な家庭にならなければならず、夫と妻は真の夫と真の妻にならなければならず、また真の父母と真の子女になって、天のみ旨を相続し得る基準を立てるべき責任があります。その責任をもつべき今30代の基準にある皆さん、777家庭が統一教会において家庭を代表しているのではないでしょうか。40代では駄目で、20代では不十分です。30代である皆さんがそのような立場に立っているので、それにこたえられるようになった時、統一教会の歴史を世界に伝達できる一つの伝統的基盤が立てられるのです。
 そうすることによって皆さんは、歴史に輝く英雄になるのではありませんか。歴史に輝く世界の家庭的な先祖になるのではありませんか。このように驚くべき歴史的背景をもったことを理解して、皆さんがそのように努力しても滅びたなら、先生に抗議しなさい。絶対に滅びることはありません。(109-109,1980.10.26)

 

 1970年度に10カ国以上を中心として、777双を祝福したのです。3・7です。3掛ける7は21、777双は全世界を代表して、蘇生、長成、完成のことをいいます。それは、どんな家庭でも天の国に入っていける自由な権限を与えるというのです。そのような数理的なことをするのです。
 そのように777双を祝福したので、その次に先生も、家庭を連れて世界のどこでも回ることができるというのです。ドイツにも行くことができるし、遠くアフリカにも、どんな国にも行けるのです。これは、どこに行っても、み旨は成し遂げることができるということです。同じなのです。
 どんな人でも先生のところに来れる道があるので、先生もどんな国にでも行けます。1970年度まで777双を結婚させることによって、先生の家庭が全世界どこへでも行くことができるのです。今、先生は韓国が反対すれば、どんな国にでも先生の家族を連れていって、み旨を成し遂げ得る基盤を築いたので、世界的時代に向かえるのです。(75-152,1975.1.2)

 

 統一教会の家庭の中で、36家庭がそのようにできず、72家庭がそのようにできず、120家庭がそのようにできず、430家庭がそのようにできなければ、430家庭以後には777家庭でしょう。777家庭は、スリーセブンなのです。「スリーセブンは世界が好むもので、蘇生・長成・完成の3段階として21年に該当するので、7数に3段階を加えた完璧な最高の完成数だ」と、このように考えているでしょう。けんかするだけけんかして、欲はそのまま心に抱き、み旨を中心としては等閑視しながら名前だけで生きようとしてはいけません。(109-98,1980.10.26)

 

 777家庭は、1970年10月21日に祝福しました。これが777家庭です。世界国家を中心として10カ国です。777家庭は、世界と連結しなければなりません。スリーセブン(three seven)です。そこには民族の区別がありません。日本人であるから、米国人であるからというものがありません。みな一つにならなければなりません。それによって世界のすべての国家が、韓国に従って天国に入っていけるのです。(281-42,1997.1.2)

 

 777家庭の祝福は、1970年度を中心として10月21日、それは3掛ける7で21なのです。そのようにして7数を合わせたのです。結婚式としては、世界を代表した最後の結婚式だというのです。これを中心に70年代を限界点として、777家庭を祝福することによって、どんな民族でも一つの結婚を通じて血統的に結ぶことができるのです。
 それで777家庭からは超民族的結婚時代に入っていくのです。それで統一教会は、一つの大韓民国の民族を中心とした教会ではありません。既に777家庭を祝福することによって、統一教会には世界人類を通じて成し得る新しい民族形成の基盤がつくられたというのです。それで777家庭は何を意味するのかといえば、世界民族形成ができる新しい超民族的時代、超氏族的時代に入っていくということです。その時から統一教会は、世界的出発をしなければならないというのです。(100-171,1978.10.14)

 

 先生が行った道を、皆さんも行かなければなりません。先生の道は遠くて長くかかりますが、皆さんは短い蕩減条件を立ててでも同じように行かなければなりません。それは、避けることができません。
 皆さんが受けた777双は、何番目の祝福かといえば、先生、3家庭、33家庭、72家庭、120家庭、430家庭、その次に世界巡回中に行った43家庭と777家庭です。
 ですから、国内的に見れば、7次祝福式で、世界的に見れば8次祝福式です。祝福式も最後です。それで777家庭です。そして日も10月21日です。それも3・7、21(3×7=21)です。今回が最後の峠です。これからは、私が祝福をしてあげなくてもいいのです。それで10カ国を参加させたのです。(62-336,1972.9.26)

 

 統一教会の思想は、世界のために生きる思想です。これは、他の宗教と違います。統一教会の人たちを見れば違います。先生は、今でも世の中から非難されています。この世の人は、先生がするのを見て「統一教会の文先生という人を見れば、大層なことをする」と言います。
 今回、先生が世界10カ国の人々を集めて合同結婚式をしました。もともとは777双をすると約束しましたが、実際には791双を祝福してあげました。約束はそのようにしましたが、それより多くしなければならないのです。なぜかといえば、彼らが婚約して祝福行事を行う時、軍隊に行くとか、体の調子が悪くて参席できない人がいて数が少なくなる心配があったので、791双を祝福してあげたのです。(38-263,1971.1.8)

 

 統一教会の原理がそのようになっているのです。777双の合同結婚式の時にも、アメリア人たちは、ほとんど大学院出身の修士たちでした。そのような人々が荷物をまとめて、自分の国を離れて何万里も遠い韓国に来て祝福を受けたのです。
 一人が来るのに費用がいくらかかるかといえば、2000ドルです。一双に4000ドルかかります。韓国のお金にすれば130万ウォンかかります。そのような莫大な経費を投資しながら、彼らがなぜ韓国まで来て結婚しようとしますか。
 それは、アメリアで結婚するより韓国で結婚するほうが、より価値があるからです。もっと良いというのです。
 お金をいくらか使うことよりも何十倍も良いので、「来るな」と言っても来るのです。損をするなら、そのようにはしません。これはただ「統一思想」による原則のもとで絶対的なのです。彼らには、他のものをもってしては駄目だというのです。(39-273,1971.1.15)

 

 先生は、統一教会の食口を中心として合同結婚式をしてあげました。そのようにする時、世界の人々が我が国に押し寄せてきました。この世でそのようなことをした人は、文先生しかいません。もし結婚させてあげた実績に従って賞をもらうなら、世界10カ国を集めて777双合同結婚式をしたということで1等賞をもらうはずです。こういう事実を知れば、度肝を抜くというのです。(41-43,1971.2.12)

 

 今、この席には祝福を受けた777家庭がいます。彼らは、世界を代表した人たちです。それで彼らを混ぜておきました。777家庭は、まだ本当の統一教会の食口になっていない人も祝福をしてあげたので、彼らを見れば、まだらだというのです。では、彼らをなぜ混ぜておいたのか分かりますか。それは彼らを世界を代表する立場に立てるためでした。
 このようにすることによって、神様の無限の許しの圏をこの地球星に与えるための神様の愛なのだということを皆さんは知らなければなりません。この777家庭には、み旨がよく分かっていない人も入っています。めちゃくちゃな状態です。けれども、ここに集まった夫人たちだけは正しい人にしなければなりません。
 エデンの園で女性の過ちで滅びたので、女性たちが精誠を尽くして走るようになれば、外部のほうが私たちの時と共に歩調を合わせるようになります。そのようになれば、男性はついて行かざるを得ないというのです。ついて行かないと、行く所がなくなるというのです。(44-302,1971.5.24)

 

 統一教会で結婚すれば、40日間は何でしょうか。それは夢も見られません。私たちの日本の祝福家庭や777家庭は5年間、一つの家に住みながらも、みんな独身生活をしたのです。それは驚くべきことです。それで青年男女の倫落問題のようなものは、統一教会でなければ手をつけることができません。この秩序を正すことができなければ、世の中はサタンの犠牲となってしまうのです。このような難問題をすべて一つにして、神様の民を立てようというのですから、それは容易なことではありません。(85-335,1976.3.4)

 

 777双を中心として、国際結婚時代に入っていくのです。すべて混ぜるのです。そこから蘇生段階、その次は長成段階、完成段階、今回は本格的に混ぜるかもしれません。今の時代は、どんな時代ですか。結婚国際連合時代に入ったのです。(100-34,1978.10.4)

 

 輝く朝を前にして、1970年10月21日を期して777双が全世界、万民の前に解放の旗を持って立ち上がるということは、天宙史的な勝利基盤が蘇生するという意味があります。このように、とてつもなく驚くべきこの日が貴いということを、皆さんがどれくらい感じているかというのです。父母様の国、父母様の一族、父母様の家庭、父母様の息子、娘を中心として10カ国から集まりました。韓国と日本をはじめとする数多くの国においては、文化の違いがあります。文化の平均基準がないというのです。(35-235,1970.10.19)

 

 777家庭は、3掛ける7は21、全世界を一度に合わせたのです。それが1970年10月21日です。世界のどんな民族でも、天国に行ける橋を架けたのです。3掛ける7は21、3・7数の恨の峠を蕩減復帰する目的とは何でしょうか。21年路程において霊肉を中心として、あるいは男性、女性を中心としてサタンの讒訴圏を抜け出すためのものです。
 それを世界的に、今日、統一教会を中心として、家庭が抜け出し得る完全な基盤を、10カ国を中心として築いたのが777家庭です。1960年度にも聖婚式、その次に信仰の3子女、その次に36家庭、その次に72家庭、その次に120家庭、その次に430家庭、その次に777家庭、このように7回の祝福がありました。7次ですべての祝福は終わったのです。それが終わったので、韓国のものは世界のものです。世界のものは韓国のものになります。
 今回先生が韓国に築いた個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰の基準は、国を復帰する時までは縦的に上がるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、このように上がっていくのです。これは逆に上がっていくのです。(58-59,1972.6.6)

 

 777双の祝福式を挙行する時、ある親が先生を訪ねてきて「統一教会の文教組様、私の娘の名前は何々ですが、良い婿候補を選んでくださるよう心からお願いします」と言ったのです。統一教会の文先生がいつの間に、このように高い位置へ上がったのでしょうか。世の中も変わったようです。冬だと思っていたのに、いつの間にか春だというのです。生きがいを感じるというのです。そのようなおもしろみもなければ、どのようにして先生は生きていきますか。(38-187,1971.1.3)

 

 777双を祝福してあげる時、祝福の資格がない人もたくさん祝福を受けました。神様の前に祝福を受ける資格を完全に備えた立場で祝福を受けた人は、何人もいなかったのです。けれども資格を備えていない人々も、今回のこの作戦に同参させることによって、その人も生き、彼らに関係する親戚もここに関係を結び得る挙国的な基盤を築けるのです。
 それで、資格を備えていない人々も777双の祝福に同参させたのです。今回777双の祝福を受けた新郎は、新婦が当然、自分の家に来るだろうと思っていたでしょう。慣習によって間違いなく自分の家に来て、舅と姑に従い、兄弟と共に暮らすだろうと思ったのに、なぜか消息もなく、みな一線に派遣されたというのです。もちろん、これに副作用があることも知っています。けれども、仕方がないというのです。(38-29,1971.1.1)

 

 私たちは、70年代には7000年歴史の蕩減の起源をつくらなければならず、韓国自体においては男としての威信を備えなければなりません。それで先生も家を買わなければなりません。皆さんが先生の家を買ってくれなければ、責任を果たせないことになります。それで、仕方なく777双を立てて祝福してあげたのです。その777双を中心として先生の最高に良い家を買うという条件を立て、車も最高に良い車を買うという条件を立てました。先生が家を買おうとすると、サタンがどれほど反対するのか、ソウルで一番複雑な家でした。
 それで、「やあ、これも蕩減復帰だなあ!」と思いました。家を買わなければならないのですが、それがどれくらい大変か、その家一つをめぐって今でも闘っています。その人たちが私たちに売ると約束したのに、国家法に引っ掛かってお金を払うこともできずに、今も待っているのです。これも蕩減復帰しなければならないようですね。(38-122,1971.1.3)

 

 ごちそうを食べるようになれば、それがこの国の怨讐です。立派な生活ができる環境になれば、それが怨讐だというのです。今、釜山港アメリカから送ってきたリンカーン車が到着しました。これはもちろん777家庭の合同結婚式の時の贈り物ですが、この車に乗るべきでしょうか。売ったらいいと思うのですが、これは歴史上、聖なる涙とともに天の名誉を懸けて送ってきたものなので、これを売った日には、777家庭が祝福を受けた、そのような威信も立たないので、それを取りに行かなければならないのです。(43-85,1971.4.18)

 

 その車に乗れば、「統一教会の文先生が韓国で一番いい車に乗っている」という話がうわさになるでしょう。「統一教会の文先生は、お金がどこからそんなに出てきたのか」と言えば、「どこからかというと、777双が祝福を受ける時に贈り物としてくれたのだ」と言うのです。大韓民国で私がその車に乗ったとしても、それは私のお金で買ったのではなく、贈り物としてもらったものです。それが新聞に出たのです。
 それで、良い車に乗っても少しも良心の呵責を受けないで、誇りとするのです。(46-161,1971.8.13)

 

6)1800家庭

 ①1800組を祝福するようになった背景

 

 1975年2月8日に、1800双の合同結婚式を挙行しました。私たちの統一教会が個人的に現れ、家庭的に現れるに当たって、父母様の家庭だけでなく、全世界の統一教会の教会員が、この世界の前に現れなければなりません。
 このような神様のみ意があるので、家庭的に勝利して一つの杭を打ち込まなければならないのです。ですから第1次7年路程、第2次7年路程の受難の功績を基盤にして初めて、第3次7年路程の上に父母を中心として、皆さんの家庭を平面図上に横的に展開させ得る一つの攻撃戦を繰り広げたのが、2月8日の行事だったということを皆さんは知らなければなりません。(77-217,1975.4.12)

 

 1800家庭、これは3掛ける6で18(3×6=18)、サタン世界の3数なので、サタン世界の集結数です。3掛ける6で18,1800家庭です。サタン世界まで、世界の門を開いたので、恩讐世界まで門を開けるのです。私たち統一教会の祝福が世界の門を開けたのが1800家庭ですが、皆さんが世界の代表の氏族的基準に入籍するためには、160家庭をしなければなりません。これは4数の4倍なので、サタンの理想数です。サタン世界の4数。価値と内容では同じに扱います。
 本来は、180家庭を探し立てなければなりません。しかし、160家庭を認めてあげるのです。それで、サタン世界の家庭も加入できるのです。

 

 1800家庭、これは3掛ける6は18、3は6数の代わりの3時代をいいますが、これは6数のサタン数の3数完成数と同じなので、全人類を代表する家庭です。信じる人だけではなく、信じない人、サタン世界圏にいる未来の家庭的基盤を天と連結させ得る基礎をつくってきたのです。このような役事を今までやってきたのです。(114-41,1981.5.15)

 

 1800家庭、16は4数の4倍です。また、18は6数の3倍です。これは同じものです。4数は地の数です。その4倍は立体数です。18はサタン数である6数の3倍です。旧約時代、新約時代、成約時代の3数を合わせて180数です。それで統一教会の蕩減過程では180家庭で、1800家庭は世界的です。(265-176,1994.11.20)

 

 サタンは堕落する時、家庭を中心として堕落したので、神様の主管圏に家庭をつないで、超国家的な運動を展開していくのです。777家庭、その次に1800家庭……。1800家庭が最後です。サタン数である6数の3倍、蘇生、長成、完成の18数です。
 サタン世界において1800家庭を先生がもったということは、氏族圏を越えたことになります。その国家基準に連結した勝利基準は、世界に連結する道の始まりです。その1800家庭はサタン主管圏の600数の3倍です。それを基準に家庭を立てて、サタン圏の家庭を蕩減する基準になるのが1800家庭なのです。(190-275,1989.6.19)

 

 神様は数理的な神様です。偶然に、どんぶり勘定式では駄目なのです。それで全世界の家庭が合わせられる立場になって、自分たちも知らず知らずに巻き込まれていくのです。1800家庭は、3掛ける6は18です。すべてその数なのです。6数をいつも掛けていくのです。今回、韓国で6000双が結婚したのも、2100双もすべて原理的なのです。(126-52,1983.4.10)

 

 祝福家庭は、国際合同結婚式が伝統です。1800まで重要視したでしょう。6数の3倍数です。3掛ける6は18、それで1800家庭だというのです。イエス様は120家庭で、再臨主は180家庭です。180家庭と160家庭は同じ数です。4数の倍数です。4掛ける4は16、そしてこれは6数の3倍です。サタン数の完結数です。
 それで祝福家庭に氏族の160家庭を祝福しなさいといったでしょう。もともとは180家庭ですが、160家庭も認めたのです。1家庭でも少ないほうを願ったので、160としましたが、今後は180家庭です。7番目が1800家庭です。3家庭、36家庭、72家庭、124家庭、430家庭、777家庭、1800家庭まで7数です。7数から8数、9数、10数の帰一数に帰っていくのです。10数は、祝福世界化時代へと越えていくのです。(292-20,1998.3.27)

 

 160家庭は4数の4倍です。四位基台の基盤、アダム的四位基台、アダム子女の四位基台を成せなかったのが地上天国の門を開くことができなかった原因ですが、蕩減時代に「四・四節」を中心として、この4数の4倍、4倍というのはサタン理想数です。それはなぜかといえば、6数がサタン世界の占領する基盤ならば、3倍、蘇生、長成、完成、3掛ける6は18、それで1800家庭を祝福したのです。1800家庭は1600家庭に該当する数です。サタンを全滅させ得る数なのです。(296-179,1998.11.9)

 

 イエス時代は120家庭ですが、再臨時代、世界化時代は180家庭です。それで1800家庭を祝福して6000双へと越えたのです。それはサタン数の6数を3倍したものです。サタンのすべてのものを踏み越えて立つ数を意味するので18数です。(304-291,1999.11.9)

 

