「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(20) 第4巻『真の家庭』 第3章 家庭は天国の中心モデル

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第3章 家庭は天国の中心モデル

1)家庭はすべての存在の中心モデル

2)家庭は宇宙の愛に接することができる愛の教材

3)愛の王国に入籍するための愛の訓練場

4)家庭は天国のモデル教科書

5)家庭は3時代の愛が結集した核心体

6)家庭は心情的な訓練場所

7)人間の永遠の本郷は家庭

8)家庭は天宙主義を完結させる最終基準

 

 

1)家庭は全ての存在の中心モデル

 

 人は、空間の世界に立つようになれば、必ず上下が必要であり、左右が必要であり、前後が必要です。それであってこそ、私の存在位置が確定するのです。
 皆さんが上下を正しく備えているか、左右、前後を正しく備えているかによって、様々な姿になるのです。
 皆さんの上下、左右、前後関係、そして、家庭の問題や国の問題、世界の問題を扱うにおいて、公式は一つです。
 個人を中心として上下、左右、前後があるように、家庭でも父母と子女がいなければならず、夫と妻がいなければならず、兄弟姉妹がいなければならないのです。
 これと同じように、国にも国の主人を中心としてすべての家庭が東西の文明、南北の文明をすべて抱き、その次に世界万民を兄弟姉妹のように抱き、結局一つの家庭モデルを実現するのです。
 モデルは同じです。そして、私自身がそのモデルの中心です。自分がいて、次には自分の家庭がなければならず、国と世界と天と地、そして、神様まで行かなければならないのと同じ道理です。皆さんは、宇宙の中心になりたいという思いがあるだけでなく、みなそのようになることができます。
 このように、宇宙においてその核のようなものが家庭の概念です。天を父母と見れば、地は子女です。東西を見れば、東方は男性を象徴し、西方は女性を象徴するので、女性は結婚することによってどこでも夫の位置に従っていくのです。西方が太陽の光を浴びて光り輝く時、東方と同じ価値をもつのと同じです。
 兄弟関係も同じです。長子であるお兄さんを中心として行動するとき、弟たちが協力するようになるのです。ですから人間は、親子の関係がなければならず、夫婦関係、そして兄弟関係がなければなりません。
 すなわち、この三つの関係が一点で結ばれなければなりません。その中心点は一つです。上下、左右、前後の中心が違ってはいけないというのです。この中心点が違えば、上下、左右、前後関係の均衡がみな崩れるというのです。
 それで結局、上、下、左、右、前、後、そして、一つの中心点まですべてで7数を成すようになるのです。このように7数を成すというのは、正に神様を中心として完全な真の愛で一つになり、このすべてが完全に球形になって調和と統一を成す家庭になるというのです。私たちがよくラッキーセブンというのも、このような観点から一理あるというのです。
 真の愛が永遠に変わらない限り、この中心核も変わらず永遠に回るようになり、真の家庭の理想が成されるようになります。また、すべてのものが核から連結されるので、この中心核から一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、すべてが同等です。おじいさんが願えば孫が反対せず、息子、娘もそれを願うようになり、3代がみな共に願うようになるのです。おじいさん、おばあさん、夫婦、息子、娘、みな中心に合わせるようになります。
 この愛を中心として見るとき、親子の関係も一つなので一体といい、夫婦関係も一体といい、兄弟関係も一体といいます。一つの体です。何を中心としてこのょうな関係を一体というのかといえば、愛の中心である神様の真の愛を中心としていうのです。真の愛を中心として父母と子女が一つになり、夫婦も一体となり、兄弟姉妹も同じです。このようになることによって、すべての価値が同等になります。(299-114,1999.2.7)

 

2)家庭は宇宙の愛に接することができる愛の教材

 

 宇宙とは何でしょうか。被造世界のすべてのものは、神様が愛する息子、娘が愛の理想を求めていけるように教材としてつくっておいたものです。それで、すべてが相対的な構造です。
 鉱物も主体と対象の関係で作用します。原子もそうです。陽子と電子が主体と対象の関係で作用します。作用しなくては存続することができません。運動せずしては永続、存続ができないというのです。
 ですから宇宙は、人間を中心としてその中心点に到達できるように創造された世界だというのです。(137-59,1985.12.18)

 

