「成約摂理」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

■天聖經(29) 第4巻「真の家庭」 第12章 真の家庭を求めて

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第12章 真の家庭を求めて

1)自己のために生じたものは一つもない

2)神様が臨在できる至聖所

3)男性の主人は女性であり、女性の主人は男性

4)愛には発展も革命もない

5)女性は貞節、男性は志操

6)堕落はフリーセックスの根であり個人主義の先祖

7)絶対純潔と真の家庭運動を通した世界平和実現

 

 

1)自己のために生じたものは一つもない

 

 どこに個人主義がありますか。自分の中で、自分だけを主張する部分は一つもありません。
 子女が父母の愛によって母親のおなかの中で、卵子から育って生まれるとき、99.999パーセントは母親の骨と血と肉です。そして0.001パーセントの一つの父親の精子が合わさって生まれるのです。そこには自分という概念はあり得ません。誰でも生まれるとき、自分自身だけという概念はなかったのです。
 いくら立派な人でも、自分一人で立派に生まれついたといえる人は一人もいません。骨や血や肉も、すべて母親のおなかの中で譲り受けたものです。この体の重要な部分は、母親の体の延長という事実を認めなければなりません。私たちの体のあらゆる要素は、卵子精子に含まれていたのです。例外はありません。ですから、個人主義というものが存在する根拠がないのです。(287-25,1997.8.10)

 

 上という言葉が成り立つときは、下を認めた上で成り立つのです。上という事だけで個人主義が成り立つでしょうか。個人だけという概念はあり得ません。右というのは、左というものをあらかじめ前提とした上でいう言葉です。前後について見ても、前というのは後ろを認定していう言葉です。
 男性という言葉も、男性一人を念頭に置いていう言葉ではありません。女性を前提条件にしていう言葉なのです。これは、誰か一個人の言葉ではなく、宇宙的な事実です。
男性はなぜ生まれたのでしょうか。男性たちは、自分一人で生きていけるので、そのようなことに関心がないなどとよくいいますが、男性は女性のために生まれたのです。女性がいなければ、男性は必要ありません。絶対的に必要ないのです。結局、自分のために生まれたものは、一つもありません。
 私たちの五官を見てください。自分の目が、自分の目を見るために生まれたのでしょうか。鼻や耳、口、手もすべて相対のために生まれました。五官を総動員して、集中させ得るその力が何かといえば、真の愛です。目、鼻、耳、口、手は、真の愛のために生まれた真の愛の道具です。自分のために生まれたものは一つもありません。
 反面、人のものを自分のものにする人を泥棒といいます。人のものをもってきて、自分のものとして使う人は泥棒ではないでしょうか。ですから、女性のために生まれた男性の五官と体を、自分勝手に使う人は泥棒なのです。
 男性と女性は、何が互いに異なるのでしょうか。生殖器を含んだ体が異なります。それでは、男性の生殖器は、誰にとって絶対に必要なのでしょうか。男性の生殖器は女性のためにあるのです。人間の生殖器の一つは凹であり、一つは凸ですが、なぜそのようになったのでしょうか。二つとも、とがらせるとか、二つとも平たくすることができるのに、なぜそのように異なって生まれたのでしょうか。すべて、相対のためです。
 男性のものは、女性が絶対に願い、女性のものは、男性が絶対に願います。女性のものは、絶対に男性のものであり、男性のものは絶対に女性のものだという事実を知らなかったのです。それを占領することによって、愛を完全に知るのです。二つが一つになるような経験を通してのみ、最高の境地の愛を知ることができるのです。どこの誰であれ、このような事実を絶対に否定することはできません。誰でもみな、認定しなければならないのです。
 二つが完全に一つになるその場で、理想的な夫婦が生まれます。正にその場に絶対愛が存在するのです。絶対的に変わらないそのような愛の場に、神様が臨在されるのです。(287-27,1997.8.10)

 

2)神様が臨在できる至聖所

 

 神様の属性とは何ですか。神様は、絶対的であり、唯一であられる方であり、永遠不変な方です。では愛の主人は誰でしょか。男性でもなく女性でもありません。そのお方が正に神様です。愛を中心として、愛を通してのみ、神様と人間が一つになるのです。なぜなら、神様でも人間でも愛が絶対に必要だからです。
 神様が必要とする愛は、どのような愛でしょうか。神様は、絶対的な愛を願われます。皆さんはどうですか。私たちも同じです。神様が絶対的な愛、唯一の愛、不変の愛、永遠の愛を必要とされるように、私たち人間も絶対、唯一、不変、永遠の愛を必要とするのです。みな、神様に似なければななりません。(279-246,1996.9.15)

