「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(08) 第2巻「真の父母」 第4章 「真の父母」の使命

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第4章 「真の父母」の使命

1)「真の父母」の立場

2)「真の父母」の道

3)「真の父母」になる以前の過程

4)「真の父母」の権限と使命

5)「真の父母」の愛

 

 

1)「真の父母」の立場

 

 この世の中を見ると、帝国主義時代と帝王時代、そして王国時代があり、その次には、民主主義の子女時代と、共産主義の僕の時代があります。それらがみな、愛の法を中心として統治する時代ではないという事実を考えてみるとき、この世の中は偽りの世の中だというのです。このように結論づけることができます。
 それなら、ここで本然の心を中心として本然の世界が生まれたなら、本然の人がいなければなりません。では、本然の人は、どこにいるでしょうか。「人」というと、男性と女性がみな入るのです。
 この世界が間違いなくサタン世界であるために、今日の歴史は、この世の中で本然の人を探しているというのです。それで今日、数十億の世界人類が、真の世界を指導し、天地を指導する指導者を探しているのです。
 では、本然の指導者は、どのようにして来るのでしょうか。堕落した世界の個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えてくるのです。その本然の人は、どのような人でしょうか。真の人です。その真の人とは、どのような人でしょうか。真の人の定義とは、どういうものかというのです。完全な愛をなす人です。簡単です。
 では、その完全な愛とは何でしょうか。完全な愛をなす人は、どのような人を言うのですか。真の父母です。簡単です。
 神様は、どのようなお方でしょうか。神様は、真の愛の代表です。もっと具体的に、神様はどんな方でしょうか。すべての人を愛することができる方です。神様は、すべての存在を愛することができる能力をもった方なのです。簡単に要約すれば、大きなもの、小さなもの、すべてのものが入るのです。そのように整理しなければなりません。世の中のすべての存在、大小のものがみな入るのです。それゆえ、大きなものから小さなものまで愛し得る能力を持たれた方が、神様だというのです。(124-116,1983.2.1)

 

 我々の目的地は世界です。私たちは世界のために行くべきです。いくら難しくても、行かなければなりません。世界のために行くべきであり、世界のために与えるべきです。自分が行く所では、どこでも与えるべきです。
 真の父母は、与えるべきです。これが原則です。そこに新しいものがあり、そこに新しい世界があり、そこに新しい因縁が生まれるのです。(147-142,1986.9.7)

 

 皆さんはレバレンド・ムーンを「真の父母」と言います。それで、神様に代わった立場で皆さんの前に、すべての良いものをあげようとし、皆さんも一番良いものをもらおうとするのが原則だということを知っているため、このような道を指導するのです。(127-328,1983.5.22)

 

 皆さんには、背景があります。これは完全な背景です。真の父母の背景です。真の父母は、サタンが讒訴できないのです。それで、身分証をもらうのです。そこには神様がサインして、サタンがサインしなければならないのです。それだけではありません。天使長がサインしなければならず、その次には、アダムがサインしなければなりません。(117-160,1982.2.28)

 

2)「真の父母」の道

 

 今、世界では戦いが起こっています。これに誰が手を着けるべきですか。我々がすべきでしょう。共産党と戦って、倫理破綻も防御しなければならず、宗教が崩れるのも防御しなければなりません。
 先生が、世界の学者と神学者たちを集めて、このような問題を深刻に討議しています。アメリカが夢にも見ないことをしているのです。皆さんは「活動する」と言いますが、皆さんが難しいでしょうか、先生が難しいでしょうか。
 父母は、子供よりも苦労しなければならないという原則があるので、先生はそれを実践しています。何かお金があれば、私がそのお金で食べて暮らすのではありません。未来の子孫のために、良い道を開いてあげるのです。未来の子孫を愛する心をもって、お金を稼ぐのです。
 「真の父母」とは何かというと、父と同じ位置で家庭を通じ、氏族を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じ、宇宙を通じていくべきなのです。これをつながなければならないのです。それをカバーするのです。妻が夫を愛するように人類を愛さなければならず、息子、娘を愛するように人類を愛さなければなりません。息子、娘が父母を愛するように、人類を愛さなければなりません。いつも、それが即座につながらなければなりません。(118-240,1982.6.6)

 