 宇宙とは何でしょうか。家庭を拡大したものです。家庭の愛を完全に成した家庭を見れば、上中下(父母・夫婦・子女)がいて、左右がいて、前後がいます。これが原則です。
 それで上下をいうときは父母と子女のことをいい、左右をいうときは夫と妻のことをいい、前後をいうときは兄弟のことをいいます。
 このような全体が何によって一つになるのでしょうか。力でもなく、知識でもお金でもできません。ではどのようなものでできるのでしょうか。愛です。間違いない真理です。そうでなければ球形にならないのです。
 それでは、上中下は私たち家庭において何なのでしょうか。愛の教材です。宇宙の愛に接することができる愛の教材です。そのようなことを社会に出てしなさいというのです。
 どのように愛さなければならないのでしょうか。イエス様も、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」と言いましたが、どのようにすればよいのでしょうか。漠然としています。世の中に出ていっておじいさんに接するときは、皆さんのおじいさんのように対しなさいというのです。お母さんのように対し、お父さんのように対し、息子のように対しなさいというのです。世の中に出れば、みなそのようにしなければなりません。
 上中下と前後左右の人が世界という展示場に展示されています。人の博覧会が世界だということを知らなければなりません。皆さんがそのような愛をもってすべてのものを愛することができれば、その中に神様が共にあります。(128-23,1983.5.29)

 

 天国とは何でしょうか。自分の家庭のように世界の人々を愛せる所が天国であり、そのような人が天国の民です。おじいさんとおばあさん、お父さんとお母さん、自分の妻、兄弟、子女、この4代は何でしょうか。天の国の民として愛を、宇宙の真の愛を体験するための教材としての家庭です。教材として私に教えてくれる基盤が家庭だというのです。(129-98,1983.10.1)

 

 私たちは、宇宙の愛を学ばばければ生きることができません。神様は、教本や経典のようなものを作られて、「あなたのおばあさんとおじいさんを愛しなさい。地上にいるおばあさんとおじいさんは霊界のおばあさんとおじいさんを代表して送ったので、そのおばあさんとおじいさんを愛するこよことは全体を愛することにしてあげよう」と公約されるのです。
 その次には、「あなたがお母さんとお父さんをこの上なく愛することは、この世界の数多くのお母さんとお父さんを代表する教本のように愛するモデルになるので、全体を愛した条件にしてあげよう。また、男性として女性を愛したことは、世界の男性が世界の女性をまとめて愛したものとして見てあげよう」とおっしゃるのです。
 またその次は、「あなたの息子、娘を愛したことで全体の息子、娘をみな愛したことにしてあげよう」とおっしゃるのです。ですから家庭は、その訓練を受ける訓練所です。
 経典による世界愛の訓練過程ですが、その訓練を受けた人に、「今から世の中に一度出て、皆さんのおじいさんとおばあさんの代わりに、世の中のおばあさんとおじいさんを愛することができるのか」と言うとき、「イエス」と言えば、それは、世界を救うことができるのです。(130-273,1984.2.5)

 

3)愛の王国に入籍する為の愛の訓練場

 

 愛の王国を実現したいというのが神様のみ意です。愛の理想世界を発展させ、世界化させようとするのが神様のみ意だというとき、小学校の卒業から大学の学士、博士卒業までパスできる実験場がどこかといえば、家庭です。
 家庭を拡大すれば世界です。世界をよく見てみると、おじいさんとおばあさんが住む世界、それからおじさんとおばさんが住む世界、兄さんと姉さんのような人たちが住む世界、青少年たちが住む世界、子供たちが住む世界があります。ですから、老年から壮年、中年、青年、少年たちが住む所は、形が大きいだけ、数が多いだけであって、家庭を拡大させたものです。(147-281,1986.10.1)

 

 家庭は、天国に入るための最小単位の修練所であり教材です。そこには、おじいさん級、お母さん級、夫婦級、兄弟級がすべてあります。これをおじいさんとおばあさん、あるいはお母さんとお父さんの年齢、その次には、自分の年齢、息子、娘の年齢に拡大させたのが世界人類です。この人類を自分の妻のように愛し、父母のように愛し、息子、娘のように「ため」に生き得る家庭だけが天国を相続できるのです。これは驚くべき事実です。神様が造られた天と地のすべての権勢を相続できる特権が、ここにあるのです。(143-285,1986.3.20)

 