 今年、1800双を祝福したのです。本来は昨年、1974年にしなければならなかったのです。けれども今年の4月までは大丈夫です。1960年の4月から始まったので、今年に入っても4月までは14年圏内だというのです。ですから2月にして、14年目にそれをしたのです。
 それで統一教会の第2次7年路程の終了とともに全世界圏を中心として1800双の祝福をしたので、完全に世界的基準に向かって基盤を築いて越えていくのです。この1800双とは何でしょうか。6数プラス6数プラス6数で、18数です。これに該当するのです。これは、サタン世界を制圧するという意味です。完全に制圧するというのです。私たちが世界的基盤を築いたので、今は国家を中心として思いどおりに動いて、世界を動かすことができる時代に入っていくという結論が出てくるのです。(81-109,1975.12.1)

 

 1975年2月8日にあった1800家庭の祝福、これは全世界的な事件です。全世界の新聞という新聞にはすべて載らなければなりません。全世界が知らなければなりません。
 それで1975年が歴史的な1年であることを皆さんは知らなければなりません。世界的な宣布時代に入ったのです。1800双がここに上がってこそ、これが横的な時代に入っていくので、そのようになるのです。(87-62,1976.5.1)

 

 1800家庭といえば、3掛ける6で18、6・6・6数は、サタン数の完結なので、どんなことがあっても世界的な時代へ越えていく、新しい起源を準備しなければなりません。それで先生は、今年の初めにどんなことがあっても1800家庭を一家庭でも越えなければならないと考えました。そのような信念をもって、「1800家庭を立てなければならない」と言って、今回そのようなことをしてきたのです。(79-104,1975.6.22)

 

 今、国連の加盟国家が183カ国です。私たちが1800双の結婚をしたでしょう。それと同じで、今この時、転換期において180の国家を転換するのです。180、1800はサタン数の完成です。6数の3倍で、4数の4倍です。サタン数です。それで、本来は、私たちが氏族的メシヤとして180家庭を復帰しなければならないのです。しかし、160家庭にできるのです。価値は同じなのです。4掛ける4の16数が理想数です。
 それで国連加入も16数です。ソウル・オリンピック大会を中心として、160の国家が参加したのです。それで160番目にサタン世界の宗主国が入り(北朝鮮)、韓国は161番目で出発です。蕩減すれば韓国が一番前に立っているというのです。(272-284,1995.10.8)

 

 1800双から信仰(霊)の息子、娘を強調しませんでした。祝福の世界時代に入ったので、家庭で解決しなければなりません。横的なものを縦的に、縦的なものを横的に展開しなければなりません。信仰の息子、娘が自分の1代のおじいさん、お父さん、お兄さんを中心として見れば、おじいさんは孫になるのです。それではお父さんは何になるのでしょうか。お父さんは何になりますか。おじいさんが孫になれば、お父さんは息子になり、お兄さんは何になりますか。弟になるのです。(292-114,1998.3.28)

 

 2月8日、先生が今まで一番忘れられないのがその日です。一時間半前まで相対をマッチングしていました。全く、そのような結婚式がどこにあるでしょうか。その時、10時に結婚式が始まるのに、8時半までそれをしていました。夜も眠らずにやりました。しかし、結婚することは一生を決める重要なことなので、それはでたらめにできないのです。一度失敗すればまたしてあげ、またしてあげて、そうしたのです。(83-226,1976.2.8)

 

7)6000家庭

 ①6000家庭は縦横の宗教圏を開いたもの

 

 6000家庭は全世界の縦的なキリスト教徒と一般の人が、縦的なキリスト教徒と横的なカイン世界が共に連結されるものです。6000家庭を先生が連結させたのは、サタン世界が家庭的に攻撃する時代は既に過ぎ去ったことを意味します。
 霊的な長成基準を国家基準で成し遂げました。世界的な基準においては霊的なキリスト教が世界的な基盤になるので、世界的実体基準をキリスト教文化圏に連結するためにアメリカに行って、全国的に復興活動をしたので行く先々で歓迎を受けました。このようにして国家基準を代表して韓国に連結しました。このように勝利して帰ってきました。(190-275,1989.6.19)

 

 皆さんは枝です。根につながった一つの枝と同じです。あくまでも根を中心として幹に沿ってすべての枝が大きくなるのであって、自分自身で大きくなることができますか。考えてみてください。特定の概念があってはいけません。それで父母様の家庭を中心とした伝統、その基盤の上で拡大していくのです。
 ですから36家庭、72家庭、124家庭、430家庭、その次は777家庭、1800家庭、6000家庭、これらは世界の拡大的条件の代表として祝福してあげたものです。(145-15,1986.4.30)

 

 6000双、6000家庭は完全に歴史的なこの家庭の門を全世界、共産圏まで、サタン世界まで、すべての門を開いたものです。それとともに、アメリカを中心として神様の国と祖国創建というこの基準まで引っ張ってきて、アメリカと生死を懸けて決着をつけるのです。(135-178,1985.11.13)

 

 6000家庭の祝福を終えることによって、今こそこの地上で神様の恨を解くのです。キリスト教が責任を果たせなかったことを、アメリカが責任を果たせなかったことを、私が背負っていったのです。統一教会を中心として、すべて成したのです。(233-123,1992.7.31)

 

 6000家庭を中心として、監獄にいる家庭も、地獄にいる家庭もみな集まるというのです。カイン世界だけではなく、地獄天上世界、地上世界に対して門を開けてあげるのが6000数です。6000家庭が門を開けてあげるのです。すべて開けてあげたので、世界的に現れました。すべて現れたのです。天国に入っていく門がどんな人にも、地獄にいる人にも、すべて開かれたので公開するのです。(281-42,1997.1.2)

 

 6000家庭はサタンの6数を世界化したものです。それを知っていますか。3家庭からその次に36家庭、72家庭、124家庭、430家庭、777家庭、1800家庭、その次は6000家庭、一番迫害が多い時が6000家庭、9数を越える時です。それで6000家庭が一番苦労したのです。(283-84,1997.4.8)

 

 先生が世界的な基準を越えなかったならば、日本全体が大変なことになっていたはずです。それで祝福家庭を中心として、今まで蕩減路程を通過してきたのです。3家庭から36家庭、72家庭、124家庭、430家庭、777家庭、1800家庭、6000家庭、これは世界的な蕩減の道を越えるためのものでした。アダムとエバが結婚したでしょう。それで結婚の道を通じて蕩減するのです。(234-84,1992.8.4)

 

 統一教会は、愛の世界を成すために、合同結婚式をするのです。統一教会は、人種を認めません。真の愛に白人、黒人の区別はありますか。統一教会が偉大で、統一教会の教会員が違う点はそこです。前回、6000双の合同結婚式をする時も、私が日本の女性たちと黒人を70双ほど結婚させました。強制的にしたのではなく、自分たちが願ってしたことなのです。そのようなことがあり得ますか。(140-259,1986.2.12)

 

 現在、全世界的に見れば国連加盟国が182カ国です。183カ国圏内に入りました。これが180数に該当するので越えていくのです。けれども180家庭よりも180箇所の宣教本部よりも160のほうが数が少なく、それをみんなが願ったので160数にしたのです。
 それで統一教会では1800家庭を中心として、6000家庭をすべて連結させたのです。それは、サタン数の完結です。6000数というのは、家庭ではサタンと関係ない数です。家庭がサタン世界の数を越えることによって、解放圏に進むというのです。(260-150,1994.5.2)

 

 問題を起こせば、文なにがしが負けるようにはなっていないというのです。ここで6000双の合同結婚式をする時も日本から2800双、5600人が来る時、反対して大変でした。反対してみなさい! 誰が抜け出すのかというのです。すべてが反対しても、一人も抜け出さないのです。そのようなことをなぜするのでしょうか。青年世界にこれを早く通過させなければならないというのです。今は、文先生が行く所に合同結婚式は世界的に知られているので、これから反対してみたところで意味がありません。日本も反対している途中で滑り落ちたことをみんな知っているので、もう反対できないという、そのような看板がつけられたのです。(136-182,1985.12.22)

 

 先生は、世界史的な第一線でサタンの総攻撃を受けてきたのです。韓国の総攻勢とアジアの総攻勢をすべて受けながらこのような道を築いてきましたが、皆さんの時代はそのような時代ではありません。歓迎を受けながらするのです。分かりましたか。
 それで皆さんのホーム・チャーチでは、東西南北に散在しているその門をこれからすべて開いて、また閉まっている門を開いて、通ってもいいという環境をつくらなければならないのです。それでこそ天国になります。それが一つから二つに、二つから三つに連結して、韓国での6000家庭を中心として連結しなければなりません。(135-337,1985.12.15)

 

 私たちが今、世界的な大会をどんなにたくさんしていますか。このごろはあまりにもたくさんするので、私に対して報告もしません。ここの6000双の合同結婚式だけ見てもそうです。小さい町内で結婚式をするにしてもけんかして大変なのに、6000双の結婚をしながら大声一つなく、整然と行ったのです。
 今でも本当に天の前に感謝するのです。飛行機に乗って行ったり来たりするので事故が起きることもあり得るし、車が故障して死ぬ可能性がいくらでもあるのに、すべて天が保護してくださいました。有り難いことです。(130-64,1983.12.11)

 

 

8)6500家庭

 ①6500家庭は交差祝福のケース

 

 サタン数の3倍、旧約時代、新約時代、成約時代を代表した6000年に該当する数を蕩減して、人類歴史全体の家庭が、神様の祝福圏内にすべて蕩減して越えていく数なのです。これは777家庭、1800家庭は7、7番目です。7数は越えていく数です。
 その次に6000家庭は8、6500双は6700家庭です。6700家庭は、人間が6数を中心として7数を合わせて清算するのです。6数で7数をまだ越えていないので、それを蕩減するために6500双の祝福をしたのです。6500双は米国の200双を足して6700双です。それを祝福することによって、これが9次、9数を越えていくのです。(288-116,1997.11.25)

 

 皆さん、一昨年の10月30日に、6500双を越える日本人と韓国人たちを交差祝福させました。
 日本人たちは韓国の男性と女性得て、韓国人は日本の男性と女性を得たのです。こうして皆さんが喜ぶので、このように言うのです。そうではありませんか。(203-277,1990.6.27)

 

 アダム国家を代表した韓国人と、エバ国家を代表した日本人と交差祝福をさせた意味が大きいというのです。どのようにして一つになるのかというのです。これが国家基準で交差祝福することによって、統一的家庭を連結させることにおいて、国家的次元で越えるのです。その国家的次元を越えたので、世界的時代へ越えていくのです。それで昨年の交差祝福が重要なのです。
 天が統一的運勢を迎えさせるために韓国を中心として摂理を始めたのですが、天のみ旨を受け入れることができずに、金日成主席が、サタン世界が侵入して南北が分立されたので、世界がここで問題となったのです。これが分かれたので、合わせられる運勢を収拾しなければ、本然の地に戻れないのです。
 ところが昨年、先生が帰ってきて、それを連結させて開天節を中心として、アダム国家とエバ国家が交差祝福をすることによって、条件的に家庭的国家基準を越えるようになったというのです。家庭を考えなければなりません。家庭基準です。これを知らなければならないのです。(194-116,1989.10.17)

 

 なぜ今回、日本人と韓国人を100パーセント交差祝福させたのかということを知っていますか。アダム国家とエバ国家、アダム国家は韓国で、エバ国家は日本であり、アダムとエバが個人で自分勝手に結婚して世界を失ったので、今はそのようにばらまいたことが結実として国家的基準で収めてくるのを、ひっくり返したのです。
 蕩減して覆し、世界的原則においてアダムが上に、エバが下になり、ここでは二世を中心として連結したこの愛の基盤を蹂躙する者がサタン世界にはいないということを知らなければなりません。(188-313,1989.3.1)

 

 先生は知っています。日本は、宝石で飾った美人が全裸で横になっているようなものです。何も身につけていない女性です。それを4人の男性がねらっています。3天使長と完成した一人のアダムです。その完成したアダムが権限を行使するためには「こいつら、手をつけるな!」と言って、交差祝福をさせなければならないのです。そうしなければ息子、娘をみな占領されてしまうのです。堕落は息子、娘、カインによって決まるのです。
 女性一人の力では3天使長を防ぐことができません。しかし、交差祝福することによって、神様の息子が連れていくことができるようになっています。復帰されるのです。それで交差祝福こそ、日本が主人として最高の条件を得ることができる方法です。そのような喜びの条件なのです。(237-249,1992.11.17)

 

 韓日交差祝福をした人は、日本人ではありません。アジアを越えたのです。自分たちの国を指導し得る思想をもっているという観点から見た時、韓国に来ている日本家庭は、中国もすべて開拓できなければなりません。昔、そこは韓国の土地だったのです。故郷の地に派遣して世界を包容できる基盤を築こうとして、アダム・エバの一体圏を先生がつくっているのです。歴史は、そのようになっていくのです。偉大な歴史がここから始まるのです。(234-91,1992.8.4)

 

 この前、日本の青年男女2500名と、韓国の青年男女3500名を交差祝福しました。「きょうから君たち日本人は韓国人と結婚して、韓国人は日本人と結婚するのだ!」と言いました。その2500名の中に東大出身が何人いるか知っていますか。東大出身は十何人もいます。それから大学卒業者は多数で、医者だけでも約30人になります。「みんな辞めて韓国に来るのだ」と言いました。どうですか。(200-122,1990.2.24)

 

 日本人同士で結婚した人たちと交差祝福を受けた人たちのうち、どちらが高いでしょうか。交差祝福を受けた人たちに侍らなければなりません。日本の将来の重要な責任は誰の肩にありますか。交差祝福を受けた人たちを日本の責任者に徐々に任命することが伝統的な天の観点なのです。今はそのようにしていませんが、そのように準備していなさい。アメリカもそうです。こういうことを公式的に初めて話しました。時が来たので話すのです。(217-54,1991.4.16)

 

 この前、私たちが交差祝福する時、日本の久保木や何人かの幹部が信じなかったのです。しかし、1週間急がせてできたのです。何万人ですか。6500双なら1万人を超えます。1万人以上が日本から来なければならなかったのです。8000人、9000人が一週間の間にすべて押し寄せてきましたが、飛行機がどこにありますか。オールストップしたのです。私がみな分からないようにやりました。日本の韓国大使館では三日間、昼夜を徹して自分の一族を動員しながら印鑑を押し続けたのです。それで日本政府と韓国政府が後押ししたという条件になったのです。6500双の祝福を韓国政府が後押ししたのです。(198-272,1990.2.11)

 

 キリスト教は、怨讐とは個人だと思っていますが、違います。個人の怨讐ではありません。国の怨讐です。国の怨讐を愛さなければなりません。ですから日本を愛しなさいというのです。そうです、日本人と韓国人が出会えば、火花が散るでしょう。今回、交差したことを知っていますか。個人で交差結婚した時には滅亡の落とし穴に落ちていきますが、むしろそのように植えられた根によって、国家的には分かれたのではなく、一つになって天国に入っていくのです。日本人と韓国人が交差祝福することによって、この国の運勢が地に根を下ろし始めるのです。(195-222,1989.11.15)

 

 

9)3万家庭

 ①3万家庭は3時代3数を代表した家庭

 

 昨年、3万双が祝福を受けましたが、国家を超えて、地域を超えて、宗教を超えて、政治圏を超えて国際結婚をしました。考えてみてください。3万双ならば6万人になります。どれほど多い数でしょうか。そのように多くの人たちが10日間でもなく、1日ですべて行ったのです。一つの国の人だけではありません。
 約130カ国の白人、黒人、黄色人種はいうまでもなく、すべての人種の人々が参加したのです。皮膚の色が違っても、生活方式は同じなのです。一つです。「ため」に生きる生活文化は、全く同じだというのです。たとえ貧しく暮らしたとしても、人のために生きるのです。そのような家庭が全世界に広がっていくというのです。
 私たちのような人たちが世界の大部分を占めて、20年後に一つの世界、一つの国家をつくったと考えてみなさい。そのような時が来るというのです。(248-183,1993.8.3)

 

 1992年8月25日は、何の日ですか。3万双の結婚式です。(これまでは)統一教会の祝福を受けることが難しかったのです。20年間聖別しても、祝福を受けることができずに去っていった人がいたのです。では、今の時はどうでしょうか。1週間を7年とするのです。1週間に自分が間違いなくサタンの体だと認めて、真の父母が来て血統転換させてくれると信じれば祝福してあげました。サタンが所有していた人たちです。国の主人になれない者たちです。それで所有権を転換しなければならないのです。(251-259,1993.10.31)

 

 3万双の結婚は、最後の峠を越えていくものです。3時代、蘇生時代・長成時代・完成時代、旧約時代・新約時代・成約時代の3数を代表したのが3万双なのです。それで相対的に6数を越えるのです。3数の主導権で6数を越えるのです。第二次大戦を中心としてイギリス、アメリカ、フランスと、日本、ドイツ、イタリア、この全体を蕩減しなければなりません。(245-280,1993.3.7)

 

 3万双の祝福を歴史的な一つの記念碑的事件として受け入れるべきだということを知らなければなりません。その歴史的な背景がどの程度歴史的でしょうか。これは世界史的です。3万双を終えてからは先生が祝福をしてあげなくてもかまいません。(234-287,1990.2.7)

 

 今回の3万双の祝福は、体育オリンピック(世界文化体育大典)と共に開催され、人間社会の精神的な面と肉体的な面の均衡を保って発展させなければならないという方向性を示す意義をもっています。
 特に、世界130カ国から国籍と人種を超えて3万双の善男善女が集まった中で挙行される歴史上最大規模の合同結婚式は、21世紀とともに新しい歴史時代を迎える世界人類が、神様を中心としてお互いに和合することにより世界平和を実現するという、平和の大道を見せてくれる壮挙となることでしょう。(234-237,1992.8.22)

 

