
連載【独生女論が家庭連合を滅ぼす】
第二回:独生女論の八つの中心教理とは何か。
ーー再臨主中心から独生女中心への神学的転換ーー
◆はじめに
【独生女論】を批判するためには、まず独生女論が何を主張しているのかを整理しなければなりません。
ここで大切なのは、
「韓鶴子総裁を尊敬すること」と、
「韓鶴子総裁を無原罪の独生女、独立した救済主体、天一国時代の中心として絶対化すること」は、同じではないという認識です。
前者は、信仰的敬愛の問題です。
しかし後者は、統一原理のメシア論、再臨主論、真の父母論、神観、人間始祖論、救済論を根本から組み替える神学問題となります。
韓国メシヤ運動史研究所は、韓鶴子総裁の講話内容などをもとに、独生女論の骨格を「八つの中心教理」として整理しています。
本稿では、その整理を手がかりとして、独生女論が何を主張しているのか、その全体像を確認していきます。
なお、本稿でいう【独生女論】とは、単に韓鶴子総裁を「真の母」として尊敬する信仰を指すものではありません。
韓鶴子総裁を無原罪の独生女、独立した救済主体、天一国時代の中心として位置づける教義体系を指しています。
◆◆【独生女論(真の父母論)】八つの中心教理
◆【第一の中心教理】
⇒「キリスト教二千年は、韓鶴子総裁を迎えるための摂理だった。」
第一の中心教理は、次のように整理されます。
【◆独生女論:第一の中心教理】
キリスト教二千年は、独生女である韓鶴子総裁を迎えるための摂理だった。
すなわち、韓鶴子総裁は、すでにエバの堕落時から独生女として予定されており、イエス時代には、腹中で血統復帰された独生女が出生しなかったため、イエスは結婚できず、聖霊が来ることもできなかった。
したがって、六千年ぶりに神が送った韓鶴子総裁は「初臨独生女」であり、独生女が韓国に生まれたため、再臨主である文鮮明師も韓国に生まれることになった。
という主張です。
ここでは、キリスト教二千年史の中心が、イエス・キリストの再臨準備ではなく、韓鶴子総裁を迎えるための摂理として再解釈されています。
◆【第二の中心教理】
⇒「文鮮明師は原罪を持って生まれ、韓鶴子総裁は無原罪で生まれた。」
第二の中心教理は、文鮮明師と韓鶴子総裁の出生に関する主張です。
【◆独生女論:第二の中心教理】
創始者である文鮮明師は、堕落した血統と原罪を持って生まれたため、本来的な意味では独生子ではない。
一方、韓鶴子総裁は、三代にわたる腹中血統復帰を経て、母胎から原罪のない血統で生まれた初臨独生女である。
文鮮明師は本来の独生子ではないが、十六歳の時にイエスから使命を引き継いだ瞬間、独生子の資格を得て、独生子の立場に立つようになった。
という主張です。
ここでは、文鮮明師の独生子性は後天的・資格的なものとされ、韓鶴子総裁の独生女性は先天的・本質的なものとして位置づけられています。
◆【第三の中心教理】
⇒「韓鶴子総裁が文鮮明師を選択し、原罪を復帰した。」
第三の中心教理は、文鮮明師と韓鶴子総裁の関係をめぐる主張です。
【◆独生女論:第三の中心教理】
韓鶴子独生女が、多くのメシヤ使命者の一人であった文鮮明師を選択し、結婚してあげることで、文鮮明師の原罪を復帰してあげた。
文鮮明師が韓鶴子総裁に会う前に崔先吉女史と結婚したことは誤りであり、これは文鮮明師の堕落行為であり、いわば「尻尾」であった。
そのため、天は文鮮明師に共産政権下の北朝鮮へ行くよう命じ、興南で監獄生活をさせ、そこでみ言葉を探し出すことによって、再臨主の資格を備えるようにした。
という主張です。
ここでは、韓鶴子総裁が文鮮明師を復帰し、再臨主として完成させる主体として位置づけられています。
◆【第四の中心教理】
⇒「韓鶴子総裁は文鮮明師から教えられたのではない。」
第四の中心教理は、韓鶴子総裁の原理理解に関する主張です。
【◆独生女論:第四の中心教理】
文鮮明師が韓鶴子総裁を教え、育てたのではない。
韓鶴子独生女は、生まれる時から原理と摂理を知っていた。
韓鶴子総裁は一生涯、原理の勉強をしたことがなく、聖書の勉強をしたこともない。
という主張です。
ここでは、韓鶴子総裁の知恵や使命認識は、学習や教育によるものではなく、生来的・本質的なものとして説明されています。
◆【第五の中心教理】
⇒「神の解放と人類救援は韓鶴子総裁によってなされる。」
第五の中心教理は、救済論に関する主張です。
【◆独生女論:第五の中心教理】
韓鶴子独生女によって神が解放され、人類が救援される。
堕落の血統を脱がせることは、韓鶴子独生女だけができる。
独生女が主体として、文鮮明師を真の父母に完成させた。
という主張です。
ここでは、救済の中心主体が文鮮明師ではなく、韓鶴子総裁に移されている点が重要です。
◆【第六の中心教理】
⇒「基元節と天一国は韓鶴子総裁によって完成される。」
第六の中心教理は、基元節と天一国に関する主張です。
【◆独生女論:第六の中心教理】
韓鶴子独生女でなければ、摂理は不可能である。
ひとえに独生女が基元節と天一国を完成しなければならないため、基元節の六か月前に文鮮明師は聖和した。
という主張です。
ここでは、文鮮明師の聖和さえも、韓鶴子総裁による基元節と天一国完成のための摂理として位置づけられています。
◆【第七の中心教理】
⇒『神は「天の父」と「天の母」であり、男性メシヤと女性メシヤは独立した救援主体である。』
第七の中心教理は、神観とメシア論に関する主張です。
【◆独生女論:第七の中心教理】
絶対者である神は、二性性相の中和的主体、あるいは被造世界に対する男性格主体ではなく、完全に平等な「天の父」と「天の母」である。
この原則によって、神は一男一女のアダムとエバを、位階秩序のない平等な主体・対象、あるいは対象・主体として創造した。
したがって、神は男性メシヤと女性メシヤを、それぞれ独立した救援主体として、別の時期に別の場所に送ることもある。
という主張です。
ここでは、統一原理における神の二性性相理解が、男性メシヤと女性メシヤという二つの独立した救済主体論へと展開されています。
◆【第八の中心教理】
⇒『独生女は天の母の実体であり、天一国万王の王である。』
第八の中心教理は、韓鶴子総裁の最終的位相に関する主張です。
【◆独生女論:第八の教理】
独生女は天の母の実体であり、天一国時代の中心であり、天一国万王の王である。
という主張です。
ここでは、韓鶴子総裁は単なる「真の母」ではなく、天の母の実体、天一国の中心、さらには万王の王として位置づけられています。
◆まとめ
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