 神様の願いとは何かというと、神様と共に暮らしたいと思う人を探すことです。神様と永遠無窮に共に暮らしたい人、それで神様が額を一度付き合わせれば、千年、万年たっても離したくない人、そのような人を探すことです。神様は、愛する息子、娘に指先で一度触れれば、千年、万年たっても離したくない、そのような愛をもって暮らしたいというのです。
 統一教会は、そのような原則による父子の関係を教えようとします。そのような原則による夫婦関係を教えようとします。また、そのような原則による家庭を論じ、そのような原則による兄弟を論じようとするのです。兄弟でも、一度会って別れるのではなく、千年、万年共にいても嫌でない、そのような兄弟のことです。
 それが、五色人種を通じて実践されてこそ、神様の愛の圏が成し得ると思うのです。それは易しいことですか。自分が食べる御飯があるなら、彼らに分けて、みな食べまで待って、それから皿洗いまでして、寝ることまでみなみてあげる、そのようなことをする父母がいなければなりません。今日、真の父母は、そのような道を行こうとするのです。それが、真の父母の行くべき道であると思うのです。毎日人に会うようになると、昼食の時も忘れて話そうとしようとし、夕食の時が過ぎたにもかかわらず話をするというのです。
 先生の哲学はそうです。ご飯が問題ではありません。千年、万年、あなたと私が暮らしても嫌になりえない、そのようなあなたを発見しようと、探そうとするのです。12時になり、夜明けの2時になり、明け方に鶏が鳴き、空が白んできても、夜を明かしながら愛さざるを得ない息子、娘を恋しがる人です。また兄弟を探している人なのです。(127-284,1983.5.15)

 

 もし、真なる人間がいれば、その真なる人間は、今日、歴史を代表して、「人類よ、 あなた方が行くべき真の標準は、正にこれである」と教えてあげることができる道を模索するでしょう。真なる人がいるなら、その人は、人類に代わってむごい犠牲となっても、その道を訪ねて勇み立つはずであり、教えてあげるはずであり、開拓してあげるのではないかというのです。もし、その道を知っているにもかかわらず、自分だけ行ったとするなら、彼は真なる人ではありません。(63-88,1972.10.8)

 

 歴史路程において「真の父母」という言葉を受けるためには、どうならなければならないか、考えてごらんなさい。真の父母まで行くには、何段階まで経なければならないでしょうか。そこには、まず真なる僕の僕がいるべきです。そこから始まるべきです。真なる乞食もいなければならないでしょう。真なる労働者もいなければならないでしょう。みないなければなりません。真なる迫害者も、いなければならないし、十字架につく人もいなければなりません。そのようなことを嫌だと思えば、真の父母は、絶対出てくることができません。罪人の中にも真なる罪人がいなければなりません。皆いなければなりません。
 その道を行くべきであり、橋を架けるべきです。世の中で一番悲惨な位置から始まって、すべてのことを越えることができる愛の代表者がいなければなりません。そうするためには、愛の十字架の道を行くべきだというのです。それが橋です。1段階、1段階を真の僕の僕から真の養子に上がっていき、真の息子に上がっていき、真のカインに上がっていき、真のアベルに上がっていかなければなりません。
 皆さんが知っている、僕の僕の道、養子の道、このような道を誰が行くのですか。その道は、先生が行かなければなりません。先生は、その道を行き、戦い、生き残って、勝利したために、その橋を架けてあげるのです。それゆえ、皆さんが通りでかわいそうな人を見れば、先生がそのような立場だということを知りなさい。私が、そのような立場で共産党に踏まれ、拷問を受け、ひったくられたりするときに、腹が立ったでしょうか、腹が立たなかったでしょうか。そうかといって「神様、私の怨讐たちに雷を落として、全部殺してしまってください!」とは言いませんでした。体から血が流れる立場でも、彼らのために福を願ってあげたのです。(116-113,1981.12.27)

 

3)「真の父母」になる以前の過程

 

 人間の堕落によって、偽りの父母が生まれました。それで先生は、サタンを中心としたこの世界の上に、天国の真の父母の位置を築くための受難の道を行かなければならなかったのです。それは、父母が復帰しなければなりません。ひっくり返ったものを、父母が全部責任をもって蕩減しなければなりません。(131-62,1984.4.1)

