「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(09) 第2巻「真の父母」 第5章 天国と「真の父母」

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第5章 天国と「真の父母」

1)「天」の時と「父母」の字のもう一つの意味

2)地で「真の父母」に侍るべき理由

3)天国は「真の父母」を通じてこそ可能

4)天国と真の愛

5)「真の父母」と永生

6)「真の父母」と国

 

1)「天」の字と「父母」の字のもう一つの意味

 

 天というのは、二人です。仁というのも二人です。二人ですが、二人はどんな二人ですか。完全な愛を中心として、天地が縦的に一つになり、横的に完全に一つになり得る人間です。天地の調和を成しうる根本は、愛です。その愛から始まるのです。(186-60,1989.1.29)

 

 天地間において、天が先か、地が先か。地天か、天地か。父母も、父母か、母父か。 夫婦も「夫」の字と「婦」の字が逆さまになった婦夫か、正しくなった夫婦か。正しくなった夫婦にならなければなりません。地天を願う人はいません。全部天地を願います。
 それゆえ、何が先になるべきでしょうか。天が先になるべきです。その次には、地になるべきです。そして、父母がいますが、父母は、なぜ母が先にならず、父が先になるのでしょうか。そうだからといって女性を無視するのではないのです。
  父母は「父」という字が先になければなりません。「母」という字をじっと見れば、これはおもしろいのです。これは何かというと「女」という字二つを逆さまにして合わせておいたものです。それは本当に面白いのです。それが「母」という字です。女を二人くっつけておいたのです。それが母です。
 それゆえ、天の心を持った母にならなければならず、地の心を持った母にならなければなりません。言い換えれば、天の心を持った女性になり、地の女性を代表した心を持った女性になって、その二つの心を合わせておいてこそ母になるのです。
 また、「父」という字を見てみましょう。 これは何でしょうか。上の部分と下の部分を離すと「人」という字が二つです。それが合わさって「父」という字になっているのです。それは、一箇所に持ってきて結んでおいたのです。
 それは何でしょうか。男性は男性ですが、人は人ですが、一人ではなく二人をもってきて結んでおかなければならないのです。それでこそ父になるというのです。それは何かというと、天の人と地の人が結ばれて、一つの行動をとれてこそ父になるということです。これを考えれば、おもしろいです。
 また、「天」という字は何でしょうか。天というのは、一人でいるのではありません。二人がいてこそ天になるのです。それゆえ、「天」は、二人をもってきて合わせればなるのです。
 また、「夫」という字は何でしょうか。これは姿が不届きです。冠を被って(官職に就いて) 天よりも高く上がることです。これは何でしょうか。二人が互いに好きなら、天のてっぺんまでも貫いて上がるということです。それで、夫婦という言葉が設定されるのです。
 では、「私はこれほど美男であり、これほど立派な男性なので、私には父母が必要ない」と言う人がいますか。「私は男であるために、男である父は必要ない。父が死ねば、私が代わりに父になり、主人になるから、父は死んで母だけ残ってください」と言う、そのような男性がいますか。いないというのです。
 また、「うちで女の家長になろうとするので、母は死んで父だけ一人生きてください。」と言う、そのような娘はいないというのです。では、何がいなければならないのでしょうか。二人がいなければなりません。父母がいなければならないのです。(59-182,1972.7.16)

 

2)地で「真の父母」に侍るべき理由

 