 

 神様の至聖所はどこでしょうか。愛が宿る堕落以前の男性と女性の性です。ここが天の至聖所です。(134-246,1996.9.15)

 

 愛とは何でしょうか。愛とは、神様が臨在できる至聖所です。愛を通して、堕落した世の中をきれいに掃除しなければなりません。堕落とは、人間が思春期を正しく送らなければならないのに、その時期を正しく過ごせず、脱線したことを意味するということをはっきりと知らなければなりません。人間始祖エバが、まず天使長と霊的に不倫の関係を結ぶことによって堕落し、それからエバがアダムと肉的な関係を結んで肉的に堕落したのです。
 ですから、彼らの罪の血統が後世の人間たちにまで遺伝してきているのです。
 サタンの痕跡が残っている所には、神様が絶対に臨在され得ないという事実を知らなければなりません。人間が神様の愛を受けるためには、死んでから再び生き返らなければなりません。
 人間社会でも、2度目に結婚した時、前の夫が忘れられない妻を新しい夫が好きになれるはずがないではないですか。ですから、神様も蕩減復帰を通して人間たちが罪を清算するようにさせながら、救援摂理をしてこられたのです。(祝福家庭と理想天国Ⅰ-347)

 

 愛の色は、どのような色だと思いますか。夜には黒く、昼には白く、夕方ごろならば黄色だと思いますか。愛の色は、どのような色だと思いますか。愛の中心の色には、平和と統一、そして人類の平等思想を成就できる力があります。
 ですから、愛の至聖所にむやみに入っていこうとすれば焼け死んでしまうのです。統一教会の愛の理念は素晴らしいと思いませんか。
  今日のアメリカ社会における愛の色は、一言で言えばおぞましい死の色です。男女間の愛を通して永遠なる創造理想の世界を築くのではなく、死のどん底に落ちています。祝福を受けるまで、男性と女性は愛の至聖所を貞潔に守らなければならず、一度愛すれば守り続けていかなければならないのに、アメリカ人達は、愛の至聖所を侵犯する悪党たちであり、悪女たちなのです。
 結婚を祝福として受け入れないアメリカの男性と女性は、愛の目が弱くなって、前を見ることができない患者たちばかりです。アメリカ社会がこのまま行けば、あすに対する希望もなく、絶望ばかりが満ちるのです。結局は、神様の審判によってではなく、人間性を失った人間たちによって自滅してしまうのが火を見るよりも明らかなのです。(祝福家庭と理想天国I-347)

 

 統一教会は、6000年間秘められてきた愛の摂理を知り、神様の愛を中心にして創造理想の完成を成すために、祝福の足場を広げてきたのです。
 祝福を通して愛の至聖所をつくってきたのです。ここから生命が新しく生まれ出ることを知らなければなりません。(祝福家庭と理想天国I-346)

 

3)男性の主人は女性であり、女性の主人は男性

 