 家庭は、死ぬときに天の国や平和の王宮に入籍する手続きの権利を得られる愛の教科書です。家庭が愛の修練場だというのです。この家庭を拡大したものが世界です。
 おじいさんのような世界があり、おばあさんのような世界があり、お父さんとお母さんのような世界があり、夫のような世界があり、妻のような世界があり、息子、娘のような世界があるというのです。これを拡大すれば、そのまま世界になるというのです。
 ですから、自分の家庭を愛するように、その家庭を中心として神様を愛するように全世界の人々を愛すれば、それが天国にまっすぐに行く道になるのです。したがって、「心をつくし、思いをつくし、精神をつくして主なるあなたの神を愛せよ」というのが第一の戒めです。
 第二は、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」というものです。神様を愛して人類を愛すればすべて終わるのです。それができなければ、いくら修養しても意味がありません。宗教でいくら修業を積んだとしても、神様を愛することを知らず、人類を愛することを知らず、全宇宙を愛することを知らなければ、すべて落第になるのです。
 家庭において、全体宇宙を縮小させた修練所のような公式過程の愛を体験して拡散させ、世界を愛さなければなりません。そのようにできる訓練場として引き継いだのが、皆さんの育ったお父さんとお母さんが住む家庭だというのです。
 ですから、自分の妻を愛する以上に父母を愛し、自分の妻を愛する以上に息子、娘を愛し、自分の妻を愛する以上に人類を愛し、自分の妻を愛する以上に神様を愛するなら、すべてOKです。
 だからといって、自分の妻を捨てなさいというのではありません。そのようにすべての人を愛するようになれば、その愛を受けたすべての人々が自分の妻を愛するようになるのです。それ以上の栄光の場がどこにあるでしょうか。自分の妻を愛そうとするならば、そのようにしなさいというのです。(142-242,1986.3.11)

 

4)家庭は天国のモデル教科書

 

 子女の立場にいる人は、どのような運勢を受けなければならないのでしょうか。祖父母と父母の運勢を引き継がなければなりません。祖父母は、なぜ必要なのでしょうか。過去を代表するからです。祖父母は、過去の生きた歴史を代表します。その次に、父母は現在を代表します。それから、子女たちは未来を象徴します。そこには東西も入っていて、南北も入っています。
 そして、全体の中心です。祖父母の中心、父母の中心、子女の中心、神様の中心、このすべてのものが真の愛を中心としたものです。ですから、おじいさんを愛し、おじいさんを尊敬するのは、過去をすべて引き継ぎ、過去の世の中を学ぶ事です。
 お父さんからは現在を学ぶのであり、子女を愛することは未来を学んでいくことです。おじいさんとおばあさん、お母さんとお父さんを通じて何を引き継ぐのでしょうか。真の愛を引き継ぐのです。
 おじいさんとおばあさんは年を取っていますが、二人が真の愛で一つになっていて、お母さんとお父さんが一つになっているので、私たちもあのようになって未来を引き継ごうというのです。
 ですから、真の家庭にならなければ、絶対に未来を引き継ぐことができないのです。家庭のこの三つを見る時、それは、宇宙を見るのと同じです。
 宇宙の愛は、現在と未来を代表した真の家庭にあるのです。動物世界を見ても、雌を愛し雄を愛しますが、これは宇宙の愛を学ぶことができる教科書です。
 おばあさんがいなければ不安定です。おじいさんがいなくても不安定で、どちらがいなくても同じです。
 このようになれば、そのまま天の国へ移っていくのです。祖父母、父母、子女がそのまま天国に行くのです。真の祖父母を愛し、真の父母を愛し、真の子女、真の家庭、真の国家、真の宇宙を愛した人が天国に行くのです。そのモデル教科書が家庭です。(162-140,1987.4.5)

 

 家庭は、天国をつくるための教材です。天がつくっておいた教材です。世界にいるおじいさんの年齢の人を、みな自分のおじいさんのように愛すれば、その人は、天国に行くようになっています。
 自分の父母のような年齢の人を自分の父母のように愛すれば、どこに行っても通じます。万国共通です。霊界に行っても境界線ができないのです。万国の若者を自分の子女だと思う心をもてば、彼は、12の真珠門があって12の方向があっても、天国のどこでも通じるのです。
 ですから、家庭というのは、天国と因縁を結ばせるための教材です。それを国に適用すれば愛国者になるのであり、世界に適用すれば聖人になるのであり、天地を中心とすれば神様の子女、聖子になるのです。人はみな、そのような欲望をもっています。(137-78,1985.12.18)

 