 

 真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。このカイン世界は、長男の世界でしょう? カイン世界は、堕落した長男の世界と同じであるために、その世界が反対しても、天の愛を尽くしてあげたという条件を立てなければ、サタン世界が復帰できないのです。
 長子を先に愛さなければなりません。原則的にサタンが長子であるために、神様がアベルを愛するには、長子であるサタンを先に愛したという条件を立てるべきです。そのような愛をサタンに示さないことには、次子を愛することはできないのです。これが原理的だということです。
 ですから、母、エバが行くべき道は、カインとアベルを一つにして、アダムに帰ることです。それゆえ、母がいくら宇宙的な愛を願うとしても、そのように愛してあげることはできないのです。そのような位置にいるのです。(124-73,1983.1.23)

 

 先生は、愛の関係においては世界的な記録をもっています。良心においては、天宙史的な記録をもち得る群れが生まれているのです。それは、観念にとどまるのではなく、実在だということを知るべきなのです。事実だというです。歴史的な事実です。サタンにおいては、どれほど脅威であり、神様においては、どれほど希望的かというのです。我々統一教会の未来が希望的であり得るしかないという、このような驚くべき位置にいるという事実を、深く深く感謝できなければなりません。
 神様とレバレンド・ムーン、神様と真の父母が、これを築くためにどのようにしたのでしょうか。鉄条網を貫いて、かき分けていき、築いてきたのです。そこには血痕と涙のあととは言うまでもなく、悲惨な拷問のむちのあとまで残っているのです。そのような過程を経て開拓したのです。
 そのような天の父母と、地の父母の心を傷めてはいけません。これが宇宙の宝の倉庫なのです。ここから地獄をなくし、天国をつくることができます。(216-325,1991.4.15)

 