 主体と対象、即ち陽性と陰性が一つになるとき、何を中心として一つになるのでしょうか。キスをすることによってでしょうか。愛は概念であって実在ではありません。愛が定着し得る実在は何でしょうか。男性が男性になり、女性が女性になるようにするものとは何かを知らなかったというのです。
 それがまさしく生殖器です。それを卑しく思う人がいますか。貴く思うとすれば、どのくらい貴く思うでしょうか。今までは、それが善くないものだと考えたとしても、今からは貴く思わなければなりません。未来の世界は、どのような世界でしょうか。生殖器を絶対的に貴く思う世界になるなら、その世界が善い世界でしょうか、悪い世界でしょうか。栄える世界でしょうか、滅びる世界でしょうか。
 冗談で言っているのではありません。神様が人間を創造なさる時、最も重要視して、精魂を込めてお造りになった所とはどこでしょうか。目ですか、鼻ですか、心臓ですか。そうでなければ頭脳でしょうか。これらはすべて死んでなくなってしまうのです。実際、そうではないでしょうか。
 世界平和統一のための家庭連合の目的とは何でしょうか。道徳と宗教、すべての分野を完全に超越し、生殖器が一つとなって神様までも拍手で歓迎し得る人が暮らす世界があるなら、どのような世の中になるでしょうか。
 男性と女性が生まれるとき、彼らの生殖器の主人は誰なのでしょうか。夫の生殖器の主人は妻であり、妻のものの主人は夫です。生殖器の主人が互いに取り替えられていることを知りませんでした。これは明快な真理です。これを否定できないというのです。千年、万年、歴史がいくら流れても、この真理は変わりません。あらゆる男性たちは、それが自分のものだと考え、またあらゆる女性たちも、それが自分たちの所有だと考えたために、世の中がこのように滅びつつあるのです。
 互いが主人を間違えているという話です。すべての人々は、「愛は絶対的であり、永遠なるものだ」と言いながら夢のようなものだと考えていますが、その永遠の愛の主人がひっくり返っているということをはっきりと知るなら、世の中がこれほどまでにはならなかったはずです。博士や学者は数多くいますが、これ一つ考え抜いた人がいないのです。
 さあ、皆さんはこの真理を否定できますか。皆さんの父母、祖父母、曾祖父母、そして人類の先祖たるお方と、さらには宇宙の根本であられる神様に尋ねても、すべてこれに同意するようになっているのです。これが鉄則です。この真理こそ、宇宙が億万年過ぎても原理原則として残る鉄則です。
 そして、神様の前に出ていけば、この鉄則によって、正しい人と間違った人の判定を受けるようになるのは当然です。
 アダムとエバの堕落も、知ってみれば正にこの鉄則に背いたところに由来しているのです。アダムとエバは、自分たちの生殖器が自分たちの所有だと錯覚したのです。問題を誤り、宇宙のどこからも公認を受けられなくなったので、追放されてしまったのです。鉱物界や植物界や動物界の雄と雌も、すべて愛の相対のために自分の生殖器を保管していることを、アダムとエバは知らなかったのです。(279-244,1969.9.15)

 

 それでは、生殖器は何のために存在するのでしょうか。それは愛のためです。愛を探すためにそのように男性と女性として生まれたというのです。
 すべての男性と女性が、自分たちに所属した生殖器が、実は自分のものではなく、主人が自分の相対だということを認定するようになれば、私たちはみな、頭を下げて謙虚な姿勢で愛を受け入れるようになるでしょう。
 愛は、相対なしには来ないのです。相対から来るということを知らなければなりません。「ため」に生きないところには、愛はあり得ないのです。
 絶対に「ため」に生きるところにおいて絶対愛を見いだすことができる、ということを肝に銘じなければなりません。(279-259,1996.9.15)

 

4)愛には発展も革命もない

 

 愛には発展もなく、どんな革命もあり得ません。愛は、原型そのままで完全なものであり、不変で永遠で絶対的なものです。(祝福家庭と理想天国I-351)

 

 愛は発展もなく革命もないのです。愛が永遠で完全だということは、永久不変の真理です。
 ですから、愛が発展すると考えて試験してみようと思えば、それは間違った考えです。愛を生活の手段として考えるアメリカは、そのような意味から滅亡するしかないのです。
 神様は、そのようなアメリカの未来を祝福してくださるはずがなく、アメリカ自らが滅びなければ、先生が愛の爆弾を爆発させてでも滅ぼすのです。はっきりしていることは、愛が生活の一つの方便や手段に利用されては絶対にいけないということです。(祝福家庭と理想天国I-351)

 

 夫は妻に対して、初めて愛した姿から、どのような革命や発展も望みません。それは、女性が夫に対して願う望みでもあるのです。
 初めて愛を出発させたその純粋な姿を保つように願うのは、夫や妻、みんなの願いなのです。純粋な愛に、ある色が加味されることを願わず、革命を必要としないのです。純粋な愛そのものが永遠に保存されることを願うというのです。
 愛する人の間に、なぜ離婚という問題が生じるのでしょうか。離婚した人や、離婚をしようとする人たちすべてが、最初は生死を懸けた愛の関係だったことを考えてみると、何かが間違っているのです。離婚をするようになった理由はいろいろありますが、結局、何かが変わってしまい、二人の間が変化したことを意味するのです。結局、彼らは、愛を守り、育てることができなかったので、そのようになったのです。愛それ自体は変わらなかったのですが、人の心が変わったのです。(祝福家庭と理想天国I-352)