 皆さんは、五色人種の子女を抱き、その孫たちを抱くことができなければなりません。ですから、神様の真の愛をもって真の父母として世界人類を愛する家庭の主人になったという立場に立たなければなりません。
 神様の愛を中心とした本然の父母の因縁の中で、真の愛の家庭基準を代表できる立場に立つことによって、初めて天国に入ることができるのです。(176-210,1988.5.9)

 

5)家庭は三時代の愛が結集した核心体

 

 歴史を抱き、時代を抱き、未来を抱くことができるのが家庭です。ですから、神様が今まで6000年を経ながら求めてきた最後の基点とは何でしょうか。家庭です。その家庭は、愛が連結された、愛によってすべてが結束された家庭です。
 存在するすべてのものは、みなこれに主管を受けるのです。根源的な愛、絶対的な愛との関係を離れることはできません。このような家庭をつくることが、神様が創造当時にアダムとエバに下さった本来の使命だったのです。
 神様は、男性のアダムと女性のエバで終わるのではなく、互いに結合した新しい家庭を夢見られたのです。これが、神様が男性と女性を立てられた第一次的な出発の起源です。ですから、家庭を求め、家庭圏内において、神様の愛を中心としてこの世で充足感を感じられる境地に入って生きてこそ、天国も無事に通過するのです。そのようにしてこそ、この世界も越えることができます。(30-86,1970.3.17)

 

 愛の家庭圏を形成するためには、絶対的でなければなりません。父母は歴史に代われるものであり、夫婦は時代に代われるものであり、子女は未来に代われるものです。
 自分が一つの時代で一人の相対を愛することは、神様が世界に対されるのと同じことです。ここで父母と夫婦と子女が一致し、天宙を代表して「私たちの愛を見習いなさい」と言うことができ、子孫たちに対して「私たちに従いなさい」と言うことができ、内心でも外心でも主張できる心の本郷、そのような天情が通じる所は、天地に記憶されることでしょう。(30-80,1970.3.17)

 

 今まで神様は、何を探してこられたのでしょうか。主体を探してこられたのではありません。理想的な対象を探してこられたのです。神様に似て、御自身がつくられた世界の内外の内容を備えているものを探してこられたのです。
 このような結果的な一つの基点とは何でしょうか。家庭です。家庭以上に宇宙を代表できるものはありません。父母と一つになることは、歴史と現実が出会うことです。ここで「私」は、父母を愛することで過去を愛することができ、相対を愛することで現実を愛することができ、子女を愛することで未来を愛することができます。ですから、私は、3時代の愛を体験することができるのです。3種類の愛が結集した核心体が正に家庭です。(30-80,1970.3.17)

 

 では、天国生活はどこからでしょうか。家庭からです。他のところから始まるのではありません。天国は、家庭を立体的に拡大させただけであって、家庭圏を離れたものではないというのです。ですから、皆さんが自分の妻や夫を抱くときには、これは世界の男性と女性が一つになるのだと思わなければなりません。このように、世界人類を愛したという条件を立て得る場が、正にこの家庭なのです。
 皆さんは、そのように生きていく道を求めなければなりません。父母を愛することは歴史と現在を連結させることであり、神様が訪ねてこられる道を整えることです。
 ですから、父母を愛さなければなりません。歴史的な存在と時代的な自分を連結させること、すなわち過去と現在を一つにすることが父母を愛することです。また、自分を中心として子女を愛することは、現実と未来を連結させることです。そして、このような愛を千年、万年たたえるようにしようという思想が「統一思想」です。(30-83,1970.3.17)

 

6)家庭は心情的な訓練場所

 

 私たちは、心情を離れては生きることができません。自分が大統領だとしても、あるいは世界的なすべての権威をもっていたとしても、心情的な喜びを表せるところがなければ生きていけません。
 自分が率いる人たちや閣僚たち、あるいは追従する人たちには、心情的な満足は感じられません。それは、家庭で感じなければなりません。家庭に帰ってきて夫婦が互いを通じて喜びを感じ、また子女を通じて喜びを感じられなければなりません。そのようにして、その喜びを他の人に誇れなければなりません。その喜びは、第一次的な喜びであって二次的な喜びではありません。
 神様も同じです。この世界をすべて復帰したとしても、家庭のない神様は喜ぶことができないのです。結局、家庭がなければならないのです。(25-86,1969.9.30)

 

