「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(07) 第2巻「真の父母」 第3章 「真の父母」の必要性

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第三章 「真の父母」の必要性

1)普遍的父母も必要

2)世の中の父母と「真の父母」

3)「真の父母」が来るべき理由

4)「真の父母」出現の前提条件

5)真の血統は「真の父母」を通じて

6)「真の父母」が絶対必要な理由

7)「真の父母」の決定は先験的予知・予定圏

8)選挙で選出できない「真の父母」

 


1)普遍的父母も必要

 

 本来神様は、アダム、エバを造っておいて、その中に、父母として子供に対する実を自分が持つと同時に、子供も父母に対する実をもつようにすることで、二人とも完成させ得る、ということを願ったのです。このようになれば、神様は二人とも収めて、もつことができるという言葉も成立するのです。
 では、なぜ父母が必要であり、なぜ子供が必要かというのです。神様は霊的であり、息子は地的です。父子関係がそうなのです。
 そのような見えない神様が、見える息子を通じて実を結ぶことによって、見えない神様が息子の心の中に入って、見える神様の価値として現れるのです。見えない神様が、息子の心の中にも現れ、息子の実も結ばれ、また、父の実までも息子の中に移してあげられる、それが可能だということです。ですから、神様に対しては、神様の実も結ばれ、父母の実も結ばれるのです。同等の価値をもつということです。
 では、父母をなぜ必要とし、子供をなぜ必要としますか。神様でも愛をもてば、相対が必要なのです。我々は子供でも愛をもてば子供でも相対が必要ですが、この相対的な関係とは何かというと、天と地の関係です。垂直条件です。
 これを半分を切ると、半分は霊的世界であり、半分は肉的世界です。見えない神様の息子、娘として生まれて、役事してみると、相対的な極なのです。極から生まれて、これが大きくなるのです。もっと大きくなりながら、見えない神様も見いださなければならないといって、初めて新郎新婦になり、愛で一つになることによって、霊的上弦と肉的下弦の統一をもたらすのです。
 父母を必要とするのは、天国を占領するためであり、父母が子供の愛を願うのは、地を占領するためです。父母の心は、天の心です。この天の心をいつ知るかというと、子供のときには分かりません。父母になってこそ分かるのです。
 二つの世界を占領して、一つにするためにこのようなことをするのが愛だというのです。このようになったとき、父子関係は、栄えある父子関係だということです。同じなのです。誰も後ろに回すことができず、誰も前に回すことができません。一つです、一つ。そうするとき、栄えある父子関係だということです。
 それで人々は、父母がいない人を「かわいそうだ」と言うのです。なぜでしょうか。霊界と肉界を占領する道がないからです。また、子供がいなければ、「かわいそうだ」と言います。
 神様の創造理想が、子供と父母が一つになって天宙を愛で結ぶようになっているのに、その1等モデルに不合格になり得る立場にいるから、ごみ箱に入るのです。地獄へ行くのです。それで、子供がなく、父母がいない人は悲しい人です。(222-309,1991.11.6)

 


2)世の中の父母と「真の父母」

 

 皆さんの中で皆さんを生んでくれた両親は、どのような立場にいますか。堕落しなかった世の中に、「おお、あれは私の息子、娘だ!」と主張し得る息子、娘がいましたか。
 一つの新しい父母を探すために、昔の父母を捨てなければならない、そのような概念がエデンの園にありましたか。ありませんでしたか。
 なぜ、このような運命をもって生まれましたか。その運命は、神様がつくったのではなく、サタンがつくりました。堕落したためにです。悪魔がつくっておいた世の中なのです。
 そこでサタンは、すべて分けておいたのです。父母を分けておき、息子、娘を分けておき、世界をばらばらに分けておいたのです。そのように分けておく日が「終わりの日」なのです。終わりということは末世です。
 世の中の「終わりの日」になれば、新しい日が出発します。我々の原理で言って、「終わりの日」でありながら新しい理想が出発すれば、神様はどうするでしょうか。分かれたものを全部統合してくる運動をするのです。(125-166,1983.3.20)

 