 

 ある男性と女性が夫婦となれば、「あなたと私」の間に不変的な統一をどのようにして築くかが重要です。そのように一つになった立場で幸福を謳うようになるとき、それは、永遠の幸福といえるのです。
 理想的な愛情も、やはり変化しない主体的な何かをもっている所にだけ、そのような基準が設定されるのです。
 結婚するときは、その男性が美男子だといって愛していたのに、1週間過ぎたのちに事故が起こり、体が不自由になった場合、離婚しようとなっては真の愛とはいえません。偽物の愛です。(祝福家庭と理想天国I-352)

 

 今日、先進国家の白人たちは、世界を主導して動かす高い地位にあり、黒人たちは、大部分が被支配者として低い地位にあります。しかし、父母が子女を愛する場合は、その濃度において白人と黒人の差はないのです。誰かが誰かの支配を受けることはありません。またそれは、永遠に変わることがありません。父母が子女を愛する心、妻が夫を愛する心、夫が妻を愛する心、真に愛し合う人たち同士の愛する心は、歴史がいくら変動し、発展し、革命の過程を経ていったとしても変わり得ないのです。(32-243,1970.7.19)

 

5)女性は貞節、男性は志操

 

 皆さんは今、思いのままに愛することができるようになっていますか、なっていませんか。道で男性から、ふいに声をかけられて、ついて行くようになっていますか、なっていませんか。なっていません。皆さんは、ついていくようになっているでしょう。そのような素質をもっていてはいけません。
 皆さんは時が来るまで、自分の体をよく守らなければなりません。純情を化け物のような男性にゆだねてはいけません。街頭で威張りちらして、ぶらぶらして役に立たずにいる男性たちは、すべて化け物たちです。自分の運命はそのような男性にゆだねますか。これは、簡単な問題ではありません。一生に一度しかないので、一歩踏み違えた場合には、自分の人生が狂ってくるのです。
 そうでしょう? これは、男性にもそうだというのです。ですから、今までは、女性に貞操を守りなさいといいましたが、これからは、男性も貞節を守らなければなりません。そのようにしてこそ復帰されるのではないですか。いくら世の中が悪く、いくら世の中が薄情でも、皆さんは、行くべき正道から外れる行動をしてはなりません。(26-160,1969.10.25)

 

 青春時代に純情を失ってしまったアダムとエバの恨みを踏み越えて、蕩減できる貴い時期である思春期に、純情を汚してはならないのです。その純情をきれいに貴く保存して、「千年、万年一人で行っても、愛が蹂躙されることは絶対にあってはならない」という志操と決意をもたなければならないのです。(37-107,1970.12.22)

 

 ある男性たちは、自分の妻がいても、きれいな女性を見れば、自分の妻だったらよいのにと思うのです。このように二つの心をもった男性を指して、「泥棒の心をもった人」と言います。
 二つの心から始まったものがサタンなので、二つの心をもった男性を指して、「サタンだ」と言っても間違いありません。そのような人々がいるならば、その人はサタンにほかなりません。(祝福家庭と理想天国I-350)

 

 男性も貞節を守らなければならない時が来るのです。男性が貞節を守れなければ、その一門がみ旨の前に重罪を犯すようになるのです。大臣でも、浮気をしてもよいようになってはいないのです。男性が間違えれば、その一門は滅びるのです。そのような時が来るのです。「統一思想」を知るようになれば、そのようなことはできません。(38-280,1971.1.8)

 

 これからは、男性も貞節を守らなければならない時代です。男性も貞節を守り、歴史的な純潔の伝統を残さなければなりません。イエス様の血と肉を食べる儀式は、イエス様の純潔なる血と肉の伝統を立てるためのものです。(13-67,1963.10.17)

 

 「女性は貞節、男性は志操(度胸)」という言葉があります。この言葉はどのような言葉かといえば、み旨(愛)を成就するための貞節であり、目的を果たすための志操なのです。ですから、女性は貞節というので、一つの愛のほかは知ってはならず、男性は志操というので、一つの目的だけのために精進しなければなりません。
 アダムとエバを中心にして見るとき、自分が行く道を知り、志操と貞節を守らなければならなかったのに、守ることができなかったので堕落したのです。(祝福家庭と理想天国I-351)

 