 真の父母は、二人の方がいなければなりません。二人の方がいなければ、真の父母の基準の上に立つことができないのです。そして、霊的な闘いに勝利の基準を立てたとしても、地上に実体の真の父母が立てられなければ、自体世界で勝利の基準が立ちません。いくら霊界で勝利の条件を成したとしても、地上に真の父母が立てられなければ、その霊的世界の足場に該当する足場を、この地上に築くことができないのです。
 それゆえ、これから来られる真の父母は、これのために命を捧げて、地と天に代わって闘っていかなければならないのです。このような闘いの期間が、40年期間です。
 では、この40年期間に来られる真の父母は、どのような闘いを経なければならないのでしょうか。まず、霊界で霊的な試練を経なければなりません。その次には、地上で実体的な試練を経なければなりません。
 そのような中でも、倒れずに中心をもって立ち上がってこそ、初めて霊肉合わせて真の父母の因縁を立てることができるのです。すなわち、6000年の摂理歴史の希望を成すことができるのです。
 我々は、1960年に「父母の日」を設定しましたが、その日はどのような日でしょうか。霊肉合わせて真なる勝利の起点をつかむ日であり、真の父母の理念が出発した日です。それで、その日は1日に過ぎず、その日の因縁は部分的な因縁にすぎませんが、この因縁は、天宙史的な因縁を経ていくでしょう。
 そして、神様は、その日を起点にして、霊界と肉界で同時に計画を実践なさることができたということです。すなわち、霊界と呼応しうる基盤、初めて神様が闘うことができる基盤が築かれたということです。このように勝利の基盤が築かれたために、ここに一致する家庭的な基盤、氏族的な基盤、民族的な基盤、国家的な基盤、世界的な基盤のみを築いておけばいいのです。
 イエス様は、イスラエル民族の反対で、全体的な使命を完成なさることができずに楽園に行き、霊的にイスラエルを収拾して、霊的な父母の立場に立っていらっしゃいます。真の父母が世界的な勝利の版図を地上に築くことができる路程とは、どんな路程かというと、4年路程です。この4年路程に霊界と肉界が一致して、勝利の起点を立てる日には、全世界の人類が、楽園以上の霊界で行軍し得る時代的な恵沢圏内に入るというのです。
 ところで、このような歴史過程を経ていくにおいて、来られる真の父母は、個人的な十字架を背負うべき段階から、世界人類の十字架を代わって背負うべきであり、家庭的な十字架を背負うべき段階から、世界的人類の十字架を代わって背負うべきであり、氏族的、民族的、国家的な十字架を背負うべき段階でも、世界人類の十字架を代わって背負うべきなのです。
 イスラエル民族の歴史を見ると、ヤコブは、エサウとの個人的な闘争で勝利したために、個人的な復帰の条件を立てることができました。そうしてから、ラバンの家に行き、天が協助する中で、家庭的な戦いで勝利したために、家庭を見いだすことができました。
 その後、ヤコブの子孫は、民族を形成するため、サタン世界であるエジプトに入りました。彼らは、そこで天の協助で救い出され、カナンに入ってカナン7族を滅ぼすことができました。このようにイスラエル民族は、カナン復帰路程40年を経ながら、初めてサタン世界に対して攻撃することができたのです。
 40年荒野路程以前には、3日路程がありました。イスラエル民族は、3日路程を経たのちに、初めてカナン復帰をすることができたのです。そして、イスラエル民族は、カナンに入っては、また40数を探して立てなければなりませんでした。
 復帰摂理がこのような路程を経てきたために、先生も40年路程を経たのち、3年路程を歩まなければならず、4年路程を歩まなければならないのです。3年路程と4年路程を合わせれば、7年路程になるのです。
 このような過程を経てこそ、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。イエス様も、本来は33歳から7年路程を歩んで、神様が願う父母の基準を立て、そこから万物復帰の基準を立て、40歳ですべてを終結して、天のみ旨を成すべきでした。これが、イエス様の使命でしたが、イエス様がこのみ旨を成し得ず、十字架で亡くなることによって、このみ旨はそのまま残るようになりました。
 それで、再び来られる真の父母が、内的、外的な闘いに責任を持たざるを得ないので、40年準備期間、あるいは、闘争期間を経ていくのです。それは、外的には40年準備期間でしたが、内的には闘争期間であったのです。
 こうして、霊的に勝利の基盤を築いて、初めて地上に霊肉を合わせた実体的な基盤を築き得る土台を備えたのです。
 真の父母が中心になって3年路程を経て、万物復帰の期間、すなわち、四方性を備えるための4年路程を経なければなりません。それで、7年路程として蕩減復帰を終結していかなければならないのです。
 真の父母を探すまでの3年路程、4年路程、40年路程は短い路程ですが、歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念さを総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。
 歴史的なすべての悲しみと苦痛と無念さにも屈服しないという、絶対的な基準を立てずには、真の父母の日、真の父母の勝利の日は、迎えることができないのです。
 天に代わり、真の父母の因縁に代わってみ旨に責任を持ち、従ってきた我々統一教会は、それでこのような試練を自ら招いて、受けていっているのです。
 その過程でサタン世界と分別された自分を立て、真の父母が勝利の一つの手本を取って、サタン世界を審判し得る真の子女の基準を立てておかなければなりません。そのように、氏族、民族、国家の基準を立てておかずには、真の父母に対する本然のみ旨を地上に成すことができないのです。
 この期間に私と共に闘っている皆さんは、真の父母の個人的な代身であり、家庭的な代身であり、民族的な代身であり、国家的な代身です。このような父母の代身として、今まで韓国はもちろんのこと、世界の舞台で責任をもって闘わなければならないのが、皆さんの責任なのです。
 このような観点から見るとき、今までの霊界と肉界の悲しみとは何でしたか。本来は、真の父母がこの地に現れれば、その日から天地が平和を謳歌すべきであり、全天宙が幸福圏内に入るべきであり、神様を中心に地上天国が成されるべきです。(13-285,1964.4.12)

 

 先生が「真の父母」を宣布するまで、どれほど苦労し、悪口をどれほど聞き、どれほど監獄生活をしましたか。6回も監獄に入りました。このようにして「真の父母」を宣布したのです。ですから真の父母です。ですから、世界で最高にかわいそうな王の中の王が先生です。お母さん、お父さんが、どうだこうだと言いますが、一番かわいそうな人は先生です。(211-161,1990.12.30)

 