 霊界とは何かというと、我々の先祖たちがアダムを中心としてコントロールする国です。また、地上天国は、その子孫を中心として、世界がコントロールされる国です。このようになるのです。
 皆さんが死ねば、間違いなく先祖圏内を訪ねていきますが、その先祖たちが何千万人になるでしょうか。その先祖たちをみな経ていくのです。そうして、誤れば彼らから審判を受けるのです。審判をパスする原則とは何でしょうか。これが問題です。
 先祖たちが家庭に行ってパスしようとするには、どのようにしなければならないのでしょうか。原則に従わなければなりません。あの世でも、数多くの先祖、数多くの家庭、数多くの民族がつながっていて、世界が皆つながっているのです。このような観点で評価するとき、自分が引っ掛からないでパスするのは、何かというのです。
 それは、簡単な言葉で言えば、真の父母の理想の伝統です。真なる家庭は、「真なる父母」の家庭です。そして、真なる父母は、家庭の大統領です。では、国の大統領とは何ですか。その国の真なる父母の位置に立っているです。そうならば、アメリカならアメリカが真なる父母の国になるのです。
 それゆえ、国民はその大統領に母、父のように仕え、もっと一つになるべきです。自分の家庭を越えて、自分の妻を越えて、自分の父母を越えて、国と一つになるというのが原則です。家庭よりもっと大きなものが理想です。自分の家庭の真の父母よりも、国の真の父母「ため」になる立場に立つのが理想的だというのです。
 我々がなぜそのように暮らさなければならないのでしょうか。そのように暮らさなければ、霊界に行って、行く道がふさがってしまいます。そこで歓迎されないというのです。いくらドクターという名が付いたとしても通じないのです。そのようになるというのです。
 家庭的真の父母圏を凌駕する国家的な父母のためにもっとしなければならないのが、本来理想世界の原則だというのです。その次には、国家的父母圏は世界的父母圏の支配を受けなければならないのです。国家的父母がもっと世界的父母のためにならなければならないというのです。
 統一教会は、何をする所ですか。世界的真の父母圏のために動いていく所です。人間の世の中の最高の道を準備するために、家庭的真の父母、国家的真の父母までも犠牲にする道を行こうというのです。これが統一教会の運動です。世界の真の父母圏のための家庭理想を実現させるために、すべてを克服していくのが統一教会運動だというのです。
 そのために、我々は家庭的父母、国家的父母をすべて犠牲にしなければなりません。
そうして、世界の中心になるときには、個人と家庭をどれほど犠牲にし、国と国民を越えてどれほど努力したかということを中心として、新しい世界の伝統的な要因として記録されるでしょう。(118-234,1982.6.6)

 

3)天国は「真の父母」を通じてこそ可能

 

 皆さん自身は、天国を成すことはできません。それには父母様が臨まなければなりません。聖霊と共に一つになって、イエスの愛と共に和合することができなければなりません。
 それでこそ、天の側のオリーブの木に接ぎ木できる可能性があります。そうだとしても、霊的ですから、接ぎ木はできません。再臨時代に真の父母が来て、接ぎ木してあげるのです。
 天国建設は、それが基本です。公式と同じです。神様と息子の関係は、絶対的です。それを誰も分けることができません。父子の関係を誰も分けることができないのです。 夫婦が愛で一つになれば、その愛を誰も分けられません。神様も分けられません。永遠なものです。
 夫婦が二人一つになって、アダム、エバと同様に、真の父母に侍り得る夫婦になったかというのです。神様の愛と父母の愛が、我々の家庭に臨むことができるか、その愛の圏内で息子、娘を生まれさせるための愛をなしているかというのです。これは、深刻な問題です。そうせずには、家族天国が開門しないということを知るべきです。(137-185,1986.1.1)

 

 我々が天国に入るためには、真の父母を経なければなりません。真の父母を経ずしては、天国に入ることができないのです。それで、真の父母が出てきました。真の父母が出てくれば、その真の父母を中心とした真なる家庭が生じるのです。サタン世界でも、この真の家庭まで上がるために、ここから出発するのです。闘って、これを全部否定しなければなりません。(44-140,1971.5.6)

 

 皆さんには、国がありますか。国のない人たちです。大韓民国という国はありますが、我々が行く国は違う国です。神の国というものです。その国に行くためには、どうしなければならないでしょうか。皆さんがその国の公認された市民権を新しく受けずしては、天国に入ることができないのです。公認された市民権をもった人には、サタンが東西南北を通じても、過去、現在、未来を通じても、讒訴できないのです。そのような市民権をもたずして、天国に入ることはできません。(148-288,1986.10.25)

 

 全世界の人間たちは、真の父母の愛を通じて行かなければなりません。その門を通じなくては、天上世界の本然的な故郷の地に帰る道がありません。地獄しか行く道がありません。これをさかのぼって行かなければなりません。反対する国と戦って、勝っていかなければなりません。
 そうして、統一教会は、世界的なメシア圏の勝利を受け継ぎ、国家的なメシア圏を越えて、氏族的なメシア圏に訪ね下りてきたのです。サタン世界の氏族圏を中心として、サタンの家庭に入って、世界と交替しなければなりません。
 先生が提示する統班撃破は、家庭的な基準で真の父母の息子、娘をつくるためのものです。家庭で真の父母の愛に代わり得る夫婦をつくり、神様の愛の中で成されるべきおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、妻と夫、子女の基準を中心として一族、一国、一世界を失ったのを、再現させなければなりません。そうして、世界万民を自分の息子、娘として抱き、愛することができる世界になったと宣布してこそ、地上に解放圏が始まるのです。(210-42,1990.11.30)