 男性は、神様の愛を中心として女性を愛するときに、「完全に愛した。初めから終わりまで永遠に変わらず愛した」と言える立場に立たなければなりません。また女性は、そのような立場に立つために、自分の身を固く封じなければなりません。数多くの花びらが幾重にも重なり合っている芍薬の花のように、固く埋めておかなければなりません。そして、春という天地の調和に合わせ、そこに和合して新しい人生を出発しなければなりません。これを正しくしなければなりません。(26-156,1969.10.25)

 

6)堕落はフリーセックスの根であり個人主義の祖先

 

 神様は、エデンの園にアダムとエバを創造されながら、彼らに生殖器をもつことを共に許されましたが、何のためにそのようにされたのでしょうか。彼らが成長すれば、神様が彼らを結婚させてくださるでしょうか、させてくださらないでしょうか。
 問題は、彼らの堕落にあります。堕落ゆえに血統が変わったのです。ですから、神様は、彼らをエデンの園から追い出されたのです。
 本来、神様の体となるべきアダムと、神様の夫人格に立つべきエバが堕落することにより、神様御自身の体と理想を病気にかからせて怨讐になったので、それをご覧になった神様の御心情がどれほど大変だったでしょうか。
 堕落は、自らを埋葬する墓です。人のものを奪い取っていく行動です。言い換えれば、堕落は、フリーセックスの根になり、個人主義の先祖になりました。
 今日、アメリカはどのような国ですか。極度の個人主義、度を超えた私生活の追求、フリーセックスまでもが蔓延しています。このようなことを神様が好まれると思いますか。極度の個人主義を追求すればどのようになるでしょうか。彼らの言うとおりにすれば、天と地、世界、国家、社会、家庭、そのうえ、おじいさんやおばあさんまでもすべてをほうり投げてしまい、父母と兄弟までも失ったまま、ジプシーやヒッピーになり、好きなようにさすらいながら、雨が降り雪が降れば、行く所がないので、自殺して一生を終えようという話ではありませんか。
 しかし、人間の本心は、極度の個人主義やあきれるほどの私生活の保障を願っていません。宇宙と国家、町と村、そして、父母の愛を受けながら暮らしたいというのが私たちの本心の願いなのです。
 しかし、そのようにすることができずに反対の道を行くので、良心に火がついて本心との葛藤を感じるようになり、いっそのこと薬でも飲んで自殺するほうがましだと判断し、自ら首を締める現象がだんだんと増えつつあるのです。「蒔いたとおりに刈り入れる」という真理が正しいことを目撃するのです。アダムとエバエデンの園に、どのような種を蒔いたのでしょうか。フリーセックスの種、すなわち、節制のない性関係の種を蒔きました。それを否定できますか。そのようにしたために、彼らは下半身を覆ったのです。
 幼子たちも、父母が隠しておいた大切なお菓子を盗み食いして、見つかれば手や口を隠すのが本性の作用ではないでしょうか。もし、善悪の実を取って食べたなら、その取って食べた手や口を覆うべきなのに、何故下半身を覆ったのかというのです。堕落は淫乱によって引き起こされたということを否定できません。
 それでは、どこで天国と地獄が分かれるのか調べてみましょう。空中ですか。どこでしょうか。正に皆さんの生殖器です! 深刻なことです。これが天地をひっくり返しました。
 誰がこれを否定できますか。レバレンド・ムーンが発表した「原理」の本の堕落論に説明されています。疑問に思うならば神様に尋ねてごらんなさい。皆さんには夢にも想像できない内容と理論をもって体系立てておいたレバレンド・ムーンの「原理」の本に、誰も反対することはできないのです。
 生殖器を、目がつぶれた盲人のように、方向を失ったまま使用すれば地獄行きであり、反対にこれを神様の絶対愛に基準を合わせて使えば、天国の高い所に行くのです。これは明白な結論です。(297-254,1996.9.15)

 

 ですから、アブソルートセックス(絶対性)は神様を中心としたものであり、フリーセックスは自分とサタンを中心としたものです。歴史的に政治家や経済人たちは、文学作品やメディアを通してフリーセックスを刺激することが多くありました。ですから、今から私たちは、政治家や経済人、文人、作家と言論人たちと一つになり、先頭に立ってフリーセックスを防がなければなりません。フリーセックスは、完全になくならなければなりません。(287-29,1997.8.10)

 

7)絶対純潔と真の家庭運動を通した世界平和実現

 