 家庭では父母を中心としなければならず、社会を代表する教育機関では先生を中心としなければなりません。父母は自分に乳を飲ませて育て、すなわち生理的な発展を助け、それで情緒的な面を助けてくれるのです。
 それでは、学校は何でしょうか。社会的な生活、将来の生活舞台を中心として訓練させるのです。家庭が情緒的な訓練場なら、学校は社会においての実験的な訓練所です。
 社会で終わるのではありません。それがどこに行って帰結するのでしょうか。国に帰結します。国には国王がいます。人々がみな大統領を慕い、大統領の近くにいようとする理由は何でしょうか。家庭から社会まで、すべてのことを知ってからどこに行くのかというと、もっと大きな所に行くのです。
 大統領といえば蘇生・長成段階を越えて三つ目の段階の結実です。種が根から始まって循環作用をして分かれます。分かれてここで統合され、花が咲き、実を結ぶのです。ですから、学校も国の為の貴重な中心人物になり得る人、人材を養成し、国に必要な人を育てなければならないのです。
 学校でする勉強とは何でしょうか。訓練です。ですから、学校は訓練場所、実験場です。訓練は、実戦ではなく準備段階です。準備を誤ってはなりません。
 家庭とは何でしょうか。心情的な訓練場所です。愛を中心として心情的に訓練する場所です。ですから、情をもって兄弟のように学校で生きなければならず、情をもって国でも兄弟のように生きなければならないのです。父母のこのような教育は、学校のための教育であり、社会のための教育であり、国のための教育になるのです。
 父母は、情緒的なすべてのことを子供たちに伝授してあげなければならないのです。父母が生きたのと同じように家庭ではこのように生きなければならず、社会ではこのように生きなければならず、国のためにはこのように生きなければならないという情緒的な土台を築いてあげなければならないのです。(180-130,1988.8.22)

 

 皆さんが家庭を見るとき、家が良く、その周りの環境が良いからといって良いのではありません。反対に、いくら環境が悪く、家がみすぼらしくても、それを安息所として、そこに自分の事情と生涯と生活のすべての基準を因縁づけようとする家庭が、良い家庭なのです。そこには、親と子の間に、互いに「ため」に生きようとする心情があります。これが思い出の本郷であり、すべての生活の動機になるので、私たちの生活において幸福を左右する基礎になるのです。(29-17,1970.2.15)

 

7)人間の永遠の本郷は家庭

 

 家庭、家庭は良い所です。どうして良いのでしょうか。お母さんとお父さんがいるから良い所であり、お姉さんとお兄さんがいるから良い所であり、弟妹がいるから良い所であり、親戚がいるから良い所なのです。
 ですから、人間なら誰でも本郷の地、故郷を懐かしく思う郷愁の心情をもっているのです。国よりも故郷にもっと思いをはせます。大韓民国で暮らしながらも、懐かしく思う所が故郷です。大韓民国が好きで大韓民国に住みたいと思いながら、また大韓民国で暮らしながらも懐かしい所はどこでしょうか。故郷です。故郷。
 故郷は、どのような所でしょうか。私の心情を四方に、立体的にすべて引き上げる所です。その心情とは何でしょうか。愛で結びつけるものです。上には父母が結びつけられ、左右には夫婦の因縁が結びつけられ、下には子女、親戚が立体的な愛で固く結びつけられている所が本郷です。
 人は、愛を中心とした幸福の基点を最高に望むので、本郷を慕わざるを得ないのです。では神様の本郷はどこなのでしょうか。この地球星において、神様の本郷の地はどこなのでしょうか。これは考えなければならない問題です。
 愛の神様なら、この地上で生きていける基点を必ず準備されたはずですが、その基点はどこでしょうか。それを知るためには、神様がその基点を準備するためにどのようにしてこられたのかを知らなければなりません。
 神様の家庭を準備することができ、本郷の基点になり得る所はどこなのでしょうか。他の所ではありません。神様を本当の父だと思う息子がいる所です。すなわち、神様の愛を独占できる息子、ひとり子がいる所です。また、そのような娘がいる所です。
 そのようにして、その息子、娘が結婚して完全な家庭を築く所です。(23-151,1969.5.18)

 

 ではその本郷の地には、誰がいなければなりませんか。会いたい人たちがいなければなりません。父母がいなければならず、兄弟がいなければなりません。また会いたい方がいなければなりません。また、そこで一緒に住みたい人たちがいなければなりません。それでは、会いたいし、一緒に住みたいのに、一瞬会うだけでよいでしょうか。ちょっとだけ会って済むでしょうか。彼らに会い、彼らと共に住むにおいては、永遠に永遠に一緒に住んでも嫌になってはいけません。そのような所を探していかなければなりません。そこが今日、宗教で目指す天国なのです。(23-81,1969.5.11)