 特に、8月25日には世界全域から集まった約3万双が神聖な祝福を受けて、神様を中心とした新しい家庭の伝統の確立を固く誓うでしょう。家庭は国家、社会の最も基本的な単位です。社会問題の解決は、家庭問題の解決から始まります。(234-225,1992.8.20)

 

 3万家庭というのは、蘇生、長成、完成の3数を中心としています。3数は全体を代表したものです。聖別数です。天の国と地の国を完全に開放してしまうのです。(265-176,1994.11.20)

 

 御父母様の前にある日本、米国、ドイツはアベル圏ですが、長子権を行使することができます。この日本、アメリカ、ドイツを中心として、これから世界的な祝福をします。92年に3万双の世界的な祝福をしました。3数というのは完成数で、天の数を代表します。蘇生、長成、完成です。3万家庭を祝福したのは世界的です。3万双の祝福以後は統一教会合同結婚式に対する反対がさっとなくなってしまうのです。
 3万双が結婚することによって、国際的に連携するようになりました。そこには国家もなく、国境もなく、民族もなく、文化もないのです。今までの結婚は、その境界線を越えることができず、自分の国を中心として、自分の国でも自分の氏族を中心として、それも自分と関係のある氏族だけを求めて結婚しましたが、これを完全に捨てたのです。国境や民族や人種や宗教や文化をすべて捨てて、兄弟として、初めて歴史的結婚運動に参加する、このような役事が国際合同結婚式だというのです。(269-300,1995.5.1)

 

 3家庭、36家庭、72家庭、430家庭、777家庭、1800、6000家庭、6500家庭、その次は3万家庭です。この3万家庭は、帰一数(10番目)なので世界的です。蘇生・長成・完成時代を渡っていかなければなりません。3万双とは、旧約時代、新約時代、成約時代を出発する立場です。今から世界祝福時代へと越えていくのです。(302-130,1999.6.12)

 

 1992年に祝福したのが8月25日でしょう。3万双を1週間の間に祝福をしてあげたのです。このように見る時、この3代の先祖に、横的には50億人類がすべて入るのです。平面的にしてあげるのです。それで1週間にみ言だけでも聞けば、その後の全体を祝福してあげることができます。祝福してあげれば、アダム家庭が愛を中心として夫婦関係を過ったことを蕩減復帰して、一度に天国へ行けるというのです。(253-80,1994.1.7)

 

 先生が1992年8月25日を中心として3万双を祝福する時、皆さんの親に、家庭を中心に氏族的メシヤとして、家庭的メシヤの特権的な恵沢を与えました。それで息子、娘も同じ中心として認めるのです。ですから何も知らない人も1週間、真の父母を信じて、血統的に過ったということを知り、真の父母の血統となって血統転換、所有権転換、心情圏転換を間違いなくすると誓う人には同じ立場で祝福をしてあげたのです。(251-224,1993.10.17)

 

 今は他のものが必要ありません。真の父母と真の愛を中心にすればいいのです。真の愛を通じた、真の愛を中心とした真の生命、真の血縁的因縁をどのように成すのかという問題が残っています。皆さんも文総裁の前に、父母様の前に、祝福を受けなければならないのです。これは妄想ではありません。昨年、3万双を祝福するといった時、既成教会の牧師たちが「ははは! あの空想家、気違い」と、そう言いました。(245-160,1993.2.28)

 

 3万双を祝福してあげる時、何も知らない既成家庭を1週間の修練会に参加させて祝福してあげたのです。それでみなメシヤの位置、アダムの位置、再臨主の位置に引き上げたのです。それで、このようになったのです。(242-205,1993.1.1)

 

 1992年8月25日、その日は3万双の祝福式をした日です。このようにして堕落した父母を解放して、同じ基準に引き上げたので、堕落した子孫も同じく平等な立場に立つのです。蘇生、長成、完成です。
 3万双の時は、1週間の修練会を受けて誓えば、みんな祝福してあげました。それは、自分の親を解放してあげたので、親と共に子孫全体を解放して横的な平等の価値の基準に立つようになったということです。この基準がこのように論理的に成り立つので、真の父母はこのように世界家庭の主体圏に立つようになるのです。(249-137,1993.10.8)

 

 1992年8月25日を中心として3万双の祝福結婚式を誰でも同じようにしてあげました。1週間だけ「原理」を聞いて、ただ真の父母を信じるなら祝福したのです。自分が堕落した血統をもっており、真の子女ではないので、絶対的にすべてのものを真の父母にゆだねました。堕落してサタンが神様の所有権を奪っていったので、全体を神様に返しながら血統転換、所有権転換、心情圏転換をして、必ず真の御父母様の子女になると誓えばいいのです。そのようなことをしたのが3万双です。
 だからといって、祝福を受けてそのまま終わるのではありません。家庭の規則を中心としてお兄さん、お姉さんたちがしたことを相続した基盤の上に、祝福したことを忘れてはいけません。相続すれば、それを相続した先祖が管理、保管しながら愛したのと同じような心をもたなければなりません。
 それで過去のすべての先祖がもった同じ心情圏を受け継がなければなりません。しかし前と違って、サタン世界が解放されているのです。兄弟がみんな一つになっていけば、その境地を越えていくことは問題ありません。3万双の祝福式をしましたが、これからは360万、3億6000万も問題ではありません。36億も人工衛星を通じて何千箇所、何万箇所で一度に行うことができます。
 そのようにして全人類を祝福すればいいのです。3代の先祖がみんな解放されて祝福を受けた立場なので、その先祖の子孫と父子関係を結ぶのです。それで、上にあるものをどこへでももっていけるのです。ここにあるものをどこにでももっていって、ここにあるものもどこにでももっていける平面時代になっているのです。サタンの妨害がありません。(257-205,1994.3.15)


 今は、一度に祝福する時代です。それで1週間過ぎれば、7数である1週間がたてば祝福してあげられるのです。それを宣布したのが3万双の祝福の時なのです。だからといって、1週間ですべてのことを完成したのではありません。それは(潮水と同じく)海水が満ちるまでにかかる6時間全体が連結したものです。ですから、それが引いていくようになるときには、再び6時間をかけて、ここに来なければならないのです。それで統一教会の伝統的な思想を訓練されて接ぎ木されるので、生き残ればそれでいいのです。これはすべて論理的です。でたらめではありません。(258-210,1994.3.17)

 

 アダムとエバが結婚を間違ったので、祝福を通じて万国に統一圏を成していかなければなりません。初めて神様の名前で結婚式をするのです。3万双まで先生を中心として結婚式をしたのです。これは平面的なのです。同じ恩恵圏内にあるというのです。それで、これが水平線なので、3万双を中心として、初めて1週間だけ修練を受けて絶対信仰さえもてば、みんな祝福してあげたのです。
 天がサタン側を追放して世界を収拾して初めて天宙から世界、国家、民族、氏族、家庭まで基盤が築かれるのです。このように基盤を築いておくことによって天が訪ねてくるのです。訪ねてきて地上に来られる主と共に一つになって、サタンを追放した家庭の起源をつくるのです。そのような家庭を代表できる世界的時代、その時が3万双の祝福を中心として3年路程をたどる時です。(269-11,1995.4.6)

 

 一昨年の8月25日を中心として、3万双を祝福したのです。これは海水が6時間かけてずーっとこのように上がってきた時点と同じです。そこにおいては、6時間かかるのではありません。ここでは何分かでこのように転換されるのです。ですから、1週間の修練を受けて真の父母を認めて、血統転換、所有権転換、心情圏転換をすると誓えば、それでいいのです。祝福を受けたのちに血統転換、所有権転換、心情圏転換をするといえばいいのです。(259-84,1994.3.27)

 

 3万双の祝福の時には、功労がない人まで祝福してあげたのです。なぜかといえば、氏族的メシヤを送って、一族を解放させるためです。メシヤになった者たちの親が今まで統一教会に反対して、その氏族全体が統一教会に反対したのです。過激に反対したのは、むしろ統一教会に入った子供をもった親たちだったのです。その反対した親を解放してあげるのです。(242-104,1993.1.1)

 

 交差祝福こそ、日本が主人として最高の条件を得られる方法です。そのような喜びの条件なのです。今回の交差祝福は、何回目ですか。2回目です。今回、天下分け目の闘いをしたのです。3万双の時、日本が必死に反対したのです。
 サタンは日本全体で最大の攻撃をしましたが、先生はびくともしなかったのです。その内容を本当に知っている人たちならば、秋の紅葉のように染まって既に伝道されているのです。「いやー! 合同結婚、素晴らしい!」と考えるはずです。今回の3万双結婚式の80パーセントはNHKで放送しました。(237-249,1992.11.17)

 

 昨年の8月25日、3万双合同結婚式をするのに日本人たち1万7000双が来て結婚したので、日本を文総裁が食べてしまうのではないかと反対して、1年間大騒ぎしたのです。言論を総動員してつぶそうとしたのです。
 「今年の8月、統一教会はなくなる。解体して、流れる水のようにかけらも残らないくらいになるだろう!」と言ったのです。よく知らないのです。文総裁がそのような男ならば、このようなことは始めもしなかったでしょう。(248-276,1993.10.3)

 

 歴史的な伝統をひっくり返さなければならないのです。「自分の肉親のおじいさん、おばあさんとお父さん、お母さんがいるのに、真の父母とは何だ」と言うのです。これが逆説的な論理なのにもかかわらず、世界の良心ある若い青年たちは餅のようにくっつくのです。それで3万双の結婚式が可能だったのです。私が1日に3700何双をマッチングしたのです。これからは、1日に3万双もマッチングできるのです。
 先生は、そのような頭をもっているのです。それは、普通の人にはできないのです。人生の重要な愛の問題を中心として、これを行う時です。それこそ普通の人ではありません。そのような何かがあるのです。それで統一教会の教祖をやっているのです。(241-121,1992.12.20)

 

 ここで、大学を卒業した人、手を挙げなさい。下ろしなさい。今回、3万双の祝福に参加した人たちが90人ほど集まったと聞きましたが、手を挙げなさい。みんな若いでしょう。皆さんのおかげで、日本が大騒ぎになったでしょう。3万双が祝福を受ければ、日本民族が韓国民族に隷属するようになると考える右翼を中心とした日本の一部、そして年を取った人たちがみんな集まって反対しました。言論界と一つになって4カ月間、ずっと反対してきました。(240-108,1992.12.11)

 

 キリスト教の優秀だったという人たちが一発殴られるのです。24日にそのように殴られて頭が「ガン!」となったのに、25日に3万双の結婚式を見て、みんな「メシヤでなければ、こういうことはできない!」と言い、完全に再整備されて復帰されていくのです。(235-191,1992.9.20)

 

 先生がお母さんの話を聞いて、息子、娘の話を聞いて、皆さんの話を聞いたならば、このようにできなかったのです。これを引っ張って越えていかなければなりません。行かなければならない道を知らないのです。今は、皆さんがどこへ行くのか分かったでしょう。誰でもみんな分かったはずです。これは簡単なことです。
 これから、皆さんには生きるか死ぬかということがなくなるはずですし、迫害を受けなくなるでしょう。今回の3万双の祝福によって、整備作業がすべて終わりました。息子、娘が3万です。この3万人は、みな気が違って道理が分からない人たちではないというのです。そこには学者もいて、あらゆる人たちがいるのです。それで無視できないのです。(235-139,1992.8.29)

 

 3万双の祝福をすることによって、世の中がすべて静かになりました。この文総裁が普通の人ではないといううわさが流れたでしょう。ですから、メシヤ宣布をするだけのことはあったのです。メシヤなので、救世主であるがゆえにやったのです。(240-250,1992.12.13)

 

 海水が1年に一度、満ち潮で水面が最も高くなる日があります。ただ1日しかありません。何日もあるのではないのです。1日だけです。そのように水面が最も高くなる日があるように、今回の3万双の祝福をしたのです。エデンの園において、心情圏完成基準というのも、その海水のように一度しかないのです。その時に同参しなければなりません。それでどれほど堕落した人でも、七日修練会、三日修練会さえ受ければ、みんな祝福してあげたのです。(237-247,1992.11.17)

 

 3万双祝福式の時は、平面上に立てるすべての世界人類を御父母様が責任をもって、解放の位置に立ててあげたのです。誰でも1週間の修練会を受けて血統転換と所有権転換と心情圏転換をすると誓い、堕落という事実を知り、祝福を通じて真の父母が歴史全体を蕩減してくれたので自分が解放される、ということを信じればいいのです。(249-248,1993.10.10)

 

 今回、3万双祝福の時は、「三日間の教育を受けただけでも祝福に同参させなさい」と言ったのです。それは原則ではありません。しかし、この小さな条件で三万双の祝福を受けて、自分が氏族メシヤとして家庭に戻り、堕落で自分勝手に結婚した自分のお父さん、お母さんを三日間教育させるのです。それで、そのお父さん・お母さんが息子、娘の話を聞くならば祝福の位置、アダム・エバの位置に引き上げるのです。
 息子、娘はカイン・アベルで、アダム・エバ、父母の立場に同参する恩恵を受けるのです。何の功労がなくても、み言を聞いたというだけでも、父母の立場に同参できるのです。統一教会の内部だけにあげて、サタン世界、外的な世界には与えないということはできないのです。(240-246,1992.12.13)

 

 レバレンド・ムーンが7月3日から8月24日まで、「私が真の父母で、救世主だ!」と宣布しても、反対する人がいなかったのです。レバレンド・ムーンのみ言どおり救世主が再臨したとしても、レバレンド・ムーンのように、世界のためにこういうことができる人が一人もいないからです。
 今回3万双、6万人が結婚式をしましたが、「すべて真っ赤なうそだ」と既成教会で言いふらしながら、あらゆる反対をしました。そうこうしながら、実際にやったので、「おっ!」と驚いたのです。それを見て、うそをまき散らして反対してきた既成教会が落ち込んだのです。(239-274,1992.12.6)

 

 私は、世界のカップルを取り持つことができます。個人的に取り持つことが問題ではありません。パッと見れば分かります。皆さんは息子、娘の結婚相手を10年たっても選ぶことができないのに、私は1秒で15双まで結んであげました。そのような頭をもち、世の中を隅々まで知っているので、そのようなこともできるのです。そのように思うでしょう。3万双を祝福させてあげたからです。仲人という言葉あるでしょう。この世で言えば仲人です。けれども仲人ではありません。
 結婚は本来、真の父母がさせてあげるようになっていたのです。ところが、真の父母を失ったので世界的な父母の立場でこれを収拾して、すべて接ぎ木しなければなりませんが、それをする方法は私しか知らないので、私がせざるを得ないのです。(245-241,1993.3.7)

 

 3万双の祝福の時、写真で婚約をしました。これは驚くべきことです。サタン世界にはないのです。結婚するに当たって、絶対的なゼロの位置に立ちなさいというのです。結婚するのに絶対信仰をもった立場に立つのです。エバは堕落することによって、絶対愛をもつことができませんでしたが、彼らは国境を越えてサタン世界にはない愛の道を探し出したのです。先生を絶対的に愛したというのです。
 神様をエバが絶対的に愛することができませんでしたが、絶対的に愛する立場に立ったのです。自分全体を否定する位置に立ったという事実を認めなければなりません。(277-131,1996.4.7)

 

 3万双を祝福する時も、郭錠煥は「3万双! 6500百双の5倍にもなります。どうしましょうか」と言ったのです。6500双も目を大きくして死にそうだと大騒ぎしたのに、それも10年後にするのではないのです。3年以内に片づけなければならないのです。
 「超宗数的に、イスラム教(イスラム教)でも仏教でも儒教でも訪ねていって何双でもすべきだ!」と言う時、「できない」と言ったのです。目がセメントのような目になりました。セメントのような目を知っていますか。凍りついた目をセメントの目と言います。「できない」と言いましたが、達成したのです。(294-151,1998.6.14)

 

 金日成主席が「3万双合同結婚式を本当にするのか」と好奇心をもっていました。3万双をどのように結婚させるのかというのです。「3万双は何でもない」と言ってあげました。3万双祝福式をしたなら、「その写真を一度見たい」と思っているのを私は知っているのです。今回その写真を持っていって、金正日党書記と金日成主席に見せてあげました。
 3万双の祝福写真が大統領官邸にはありませんが、金日成主席、金正日党書記の部屋には掛けてあるのです。それはよくやったことでしょうか、間違えたことでしょうか。それで中国の門を開けて、ソ連の門を開けました。あとは北朝鮮の門だけ開ければいいのです。(239-42,1992.11.23)

 

 本来は、金日成主席と私とが北朝鮮から来た難民、それを何と言いますか。離散家族、その離散家族をみんな会わせようと約束しました。交流を約束しました。
 また、「3万双を北朝鮮でみんな歓迎するから連れてこい!」と言ったのです。その時は夏なのです。皆さん、松濤園を知っていますか。元山の松濤園海水浴場、はまなすが咲く松林、無限の松林がある白い砂浜にテントをいくらでも張ることができるので、「文総裁が願うならば3万双をそのまま北朝鮮で歓迎!」と言ったのです。それを政府が反対しました。(273-320,1995.10.29)

 

 3万双合同結婚式を材料として私が「日成お兄さん、3万双を連れて北朝鮮に入っていきたいが、38度線を開ける自信があるか」と言うと、「もちろんだとも、もちろん、ああ、そいつは素晴らしい!」と言ったのです。
 金日成主席が「3万双を連れて北朝鮮に入ってこい」と言ったのです。それで「ホテルがないじゃないか」と言うと、「松濤園海水浴場が世界的に有名な所だから、その松林に数十万人くらい入ることができる、だから10人当たりテント一つ持ってくれば、万事解決だ」と言ったのです。それは、そのとおりなのです。そこに食べ物を運ぶのです。元山港を解放するから、船にすべて積んで運べというのです。(239-42,1992.11.23)

 