 今、青少年の問題が深刻な問題です。
 エデンの園でアダムとエバが、青少年期に日陰において淫乱により堕落して、フリーセックスの種を蒔いたので、刈り入れの時期である「終わりの日」には、必ず青少年たちのフリーセックスの風潮が世界的に蔓延する現象が現れるのです。
 神様は、「終わりの日」にサタンが何を願うかを御存じなのです。サタンは、フリーセックスを通して、ただの一人も神様の前に帰ることができないように、言い換えれば、全人類を完全に駄目にしてしまい、地上地獄をつくろうとするのです。
 今日、私たちが生きているこの世界が、地上地獄となっていく世界でなくて何でしょうか。
 したがって、このように地上地獄になったこの世界と180度異なる、正反対の道を求めていけば、天国に行く道があるのです。再臨主が来られて、この世の中を救ってくださるにおいても、正にこのような180度反対の道を教えて天国に導いてくださるようになるのです。
 それでは、フリーセックスの道と180度異なった正反対の道とは、どのような道でしょうか。偽りの父母が現れてつくっておいた道がフリーセックスの道なので、真の父母が現れて、この間違った道を正してあげなければならないのです。
 神様は、それに干渉なさることはできません。この地の主権や軍事力、経済力、政治力でも手をつけることのできない問題です。偽りの父母によって引き起こされたことなので、真の父母がメスをもって手術しなければ、決して人類は救われる道がないのです。罪を犯した者がその罪を蕩減しなければならないのです。
 間違った結婚で家庭を築くことによって血統が180度ねじれてしまったので、真の父母が来られて正しく結婚させてあげ、180度原状に戻すことによって、天国に行く道を開いてくださるようになるのです。(279-256,1996.9.15)

 

 人間の堕落が愛によって起こったので、人類は真の愛を失ってしまいました。
 ですから、この真の愛をどのようにして取り戻すのかという問題が提起されるのです。真の愛を失ってしまったというのは、淫乱によって堕落したという意味です。すなわち、生殖器を中心として過ったので、これを取り戻そうとすれば、その反対に正しく使わなければならないのです。そのように過った愛がエデンの園でなされ、「終わりの日」にその結果として現れる現象が青少年問題です。それで性の混乱時代が来るのです。
 それを清算するためには、絶対純潔でなければ駄目なのです。このアプソルートセックスの概念だけが家庭崩壊を防止し、青少年の倫落を防ぐことができるのです。(287-16,1997.8.10)

 

 神様がアダムとエバに期待したものとは何だったのでしょうか。絶対純潔愛を期待したのです。アブソルートセックスが存在する所には、絶対純潔夫婦が誕生するようになり、自動的にフリーセックス、ホモ、レズビアンという言葉は消えるようになるのです。
 このような絶対純潔愛を探す運動を世界的に広げるために、レバレンド・ムーンは一生を捧げて受難の道を克服してきましたし、今は勝利のファンファーレを響かせ、世界に号令をかけることができる時が来たので、天の前に感謝をするのです。
 世界平和に向かっていける礎石を置くのも家庭であり、世界平和への道を破壊することができるのも家庭です。人類の希望と幸福の土台が破壊された所がアダム家庭でした。したがって、きょうこのように世界平和統一家庭連合を創設し、皆さんの家庭も、今からはサタン世界と180度異なる方向に行ける道を開くようになったことを、天の前に感謝せざるを得ません。この道でなくては、自由も幸福も理想もありません。
 皆さんは今、絶対純潔生殖器、唯一生殖器、不変生殖器、永遠生殖器を中心として、これを基盤にして神様を求めていかれるようお願いします。この器官が愛の基盤、生命の基盤、血統の基盤、良心の基盤にならなければならず、ここから真の家庭が真の国家と真の世界に連結することによって、平和世界、理想世界が形成されるでしょう。
 どこに行かれても、テレビやその他、言論機関を通してレバレンド・ムーンの話を伝えてみてください。そのようにすれば絶対に滅びません。
 地獄になったこの世界を、果たしてどのような力で変えることができるでしょうか。神様の愛、すなわち絶対、唯一、不変、永遠の基準に立って生きていかなければ不可能なのです。私達の生殖器の本来の主人は、神様であられます。(279-257,1996.9.15)

 

 

(2021.11.19:写経奉献)

 

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