 

 今日、私たちが本郷の地を慕うのは、その本郷にはどこの誰よりも近い父母がいるし、兄弟がいて、親戚がいて、いつも私を導いてくれ、また私がいついかなる時に訪ねていっても、私を昔のように迎えてくれ、私に困難なことがあれば、その大変な事情に同情し慰労してくれ、私を喜んで迎えてくれるからです。もしそれがなければ、本郷が懐かしく、好きで訪ねていっても、切実に慕っていた当時の心情はなくなり、かえって嘆息の条件をもって帰ることになることを知らなければなりません。本郷の地には、必ず迎えてくれる人がいなければなりません。(23-80,1969.5.11)

 

8)家庭は天宙主義を完結させる最終基準

 

 すべてのものは、一つから多くのものに分かれ、結局、一つの大きなものに統合されます。すなわち、一つからいくつかに分かれ、そして一つに統合されるのです。ここでまた分かれて、より大きなものになるのです。
 そこには家庭がありますが、形態は統合される前と同じです。家庭は、夫婦を成した所であり、その夫婦を一つにする所です。氏族は家庭を一つにする所であり、民族は氏族を一つにする所です。民族が集まって一つの国家の前にすべて入ります。ここにおいては、どこまでも家庭が中心になります。この家庭を展開させれば横的な世界になるのです。
 ですから、どのような社会であったとしても、家庭を除く事はできないのです。家庭を復帰できなければ、世界を復帰することができません。その次には、その家庭を中心として天宙主義を成就しなければなりません。天宙は、天と地を総合したものです。天と地は、人間において心と体のようなものです。心と体が一つにならなければなりません。
 一つの主体があれば一つの相対が必要なように、一人の男性には一人の女性が必要なのです。
 男性と女性が一つになるのが家庭です。この一つの家庭を中心にしなければ神様の愛の基盤が定まりません。(26-189,1969.10.25)

 

 天宙主義というのは、心と体を合わせたのち、神様の愛の本体となる家庭を築き、その理念を霊界と肉界に連結させる主義です。天宙の「宙」の字は家という意味です。それで天宙主義という言葉を使うのです。天宙は無形世界と実体世界を合わせたものです。
 これが、私たちとどのような関係があるのでしょうか。私たちには家庭が必要です。皆さんが家庭で一つになれなければ、天宙主義とは関係ないというのです。
 家庭が天宙主義を完結させる最終基準になるのです。ここで平和の歌を歌うことができず、幸福を称賛できない人は、この地上でも霊界に行っても不幸な人になるのです。(26-189,1969.10.25)

 

 天国は、どこから成されるのでしょうか。私達の家庭から成されます。では、私たちは何主義でしょうか。家庭主義です。私たちが標榜する天宙主義は、天という字に家を意味する宙という字、すなわち天の家主義だというのです。このようになってこそ、天宙という意味がはっきりするのです。
 ですから、聖書66巻は、すべて理想的な家庭を願ったみ言です。また万民が願うものは何でしょうか。理想的な妻を迎える事です。
 また女性として生まれて最も願うことは理想的な夫に出会うことです。女性がいくら学士、博士になって世界に大言壮語するとしても、その願いは理想的な男性に出会うことです。愛することができる理想的な男性に出会い、恵まれた子女を生むことです。これが幸福の根です。統一教会の理想は、他の所にあるのではありません。出発も家庭であり、結論も家庭です。(26-103,1969.10.18)

 

 それでは、天宙主義とはどのような主義でしょうか。真の父母主義です。結局、この二つの主義は父母の主義です。これは、我が家の主義であり、我が国の主義であり、皆さん個人の主義です。
 人間が堕落しなかったならば、世界は誰の主義に成るでしょうか。アダムの主義になるのです。そのアダム主義が、正に真の父母主義です。父母主義だというのです。これ以上の主義はあり得ないのです。
 ですから、統一教会は、この本然の理想的な家庭の範囲の中で、心情的な問題を真の父母という理念を中心として天の主義と結びつけなければなりません。このような理念で制度化された家庭の因縁が残っている限り、統一教会は滅びません。(26-201,1969.10.25)

 

(2021.11.10:写経奉献)

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