 3万双が北朝鮮に入っていって、松濤園海水浴場で10人にテントを一つずつ与えようとしたのです。服を脱いで過ごせる季節だったのです。北朝鮮でも「文総裁が望むとおりにいたしましょう」と言ったのです。それを現政府にも通報しました。それを誰が抑えましたか。現政府が阻止したのです。それでも私は滅びませんでした。天道を行く道には光明の朝が来ますが、天道を離れれば暗黒の闇がやって来るのです。永遠の闇が訪れるのです。(238-266,1992.11.22)

 

 今回、3万双を金日成主席がみんな招待しました。「文総裁、あなたが願うならば、今が38度線を開くための一番いいチャンスだ。北朝鮮で3万双をみんな受け入れます!」と言ったのです。それを大韓民国の国民は知りません。北朝鮮からそのように言ってきたのです。北朝鮮で「3万双を受け入れます!」と言ったのに、どうするつもりですか。車に50人ずつ乗れば何台ですか。3万双だから1200台です。50人ずつ乗った1200台がつながれば何キロメートルになりますか。もしそれが行われたと考えてみなさい。このようになれば、南北統一の騒乱事件になったかならないかを考えてみなさい。これはもう過ぎ去ってしまいました。私は、誰がこれを反対したのかみな知っています。
 アメリカの情報を通じてみな知っているのです。私は、過ぎ去る人ではありません。誰が何をしたのかをすべて記録してデータを出そうとするのです。(238-161,1992.11.22)

 

 今は、統一教会を知らなければならないようになっています。統一教会を知らなければ常識のない人になります。本当なのです。統一教会を知らなければ何の価値もない人になります。
 これから世界に出ていきなさい。どこから来たのかと尋ねられた時、「韓国」と言えば、「3万双の祝福はどうなったのか」と言われて、そこに行けなかったなら「テレビで見ました」と言わなければなりません。そして「どうだったか」と言われた時、「壮観でした」と言い、「壮観でしたか。どんな人たちが集まりましたか」と言われれば、すべて説明しなければならないでしょう。先生もそうです。
 一昨日の24日にもリトル・エンジェルス芸術会館でバンケット(注:晩餐会)を終えて帰ってくると、あす、祝福式なのに400人が相手がいなくて、どこどこに集まっているというのです。それでそこに行って、一晩中、4時過ぎまで相手を決めてあげて出てくると、雨がどしゃ降りなのです。「こんな日に雨が降って地に雷が落ちるような所で、3万双を不動の姿勢で立たせて、祝福してあげれば、それこそ歴史的な事件になる!」と考えるので、気分がいいのです。(234-289,1992.8.27)

 

 

10)36万家庭

 ①36万家庭は世界的な脊椎骨となる家庭

 

 なぜ36万双に決めたのでしょうか。私たち祝福家庭の中で、一番中心となる家庭が36家庭です。アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭をいいますが、これは縦的基準です。この3家庭が一つにならなければなりません。それが一つになって12数を満たすのです。これに3段階を合わせれば36数になります。これは歴史的なすべての先祖、人類全体を代表した先祖になるのです。人に例えると、背骨と同じです。背骨と同じで縦的な基準をいうのです。骨を中心として、肉が一つとなって、細胞が生きているのです。
 堕落して神様の前から追い出されたのは、結婚を間違って追い出されたのです。ですから真の父母の名を中心として、全体、全般、全権、全能の権限をもって、万民解放圏を宣布したのが36万双の祝福だというのです。この36万双は、アダム圏、ノア圏、ヤコブ圏を完成したものです。アダム圏を完成して、イエス圏完成、再臨主完成を平面的に代表する数なので、36万双が結婚しなければならないということを皆さんは知らなければなりません。36万双が問題ではありません。
 360万双、3600万双ができる時代に入ったというのです。次が3億6000万双でしょう。それをすべて成せば、地上天国が目の前に訪れるのです。(269-55,1995.4.7)

 

 イスラエル民族は、40年の荒野路程が過ぎて、7年路程で国を建てる伝統を立てられずに敗亡の国となりましたが、私たちは、建国理念、その国を建てる伝統を立てなければなりません。今、40年路程が過ぎ去る時なのです。過ぎ去ったので、この7年路程中にすべての建国思想と統一的世界、平和の理念に満ちた国民に結束させなければなりません。それで先輩となる一世と二世がカイン・アベルとして一つになるべきなのに、一世が失敗したので、荒野で倒れる危険性があるというのです。
 これをどのようにするのでしょうか。祝福を早く行って救ってあげようというのが36万双の祝福です。そこには多くの既成家庭が入るのです。多くの既成家庭が因縁を結びました。統一教会に反対した人たちは、怨讐です。既成家庭を祝福してあげたのが36万双です。一世に該当する人は、腐ってなくなる人たちです。すべて鷲の餌になるはずなのに、死ぬはずなのに生かしてあげようというのです。
 皆さんの息子、娘、二世がアベルとなり、一世を救ってあげるのです。それで自分の息子を父母のように絶対服従、絶対信仰、絶対愛で接しなければならないのです。このような基準があるので復帰していくのです。(269-216,1995.4.23)

 

 3万双の祝福以後には、統一教会合同結婚式の反対がさっとなくなるというのです。それ以後、3年で36万双の祝福をするのです。36数というのは、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭までの36家庭をいうのです。それで、これは先祖の数です。ですから36万双の祝福は、世界的な全体の背筋のような、先祖のような祝福になるのです。これは、世界的に長成級に該当するのです。
 この結婚式をすれば、どうなるでしょうか。今、全世界で家庭が破壊されています。これを清算するのが問題です。混乱したこの家庭を、どのように収拾するかという問題で世界が病んでいるのに、統一教会が36万双の青年男女を中心として新しい家庭を編成し、その家庭が理想的に、幸せに暮らすようになる時には、世界中の破壊された家庭がここに関心をもつようになるのです。これは世界的な事件になるのです。
 このような36万双の祝福をする時、「この結婚は素晴らしい」とのうわさが世界的に流れて、一つの国で3万6000双ずつすればどのくらいになりますか。ある国は、5万双までするということです。考えてみなさい。(269-300,1995.5.1)

 

 1995年8月25日には、全世界72万人、36万双の善男善女が創造本然の理想家庭として、神様と真の御父母様から祝福を受けました。これで、神様の真の愛によって、夫婦が初めて理想家庭に向けた真の家庭のモデルを確立することができます。(271-147,1995.8.27)

 

 今や36万双を行ってサタン世界が倒れたので、皆さんの努力いかんによっては何千万双もできる時代に入りました。それで私が心配して祈祷しなくても、ほうっておいてもその数は越えるのです。間違いありません。私は、予想数字が何千なのかを既に考えています。ですから自分の責任を完成しなさいというのです。自分の責任!(271-255,1995.8.28)

 

 36万双というのは歴史になかったことです。3万双から公開的祝福を世界的にしたのです。そこには、国家の第二人者まで参加しました。大臣クラス以上が入っているのです。今回も、大統領たちもみんな出席したのです。世界の峠を越えなければなりません。そして3万双から36万双を三年で行ったので、3数を越えていくのです。これは不可能なことです。
 現在の統一教会員、皆さんすべてが出ていって、ありとあらゆる理由を挙げながらそれを可能だと信じていましたか。それを知って信じたのは、神様と先生しかいませんでした。けれども私が責任をもって祝福をしてあげました。今や完全にサタン世界を越えていくのです。蘇生家庭圏の世界版図上の3万双を基盤として、長成圏の36万双を中心として、36万双は、36家庭を世界版図上で越えていくのです。先祖が間違った峠を越えていくのです。(272-27,1995.8.30)

 

 今回、私が36万双を祝福したのは、南米からアラスカに通いながら、荒れ地の開拓の王子のように、失ったものをすべて収拾しなければならない責任があるからです。収拾して帰ってこなければなりません。これを収拾すれば36万双が峠を越えるのです。神様の愛があるので、神様は内的中心として、私は外的中心としてこれを整えるのです。このような理由で36万双をするようになりました。(272-31,1995.8.30)

 

 先生は、かかしではありません。これは初めて話すことです。私が数多くの人を組んであげました。あらかじめ決めておいてすると言われたり、狂人だとうわさされました。36万双を率いて祝福してあげた記録を残したので、「その人が本当にやったのか」と言われても信じることができるので、事実を話すのです。今までは、話しませんでした。今回、初めて話すのです。先生の手が動くのです。手が動くのです。誰も知りません。写真に、てきぱきと手が動くのです。(272-41,1995.8.30)

 

 36万双の祝福のために血の汗を流して、8月25日が来ることがどれくらい恐ろしかったか分かりません。私はワシントン大会をした、それ以上の気持ちでした。天の前に宣言した威信と体面がここですべて壊れるか、跳躍するかなのです。深刻でした。皆さんは寝ていたり、あらゆることをしていたでしょう?
 神様が加護してくださり、先生を愛してくださり、保護してくださったのです。その孤独で悲惨な文なにがしを同情してくださる神様がいらっしゃったので、誰も考えもしなかったのに、それを超えて達成したのです。3万双から36万双は、12倍の数です。それで36万双は10倍で、すべて根を下ろしました。鐘を打つ音が地の果てまで鳴り響きました。
 また今の世の中はエイズとかフリーセックスによって、毒蛇の口に手を入れるような危険な時代です。美男子を求める女性はエイズにかかり、美人を求める男性はすべてエイズにかかるようになっています。これは生きて地獄に直行するようなものです。これを守る道がありません。純潔を守らなければならないのです。(271-214,1995.8.28)

 

 1992年が過ぎて、3年後の95年に36万双の祝福をしたのです。3万双から、国際的水準の3万双から祝福を同じ位置でしてあげるのです。カイン・アベルに同じ位置の恩恵を与えるのです。1週間だけみ言を聞いて、絶対信仰をもって真の父母に仕え、絶対愛で真の父母を愛して、サタン世界の知恵ではなく、無知でもなく、絶対知恵、真の父母の知恵でみ旨の道を行くと決心すればいいのです。1週間のみ言を聞いて決心して誓えば、祝福をしてあげたのです。同じ位置に立ててあげるというのです。(277-133,1996.4.7)

 

  3万双も祝福して、「3年後に36万双を祝福する」と言うと、「できる」と言う人は一人もいませんでした。一人も信じませんでした。でも、それが終わりました、終わりませんでしたか。世の中にそのようなことをする人はいないのです。誰もこういうことをする人はいません。こういうことをする国もありません。これが記録的です。サタン世界の家庭全体を踏んで上がっていったのです。長成的基準の36万双を勝利したので、サタン世界の国を踏んで上がっていくのです。これで残ったのは360万双です。これは全権時代です。祝福全権時代に入っていくのです。(275-282,1996.1.1)

 

 今回祝福を受けた36万双には、ムスリムイスラム教信者)、仏教信者、儒教信者、超宗教的信者が祝福を受けようと参加したのです。キリスト教は、祝福をすべて奪われたのです。天の国の皇族圏になることができるキリスト教文化圏の体裁がなくなったのです。これも私が救ってあげなければ、すべて地獄にけり入れられるでしょう。(277-42,1996.3.24)

 

 長子権時代、父母権まで来たので命令どおりに動かなければ引っ掛かるのです。自分の先祖が来て、処理してくれるのです。天使世界も降りてきて処理するのです。間違いを犯せば、先祖が来てあらゆることをします。統一教会に行けと命令をします。
 今回、天の特命だと命令するので、全世界の宗教団長がそのような命令に逆らえません。宗教団体長に対して、「おい、祝福しろ!」、このような夢のようなことが可能です。36万双なので360万双は問題ありますか。問題ありません。可能な時代に入ったということは驚くべき事実です。そのようなことをする統一教会は、どれくらい有名ですか。どれくらい素晴らしいですか! どれくらい誇らしいですか! どれくらい気分が良いですか!(274-187,1995.10.29)

 

 36万双の祝福を6カ月間ですべて解決しました。第3世界にいるこの人たちは、信仰生活に命を懸けてきました。おなかをいっぱいにして、おなかをさすってげっぷをしながら来たのではなく、飢えて死にそうになりながら息子、娘と生き別れになる、そのような死の場に送りながら神様を信じてきた、徹した信仰基盤が残っているということを私は知っていました。(273-236,1995.10.29)

 

 今回、36万双祝福式をしましたが、36万双は何人ですか。72万人を数えれば何日かかりますか。一生かかるでしょう。それが人間の力でできますか、できません。先生は、6カ月間でやりました。3年ではありません。先生は、どれくらい深刻だったか分かりません。それで霊界を動員したのです。動員してアフリカヘ……。ここ北半球は、反対です。ここが明るければあちらは暗く、あちらが暗ければここは明るいのです。今は、あちらが明るいのです。神様は、公平だというのです。(273-50,1995.10.21)

 

 今回の36万双合同結婚式をする時、日本ではこれが失敗するといって韓国のキリスト教と組んで、発表するやいなや「やっつけよう!」と万全の準備をしていたのです。このように日本の政府から何から、すべてでもって片づけようとしたのです。
 ところが夢のような話が起こったというのです。NHKが実況放送をしたのです。36万双がどのようになったと実況放送したので、反対しようとして来た約160人の言論人の首が縮み上がりました。
 NHKが発表してしまったのです。自分たちが勝手に撮って発表し、混乱を起こそうとしたのにNHKが発表したのです。日本の言論界を代表した、それも先進国家の名があるので、発表しなければ大変になるのです。世界的見識から脱落するということを知っているので正式発表して、残っていた反対しようとした者が完全にさっとなくなってしまいました。そうするや否やブッシュ元大統領が来て、掃き捨ててしまったのです。(272-198,1995.10.5)

 

 真なる家庭と理想家庭を実現しようというのです。神様のみ旨が願う理想家庭を実現しようというのに、息子、娘の理想家庭を願わないお父さん、お母さんがどこにいますか。願っても不可能だったというのです。夢のような話です。政治力をもってしても駄目で、経済力をもってしても駄目で、外交能力あるいは軍事力をもってしても駄目なのです。こういう時代を越えることができるのは、36万双の祝福です。(272-196,1995.10.5)

 

 真の父母がこの地上に来て、根本を明かさなければ霊界に行って問題になります。これを全世界の町々、村々に伝えることで霊界と地上が完全に一つになるのです。それで今回、36万双というのは意味が大きいのです。40年たってお母さんを中心として女性解放 -それが母の出現です- とともに3万双を祝福したのです。祝福の基準で3万双をしたのは、世界的な母とカイン・アベルを中心として新しい祝福基盤を世界で成立させるためです。それが蘇生ならば、これは長成というのです。2番目なので36万双を中心として天が摂理的ペースで合わせたのが、家庭問題です。
 今、完全に地獄化されてしまったのです。いくら先進国家が自慢しても、家庭問題を中心としては頭を下げなければならないというのです。完全に破綻させられました。手をつけることができないのです。経済力、軍事力、政治力をもってしても手をつけることができないのです。(272-179,1995.10.5)

 

 エバの責任を果たせなかったことをお母様が解放してあげることで、初めて女性解放運動が行われるのです。3年圏内にあって、女性解放を通じて国を探し出さなければならないのです。国を探す時代に入ったので、結婚式をするようになりました。サタン圏内で36万双家庭を探し出したことでサタン世界は崩れるのです。
 これから世の中の家庭は、完全に飛んでいくようになっています。こういうことが行われるようになって、これが大きな主流の流れになり、文総裁の家庭理想は人類を解放して平和の世界へ行く近道だということを、みんなが知るようになったので反対がありません。これから反対すれば、「よく聞け、こいつ! 文総裁がしていることとは何か。世界的に青年男女を組んで36万双祝福式をしたのを知らないのか。お前は何と思ってそんなに反対するのか。ほうり出せ!」と、王でも誰でも釘を打たなければならないのです。町内隅々まで行って、お父さん、お母さんを降参させる時が来たのです。父母権復帰です。分かりましたか。(272-50,1995.8.30)

 

 神様が文先生をつかんで離さないのです。こういうすべてのものを内外で実践するのです。教えてから実践するのではありません。すべて実践して教えるのです。36万双もそうです。36万双もできるとした上で始めたのです。今度の360万双もできるという、その上で命令するのです。そのまま先生のみ旨に従えば、できるようになっています。(272-47,1995.8.30)

 

 36万双をしたので、今は原理結果主管圏を越えたのです。皆さんは知らなければなりません。統一教会は、原理結果主管圏内の長子権復帰のための戦いを毎日のようにしている所です。それで世界平和統一なのです。「世界平和統一家庭連合」は、原理結果主管圏を越えて、直接主管圏と一つになるのです。先生と一つとなっているのです。
 それで先生のおしりをつかんで絶対に一つになれば、結果主管圏は分立ではなく統一されて、勝利の覇権者として先生についていくようになります。これが宗教を中心として見た時、「世界平和統一家庭連合」だということを知らなければなりません。(272-95,1995.8.30)

 

 36万双の祝福というのは、外的と内的に王権国家基準でサタン世界を踏み越えたということです。エバならばエバとして、妻ならば妻としての勝利の覇権をもって、堂々と国家を越えて天国に行ける責任分担を完遂したのです。直接主管圏の神様の血統を直接伝授できる世界へ越えていくのです。(272-74,1995.8.30)

 

 3万双の時も、郭錠煥は見込みがないと言ったでしょう。できるだろかできないだろか、と思ったでしょう。36万双、これは夢の国で占うのです。夢の中で占って当てることができますか。これは想像もできないことです。
 しかし私は、「36万双は既にできた」と言ったのです。ですから神様が「OK」なさったのです。答えを得て、始まったのです。ですから3年間毎日、一瞬一瞬、夜になっても、どこに行ってもそれに焦点を合わせながら、そこに中心を置いて精誠を込めたのです。私の精誠は、50億人類の精誠に負けないというのです。それを誰も知りません。お母様も知りません。神様と私だけが知っていることです。
 完全な主体は、完全な対象を成すのです。完全な対象の信念は、完全な実体の信念として神様が成功させなければならない責任があるのです。どうですか。素晴らしいでしょう。その信念どおりにできました。360万双はどうですか。3万双から36万双をすることよりも簡単です。世の中で文総裁を夜も昼も呼ぶ人が多くなっています。お母様のお父さん・お母さんと、先生のお父さん・お母さんを、歴史の数千万代の歴史に広がった先祖のすべてを許して、夫婦といえる因縁を地上で組んであげました。(272-117,1995.8.30)