 では、「真の父母」とは何ですか。肉親の父母と真の父母と何が違いますか。愛を中心として言うとき、肉親の父母と「真の父母」とは何が違いますか。愛に対する概念が違います。愛の概念が違うのです。皆さんの肉的な父母は、肉親を中心とした愛を教えてくれるのであり、霊的父母は、霊的な世界を中心とした愛を教えてくれるのです。内容が違うのです。
 肉的な父母だけいればいいのに、霊的父母がなぜ必要のですか。堕落したためです。今まで、堕落した父母が何を教えてくれたかというと、自分を中心として絶えず下っていくことを教えてくれました。
 それで、父母の愛を中心として、サタン世界に永遠にいるようにするための一つの決定的な線が引かれました。これを断つ道はありません。(129-99,1983.10.1)

 

 真の父母が生まれれば、神様を中心として愛するために、真の父母が愛するすべてを神様が愛さざるをえません。それを知るべきなのです。原則がそのようになっているのです。それで、「我々はあのサタン世界で生まれたが、『真の父母』に従おう! うちの親も、うちよりも、うちの息子、娘よりも、真の父母の国とその家庭がもっといい。より良いものた神様の愛だ!」と言いながら、従おうとしなければなりません。
 真の父母が愛するようになれば、いくらサタンが引いていこうとしても駄目です。神様と真の父母様の愛の圏は、本来の世界の理想圏であるために、この息子、娘をサタンが取っていくことはできないのです。
 統一教会員たちの中には、五色人種が、みないます。皆さんの父母は通常の父母です。その次に、統一教会の真の父母がいます。特別な父母です。真の父母は皆さんの父母とは違います。
 皆さんの通常の父母は、レバレンド・ムーンの所に行こうとする皆さんを拉致しようとし、皆さんは、特別な父母の所に行こうとして大騒ぎです。
 しかし特別な父母は目をつぶり、このようにじっとしているのです。「来なさい」とも言いません。「来るなら来て、来ないなら来なくてもいい」と言うのです。
 皆さんの通常の父母は、強引に通そうとして「レバレンド・ムーンは、サタンである、異端だ!」と大騒ぎしますが、真の父母はじっとしているのです。しかし、皆さんの父母は、「我々は特別な父母だ」と、そう言うのです。(128-137,1983.6.11)

 

 先生は何かというと、3時代の父母です。旧約時代、新約時代、成約時代の父母だというのです。それで真の父母なのです。皆さんは父母の名前で祈りますが、皆さんは父母の名前で祈ってはいけないのです。父母様の名前で祈ることができる人は、たった一人の方、先生しかいません。
 では、皆さんを生んでくれた父母と、真の父母と、何が違いますか。同じではありません。皆さんの父母は、1時代の父母の位置にいますが、先生は3時代、霊界や現世やこれから訪れる時代、この3時代圏内の父母の位置にいるというのです。それは、芽と根です。ここにつながったのです。
 皆さんの父母は、枝の父母です。芽の育つ方向に枝が伸びるのです。ですから、その父母はその時代の枝の父母ですが、先生は3時代の父母なのです。根の時代の父母にもなり、幹と枝、葉の時代の父母にもなるのです。
 それで、いつも「真の父母」という言葉を忘れてはいけないのです。私が父母の名前で祈るからといって、全部先生に従って「父母様の名前で祈ります」と言いますが、それではいけません。それは原理に引っ掛かるのです。
 そうなれば、どんなことが起こるでしょうか。父と母が「父母だ」と言うので、子供が、「うちの親は誰だ? 何が違う?」と、このように考えるのです。それで混乱が起きます。そのようになってはいけません。
 皆さんの父母は1代に対する父母であり、先生は3時代の父母の内容を備えているのです。茎の父母です。ですから、先生に対して、おじいさんも「父母」と言い、お父さんも「父母」と言い、孫も「父母」と言うのです。3時代、3段階です。
 それゆえ、父母様は勝手にできないのです。根を離れては勝手にできないのです。「ああ、枝のように動けばいい」と言えますが、そのようにはできないのです。
 根が勝手にできますか。芽が勝手に行くことができますか。枝が恋しいのです。億千万年その立場を守ることが、どれほどもどかしいですか。一つの位置で、枯れて死ぬようになっているのです。そこは自由がないのです。しかし、枝は勝手に動きます。そのようなことを知らなければなりません。(141-226,1986.2.22)

 

3)「真の父母」が来るべき理由

 