 先生が世界のために、どれほど多く投入したかしれません。血と涙をどれほど注ぎ、汗をどれほど流し、どれほどため息をついたでしょうか。ご飯のために、出世のために、そうしたのではありません。地上世界、天上世界、神様を解放するためです。このような人は、歴史時代に、文総裁以外にはいません。真の父母以外にはいないのです。
 そのような背後の歴史をもっているのです。それは観念だけではありません。実戦舞台で実際圏を形成するにあたって、それ以上の基盤を築いてきたために、世界万国が粛然と頭を下げ得る段階まで来たのです。(210-363,1990.12.27)

 

4)「真の父母」の権限と使命

 

 真の父母は、この地上の人間たちの前に、何をしようと訪ねてきたのですか。人間が一番好きなものをつくってあげるために来たのです。それが何かというと、皆さんを真の父母、小さい真の父母にすることです。(125-117,1983.3.14)

 

 真の父母様がすべきことは何でしょうか。地上世界と天上世界の間にふさがった道をみな開いて、ハイウェイを造っておかなければならないのです。地上世界から、霊界の地獄、天上の位置まで、ハイウェイ造らなければならないというのです。(134-127,1985.2.5)

 

 真の父母は、霊界と肉界を中心とした王権を持ってこられたために、それを霊界まで連結するためには、霊界に統一基盤を築いて、霊界の王権基盤、蘇生的長成基盤を連結しなければなりません。そうしなくては、真の父母が地上に完成基準を成したという位置に、霊界が同参することはできません。それゆえ、その準備をしておかなければなりません。(140-53,1986.2.1)

 

 皆さんは、先生を「真の父母」と言います。なぜ皆さんの父母ですか。皆さんを生んであげでもいないのに、父母ですか。一つ違うことは何でしょうか。神様の愛、本来の愛をつなげてあげられる父母なのです。アダムとは何でしょうか。皆さんの先祖になり得る父母でした。ところが、神様の愛をつなげられなかったのです。それゆえ、皆さんの父母たちは、皆さんを神様の愛につなげることができないのです。
 真の父母が違うこととは何ですか。神様の愛をつなげ得る特権を持ってきたということです。皆さんが父母の言葉を聞かないで、先生の言葉を聞くことは、社会の正義ですか、悪ですか。正義です。天宙の原則がそうであるためです。(118-147,1982.5.23)

 

 「真の父母」とは何をする人ですか。偽りの子女たちを率いて、真の父母にする役割をするのです。ですから、サタンはそれをできないようにするために、ぶん殴り、ありとあらゆることをするのです。サタン側は悪なるものです。
 それゆえ、真の父母は、息子、娘を消化して段階的に家庭基準、氏族基準、世界基準まで消化しようとするのです。このように言いますが、問題は深刻です。(149-279,1986.12.7)

 

 先生は、この時代に、すべてを見せてあげるのです。僕の僕と僕がどのように行くべきかを見せてあげるのです。どのように行き、一つになるべきかを見せてあげるために、今まですべてのことをしてきたのです。先生に従ってすべてを成しておいてこそ、あとで神様の愛にまで至ることができるのです。そうでなければ行けません。(135-140,1985.10.4)

 

 真の父母には、どのようにしてなることができるのでしょうか。人間の先祖の堕落によって、ふさがった塀を崩せる責任的条件を立てることができてこそ、真の父母になります。統一教会にはキリスト教、仏教、儒教イスラームイスラム教)も、みな入っています。仏教もここに入っています。ここに入ってくれば、宗教が一つになり得るというのです。その次には、五色人種が一つになることができるというのです。(118-270,1982.6.13)

 