 

 今までは、そのままほっておきました。私が直接管理できる、長成期完成級の峠を越えることができなかったので、完成した父母として処理できません。干渉しないのです。今は、時を越えました。
 40年の峠を越えて、36万双を突破したというのです。3万双から始まって蘇生、長成期を越えたということは、サタン世界の誰も統一教会を抑える人がいないということです。その峠を越えたのです。反対しても越えていけるのです。(272-72,1995.8.30)

 

 潮水は6時間ごとに入ってきますが、水平になる時があるのです。今、そのような時になったので、今回の祝福も1週間の教育を受けて血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰をすると決意した人、真の父母に接ぎ木して新しい人になるという人は祝福してあげたのです。
 しかし、いつもそうではありません。水平になる時は、少しの間なのです。そのような時が来たので、36万双も、なんの功労のない人を先生の特権で祝福してあげたのです。(268-191,1995.4.1)

 

 世界的蘇生が3万双です。世界的長成が36万双です。これが第2次です。第2次の時に堕落したので、第2次の時に霊界と肉界を、家庭を中心として結ぶのです。
 先生の父母と先生のお兄さんをこのように結んでおくことで、家庭的にお母さん、お兄さん、息子、娘として、これが三位基台になるのです。それだけでなく、アダム家庭から出発してお母様の家庭を祝福してあげて、その息子、娘を結ぶのです。これを3時代を経て初めて、真の父母を中心として、先生の息子、娘と皆さんの家庭がカイン・アベルとして結ばれるのです。
 それで今回の36万双を祝福する前に、その前日の明け方3時に、その祝福式をしてあげたのです。真の御母様の両親をです。このように難しいのです。だからといって、本然的アダムとエバの理想的祝福の位置ではありません。王権が残っています。国がありません。国です! 今は、すべて終わりました。(272-311,1995.10.13)

 

 忠母様の祝福も同じです。大母様の祝福もです。霊界に行っている人を祝福してあげたのです。大兄様も同じなのです。その準備です。それが36万双をする前、明け方3時にそのようなことをすべて準備したのです。皆さんは知らないでしょうが、そのように複雑なのです。それをすべて収拾して、旗を前面に立てたそこに、サタンと神様と霊界と肉界が相反することがない道を切り開くのです。それが蕩減復帰の道です。(284-167,1997.4.16)

 

11)360万(3600万)家庭

 ①360万家庭祝福で解放時代を迎えて

 

 真の父母が出てこなかったので、今までこの地を離れた人たちも、真の御父母様が来て、祝福を受けて共に平面上で生きることができる位置に上がってくるのです。そのような歴史的な解放圏を代表したのが360万双の祝福だというのです。360万双を中心として、今年すべて集まるのです。(282-189,1997.3.12)

 

 360万双の祝福、これは蘇生、長成、完成の完成です。3万双から36万双を経て、完成の段階に至ったのです。
 これを水位で例えれば、海は6時間かけて満ち、12時間に1回ずつ引いていくので、6時間先に押し寄せる潮水も同じ水位に立つのです。先に入ってきたものを押し寄せて入ってくれば、むしろ新しく入ってきたものが先になることもあるのです。ですから平準化時代に入ったのです。それでカイン・アベルを中心として、「君が正しくて私が間違っている」と言える条件を立てられない時代に入ったというのです。
 平準化時代になったので、一律にすべて祝福できるのです。こういう時代に入ったのです。それで360万双だけ越えればいいのです。完全に越えていくのです。(282-181,1997.3.12)

 

 今は、世界がすべて変わって、私たちの時が来たので世界的に、「真の父母を誇り、愛することは360万双祝福完成」だというのです。世界化祝福時代が来たというのです。360万双を祝福するようになれば、小学生たちが尋ねるのです。「先生! 統一教会の文先生がする360万双祝福と、うちのお父さん、お母さんがしたように一双一双する結婚とどちらが本当ですか。世界のすべての国民と、すべての国家の風習、伝統を越えて統一的な立場で家庭をつくる、このようなことをしています。その結婚式と、私たちの結婚式と、どちらが本当ですか。統一教会に行って結婚しなければなりませんか。今までの方法で結婚しなければなりませんか」と尋ねるならば、先生は何と答えるのかというのです。(282-39,1997.2.16)

 

 360万双が祝福家庭の世界解放圏を成立させるという内容があるということを知っているでしょう。そこに殺人者や強盗がいないですか。くずのような人がいないでしょうか。盗賊、詐欺師が大勢いるのです。それを悔い改めるなら、どれくらいかかりますか。何千万年の罪を負っているので、その罪を何千万年の何倍悔い改めても許されないのです。その罪を許すのが真の愛のパワーです。真の愛の力をもっていると、偽りの愛の力がどんなに強くても、自動的にすべて流れてしまうのです。(280-315,1997.2.13)

 

 360万双をすれば統一天下がなされるのに、統一天下は何を中心として回るのでしょうか。これが錨なのです。地上世界の悪魔の主管下において習慣化されて、汚されているものを清算できる錨だというのです。ここにロープを結んで、皆さんを押し出すのに錨のロープが切れてはならないのです。それが皆さんの家庭とならなければならず、皆さんの一族にならなければいけないのです。切れるかもしれないと思って一族を縛り、国家的なメシヤをみんな縛ってあげるのです。(280-263,1997.1.2)

 

 160家庭は、誰のためにしましたか。自分の一族のためです。ここの黄氏ならば、黄氏の先祖から今までの家庭の責任を負うのです。真の父母がそうではありませんか。アダムから今までのすべての家庭の責任を負いました。それが世界版図になったので家庭を越えて、国家を越えて、世界まで越えて、それを解放して、すべて収拾したような価値を中心として360万双を祝福するのです。そこには国境もなく、宗教とか風習とか文化とか、そのようなものがないのです。平面的に全世界の村ごとに同じ家庭を配置したので、神様が求めてきた、堕落していないアダムの本然的家庭基準を設けておいたのです。(284-119,1997.4.16)

 

 統一教会で、真の父母の誇りと愛は360万双完成をすることですが、それは韓国のためだけではありません。南北統一基準で東西に分立された西洋の文明が今、戦い、南と北が貧富の差で戦う、そのすべてのものがかかわっているというのです。それだけに360万双で、韓国で記録を破って、北朝鮮の前に水が流れるように、天運を動かさなければならないことを知らなければなりません。(282-259,1997.4.7)

 

 家庭とは、そのように恐ろしくて怖いのです。ですから「家庭盟誓」の内容は、天宙的な大宣言だということを忘れてはいけません。昨年から父母様が講演する講演文の内容は、家庭をもつべきだというものです。これは鉄則だというのです。霊界解放の祝福式をしなければならない時が追っているのです。360万双が終われば、霊界祝福式をするのです。相手が霊界に行けば、呼び出して組んであげることができる時代に入っていくのです。ですから地獄世界まで解放されるのです。(283-90,1997.4.8)

 

 きょう、集まったのは、ほかでもありません。これを教えてあげようと思って集めたのです。アダム家庭の体制、イエス家庭の体制、再臨主家庭の体制が、すべて違うというのです。イエス様は、ローマを越えて、世界的段階を越えて、天を救うことができませんでした。統一教会は、今やそのような位置を越えたというのです。それで王権時代を叫んでいるのです。今回の360万双の祝福さえ終われば、霊界の祝福が行われます。(283-125,1997.4.8)

 

 これから360万双が終わった日には、興進君と大母様を使って先生の祝福を代わりにさせようというのです。祝福してあげるのです。それでは自分が愛する人統一教会を中心として独身祝福を受けた人があの世に行って、昔の自分の夫と息子、娘を探して再編成できる時代が来たというのです。その時がいつ来るか分からないので独身祝福をしてきました。(285-104,1997.4.21)

 

 11月29日の360万双は、天と地が接する時です。縦的世界と横的世界が接する時です。それでアダム家庭で堕落せず、全人類が堕落しないで、横的世界がみな祝福の日を待っている時なのです。エデンの園でアダムとエバが家庭完成を成功させたのです。引っ張ってきて、強制的に結婚させてもサタンは反対しません。たとえ強制的に祝福を受けさせても、祝福が終われば永遠に、深く父母様に感謝するはずです。宇宙の価値を相続する代表的家庭が立ったからです。(285-205,1997.5.4)

 

 再臨主は、何をもってくるのでしょうか。神様の愛を中心とした血統の主人として来るのです。その血統によって新しい子孫を残すようになるのです。それでアダム家庭で完成したように完成された家庭となれば、その家庭は、氏族完成と国家完成の根本になるのです。それがそのまま世界的に展開しながら3万双、36万双、360万双の祝福につながったのです。
 このように地上から蘇生・長成・完成が成されたのです。これは平面的です。今からは、何の問題もありません。とても簡単になるのです。360万双をすることよりも簡単です。神様の全体、全般、全権、全能の時代に入っていくのです。真の愛を中心として家庭を祝福するのに、妨げになるものは何もありません。なぜそうなのでしょうか。世界で最も難しい問題とは、青年男女の倫落問題と家庭崩壊の問題です。
 神様は、エデンの園で干渉できなかった基準があるので、今でも手をつけることができません。サタンも家庭を引っ張っていって、「終わりの日」になれば、枝まですべて枯らせてしまうのです。(286-234,1997.8.11)

 

 360万双を超えて、すべて完成させるのです。それで3600万双です。3万双から36万双、360万双、3600万双、3億6000万双、その次はいくつですか。36億です。6回すればすべて終わります。6回もしなくていいのです。360万双をするようになれば、結婚する人は「なぜあのように世界を騒がして結婚したのか」と知られるようになるのです。
 先生は、祝福がどれくらい価値があるのかということを知っている人です。自分たちは知りません。無限の価値圏を与えたのです。今は、文総裁がどんな話をしても、すべて信じるようになったのです。「36万双をする」と言った時、「あれは狂った人だ。統一教会は滅びる」と言ったのです。「統一教会は減びる」と言っているところに、「360万双をする」と言うので、「ああ、ついに滅びたな!」と言うのです。「統一教会が3年ももたずに滅びるようにしてください。2年間ももたないようにしてください」と既成教会は祈ったのです。(285-305,1997.6.29)

 

 今年も、もう8月になって3分の2が過ぎました。今年の標語は、360万双祝福完遂です。それで人の妻を盗んで、息子、娘を盗んだと反対しました。祝福したのは、3家庭から36家庭、72家庭、124家庭、430家庭、777家庭、1800家庭、6000家庭、6500家庭です。九番目が6500家庭です。
 次は10回目で、3万双をしました。11番目は、36万双です。12番目は、360万双です。360万双をして蘇生、長成、完成と上がってきたのです。すべて上がってきたのです。上がったので世界中が知るのです。世界に知れわたると同時に、家庭問題が世界で一番大きい問題となります。それを収拾する道がありません。政治の力、経済の力、宗教の力、どんな力でもこれを収拾できません。(286-65,1997.8.6)

 

 神様と真の父母に仕えて聖餐を食べることを私たちは、聖日においてだけしていたというのです。
 「七・一節」、全体、全権時代、360万双の家庭によって世界理想に入っていくので、嘆息していた万物が嘆息圏を抜け出して、月曜日から1週間、私たちが生活しながら食べて寝ることすべて、神様と真の父母に仕えて生活する侍義時代に入っていくのです。その準備です。(285-297,1997.6.29)

 

 外形的には、統一教会キリスト教についていったかのように見えるかもしれませんが、内的には、どれだけ闘争歴史を繰り広げたか分からないのです。サタンを分立させて、分別するための闘争をしてきたというのです。そうして、人類を再度神様の懐に抱くことができるようにするための救援の道を、個人から家庭……。8段階を経て、全世界の民族が祝福家庭を中心として、真の父母の祝福家庭を中心として、世界水準を越えることができるのが360万双の祝福です。
 それで、今は3600万双です。これは簡単です。一番難しいのは360万双です。40年の峠を経て失った旧約圏と新約圏を探して出てくるのです。長子権と父母権、王権を失ったので、すべてその過程も経なくてはなりません。それで、先生が長子の責任を果たさなければならないのです。(286-70,1997.8.6)

 

 3万双、36万双だけは縦的に見るのです。360万双で分岐点に上がっていきました。これから下るのはやさしいのです。下るときは早いので、そのような力を加えて下るのです。ここで反対になります。36万双の対となる3600万双、こうして3億6000万双を完成することによって、このすべてのサタン世界の家庭の峠が崩れるのです。崩れるので、今から平地になるというのです。この家庭的峠が崩れないために、神様が自由天地を往来できないのです。それから国家主義です。
 家庭連合と親族連合の上に国家連合時代に入るので、その次には24の氏族として加入し、それから世界時代へ渡るときは360の氏族を中心として、360万双、3600万双、3億6000万双、世界の平面的組織として一つの地上天国、天上天国を連結していくのです。天地父母天宙安息圏の12峠の完成に対するものです。皆さんの家庭がどのように成されたのかというと、この12峠を越えて、天国の民として天の国、地上天国に加入できる私の家庭になるのです。
 ですから、どれほど歴史的な恨の峠を越えてきたかというのです。12峠を完成するのは360万双です。これはしなければなりません。12峠の完成は360万双であり、2番目は3600万双です。これは、360万双が頂上に上がっていけば、すべて蘇生、長成に下っていくのです。それから3億6000万双、このようにすることによって、天地父母天宙安息圏が集結されるというのです。すべて解放圏が展開するということです。3億6000万双まで行ってこそ、完全に解放圏です。世界的にすべて終わるということです。(286-247,1997.8.11)

 

 360万双さえ越えれば、すべての解放圏の世界へ越えていくのです。それで「真の御父母様の誇りと愛は360万双祝福完遂」なのです。今、先生を中心として神様を愛して誇った、そのすべてのものを成したように、先生を誇り、愛する基準を立てて360万双を越えれば、すべての解放圏の世界へ越えていくというのです。祝福ということを説明しなくても、「どこに行け」と言わなくても、文総裁の祝福理念は、世界を解放できることを万民は知っているし、聞かなければならなくなっているのです。360万双が、耳にたこができるように毎日ラッパを吹くのです。(280-220,1997.1.1)

 

 360万双は、皆さんに必要ですか。その必要はないのです。2天使長の家庭を消化して、アダム家庭に出してこそサタン世界の家庭的痕跡とか、息子、娘がいなくなり、サタンが永遠に服従してサタン分立が行われるというのです。
 それでサタンは、どうやっても反対するのです。それを縛ったのが1992年の3万双の祝福です。初めて世界が縦的に上がるのです。長成は36万双で、360万双は完成で最後です。それで地上に360度をすべて開放して、誰でも祝福を受けることができるようにしたように、これが連結されれば、天上世界にいる人たちを祝福できる門が開くというのです。今まで誰も天国に入っていないのです。
 ところが興進君が先生の代わりに祝福してあげるので、霊界にいる天使長の子孫がアダム家庭の弟の位置に立って、一列で真の父母のあとに従って天国に行くというのです。蕩減復帰です。(280-302,1997.2.13)

 

 今回、360万双をすれば、統一教会で結婚式をする必要はありません。宗教がなくなるのです。文総裁が言うならば、今、私が演説する内容、説教する内容は、宗教は体を主管するために生じたということです。堕落したので生じたのです。
 それで、すべて宗教がなくなります。何をしなければならないでしょうか。神様に仕えて生活する家庭、国だけをつくればいいのです。それが創造理想です。(271-230,1995.8.28)

 

 世の中の「終わりの日」には神様も手をつけることができず、サタンもすべて寂寞たる山川、絶壁にぶつかっているのです。サタンが見た時、右側、左側を振り返ると、レバレンド・ムーンがしりを打ちながら家庭をすべて奪ってきているのです。今は360万双ですが、3億6000万双を祝福して、家庭をすべてひっくり返すのです。これからは行く所がありません。(288-55,1997.10.31)

 

 先生の気持ちとしては、それも2倍を足すのです。問題ではないと見るのです。これで世の中が驚嘆するでしょう。360万双も未完成だと、指さしてあざ笑った怨讐たちが待っているという事実を知らなければいけません。火を消しては駄目です。腰のベルトを緩め、服を脱ぎ捨てて寝ては駄目です。その日を、先生は願ってきました。先生のような心をもってみなさい。行動の終着に向かって、あらゆる闘いをせざるを得ない、自主的で自覚的な自分自身をもたなければなりません。神様の代わりに審判主の行為を拡大させようとしているということを、理解して決意しなければなりません。(288-39,1997.10.31)

 

 7月15日の前、360万双完了を宣布する前までは、本当に心が逼迫していました。アルゼンチンでは何人しましたか。何百だけしかできなかったでしょう。500人もできなかったのです。ですから大変です。ところが天が役事をしたのです。8月に入って、私たちが天地父母天宙安息圏を宣布したその日は、何日ですか。8月9日です。そのような時がまた来るというのです。霊界の門が開き、この地上に全く想像できない事件が起こることを知っているのです。ですから7月15日に「360万双完了」を宣布したのです。(289-11,1997.12.30)

 

 ②360万双が3600万双に

 

 今回は短い準備期間にもかかわらず、全世界185カ国で360万双を目標にした当初の計画を3600万双も超えた3960万双が人種と宗教を超えて、真の家庭のために祝福結婚儀式に同参しました。これは、その趣旨や規模で見ても「人間が動機となった行事だ」と言うことができません。神様のみ旨が主な動機となって成し遂げた、摂理的な成就だというのです。(288-125,1997.11.26)