 皆さんの願いは何ですか? 天国の人になるとか、天国の子女になりたいでしょう? それが願いでしょう?(はい)。天国の民、天国の子女にさえなれば、天国は自然に生まれるのです。
 このように見るとき、天国が民主主義の世界ですか、どんな世界ですか? 民主主義の世界というのは、これから主が来て、政権交替をたやくするための一つの方便であり、過渡期的な現象の主義です。これから地上に主が現れれば、全世界の民が主に従うのであって、誰に従いますか? 分かりますか? 民は、全部主の前に進まなければなりません。そうすれば、全世界の国家組織を一つの国家として編成するのに便利なのです。
 ところで、民主主義をもってしては世界が一つになれないのです。それはすでに実験済みです。アメリカが世界を指導できるか? アメリカ自体が滅びるようになりました。それゆえ、どうしてアメリカを生かし、アメリカが世界を支配できるようにするかというのです。それが神様のみ旨ならば、これは必ず統一教会の思想、レバレンド・ムーン主義を中心として対処しなければなりません。そうする前には、アメリカが生きる道がなく、アメリカ国民を通じて天国に行く橋を置くことができないのです。
 このようは原則で、霊界がなっているのに、肉界にこのようなものが現れたら、どれほど引っかかるでしょうか? 神様を中心として、第二は真の父母が現れ、第三は真の子女が現れ、第四は真の国民を通じた真の国家が現れなければならないのです。そうなるのをどれほど待ち望んだかというのです。皆さんが地上に現れて、本然のみ旨をなすことを、霊界に行った霊人たちが、数千年間どれほど待ち望んできただろうかというのです。
 この世界を主管するものは何か? 第一は、サタンを中心として、第二は、偽りの父母、すなわち堕落した父母、悪なる父母を中心として、第三は、悪なる子女、第四は悪なる国家、このようになるのです。霊界の世界や、これからの理想世界は、これを全部否定しなければなりません。
 統一教会で真の父母というので、皆さんの親は「我々は何か?」と反対するのです。真の息子娘になるという子供を拉致する事件が起きるのです。それで、悪なる世の中のすべての国が反対して追い出しましたが、今は反対できません。今は、戦ってみてもレバレンド・ムーンに勝てないのです。
 ですからここ、サタン圏内から脱出しなければなりません。脱出するにおいて、サタンが個人、家庭、氏族、民族、国家、世界全部を総動員して、脱出できないようにしています。最後の決戦です。(211-343,1991.1.1)

 

4)「真の父母」出現の前提条件

 

 真の父母が出てくるために、どのようにすべきでしょうか。天使長を復帰せずして、真の父母は出てくることができません。イエス様を復帰せずして、真の父母は出てくることができません。また、新婦を復帰せずして、真の父母は出てくることができません。宗教世界では、これを解決しなければならないのです。
 神様が復帰摂理をしてこられるにあたって、すべての難関を解決した立場で新しく登場した名詞とは何かというと、真の父母です。真の父母は、いい加減な人ではありません。
 真の父母は、天使長復帰ができなければ出てきません。アダム復帰がされなければ出てきません。また、新婦、すなわちエバ復帰がされなければ出てきません。これは間違いありません。(46-214,1971.8.15)

 

5)真の血統は「真の父母」を通じてこそ

 

 我々に必要なのが誰かというと、真の父母です。偽りの父母から出発したのを、真の父母から出発させなければならないのです。偽りの父母とは、偽りの愛から、偽りの生命、偽りの血統を受けたのです。
 これをひっくり返さなければなりません。それで真の父母の愛を中心として、真の生命と真の血統をどのように受け継ぐかというのです。言い換えれば、生命の種を過って受けたために、これをどのようにして再び本然の種を受けるかということです。
 この問題を考えるようになるときに、真の父母がいなければ受けられないために、この地上にメシヤが来られ、そのメシヤの種、真の父母の新しい生命の種をもってきて、再度注入して、接ぎ木しなければいけないのです。これを通じて、本然の真のオリーブの木の位置に帰るのです。簡単なことです。
 それで、神様は本当に我々の父母です。ですから、どれほど近いですか。神様は縦的な父母であり、真の父母は横的な父母として理想の愛を成すのです。(218-223,1991.7.29)

 