 

 聖書を見ると、「幼子のようでなければ天国に入れない」という言葉があります。それはどういう言葉ですか。幼子たちには、お母さん、お父さんしかいません。ご飯を食べてもお母さん、お父さん、寝てもお母さん、お父さん、ただお母さん、お父さんです。そのように育って、分別がついて、いくら結婚したとしても、そのお父さん、お母さんというのは忘れられないのです。その言葉を取ることができないのです。
 神様も我々のお父さんです。父親です。神様は、我々の縦的な父であり、真の父母は横的な父です。それで、その父母の言葉を習って、その父母の風習を習って、すべてその父母のするとおりにしてこそ、故郷にも行き、どこに行っても、その国に適合するのです。
 このようなすべての歴史的な蕩減を父母様がして、何をしようというのですか。万民を解放しようというのです。なぜ? どうして? 人類を解放させてこそ、神様が解放されるのです。(225-19,1992.1.1)

 

4)天国と真の愛

 

 真の父母を中心とした所から、理想的な歴史の出発、新しい文化の出発、新しい愛の出発が起こるのであり、新しい人生の出発、新しい家庭の出発、新しい国家の出発、新しい世界の出発が起こるのであり、天国と神様の愛の出発が起こるのです。
 この「真の父母」という言葉は、今まで知っていたそのような内容の言葉ではありません。このような後世と関係を結ぶため、国も滅び、個人も滅び、家庭も滅びました。この位置は、数億数千万の犠牲の祭物の血が訴えている位置だというのです。
 聖書には、アベルがカインに殺されて血を流すことによって、天に讒訴したと出ています。そのような歴史を全部解怨成就し得る立場は、この立場しかないのです。
 そのような使命を受け継いで、そのような驚くべき蕩減の道を、まっすぐにするために集まった群れが、正に統一教会員たちです。それを本当に知るようになれば、自分の生命がどうだ、自分がどうだという不平は、千回死んでも、夢にも言えないのです。(67-226,1973.6.27)

 

 神様の創造理想とは何かというと、「真の父母」の名前を通じて天国の王国と、地上の王国を成すことです。「真の父母」の名前をもたずには、地上天国と天上天国が生まれません。
 今日、キリスト教徒たちに、「イエス様は神様の愛する長子であり、息子なのにもかかわらず、なぜ天国に行けず、楽園に行っているのか」と聞いてみると、答えられないのです。
 天上天国と地上天国は、真の父母の完成と愛の基盤を通じてのみ成されます。霊界に行って王国を統一するのは、真の父母の使命であって、他の人の使命ではありません。
 イエス様は真の父母になれなかったので、楽園に行っているのです。堕落した世界には、まだ真の父母の愛を受けた物もなく、受けた人もなく、現れた痕跡もないのです。ですから、霊界にそのような基盤が生まれても、必要がないのです。縦的であり横的な原理基準、公式がしっかりとできているのです。勝手にしてはいけないのです。(131-182,1984.5.1)

 

 天国は男性と女性の愛から始まるのです。何を中心として? 神様の愛を中心として、垂直線をセンターにして、水平線が統一されている所が本然の天国です。神様がいらっしゃるのに、男女がすっとその中で核になって、体と心が共にぴたりと丸くなるのです。
 そこで心は何かというと、垂直的な自分です。体は何かというと、水平的な自分です。明確なのです。垂直的な心は、神様であり、垂直的な体は何かというと、真の父母なのです。それが一つになるのです。
 心は垂直的です。見えはしませんが、垂直的です。体は見えますが水平的です。90度、これは男性が好むのです。(笑い)
 家庭は大宇宙の縮小体です。我々、人の中に霊界があります。霊が入ってきています。それが心です。見える体は世界の代表です。
 二つがセンターを中心として、完全に四方を歩き回っても、ひと所を離れなければ、理想的な人になるのです。簡単なのです。見えない心と、見える体が、真の愛の核を中心に一つになるとき、これが理想的な男性と女性、個人の完成なのです。
 皆さんの体と心が、いつ、何によって一つになるのですか。真の愛によって一つになるのです。どんな真の愛ですか。垂直的な真の愛と、水平的な真の愛です。2種類の愛です。これは90度です。神様から、愛と生命と血統を受け継いで構成された実が自分です。これが真の愛、縦横の真の愛を核にして、一つになるべきなのです。(217-150,1991.5.19)