 

 3600万双が終わりましたか、終わりませんでしたか。「360万双もできない」と言ったのに3600万双を成したので、10倍を超えました。4000万双を超えました。どれくらい統一教会が素晴らしいですか! 誰がこのようにしましたか。3億6000万双は、6カ月間あればできるはずだと先生は信じています。6カ月あればできるのに、皆さんが信じないのでできないというのです。3億6000万双は、これから新たに6カ月間あればできます。皆さんが先生のようになれば、十分にできるのです。皆さんがどれくらいしなければならないかが心配です。(288-101,1997.11.16)

 

 きょう、この席に世界言論人を代表して参加した言論人の皆さんに、レバレンド・ムーンが伝えたい最も重要なメッセージです。今、ワシントン市内一円で開催されている第3回「世界文化体育大典」のすべての行事と、29日のRFKスタジアムと、全世界で挙行される国際合同祝福結婚式行事は、当初360万双が参加する予定でした。ところが驚くべきことに、当初の目標の10倍を超え、3600万双以外にも数百万双が参加するようになりました。
 このような汎人類的祝祭こそ、未来世界のための家庭価値を守って高揚させ、人類が決断を促す荘厳な出発基台となるはずです。(288-139,1997.11.26)

 

 私は土曜日、RFKスタジアムで行われる特別な行事に、皆さんを直接招待したいのです。世界宗教の代表的指導者たちの祝福の中で、私と私の妻は185カ国から参加した3960万双に対する祝福結婚式を挙行します。当初の目標の360万双を超え、また3600万双を超えて達成しました。
 皆さんの国からも多くの夫婦が同参しているはずです。185カ国の代表を含んだ3万双の夫婦がスタジアムに参加し、同時に人工衛星とビデオを通じて、世界的に連結されて祝福結婚儀式が進行するはずです。(288-165,1997.11.27)

 

 本来は、360万双をすれば完全に水平になるのです。海に入っていこうとするなら、その水は、すべて水平にならなければなりません。一番流れが遅くなるのは、大きい川が海に入っていく時です。そう見えますか。できるだけゆっくり入っていくのです。それがなぜそうなるのかといえば、主体となる海水の前に完全に吸収されるからです。天地の道理を中心として運動をして、すべてが存続するのです。なぜ早く、なぜ3600万双が終わったらすぐ始めるのがいいかといえば、既に山の谷間をすべて流れ下ってきたからです。峠を越えたので、蘇生、長成なので、サタン圏でいえば長成期完成級を越えることができる段階に達したのです。それで3億6000万双が入るのでしょう。これは完成圏です。(288-148,1997.11.27)

 

 先生は、皆さんに対して話すこともできません。私が話してあげれば、自分たちが恨に満ちた位置に降りていかなければならないのです。「ホルロ・アリラン」、独りで、単身でここまで来ました。360万双ができると誰が信じましたか。郭錠煥も信じませんでした。みんな信じませんでした。私一人が信じました。再創造は、神様が創造の命令をするので、砂地からも数千人を(つくります)。エゼキエル書(によれば)、谷間の枯れた骨を生かして軍隊をつくったのです。能力がある神様がいらっしゃるということを知らなければなりません。(288-161,1997.11.27)

 

 360万双の祝福と共に成すことができるのは腹中の子女、その祝福家庭の子女にも聖酒を飲ませます。私の生涯を懸けて、私はこのように生きてきましたが、腹中にいる堕落した血統と関係がない絶対純潔な血統を受け継いだ子女にする条件として聖酒を授けることを忘れてはなりません。その国と一つになって、天に誓って宣布して聖酒を飲まなければなりません。そのようにすれば重生し、腹中の子女は、サタンの子女ではないというのです。(289-63,1997.12.30)

 

 この世に一本勝負があるでしょう。一本勝負をして、既にすべて勝利しました。既にすべて勝利したので、皆さんの家庭がすべて勝利するのです。韓国も今、そうです。北朝鮮もこの前、私たちが360万双を祝福結婚させるというので、それが謎だというのです。「それはうそでしょう。うそではないですか」と言ったのです。すべて成し遂げたのですが、うそだと信じないのです。
 今回7200万人が結婚し完成した時には、のびてしまうでしょうか、倒れるでしょうか。のびたならどうなりますか。私が助けてあげれば、私の話を聞かなければなりません。そのようなことができる時が来たのです。(288-225,1997.11.28)

 

 愛の理想をすべて探し出したのちに、相続しなければなりません。これをすべて相続するためのものが3万双の祝福です。これが祝福において12峠です。皆さんは知っているでしょうが、3万双の祝福は蘇生、36万双は長成、360万双は完成基準です。それで今年、360万双、3600万双をするのに、あの頂上でどれくらい忙しいのか、空から滝のように落ちてきたのです。3億6000万双を勝利した日には、この地上に心情圏統一世界が、地上・天上世界に統一世界が来るのです。心情圏に生活している家庭を中心としたアダム家庭完成のように、地上天国で生きて天上天国に入っていくので、天国の門が開くというのです。(288-328,1998.1.1)

 

 先生も今まで10峠を中心として、12の峠です。360万双が12峠です。12の峠を越えなければなりません。「アリランアリラン」、これは「愛のアの字」、「村の里(リ)の字」、「峠の嶺(リョン)の字」なのです。愛する里を訪ねることだと、私はそのように思うのです。捨てて行ったら10里も行くことができず、足が痛くなるという言葉を知っているでしょう。韓国民謡の中で、そのアリラン12峠という言葉……。
 今、私がこの12峠を越えようと苦労しています。12峠を越えるので、あっという間にすべて平準化されます。ですから、どこでも行くことができるのです。(289-263,1998.1.21)

 

 360万家庭は、祝福でいうと12番目です。最後です。世界が360度帰ってくるのに12カ月かかります。12数を中心として360万双を連結させるので、すべての日とすべてのことが天の祝福についていくようになっているのです。これは止める道がありません。世界的な解放、祝福の時代だというのです。公式的です。(280-269,1997.1.2)

 

 復帰摂理は12峠を越えました。それで世界的な峠を越えるためには、360万双までの12峠を越えなければならないのです。この12峠を越えるようになれば、故郷の地に達するのです。黄金があふれる素晴らしい世界に行くことができるというのです。神様の愛の春の園を訪ねるとができるのです。(284-260,1997.4.18)

 

12)3億6000万家庭

 ①3億6000万家庭祝福から第四次アダム圏時代出発

 

 アダム家庭は、神様と真の父母が一つになって宇宙を抱くその家庭の代表であり、アダムが堕落しなかったならば、アダムの受ける祝福は宇宙史的な祝福だというのです。ところが、堕落することによって分かれてきたために、家庭が宇宙史的な祝福の恵沢圏内に入っていくことができないので、アダム家庭において失敗して失ってしまったものを、世界の家庭圏において、対等な立場の価値に共に一致させるためのものが、この世界3億6000万双の祝福だというのです。(287-142,1997.9.14)

 

 360万双からは、下りていくのです。下りていくのは簡単だというのです。3600万双はここです。これは長成なのです。それから、3億6000万双です。そのようにすれば、地上に来るのです。ここに来るのです。地上に来るのです。ここに下りてきたので、昔のアダム家庭に帰っていくのです。ですから、アダム家庭においては、父母が息子、娘を祝福する時に入っていくのです。ここから皆さんが予備祝福をすることができるのです。洗礼ヨハネ的家庭として策定することができるのです。それで、予備祝福を真の父母の名前をもってするのです。(287-144,1997.9.14)

 

 「3億6000万双、3600万双を祝福したとは……」。神様が保護されたということを否定できません。そして、その内容を説明すれば、新約と旧約のすべての秘密、人類歴史のあらゆる思想的体系の秘密がすべて出てくるのです。それを聞けば耳が開き、それを見つめることができる眼識が生ずるようになれば、それを遮る者がいないのです。それは見たいと思うのです。見たいと思うでしょうか、見たいと思わないでしょうか。耳で聞いても見たいと思うのであり、また見れば、もう一度会ってみ言を耳でも聞きたいと思うのであり、ラジオを通して聞きたいと思うのです。ですから、毎日先生のみ言を聞かなければならないというのです。(287-201,1997.10.30)

 

 3600万双を経て3億6000万双をするようになれば、どのようになるのでしょうか。これは夫婦なので7億2000万人です。そこに4人ずつだとしても、4×7は28、28億人になるのです。4人以上いるはずです。東洋では4人だけで暮らしていますか。5人、10人で暮らしているのです。それで、30億人を超えるので、天の側から見るときに人類の半分以上が超えていったということになるのです。ですから、力の対比から見たとき、この天秤でいえば、一方に傾く時が来たというのです。(288-18,1997.10.31)

 

 それで、蘇生、長成、完成、3億6000双までに12の峠です。そこで4000万双をすべて終えたので、下りてこないで、そこで水平になるのです。そのようにして、祝福家庭が4億双になったのです。3億6000万双の祝福は、地上においての平準化祝福です。世界万民の平準化祝福だというのです。それが半分を越えたのです。(302-132,1999.6.12)

 

 既に「天地父母天宙安息圈」を宣布したので、神様がこの地上に訪ねてくることができるようになったのです。それゆえに、このような家庭的基盤、氏族的基盤を連結させる世界大祝福の時だというのです。それで、360万双、3600万双、3億6000万双を祝福してあげることによって、全人類のサタンの血統を断切してしまわなければなりません。サタンの血統をもった人が一人でも残ってはいけないというのです。完全に掃除しなければなりません。(288-64,1997.10.31)

 

 この3億6000万双を完成することによって、天が直接管理することができる圏内に入ってくるので、長子権復帰、父母権復帰を経て、国家王権復帰時代に越えていくのです。(289-215,1998.1.2)

 

 3億6000万双が終われば、その時から蕩減が必要でない第四次アダム圏時代に入っていきます。そのようになることによって、エデンにおいて神様の代わりに自分の父母が祝福することができる時代に入っていくので、万民が自分の祝福した一族を中心として天国に直行する道が生じるというのです。(290-29,1998.2.2)

 

 今回の3億6000万双の祝福が終われば、レバレンド・ムーンは祝福してあげません。その次からは、自分の父と母に祝福してもらいなさい。これを「第四次アダム圈解放時代」といいます。蕩減がありません。一次、二次において、旧約時代はアダムが失敗、新約時代もアダムが失敗、成約時代も迫害を受けながらきましたが、今からは解放圏に入っていき、堕落していない本然の世界となり、第四次アダム圏時代に(アダム圏です。この全体を、宇宙のことをいいます)入っていくので、堕落していない父母が息子、娘を祝福してあげるその家庭理想、神様が創造された内的・外的全体理想を相続してあげる家庭ができるのです。
 ですから、父母が祝福してあげるのです。その父母が、真の父母の代わりの立場に立つのです。それゆえに、世界は一つにならざるを得ません。(290-167,1998.2.18)

 

 3億6000万双をすれば、すべての塀を崩してしまうのです。サタン世界の個人的な塀、家庭的な塀、氏族的な塀、民族的な塀、国家的な塀、世界的な塀、天宙的な塀、神様の心情圏の塀をすべて崩すのです。(292-54,1998.3.28)

 

 この3億6000万双の祝福をするのは、私がこの世界の自由の地上天国の環境をふさいでいる塀を崩してしまうためなのです。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界全体においてふさがっているものを開いてしまうのです。私がするというのです。それで、私が行くべき道を行くのだと思わなければならないというのです。(294-220,1998.7.19)

 

 地上世界で3億6000万双の祝福がすべて終わるようになったので、霊界では祝福が始まるのです。それで、サタンの血統を断切するのです。サタンが讒訴することができる時代は過ぎ去るというのです。真の父母の全権時代、全体、全般、全権、全能の時代が来るというのです。真の父母が権限を行使できる時代が来るというのです。
 神様がアダムとエバを造って「良し!」と言って喜びながら、「すべてのものがあなたが言ったとおりの名前になる!」とおっしゃった、そのような特権時代が来るというのです。(293-90,1985.5.24)

 

 私たちが3億6000万双をするのです。家庭で失敗したので、家庭で収拾しなければなりません。この3億6000万双は、全人類的であり、超歴史的であり、超摂理史的な内容をもっています。これは最後の仕事です。そのようにして、サタンの血統を除去しようというのです。清算しようというのです。(294-208,1998.7.19)

 

 王権復帰、文総裁一人で自由民主世界を統一し、天下一の王になってやろうと宣伝したのではありません。王は王ですが、世界国家をすべて放棄しました。
 神様が国をもつことができなかったのに、世界国家をもつことはできません。神様が願うものは、家庭王です。家庭王を探しています。家庭王! 家庭王が生まれなければなりません。家庭王になるために、世界3億6000万双の祝福を通して、サタンの血統を否定するのです。文総裁は、祝福してあげた、新たに結婚させてあげた代表者です。何の代表者でしょうか。王の代表者なので、家庭王だというのです。今は、「文総裁が家庭王だ」と世界に宣布しても、反対する人は一人もいません。(295-87,1998.8.17)

 

 今年の標語は何ですか。「真の神様を絶対に誇り愛することは3億6000万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」です。今、3億6000万双の祝福が終われば、その次に何をするのでしょうか。エデンの園において、誰が先に神様の前に祝福を受けなければならないのでしょうか。おじいさんとおばあさんではありません。壮年ではありません。青年ではありません。青少年です。今まで、数多くの祝福家庭ができて、老年や壮年、青年まで来たのですが、少年時代の基準に合わせなければならないのです。(296-66,1998.10.14)

 

 全世界に「3億6000万双の祝福完成とサタン血統断切」です。最後です。それ以上はありません。そのようにしようとするので、地獄の門天国の門をすべて壊して開くのです。
 昔、怨讐視していた者たちが、真の父母様を迎えて侍り、歓迎の祝宴をするのです。真の父母様を家庭にお迎えできないだけでなく、氏族にお迎えできず、民族にお迎えできず、国にお迎えできず、世界がお迎えすることができませんでした。天下において初めて催す祝宴の中に、怨讐となった兄弟、怨讐となった男女が、再び神様の法度に従って天道の大道を明らかにして入っていくのです。そこから、地上天国に向かうのです。(296-298,1998.11.18)

 

 36家庭から3億6000万家庭まで、今、すべて集まりました。集まって教育を受け、40日が過ぎればどのようになるのでしょうか。古い先輩家庭を見て模範とするのです。それで、証をするのです。妻も証をし、夫も証をするのです。結婚してどのように生きてきたのか、自分が生きてきた生活をすべて証するのです。心と体に引っ掛かっているものをすべてありのままに話さなければなりません。それが家庭教育です。根本的な家庭教育だというのです。誤った内容は、根を引き抜いてしまわなければならないのです。隠していては、絶対に霊界に入っていくことができないのです。(297-282,1998.12.22)

 

 そして、祝福の天宙化です。天宙化なので、霊界から先にしてあげなければなりませんか、地上から先にしてあげなければなりませんか。先に天使長と愛を行ったのでしょう? 霊界解放を急がなければなりません。3億6000万双を越えれば、世界的基準を越え、霊界との因縁を越えるので、霊界の人々が結婚することができる境界線に結びつけてあげたのです。そして、今回祝福を受けた人の中にマフィアがいるでしょうか、いないでしょうか。殺人鬼がいるでしょうか、いないでしょうか。やくざやギャングがいるでしょうか、いないでしょうか。ありとあらゆる者が、すべて入りました。(301-160,1999.4.25)

 

 3億6000万双は、原理結果主管圏から抜け出たのです。世界的時代です。蘇生する春が来ました。先生がそこに連れていって祝福してあげるのです。その代わりに、皆さんは何をしなければなりませんか。皆さんが悪魔を統治し得る、その大将になりなさいというのです。(297-298,1998.12.22)

 

私たちの統一教会は、10分の3献金をしなければなりません。10分の1ではありません。10分の1献金ではありません。10分の3献金を献納することの伝統を通して、すべてが3数を中心としてこれを連結させ、自分の財産、自分の国、自分の地を献納しなければなりません。旧約時代は万物、物質時代、新約時代は子女時代、成約時代は父母時代、その次には解放時代です。恨みの解放時代は、神様時代に越えていかなければならないのです。それゆえに、神様時代に越えていく時は、所有意識が神様のものにならなければならないというのです。
 それで、共産党は、反対に、党が強制的に絶対命令したのです。銃剣を使ってです。私たちは、武力ではありません。自ら進んで銃剣の威力よりも何十倍感謝する心の中で、絶対に神様の愛主義の主権に向かって、永遠に、永遠に継続しなければならないのが、統一家の伝統です。今、36家庭から3億6000万家庭まで祝福家庭全体が一つになってその伝統を受け継ぎ、愛の理想天国を永遠に後代の前に連結しなければならないのです。それが、私たち統一教会が成就しなければならない最後の責任だというのです。(302-23,1999.5.14)

 