アメリカ政府をご覧なさい。民主主義ですがね。民主主義は兄弟主義です。それゆえ、けんかしてるのです。最近宣布したのです。「父母がいなければならない。父母がいてこそ、けんかをやめることができる。このような悲惨な中で必要なものが父母主義である。神様主義、神様を中心とした主義だ!」と。どんな父母か? その父母は、サタン世界にいません。サタン世界にいる父母とは正反対です。それがいわゆる真の父母というものです。
 なぜ、真の父母が必要か? サタンの愛、生命、血統の基盤を清算するために必要です。どのようにして男女がそのような位置に落ちましたか? それは、生殖器のためです、生殖器! 本来、生殖器は愛の王宮です。そうではないですか? 今、その愛の王宮がどのようになっていますか? 愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮であるものが、そのように貴いものが人間の生殖器です。これが汚いものですか? 聖なるものなのです。
 それが堕落によって、汚いものになってしまいました。本然の神様の観点から見れば、それが汚いものではなく、聖なるものです。最も貴いのです。生命、愛、そして血統がここにつながっています。このように聖なるものをサタンが汚しました。(211-343,1991.1.1)

 

6)「真の父母」が絶対必要な理由

 

 統一教会員たちは、私を見て何と言いますか。「真の父母」と言います。この「真の父母」という言葉は、恐ろしい言葉です。また、「真の父母」という言葉があるということは、偉大なことです。
 神様の愛を母体とした家庭をモデルとしなければ、氏族や民族、国家は編成されないのです。家庭を拡大させた氏族、民族、国家を編成するのです。それゆえ、悪魔の世界を打ち破るためには、真なる家庭のモデルを中心として処理していかなければなりません。
 我々堕落した人間は、悪なる父母をもちました。皆さんの両親も堕落圏内の父母です。その言葉は何を意味しますか。堕落した伝統圏内の先祖たちだということです。ですから、「真の父母」という言葉が出てきたという事実は、驚くべきことです。
 いったい、真の父母はなぜ必要なのでしょうか。本然のみ旨を成すにあたって、心情一致圏を中心として、すべてが一つになり、すべてが確実であり、すべてが完全な環境圏をもって出発できた住みかが、堕落しないアダム、エバが神様と一体理想を成し得た愛の圏です。その愛の圏が出てきませんでした。その愛の圏を成そうとするので、真の父母が必要なのです。
 その愛の圏が世界に出てくる日には、統一教会は必要ありません。世界も必要ありません。その世界を捨てて、その国を捨てて、のちにはこの家庭を探さなければならないのです。また来なければならないのです。ですから、すべては捨てても、これを探さなければなりません。これが重要なことです。(138-277,1986.1.24)

 

 我々に必要な方とは誰かというと、真の父母です。真の父母とは誰ですか。友達よりも、先生よりも、もっと貴い方です。それゆえ、友達を捨てても真の父母についていくべきであり、先生を捨てても真の父母についていくべきなのです。「統一教会に行く」と言って、友達が「ああ、お前は私と離別だ」と言っても、この道を行かなければならず、先生が「お前と師弟間の離別だ」と言っても、この道を行かなければなりません。また、両親が「離別だ」と言っても、この道を行かなければなりません。皆が一度に「良い」と言える道を行ったなら、そこに歴史的な新しい天地開闢が起こるのです。(33-336,1970.8.23)

 

 人類には、真の父母が必要です。なぜそうでしょうか。愛の軸をつなぎ得る原則的なこのことが、歴史始まって以来初めて起こったのです。歴史始まって以来、前にもなかったし、あとにもありません。軸は一つです。二つではありません。その軸とは何かというと、真の愛です。今、皆さんの両親が愛することは、真の愛ではありません。
 それゆえ「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二これと同様である。『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』」(マタイ22:37~39)と言いました。神様が、そのように生きてこられたのです。(137-107,1985.12.24)

 

 なぜ真の父母が必要ですか。真の父母が、個人の責任分担を完遂することによって、個人についている世界的なサタンを追放し得るのです。家庭蕩減条件、責任分担を完遂することによって、サタンを自動的に蕩減復帰するのです。
 個人の世界的な蕩減復帰、責任分担を完成しなければ、蕩減復帰ができないのです。 責任分担を完遂してサタンを落とさなければ、復帰ができません。(137-106,1985.12.24)

 

 父母が必要なのは、神様を地上に定着させるためです。これが、父母様がこの地上で苦労する理由です。(217-354,1991.6.12)

 