 原理結果主管圏(間接主管圏)と直接主管圏の間に塀が生じたのを、蕩減しなければなりません。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天と地の塀を、全部蕩減しなければならないのです。原理結果主管圏がサタンに占領されました。ですから、サタンがその中間の位置にいるのです。神様が上にいて、人間が下にいれば、サタンは中間に位置しているのです。それで、サタンの塀が生じたのです。
 では、どのようにこの塀を貫いて、神様の位置まで進むのですか。これが宗教の目的です。そこからサタンは、いつも間接主管圏を利用するのです。天地創造の時から今まで、そうしてきました。ですから、これをもう一度連結しようというのが神様の摂理です。それで、歴史を通じて宗教を発展させてきたのです。それがユダヤ教でした。宗教を通じて、神様のみ旨が今まで流れてきました。そうして、キリスト教まで下ってきたのが、現在の我々の状況です。
 真の父母は、この間接主管と直接主管を連結させる責任があるのです。サタンに引っ掛かっている個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の塀をどのように壊すかということが問題です。サタンはサタンなりに、神様の継続的なこの歴史をどのように妨げようかということを考えています。このように、二人が対決してきているのです。粘り強くサタンが神様を相手にしているのです。
 それで、先生がサタンと神様の中間で、いつもサタンを除去することをしてきたのです。どのようにサタンの讒訴を受けない位置で、この仕事をはかどらせていくのでしょうか。それで、蕩減路程が出てきたのです。今まで、人間が責任分担を成せませんでした。どのようにその責任を埋めていくのかというのです。
 サタンは、それがメシヤの責任であることを知っているのです。それで、すべてのサタン勢力を総出動させて、真の父母を攻撃したのです。それで先生は、サタンの塀を壊すことを、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで経てきたのです。メシヤは、この道をすべて経なければならないのです。
 これが、我々統一教会の歴史です。サタンに対して、いつも愛をもち、原理をしっかりと打ち出してきたのです。サタンの血統を受けて堕落した父母として始まったことを、どのようにして人類の真の父母の位置に復帰させるか、ということに苦心したのが神様の立場だというのです。
 それで、1960年に父母様の聖婚式が、歴史上に初めて起こったのです。堕落した父母から復帰が起こったのです。イエスが来られたのは、アダム、エバが堕落したことを復帰するためでしたが、できなかったので、それを全部代わりにしなければならないのです。(131-70,1984.4.16)

 

5)「真の父母」の愛

 

 皆さんが本当の「私」を見出したというときは、神様が自分の心にいて、自分は解放圏にいるのです。本然的な神様の愛と、本然的な真の父母の愛を中心として、本然的な血統の歴史をつないで生まれたのが、本然的な自分です。その自分を見いだせば、すべてが成されるのです。そこに真の父母がいます。そこには、真の父母の愛があります。
 神様の愛から自分が始まったために、自分を見いだしたときは、自分の中には既に二つの愛の本然相が植えられているのです。それが根になっているのです。自分を神様から離してしまうことができず、真の父母から離してしまうことができないのです。その肢体ですが、その肢体となった自体を否定できないのです。
 細胞を例に挙げましょう。細胞は、葉の細胞も根の細胞も同じなのです。このごろは、細胞を繁殖させて、植物も繁殖させます。同様です。葉にも根の要素があり、すべてあるということです。
 ですから、自分が偉大なのです。神様の愛と、真の父母の愛を、みなもっているのです。神様の愛と真の父母の愛は、宇宙におけるすべての主管性の核です。主体性の永遠な標準です。愛を中心として、全部主管するのです。
 ですから、自分自身がすべての代表になるのです。神様を代表することができ、父母を代表することができ、兄弟がいればお兄さんを代表することができ、弟を代表することができ、お姉さんを代表することができ、妹を代表することができるのです。そのような代表者になり得るのです。そのようになるとき、一族が歓迎するようになっているのであって、けんかしません。反発が起きないのです。吸収されるようになっているのです。言葉は簡単ですが、これは原理の核です。
 自分を完成しなければならないのです。道を修めるのも自分を完成するためです。自己の完成の位置に行くには、結局、神様を探し、真の父母を探して、接ぎ木することです。すっかり大きくなって、再び生むことはできないので、仕方なく接ぎ木しなければならないのです。それゆえにメシヤが来るのです。
 メシヤとは、本然の愛、真の父母の愛を、完成した男性として来る方です。本然の理想的な代身者として来るのです。「私」という言葉を使うたびに、そのことを考えてみよというのです。ですから、解放されうるのです。サタンから解放、生活圏から解放、血統圏から解放されれば、みな終わるのです。では、解放されて何をするのですか。悪魔の代わりに神様に侍り、文化圏を形成しなければなりません。真の父母の生活圏を形成しなければならないのです。完成したアダムの位置に立つので、生まれた目的を完成するのです。
 そのようにして、自分には真の父母の愛が宿り、神様の愛が宿るのです。その愛が、自分を完成させ得る調和の根本です。それを言い換えれば、自分には愛があり、生命があり、血統があるということです。三位一体です。(202-283,1990.5.25)

 

(2021.10.26:写経奉献)

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