〈祝祷〉

 愛する天のお父様。きょう1999年2月7日、この日は、天地が注視する3億6000万双の祝福を記念する式が開催されています。
 全人類と全天上世界の祝福を受ける家庭が共にこの場に参席し、天地の新しい解放の日、長子権復帰と父母権復帰と王権復帰を越えて、創造本然の神様を中心とした天地父母を中心として、真なる愛を中心とする愛の主権による統一世界に向かって、お父様が願っていらっしゃったみ旨を完成させ得る世界史的転換時点に置かれているこの場でございます。
 全霊界と全人類が一心一体となり、エデンにおいて悪なる先祖によって、悪の愛と悪の生命と悪の血統を受け継いだ全人類の歴史の中で、すべてがサタンの主導下にあった天地を再び取り戻すためには、神様は、旧約時代を経て新約時代、成約時代を経てこられました。
 旧約時代は、約束を成し遂げることができなかったアダム家庭において、神様と父子関係を結ぶことができる血統的因縁を受け継ぐことができず、堕落によってこれを失ってしまいました。
 お父様の愛と父母の生命と父母の血統を受け継ぐ場において父子関係が成立するのですが、この場で人類始祖が過ちを犯すことによって、偽りの父母の立場でサタンと血統的因縁を結び、サタンの父、サタンの子女、サタンの家庭をもち、サタンの愛とサタンの生命とサタンの血統を受け継いだ恨の歴史が、アダム家庭から始まったのでございます。
 このことによって、私たち人間の心と体の闘いが始まり、夫婦の闘いの環境が始まり、父母と子女間の闘いが出発し、アダム家庭、第1代の家庭においてカインとアベルの殺戮戦が展開したのでございます。
 このような事実を考えるとき、全人類は、家庭から氏族、民族、国家、世界版図までも民主世界と共産世界が対峙し、上下に分かれた世界、混沌とした末世となっているのです。
 このような渦中において、今日、統一教会を立てて、旧約時代にみ旨を成し遂げることができなかったこと、新約時代にあなたの理想の王権を立てることができなかったこと、それらを成約時代を迎えることによって真の父母がこの地に来て、地上の未完成と天上の未完成を完結したのでございます。
 そして、野生のオリーブの木の畑からそれを刈り取って真のオリーブの木を接ぎ木するように、堕落した世界に解放的神様の名と真の父母の真なる愛と生命と血統的因縁を接ぎ木し、天の血族と天の眷属を取り戻すことを願われた神様のみ旨に従うために、統一教会においては、真の父母の名によって誤った結婚を再生させ、世界万民を一兄弟、一眷属とするための世界合同結婚式を始めたのでございます。
 このようにすることによって、今まで歴史過程において迫害の路程を歩んできましたが、神様が保護してくださって個人的反対、家庭的反対、氏族的反対、民族、国家、世界、天地、サタンの地獄圏まで、反対するすべての存在を退け、神様の真なる愛を中心とした血統的因縁をもつことによって、父が息子を直接保護するように、今日の統一教会は、そのような堕落による迫害の路程における数多くの恨を、個人で踏み越え、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙史的峠を踏み越えて、人類全体を代表する3億6000万双を真の父母の名によって超宗教、超人種、超文化、超国境解放の祝賀をし、天と地が共に祝福の因縁をもつことができるこの恩賜を心から、心から、心から感謝申し上げます。
 霊界の200億を中心とした、150億、500億の天のすべての父母、兄弟、子女たちと、地上の4億を超える祝福家庭を、夫婦を中心として見れば8億人を超え、その8億人の家庭に4人ずつとして計算すれば30億を超える、このような数の人々が、混乱した世界を救い、混乱した歴史を再創造するためには、青少年問題と家庭問題を再び確立しなければなりません。
 このようにすることによって、世界の全人類が祝福に同参することができる環境的条件を克服し、すべての人々が天の眷属として祝福を受けることができるこのような驚くべき役事を成就するのでございます。
 これは統一教会の誰が成したのでもなく、天と霊界全体が成してくださったすべての勝利の覇権を永遠に、永遠に、永遠に大切に保管してくださり、万世、栄光の愛の主権を描き、祝福を受けて解放されることによって、地上・天上天国を成し遂げてくださることを懇切にお願い申し上げます。
 この3億6000万双に連なるすべての世界人類は、一致団結し、心の統一、夫婦の統一、氏族の統一、民族の統一、国家の統一、世界の統一、天宙の統一、地上の真の父母と神様の愛の一族圏全体を代表し得る愛の基台の核心として立ててくださり、あなたが万世にわたって願われた創造理想的愛の主権による地上天国を完成するために祝福を受ける群れとなったのでございます。
 彼らの前に、あなたが願われたこの場から、今、あなたから全体のみ旨を受け継ぐことができる真なる個体として、心と体が一つになり、夫婦が一つになり、父母と子女が一つになり、祝福を受けた世界の兄弟たちと一つになって地上・天上天国を完成する、神様の選ばれた息子、娘となることを祝福していますので、永遠に、永遠に保護してくださり、勝利の場であり栄光の場に前進、前進し、さらに祝福を加えてくださることを真の父母様のみ名によって3億6000万双の前に祝福いたします。アーメン。アーメン。アーメン!(299-109,1999.2.7)

 

 

13)既成家庭の祝福の意義

 

 既成家庭は、自分の思いで結婚した 人たちです。真の父母が成した勝利 の基盤によって、既成家庭は、(サタ ンと)堕落したのではなく、自分勝手に愛の因縁を結んだと言えるようなア ダム家庭、自分の考えで愛を結んだそのような立場に立つのです。それゆえに、堕落した時の年齢に当たるすべての青少年たちは、みな天の側に属するのです。また、堕落した家庭までも、すべてアダムの直系の子女と同じ立場の因縁を結べるというのです。これは血筋が異なり、血統が異なることによって、家庭的に接ぎ木するというこ とが起きるのです。(242-102, 1993.1.1)

 

 祝福は、皆さん一人だけがここに来て救いを受けるのではありません。皆 さんの家庭を救うためです。メシャの家庭、真の父母の家庭がそのような救いの中心になったので、皆さんは、真の父母の伝統を過去、現在、未来まで、そっくりそのまま受け継げなければならないというのです。
 皆さんを祝福してあげた先生は、皆さんが完全に父母様に代わってくれるのを願って祝福してあげたということを知らなければなりません。過去、現 在、未来を代表して父母と一致した立場で祝福してあげたのです。ですか ら、予備祝福もしてあげるのです。そのような内容をもって祝福してあげてこそ、その祝福を受けた人の子孫であれ、霊界にいる人たちであれ、救いの因縁が結ばれるのです。
 皆さんは、今、成約時代の人ではありません。神様が造られたエデンの園のアダムとエバだというのです。サタ ンと闘って負けずに、世界的戦争の最 後の戦場において、サタン世界の家庭を奪ってくることができる戦士として残っているというコンセプトをもたなければなりません。
 これが公式です。真の父母は、このような公式があるので、この公式に従って大量生産するために、真の父母の代わりの種ができ、どこに植えても木が生えてくるように、どこにでも新しい家庭が生じるのです。 (294-220,1998.7.19)

 

 今後、統一教会は、カインを祝福してあげなければなりません。今の時は、既成家庭が祝福を受けなければならないというのです。祝福を受けなければ、天国に行くことができません。結婚式 を間違えたがゆえに堕落しました。偽りの父母と偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を中心として間違った結婚式 をしたことによって、地獄行きとなっ たので、これを反対にもとがえすためには、真の父母が来て正しい結婚式をしてあげなければなりません。それが 祝福です。その祝福は、韓国的ではありません。天宙的です。超民族的です。(271-285,1995.11.3)

 

 家庭的に見るとき、堕落した世界家 庭、それから統一教会の既成祝福家庭、それから統一教会の祝福家庭があります。この祝福家庭というものは、根が サタン側です。神様を中心としたものではなく、サタンを中心として、救いの道を通して取り戻されてきたというのです。
 しかし、二世の祝福家庭は、神様と先生が根です。これを忘れてはいけません。これが原則です。この原則でー 貫した勝利的基盤を通さなければ、天の前に行くことはできないということをはっきりと知らなければなりません。(145-349,1986.6.1)

 

 皆さんは、祝福を受ける資格がありません。しかし、カインの立場で、ア ダム、ノア、アブラハム以上の心情基準の上に立てば、サタンの讒訴に打ち勝つことができます。
 外的には神様が憎まざるを得ない立場にいますが、そこでも、神様の愛を受けることができなければなりません。先生は、アダムとエバの基準を蕩減復帰することができました。妻は、神様の夫人、夫の妻、夫の子女の立場で夫に仕えなければなりません。そのようにすれば、その妻は、夫の母のような立場に立つようになります。そのようにしようとすれば、二重蕩減が必要です。
 家庭的基台を立てながら個人完成をしていってこそ、その家庭が囲いとな り、個人完成の強固な基準を立てることができます。このように、家庭も氏族を囲いとして立てながら家庭完成に向かっていけば、強固な家庭完成の基準を立てることができ、氏族、民族、国家、世界もこれと同じです。祝福行事の時に、蘇生、長成、完成を意味す21人、すなわち12人の介添人を立てます。これは、3数を代表するものであり、また、イエス様の12弟子を意味するのです。
 蘇生を越える条件として、7歩進んで3度敬拝しなければなりません。この路程は、アダムから今までの歴史路程を現すのです。本来は、聖進を先に結婚させたのちに、孝元をはじめとする祝福家庭が結婚しなければならないのです。
 12支派、24長老の霊的基準を立てるために介添人を立てるのです。敬拝をすることによって、蕩減条件が立てられるのです。真の父母が聖水をまくのは、皆さんが蕩減復帰したという条件を立てるためです。また、霊界の先祖たちが築いておいた基台を越える条件を立てようというのです。聖酒式は、3人の母から生まれたという条件を立てる式です。聖酒には、蕩減の血が人っています。聖酒を飲むことによって内的に聖別させ、聖巾で体をふくことによって外的に聖別させようというのです。(19-268.1968.2.20)

 

 1991年9月1日を中心として、氏族的メシヤ宣布と共に還故郷を命じました。還故郷することができないすべての一族は、霊界にいる自分の先祖たちが願うことを成し遂げられません。先祖たちが願うことは、氏族的メシヤがこの地上に来て、真の父母が来る終 末において、そのみ旨と関係を結ぶということが彼らの歴史的な願いです。それが、あの霊界にいる先祖たちの今までの願いだというのです。ですから、父母様がこの地上に現れれば、その父母様の直系の子女と自分がどのように血縁関係を結ぶのかという問題が、第ーの望みなのです。
 それゆえに、統一教会で祝福を行うのです。既成家庭からすべて祝福してあげました。祝福してあげた類の中で、既成家庭は、自分の思いで結婚した人たちです。それから、男女問において関係をもちましたが、結婚生活をすることができなかった者たちがいます。今日の自由世界で言えば、家庭をもっていない者たちをすべて救ってあげなければなりません。既成家庭を救ってあげなければならず、途中で家庭を築くことができず、愛の因縁を通して誤ったすべての人たちを救ってあげな ければならず、それから、直系の子女を救ってあげなければなりません。
 それを代表して道を築き、門を開けてあげられるようにしたのが36家庭 です。36家庭には、アダム家庭、ノ ア家庭、ヤコブ家庭の型があります。ここでアダム家庭というのは、既成家庭です。本来、来られる再臨主、真の父母は、既成家庭とは何の関係もあり ません。しかし、既成家庭自体が堕落する前のアダムの体を通して生まれたので、アダムの体を通して生まれたものをアダム完成者が放棄することはできないということです。(242-102,1993.1.1)

 

 既成祝福家庭には問題があります。 その既成家庭が霊界に行けば、違うというのです。正式に独身の男性と女性が受けた祝福と既成家庭が受けた祝福 は、違うのです。霊界に行けば、3層の天があります。現在の社会にも上中下があるように、霊界もそのように なっています。それでは、36家庭に おいて、言い換えれば、12家庭がそれぞれアダム家庭、ノア家庭、ヤコブ 家庭を象徴する36家庭において、どの家庭が最も貴いのかというと、最後の家庭が最も貴いというのです。これからは、そのような家庭に仕えなければなりません。今は、そのような時ではないだけであって、すべて差があるというのです。 (30-189,1970.3.22)

 

 今、全世界は、家庭と家庭ではない世界になっています。また、私たちの教会を見れば、既成家庭と既成家庭ではない家庭になっています。これをすベて吸収することができる道をつくらなければなりません。
 皆さんの氏族の中には、既成家庭もいて、婚約して破婚したとか、恋愛関係をもっても結ばれなかったという問題を抱えた複雑な者たちもいて、また、純粋な独身の男性と女性もいるでしょう。彼らを結んで縦的な歴史を横的に蕩減しなければなりません。3代を中 心として一つになったと言える立場に立て、最後の代の長男、すなわち完成級に立った孫が、代わりに祭物を捧げて贖罪の祭祀を捧げなければなりません。そのようにしなければ、一つにならないというのです。
 それで、皆さんが氏族的メシヤにならなければならないというのです。さらには、既成家庭には、氏族的メシヤ」という言葉がどれほど有り難い言葉か分かりません。それがなければ、事が成し遂げられません。ですから、息子、娘を育てて、必ず祝福を受けるようにしなければなりません。そのようにすれば、その息子が生んだ皆さんの孫は、 神様の前に完成型になるのです。この息子、娘を中心として、先祖たちの赦しを請いなさいというのです。
 ですから、3代が祭祀をしてあげるのです。3代を解放してあげなければなりません。そこから神様と関係を結ぶようになっているのです。これが原理的見解です。皆さんがこのようなことを知れば、今までのように生きてはいけないというのです。ですから、氏族的メシヤの使命を果たさなければならないということです。既成家庭には、このような二重的な使命を果たさなければならない重大な責任があるということを知らなければなりません。(31-282,1970.6.4)

 

 既成家庭と新しく祝福を受けた家庭と先生の家庭、その三つを合わせてこの国を取り戻さなければなりません。国を取り戻してこそ、イエス様の願いが果たされるのです。イエス様が失敗したことを解怨成就できなければ、息子の恨を解くことができません。息子の恨を解くことができなければ、父の恨が解けますか。息子の恨を解くことができなければ、神様の恨が解けますか。父母の前に解怨成就してさしあげることができる道ができますか。まず息子の恨を解かなければならないのです。イエス様が国家を中心として世界的にやってきて、神様の息子としてやってきて恨が結ばれたので、これを解いてあげなければなりません。(58-196,1972.6.11)

 

 皆さん既成家庭は、若いときに祝福を受けた家庭以上になることができな ければ、祝福を受けた既成家庭の面目を一つも立てることができません。神様のみ旨の中のどこに、エデンの園のどこに既成家庭の祝福がありますか。これを生かしてあげるために、先生がぼろきれや看板を縫い合わせることができる道を開いておいたのです。
 それは、36家庭で既成家庭を祝福 してあげたからです。そのようにしたので、皆さんが生きていくことができ る のです。(101-286,1978.11.7)

 

 家庭において、一番の心配事は、父と母を中心とする愛に対する反動的行 動であり、それこそが家庭に不和をもたらします。それは、私たち統一教会の怨讐です。ここにいる既成家庭は、自分の息了、娘にすべての事実を、自分のすべてのことを明らかにしなければなりません。家庭倫理、愛を中心とする愛の倫理を通して、家庭基盤を土着化させなければなりません。(120-184,1982.10.15)

 

 既に既成家庭として立ったその父母たちは、アメリカの大統領であれ、キリスト教の責任者であれ、家庭をもつた人たちは、すべて来られる主の前に相対的な立場に立つことができないというのです。なぜならば、彼らは、既に結婚したからです。父母が現れていないのに結婚したということ自体、そのような論理はあり得ません。望みを抱くことができる結婚していない息子、娘を中心として連結されなければなりません。ですから、その父母がもっている財産は、サタンの立場にあるのです。
 サタン世界に引つ掛かっています。その父母もそうであり、その父母の子女たちまでもすべてサタン世界にいるのです。 (145-21,1986.4.30)

 

 36家庭のアダム家庭は既成家庭、 それからその中間の家庭はノア家庭、それから善男善女で祝福を受けた家庭は直系のヤコブ家庭になっています。
 ノア家庭は、み旨を成し遂げることができませんでした。そのような立場にいるので、今日のこの世界の人たちを見れば、既成家庭がいて、中間の者たちがいて、完全に純潔な善男善女がいます。
 今、真の父母が先に取り戻さなければならないのは、アダム家庭ではなく真の息子、娘、言い換えれば真の善男善女です。(242-104,1993.1.1)

 

 12数に該当するのが120門徒です。これは、イエス様の時代の120門徒を象徴する蕩減復帰の数に該当するものですが、世界国家の代表者型です。これを立てて、その族長代表、族長が国家代表です。国家代表の基準を編成するために、世界的なこの基準を編成 する源に祝福してあげたのが124家庭なのです。4家庭はこぶです。それでは、この4家庭は何でしょうか。それは既婚家庭です。なぜ既婚家庭を入れたのでしょうか。既婚家庭を人れなければ、今後既婚家庭を救う道理がないからです。この4数は、東西南北 の四方の門を象徴するものなので、こ のようなタイプを中心として、既成家庭が復活することができる道を開いてあげなければならないのです。ですから、124数で祝福したのです。(158-170, 1967.12.27)

 

 本来、先生が祝福しなければならないのは、既成家庭ではありません。復帰の過程において、既成家庭を選び出し、30代を中心として、アダム家庭からノア家庭、そのようなものは必要 ありません。ヤコブ家庭を中心として、反対に息子、娘たちが祝福してあげなければなりません。息子、娘たちが父母を救ってあげなければならないのです。
 4億を中心として、4数を中心とする億代を中心として、皆さんが反対にすべて手繰り寄せなければなりません。強制で手繰り寄せなければなりません。私たちが取り戻すべき伝統的な蘇生、長成、完成の基盤は何かというと、既成家庭とノア家庭とヤコブ家庭 です。
 堕落した歴史時代にいるので、アベル家庭は、創造された選民圏世界の途上で天地の代身となっているので、行って強制で奪ってこなければなりません。 (299-221,1999.2.17)

 

 天は公平です。外的な面において、 今、統一教会と関係をもっている人たちがいます。名前を知っていて、好意的な人には、みな今回の祝福を受けなさいと言いました。そのような相対的な立場に立って、自分の父母を祝福してあげるのです。初めて知ったとしても近いのです。彼らにも、同じ祝福をしてあげる時代だというのです。これがもう最後です。
 先生が既成家庭を祝福する時代は過ぎていきます。次からは、氏族的メ シヤが祝福してあげなければなりません。 (233-351,1992.8.2)

 