 皆さんに真の父母がなぜ必要ですか。新しい血筋を受けるためです。旧約時代は信仰基台時代であり、新約時代は実体基台時代であり、成約時代は新しい理想時代です。ですから、「愛の時代として、天国の善なる血筋を受けなければならない」と言いました。今までは、血筋が違いました。総合的な血を受け継ぎました。
 先生は、本然の伝統的な血筋を相続し、このようなすべての真理を知って、サタンと戦っているのです。このようなことが分かるので、そうするのです。真の父母は真のオリーブの新芽です。皆さんは、みな切ってしまって、真の父母の芽を接ぎ木しなければなりません。父母の芽と神様の芽を接ぎ木しなければなりません。そのようになれば、体はありませんが、思想は神様、真の御父母様とそっくりだというのです。ですから、みな同じ実、善なる息子、娘を生むことができるのです。サタン世界を中心としては、なり得えないのです。その前に、息子、娘を生むのは、良いことではありません。(211-343,1991.1.1)

 

7)「真の父母」の決定は先見的予知・予定圏

 

  「終わりの日」に至っては、どのようになるでしょうか。堕落によって悪魔の愛、悪魔の生命、悪魔の血筋を受け継いだので、神様の愛、神様の生命、神様の血筋を受け継ぐためには、真の父母が出てこなければならないのです。真の父母は流れていく人ではありません。先生が「真の父母」という名前を宣布するまで、神様がどれほど苦労し、宗教がどれほど血を流したか分かりますか。
 『格庵遺録』という本があります。その本は『鄭鑑録』よりあとに出てきたものですが、そこに既に先生の名前が預言されて出ていたというのです。先生が生まれもしない前に、先生を見た人がたくさんいます。先生が生まれもしない前に、どうして私を見たのでしょう? 霊界は先生が生まれる前からあったので、このような人が生まれなければならないということを教えてくれたのです。それでこそ、地上で受難を受け、苦痛を受けた人たちが、霊界では先生の統治圏内に入ってくるのです。神様は、そのような作戦をされるのです。その方に仕えて暮らしたために、その方が後に出てきても、仕えたその方に従うようになっているのです。それゆえ、愛する神様は、私を生む何十年、何百年前に、みな見せてくれたのです。
 ですから、歴史的な人物です。今は、歴史的な人物だと言ったとしても、韓国人や世界の人に夜中や明け方に一言言っても、白昼に聞くように「そうだ」と言うのであって、「違う」と言う人は一人もいないのです。(213-27,1991.1.13)

 

8)選挙で選出できない「真の父母」

 

 先生は、今まで家庭を探すのが大変で、教会を探すのが大変で、その次には、キリスト教の方向を定めるのが大変で、滅びていく自由世界の方向を正すのに大変で、滅びていく共産世界の方向を正すのに大変でした。
 今や、文総裁をして、長子権が復帰されたのです。長子権が復帰されたというのです。本来、アダムが堕落しなかったら、アダム自身が長子権を持ったでしょう。また、アダム自身が真なる真の父母になります。その次には、アダム自身が王の中の王です。
 人間は堕落によって何を失ってしまったのでしょうか。長子権を失ってしまいました。天地の大基業(もととなる事業)を相続する、その長子の権限を失ってしまいました。悪魔のために失ってしまいました。これを知らずにいました。それだけでなく、神様の愛と、神様の生命と、神様の血統を中心として、天地の創造主である父母に侍ことができ、永遠の血族になるべきなのにもかかわらず、アダムが真の父母になるべき権限を失ってしまいました。そして、堕落しなければ、一つの文化であったでしょう。アダムの文化です。アダムの一族です。こうすることによって、一つの王権が成されるのです。
 民主世界というのは、杖と同じです。これは、兄弟主義です。兄弟が多いので、これを相続するように代表を立てようとするので、兄弟たちが皆集まって、より犠牲となり、より奉仕して、より伝統を立て得る人を選び出さなければならないのですが、それが民主主義の方式です。
 民主主義は、世界主義ですが、その上が父母主義です。これから、父母主義時代がやって来るのです。父母を選挙で選出しますか。再臨主を選挙で選出できますか。神様を選挙で採択できますか。できないのです。民主主義は、不信の風潮を造成し得る基盤になっています。なぜでしょうか。全部自分の利益のためには、ありとあらゆることをします。財力を動員し、人力を動員し、謀略、中傷など、ありとあらゆることをします。(211-343,1991.1.1)

 

(2021.10.25:写経奉献)

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