 

5)「真の父母」と永生

 

 皆さんが、相対者に会って、愛することができる子女を得るためには、父母に従わなければなりません。それで、子女を得たなら、「ああ、私が天国を率い、天国全体を率いることができる道のために従う」と言えなければなりません。
 それが、どれほど素晴らしいですか! 地上世界でも同様なのです。家庭をもって、統一氏族を得て、統一世界を得て受け、統一の天を得るため行くのです。
 なぜ、真の父母に従うべきなのでしょうか。この宇宙全体を相続するために従うのです。どれほど素晴らしいかというのです。神様と真の父母は、このように素晴らしいというのです。
 み旨のために忠誠を尽くそうという統一教会の群れたちは、韓国に行っても統一教会が我々のものであり、南米へ行ってもそうであり、アフリカのどこでも、我々のものです。真の父母の驚くべきこととは何かというと、その方に会って永遠に一つになると決心して、永遠に一つになるようになれば、この宇宙全体を神様が相続させてくれるというのです。(124-39,1983.1.16)

 

 皆さんは、先生があの星の国へ行っていたなら、どうやって探しますか。愛の心で「ジジジッ」と方向を合わせるのです。方向を合わせて、「先生! お父様!」と言えば、一遍に当たるのです。「来るな」と言っても、真の父母の位置に、さっと来るのです。それが真の父母の愛主義です。そうすれば、きちっと方向が一致するのです。すぐに分かるのです。
 皆さんは、死ぬまで父母を恋しがりながら、生活をしなければならないのです。父母のために涙ぐむことができる生活をして、霊界へ行かなければならないのです。
 そうすれば死んで天国に行くのです。それが原則です。それができないために、それを継ぎ当てするために、今日真の父母が出てきたのです。真の父母がその運動を再現させ、条件を立てたということで天国に行くのです。(124-41,1983.1.16)

 

 統一教会において主人は誰かというと、先生です。そこには異議がありません。なぜでしょうか。誰よりも投入したからです。誰よりも「ため」に生きました。また、師です。誰も私に代わることはできません。いくらやってみても、私ほどできません。ひと月も行かないでパンクします。それゆえ、私が山へ行って地の穴を掘って入っていると、地の穴を掘ってでも侍っていこうとするでしょう。なぜでしょうか。文先生のような先生がいないからです。
 また、「真の父母」という言葉を中心として見るとき、世の中の天地の福を全部もってきて与え、永生を保証し得る証書をくれます。サタンと神様の前に、立証書をくれます。それが分かります、それが分からずにいれば、自分の先祖たちが来て敬礼します。それを受けたその日、自分の3代の先祖がやってきて敬礼します。驚くべき事実です。(200-73,1990.2.23)

 

6)「真の父母」と国

 

 我々がこれまで、なぜ犠牲になったのでしょうか。それは、氏族の父母になるためです。それは、どれほど素晴らしいでしょう! このように犠牲になって、国が統一され、世界が統一されれば、何をするのでしょうか。統一された所はなくなるのではありません。統一した所で、自分が父母の位置に立つのです。
 父母の位置に立てば、どれほど神聖で偉大ですか! 父母は愛をもって、いつも犠牲奉仕します。それを思えば、真なる父母になるために生きるというのは、気分がいいのです。
 それは、アメリカもそうなのです。レバレンド・ムーンが、今までアメリカに対してそのように歩んできました。愛をもって、アメリカの人たちを一つにするようになるときは、父母の志をもってしたという事実を知るようになるでしょう。そのようになるとき、ここから別れることができない、一つの世界と、一つの国が決定されるのです。
 ここから父母がこの位置に入ってきてもOK、この位置に入ってきてもOKです。それは、全部神様を中心としてつながった父母の位置として、縦的な心情圏がつながるのです。このセンターを通じなくては、つながらないという事実を知るべきです。
 また、その次には、垂直は垂直ですが、このような垂直になっています。これが夫婦であり、その次には家庭の父母であり、その次は氏族の父母であり、民族の父母です。もっと大きくなります。この言葉は何かというと、最初、この真の父母の伝統を受け継いだこのセンターを中心として見るとき、父母は父母ですが、一つは家庭の父母であり、氏族の父母であり、民族の父母であり、国家の父母であり、世界の父母です。あとは、この父母権を中心として国がセンターとなり、父母権の国を中心とした世界をつくるのです。(118-267,1982.6.13)