 今日の既成教会の人たち、それもー般の宗教を信じる人は、「救い」を「個人の救い」と考えています。自分がよく信じれば自分は天国に行くと信じる 立場だというのです。
 しかし、本来の神様の理想を考えて みるとき、天国は一人で行くようにはなっていません。すべて愛する夫婦、 愛する家族が入っていくようになっているのです。(143-234,1986.3.19)

(2022.4.26:写経奉献)

 

 

14)独身家庭の祝福の意義

 

 男性は、神様の陽性的形状であり、 女性は、神様の陰性的形状です。夫婦 は、天下を一つのふろしきに包んだものと同じです。ゆえに、夫婦は、神様の理想的な愛の心情を感じることができるのです。祝福は、天地において最も貴いのです。同時に、とても恐ろし いのです。
 もし夫婦が、お互いに他のことを考えれば、それは相手を蹂躍することです。夫婦は、お瓦いに心の母、父にならなければなりません。ですから、世の中の人たちが、「私たちも、あなた方の家庭と同じ家庭をつくりたい」と言うようにしなければなりません。(13-67, 1963.10.17)

 

 神様が太初にアダムとエバをお造りになったとき、まず万物を造っておかれ、その万物の中心であるアダムとエバを栄光の実体として造られ、彼らが歓喜に満ちた勝利を誓うことができる祝福の1日をもつことを願われました。しかし、アダムとエバが堕落することによって、そのみ旨を成せなかったので、その希望の1日を、今日の私たちが自分の代で完結できるようにしなければなりません。その勝利の栄光を高々と掲げ、私たち自らが、あるいは夫婦が、全天地の前に称賛を捧げなければならないというのです。そのようにすることができる喜びの日を迎えるために、ただー度しかないこのようなとてつもない栄光の場に参席することが、どれほど恵まれているのかを、私たちは知らなければなりません。(30-170,1970.3.22)

 

 今まで宗教の歴史は、旧約時代からイエス様が来る時まで、僕の歴史から養子の歴史に越えていく役事を一度に成してきました。今まで宗教が成してきた歴史は復帰歴史なので、僕の時代圏を復帰して養子の時代圏を復帰してきたのです。
 世界的に見るとき、僕の時代圏の復帰歴史は、キリスト教以外の宗教歴史になります。キリスト教は、養子の復帰歴史を代行してきたのです。ですから、僕の復帰歴史の時代圏内にいる数多くの宗教は、所有と相対が許されないので独身生活をし、何かをもってはいけないのです。それで、神父や修道女や僧には所有がないのです。寺には所有がありますが、その寺の住職には所有がありません。
 また、そのような人たちには、相対理念を許諾しないのです。ですから、神様の摂理から見るとき、今まで信じてきた数多くの宗教の中で、高次元的な宗教は独身生活を強調せざるを得なかったということです。
 また、キリスト教を見れば、養子は養子ですが、霊肉を中心として成される養子ではありません。霊的基準だけが成された養子です。肉的尾準においては、僕の歴史が延長してきました。ですから、僕としての願いは何かというと、主人に正しく出会うことです。 僕が、いくら自分の相対をもったとし ても、主人に正しく出会うことができなければ、その相対まで奪われていくのです。サタンは、悪の主人なので、 悪の主人に出会った立場で、良い主人に出会うことができる道があるとすれば、それが僕としては最高の希望だということです。それで、高次元的な宗教は、僕の復帰歴史圏に責任をもって きたので、相対理念を許されませんでした。それで独身生活をしてきたのです。(61-182, 1972.8.30)

 

 今までの宗教は、相対不可侵圏を願ってきました。また、独身生活を強調してきました。家庭的な相対理想は、先生の時代になって初めて実現されたのです。神様の立場から見れば、イエス様の場合、3人の弟子から12人の弟子と70人の弟子、そして120人の 門徒しか立てることができませんでした。しかし、先生は、イエス様が神様の理想的家庭の編成を成し遂げることができずに死んだことを、地上において蕩減復帰することによって、第一アダムと第二アダムの失敗を地上で蕩減復帰したのちに完成したものになるのです。
 その次は、人間が堕落することによって、万物を失ってしまったので、万物復帰の条件として、1965年を中心に世界に120の聖地を設定したのです。韓国の土と石を種として、勝利の基台を世界的に構築し、平面的に連結していったのです。(55-168, 1972.5.7)

 

 今まで宗教圏では、結婚することができませんでした。出家して独身生活をしなさいと言いました。それが還故 郷し、結婚することができる家庭的祝福時代に入ってきたのです。サタン世界に従っていく家庭は、悪なる家庭として、悪なる愛、悪なる生命、悪なる血統、悪なる良心を基盤としていましたが、これが復帰されて真の父母に従っていくようになるときには、善なる愛、善なる生命、善なる血統、善なる良心圏の祝福された家庭になるのです。その家庭を中心とする一族と世界が、.兄弟圏内において一つの家庭の食口のようになったので、一度に結婚すれば、すべて終わるのです。(286-41, 1997.7.1)

 

 サタンと闘って勝とうとすれば、家庭が必要です。個人のカだけでは絶対に勝利できません。それは、サタンが家庭を通して、すなわちアダムとエ バの家庭を通して侵犯してきたからです。これを蕩減復帰しようとすれば、 神様の前で祝福を受けなければなりません。そのようにして、新しい夫婦が出てこなければならないのです。
 今日、既成教会に通う人たちは、いくら深く信じ、またいくら夫婦が愛し 合っても、死んでしまえばそれぞれ他の所に行くのです。おだいに会うことができません。愛する子女が地獄に行って父と母を呼ぶのですが、そのときの父と母の心情は良いでしょうか。それが天国ですか。本来、神様が創造された天国は、家庭が入っていく所です。ですから、イエス様も、家庭を築けなかったので、楽園にいるというのです。ですから、この地上に再臨主が来なければなりません。 (19-171,1968.1.1)

 

 天国は、一人では行くことができま せん。祝福は、天国の門を越えてい くのです。天国は、家庭的に入っていく所です。3代の因縁をもって人っていく所です。ヤコブの70人家族も、3 代が一つになったのです。そのように して、エジプトに入っていきました。 祝福を受けるためには、個体の復活がなければなりません。イエス様がゲッセマネの園で祈祷したように、皆さんも祈祷しなければなりません。
 神様は、3次の摂理をされたので、3年間は見逃してくださいます。個体を復活させるためには、自分の過去をすべて悔い改めなければなりません。ここに来た人の中には、あらゆる人がいるでしょう。ここに集まったすべての人々は、全体の因縁に従わなけれ ばなりません。個体が復活するためには、環境的な因縁を抜け出てはいけま せん。復活したのちには、どこに行かなければならないのでしょうか。皆さんのために、背後で祈祷してくれている地方の食口のところに行かなければ なりません。
 実際は、自分が育てた信仰の息子、娘が、成長して祝福を受けるくらいになってから、自分の相対のところに行かなければなりません。イエス様も、そのようにしたのちに聖霊のところに行きました。(12-265,1963.5.25)

 

 家庭は、先生を通して成立します。 家庭が行く道は、女性たちの恨みの道を蕩減復帰する道です。聖書の歴史には、女性を中心とした内容がありませ ん。今までの縦的な歴史は、主体を探し求める歴史でした。6000年間、ア ダム一人を探し求めてきたのです。ア ダムを探し求めれば、エバを探し求めなければならないでしょう? この男性世界に女性がいなければなりませ ん。悲惨なことも、すべて女性と共にしました。縦的歴史を横的に蕩減すると言ったでしょう? 横的な基準を中心として見れば、今までの歴史は、7000年の歴史だというのです。
 この7000年の歴史を横的な基準に立てて蕩減復帰していく期間が1次7年路程期間なのです。(47-199,1971.8.28)

 

 今までは、サタンの父母から愛を受 けていたので、愛の問題を克服しようとすれば、神様の愛を中心とした真の父母の愛に連結されなければなりません。そのようにしなければ、これを克服する道がありません。ですから、階落した父母の血統を受け継いだ私たち堕落圈にいる人類は、最後には父母を迎えて縦的に一つになり、堕落圏を克服する道をたどっていかなければなりません。これが原理の立場です。
 これを克服することは、一人ではで きません。必ず男性と女性が相対を組まなければなりません。これが統一教会で行っている祝福です。ですから、祝福は、自分勝手にしてはいけません。 縦的中心である父母を中心として行わなければなりません。堕落世界において、堕落の血統を受けて結婚する人たちでも、自分たちを中心に結婚しません。 父母を中心にしてきました。その ように、復帰路程においても、真の父母が現れて縦的な父母として完成するのと同時に、カインとアベルがーつになることによって勝利の条件を充足させ得る立場で祝福を成すことにより、堕落の限界を初めて克服できるので す。それは、一人で上がっていくのではありません。必ず祝福という問題を通して、長成期完成級の基準を克服します。すなわち、完成期蘇生級の基準に上がっていくことができるのです。 祝福を受けた家庭には、7年という期間が必ず必要です。
 3段階の期間である蘇生期間、長成期間、完成期間の7年を合わせれば 21年なので、完成期間の7年が残っています。これは、まだ誰も行っていません。 (55-137,1972.5.7)

 

  原理的に見るとき、祝宴をするとすれば、エデンの園においての祝宴はーつしかありません。堕落することによってサタンの祝福を受けたということです。これが恨です。神様の祝福を受けなければならないのに……。それでは、今までサタンの親族たちが、この数多くのサタンの子孫たちが、この祝宴の日をどれほどうれしく思い、どれほど喜び、どれほど食べ騒いだかというの す。これがすべて天の悲しみだというのです。サタン世界を拡張させる重要な道具であり重要な源泉が、この結婚になるのです。それで今まで、道人たちは、独身生活を強調してきたのです。ですから、昔から今に至るまでの 結婚というものは、すべて天の悲しみです。天を悲しませる条件は残したとしても、天の前に喜び、天の前に因縁を結び得るいかなる点も残せなかったということです。(158-276,1967.12.29)

 

 独身祝福は、霊界に行って出会う相対を前提として行っているのです。皆さんが一人で祝福を受けるよりも、二 人が地上で祝福を受けるのが福です。 (101-307,1978.11.7)

 

 男性と女性が(神様を中心として) 完全に一つになったのちにこそ、本然 の神様の位置に到達することができます。愛の関係を結んではいけません。 兄と妹のようにならなければなりません。夫婦がお互いに思春期になって好きになることが、この地上のどの兄弟よりも上にならなければなりません。そのような立場で、お互いに尊敬し、「ために生きる」ことができる過程を経なければなりません。そのようになれば、それからは、自然に神様が訪ねてこられます。オリジナル・プラス・マンとオリジナル・マイナス・ウーマンの二人が、雷のような愛をすることが理想的な愛です。(129-23,1983.10.4)

 

 1970年に初めて国際合同結婚式をしました。それが777双です。これは、地上において、世界的にすべてのものが向かってきていることを意味し ます。しかし、430双までは、先生が行って祝福してあげたことになるのです。韓国に連れてきて祝福してあげて はいけません。ところが、初めて韓国で全世界的に777双国際合同結婚式をしました。そこに10カ国の人が参与しました。このようにして、家庭的理想を中心として、世界のどの国でも神様に帰っていくことができる道が完成されました。この時を中心に、世界の運勢は統一運勢に戻ってくることがで きるようになりました。
 今から私たちは、国を立てるために汗を流し、血を流して苦労する必要がなくなりました。生んで繁殖し、新しい民族を編成すれば、一つの国は自 然に完成します。私たちは、エジプトでイスラエル民族が健康な子女をたく さん生んだように生みさえすればよい のです。ユダの息子たちのように、祝福して双子をたくさん生めばよいので す。私たちに産児制限は許されません。このようにして、世界に新しい血統的基盤を広げるのです。世界超民族国家を既に形成しているのです。

 

 男性が結婚して、もし女性が死ねば、独身で行かなければならいません。女性もそうです。しあkし、子女がいない場合には、祝福を受けた子孫を残さなければならないので、同じ立場の人同士で結ぶ道もあります。そのような考えから見るとき、皆さんの祝福は恐ろしいのです。今皆さんは分かりませんが、霊界に行ってみれば、すぐに分かります。祝福を受けた人は、天国に行く道が開かれています。
 祝福を受けた人は、サタンが讒訴するのではなく天使が讒訴します。神様の法を中心として見るとき、間違った場合には、天使長がこれを否定します。ですから、原理を知って祝福を受け、そして天国に行けば、霊界の道は大きく開かれています。しかし、行くにはきれいな服を着ていなければなりません。無駄足を踏むことはできないのです。ですから、そこには立体的な責任があるのです。(55-87,1972.4.23)

 

 独身家庭を祝福してあげれば、霊界にいる自分の相対者を中心として結婚することができる時代も来るのです。国家的基準を超えて、世界的基準を超えて霊界に行き、ついにその時代を中心として祝福を一緒に受けることができるのです。今まで、それが不可能でした。既成祝福を受ければ、本来はすべて別れて祝福したでしょう? 今からは一緒に受けなければならないので同じです。地上でそのような恵沢を受けるので、1双をすれば霊界の祝福までするので、共に一元化同位圏に立っていることによって、霊界にい る相対と地上で祝福を受けるのです。(284-167,1997.4.16)

 

 祝福の基点の上に現れた責任者、すなわち中心存在は、その時代という制限された環境にのみいる存在ではありません。世界史的な内容をもった中心人物だというのです。ですから、祝福は、夫婦の因縁を結ぶことだけで終わるのではありません。その祝福によって新しい家庭が形成されなければならず、新しい氏族、新しい民族、新しい国家が形成されなければなりません。その すべてのものがここから出発するというのです。
 そのような立場から見るとき、天地を中心とする新しい世界が展開しなけ ればなりません。自分個人なら個人が、「私はこのような息子になり、このような娘になります。この息子と娘が行く道は、あなたが願われる国のために行く道です。国だけでなく、あなたが今まで追い求めてこられた世界のために行く道です」と言うことができなければなりません。行く途中では、困難も 多くあるはずであり、困窮する曲折も 多くあるはずです。しかし、そのようなことが問題になるのではなく、なんとしてでもこのすべてのものを突破して、国家を経て世界に行くことができ る夫婦にどのようにしてなるのかということが問題になるというのです。(30-168, 1970.322)

 

 民族は、二つはあり得ません。皆さんは、民族のための夫婦なので、一度しか結婚できないのです。
 同じように、世界が二つはあり得ないように、皆さんは、世界のための夫婦なので、一度しか結婚できないのです。また、神様は二人いらっしゃらないので、皆さんは、その神様のための夫婦ですから、一度しか結婚できないというのです。 (30-184,1970.322)

 

 皆さんが結婚するのは、父母の愛、 夫婦の愛、子女の愛を体験するためです。それでは、なぜそれが必要なのですか。そのような愛の動機が充満しているのが霊界です。霊界に拍子を合わせるために、そのような訓練をするた めに、結婚して家庭をもたなければならないということを知らなければなりません。(92-181,1977.4.3)

 

 私たち統一教会の家庭の夫婦は、歴 史上に立った夫婦をいいます。それでは、神様が歴史過程において、そのようなことを何度なさろうとされたで しょうか。今、2度目を始められたのです。1度目は、なさろうとしましたが堕落したためにできなかったのであり、堕落したことを再び埋めるために、4000年のユダヤ教文化圈を基盤として、国家形成を中心に、遍在する愛によってすべてが和合し得る順応の家庭基盤をつくろうとされました。言い換えれば、メシヤを中心として、メシヤ の相対になることができる王妃を迎えるようにして、そのような夫婦をつくろうとされたのです。(11-3181,1981.5.3)

 

 皆さんが祝福を受けようとするのは、このようなアダム圏、本然のアダムの権威を代表し、文化面や政治、経済、すべての面において、代表として勝利した一つの理想的夫婦として出頭するためです。それが祝福だという事実を知らなければなりません。それは、ー人では行くことができません。天国に行くにおいて、男性は右側の足であり、女性は左側の足です。一人では、完全な人ではなく、足の不自由な人になるというのです 。 (118-280,1982.6.13)

 

 今日、私たち統一教会において、最 も重要なことは、皆さんに家庭祝福をしてあげたということです。家庭祝福 は、アダム家庭の上にある、神様を中 心とした種です。同様にそれが拡大されなければなりません。
 皆さん、細胞繁殖というものを知っているでしょう? その小さな細胞ーつに花が入っていますか、入っていませんか。細胞を移植すれば、花木がそっ くりそのまま出てきます。根もあり、 枝もあり、葉もあり、幹もあり、花もあり、すべての形態が入っているということです。思考的設計図が入っているというのです。
 真の父母の代わり、分身になりなさ いと夫婦を祝福してあげたので、息・娘を中心として、その夫婦は、国と世界を消化して根となり、炭素同化作用を行って空気を分立し、根に必要な要素を吸収するように、そのような作用をしなければなりません。木は、炭素を吸収して酸素を出します。それは不思議でしょう? どうして炭素を吸収 して酸素が出てくるのですか。それが 造化だというのです。創造だというの です。宇宙は、愛の世界です。
 世界は、冷酷で殺伐とした世界では ありません。愛の囲いです。種がこの ように包まれているように、神様も、 宇宙の愛圏内でプラス性稟とマイナス 性稟、愛の冠の圏内に入っていようと思われるのです。
 神様が宇宙の愛のふろしきの中に入っていようとすれば、主体と対象が愛によって完全に宇宙と一つにならなければなりません。このように、いつでも主.体と対象が授受作用することが きる愛のふろしきの中で神様も生きていかれるというのです。ですから、 愛は永遠であり、愛は偉大なのです。 愛は無限です。その場で自分も安息したいと思うでしょう? 同じ結論です。それは、神様的愛の種です。その種に帰らなければならないというのです。(180-110,1988.8.7)

(2022.4.27:写経奉献)

 

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