 

 皆さんは、氏族的メシアになったので、長子権と父母権を受け継いだのです。長子権を受け継ぎ、その次に父母権を受け継ぎ、その次には王権をつなぎ得る国を探すために働いているのです。
 皆さんが韓国を復帰すれば、世界の国は、みな復帰されるのです。これが最後です。原理的に、理論的な結論がここに帰着するのです。もうこれ以上ありません。
 これから、その位置に土台として立てるものがあるなら、真の父母、真の先生、真の主人です。この3人の方です。真の愛を中心とした父母は、真なる先生です。この世の中が知らないことをみな教えてあげました。天の秘密、地の秘密をくまなく、みな教えてあげました。ですから、先生の中の先生です。
 神様がそうです、神様は、主人の中の主人です。先生も主人の中の主人です。王権を復帰するようになれば、主人の中の主人になるのです。「三大主体思想」とは何かというと、真の父母思想、真の先生思想、真の主人思想です。ですから、統一教会は真の父母の群れです。
 国もそうです。国にも大統領を中心として系列があります。国家組織を見ると、教育機関の教育部があります。これは真の先生の群れです。その次に、国家の行政省庁は、神経の主人と同じです。これがすべて上がるので、行政省庁は主人の位置に入らなければならないのです。そのてっぺんにいる大統領が、国の主人です、これが「三大主体思想」の中に、みな入っているのです。
 それゆえ、真の父母はいつも縦的な位置に立っていて、その次に教育機関と行政省庁は相対的です。これがカイン、アベルと同じです。このカイン、アベルが完全に一つになるときは、その王権は永遠不滅の王権になるのです。
 金日成の「三大主体思想」は、自主性、創造性、意識性だといいますが、それは人間論を中心としたものであって、思想になり得ないのです。神様を知りません。そこには本体論が抜けているのです。このようなことを知って、皆さんは力強く前進しなければなりません。(208-341,1990.11.21)

 

 今、皆さんの目で国を見ることができる時が来たのです。皆さんが国を救うための独立勇士として一線に立てる、この驚くべき事実は、歴史を代表して、宇宙史を代表するのです。天がこれを見るとき、どれほど誇らしく、どれほど生きがいを感じるのかというのです。
 この地上に真の父母が出てきたということは、驚くべき事実です。偽りの父母として、このように出てきたのを半分切って、この基盤を中心としてここからこの反対の父母の門を通じて、全部追い込もうというのです。そうして、地獄に行っていた道を、天上に上がれるようにするのです。
 父母の門を通じなくては、天国に行けないのです。キリスト教に父母の門はありません。統一教会にだけあります。ですから、天国に直行し得るのです。
 その代わり、自分の過去を完全に清算しなければなりません。過去の友達の名前までも、覚えていてはいけないのです。嫁に行った女たちが、過去の初恋の男性が思い出されてはいけないのです。ゼロの位置に入らなければなりません。「過去に自分がどのように暮らしたか」という思いをする人は、天国に入ることはできません。
 それゆえ、あらゆる精誠を込めなければなりません。そこに他のものは何もありません。ただ真の父母様と神様の思いしかないのです。そこに他のものが混じっては、この直線に乗れないのです。愛の道を行けないのです。そのような課題が残っています。地上で祝福を受けたといって、そのままで済むのではありません。祝福も、教会の祝福、国の祝福、世界の祝福を経なければなりません。
 このように3段階を経なければならないのです。なぜそうでなければならないのでしょうか。ゼロの位置に入るために、そうなのです。自分の息子、娘がいるといって、その息子、娘は自分の所有ではありません。ゼロの位置に立たなければなりません。その息子、娘は、神様の所有であり、真の父母の所有です。(208-342,1990.11.21)

 

(2021.10.27:写経奉献)

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