「家庭連合」の研究

すべての成約聖徒は三代王権に帰りましょう!

●真の父母は、ユダヤ教・基督教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

元日本総会長「金明大氏」神統一韓国国民連合元老会副会長職を解任される!

元日本統一教会総会長。韓国の元老牧会者会副会長も退任となった。




韓国の神統一韓国国民連合元老会は1月18日、金明大氏を副会長職から解任しました。同時に、元老牧会者会副会長職を解任されました。

金明大氏は最近韓国を巡回講演しながら「真のお父様のみ言葉はその95%が嘘偽りだ」と吹聴して回りました。

彼がそのように吹聴して全国を巡回した理由は、韓氏オモニから認められて日本の総会長に任命される内外の環境づくりを画策していたと言われています。

いずれ、金栄輝会長は会を退会したとおもわれますが「独生女論」を完全否定したことにより、韓国の元老牧会者会の内部でも熾烈な内部闘争が始まっていることだけはまちがいありません。

韓国本部がどのような顛末にいたるのでしょうか。

パリサイ人集団である韓国元老牧会者は、毎月のお小遣いを韓鶴子女史に返還し、独生女論の間違いを公式的に信徒に表明すべきであります。

文鮮明真のお父様が表明した血統後継者は、文亨進様しかおられないのですから。

祈り。アージュ

 

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連載05「永田正治先生選集」独生女論批判(韓氏オモニの踏絵にNOを!)


独生女論批判
韓氏オモニの踏絵にNОを!

 

 

 

永田正治masaharu nagata

 

●●●はじめに

ついに家庭連合は「原罪あるアボニムは、無原罪である韓氏オモニによって、完成人間である真の父母となった」という独生女論を学術会議で公表しました。
サンクチュアリ教会が訴えてきた独生女の真の意味を、自らが暴露したのです。

この学術発表の音声、動画は、一切公開されていません。
広く知られてはまずい内容だからです。

いま韓国では、非公開のなかで、食口に対して独生女論の講義を行っており、つぎは日本教会の番です。


この講義は、韓氏オモニが皆さんに強要する踏絵です。
家庭連合はアボニムの聖和後、食口に多くの踏絵を踏ませてきました。


アボニム作詞の天一国国歌」「お父様という神の呼称」「正統家庭盟誓」「八大教材教本」など、私たちの貴重な価値を踏ませ、廃止、改ざんしてきました。


つぎに皆さんに踏ませる踏絵は、いよいよ最終的なものです
この踏絵にはアボニムのお顔がくっきり描かれているのです。


独生女論は、アボニムのみ言と真逆で、アボニムを、ご自身が原罪があることを隠していた偽り者とする神学です。


こんなものを受け入れれば、アボニムの救いから遠く外れ、永遠の命を喪失します。

韓国では、家庭連合の重鎮でありアボニムに重用されたソン・デオ博士が、独生女論に対し反論し、韓氏オモニの踏絵を断固として拒否しました。


ソン博士がどう語ったか、ぜひこのレポートでお読みください。
博士の堂々たる主張に独生女論の間違いがはっきり示されています。


そして皆さんも勇気をもって博士の行動に続き、韓氏オモニの踏絵にNОを突きつけてください。


家庭連合は、HJ天苑プロジェクトなど、バラ色の未来を宣伝しますが、韓氏オモニはアボニムの教えに背き、幹部は動揺し、組織の足元は揺らいでいます。
皆さんは、アボニム聖和から今まで、家庭連合にいったい何が起きているのか、自分がどうすればいいのか、立ち止って考えるべき時を迎えています。


ここでは、独生女論の真実と、家庭連合が独生女の真の意味をどう隠ぺいし、歪曲してきたか、その手口を明らかにする一方、アボニムのメシア性とは何かを考えました。


皆さんが家庭連合を考察する手掛かりにして下さることを切に願います。

 


●●●第一章
狂気の「独生女論」

2017年2月7日、金振春天法院長が、孝情学術苑国際学術会議でおこなった発表の要旨は、以下の通りです。

●アボニムは神の血筋でなく、堕落の血統で生まれたため、接ぎ木されなければならない。

●アボニムは、イエスからメシアの使命を引き継ぐことにより、独生子の位置を相続し、サタンが讒訴できない天の血統をもつようになった。

●一方、韓氏オモニは、天の血統をもって生まれ、原罪のない独生女として誕生した。

●アボニムは、神によって準備された韓氏オモニと出会い、1960年に小羊の宴をすることによって、創造本然の完成人間である真の父母になることができた。

(「真の父母様の独生子、独生女の研究」)

 

もちろんこれは、韓氏オモニの考えを完全に反映させたものです。
家庭連合の説明しか知らない皆さんには衝撃的内容だと思います。
つい5年前でも、アボニムが地上におられるとき、こんな話をする人がいたら、気が触れたかと思われたに違いありません。


これは明らかにアボニムのメシア観、救済観と反対のものです。



この説に立つと、アボニムは生涯にわたり私たちを騙していたことになり、アボニムを罪に陥れる結果になります。
また、家庭連合の教会法に書かれた「最終一体をなした真の父母」がウソであることが露呈します。


「一体」どころか、救いの核心であるメシア観に対し、オモニはアボニムの教えと真逆の異端説をもっていたことになります。
韓氏オモニの説を信じて霊界に行けば、アボニムがおられるところに行けるはずがありません。


アボニムの世界と対極に位置する世界に行くことになります。



まさに独生女論は、家庭連合に残った食口をアボニムから引き離し、地獄に引き連れてゆく、韓氏オモニの恐ろしい踏絵なのです。

今、皆さんはかつてない重大局面に立っています。
この問題に無関心であったり、サンクチュアリ教会に対するデマ宣伝を鵜呑みにする態度ではこの危機を克服できません。


事実を直視し、主人意識をもって考え、アボニムの真理が何であるか、真剣に祈り求めてください。

 

●●●第二章
韓氏オモニの「
サンクチュアリ教会」に対する危機感と怒り

昨年の12月21日、サンクチュアリ教会にとって、歴史的な素晴らしい出来事がありました。
あの姜賢實先生ペンシルベニアの文亨進ニムのもとを訪ね、サンクチュアリ教会に参加する意思を表明したのです。

姜先生といえば、アボニムが北朝鮮から避難して来たプサン・ポンネッコル時代に最初に伝道された方で、金元ピル先生聖和後、統一教会の最元老食口として、その位置は家庭連合信者の代表ともいえる方です。

詳しくは自叙伝の、P128からP130をご参照ください。

サンクチュアリ教会にとって素晴らしいことですが、韓氏オモニと家庭連合にとっては最悪の事態でした。
韓氏オモニは強い危機感をいだき、激しい怒りを発しました。


12月25日の姜賢実先生退会対策会議で発言した内容は以下の通りです。

●私は腹中から3代独女母系で血統を転換し、原罪を清算し、純潔で誕生した独生女だ。

●ところがお父様は、原罪をもって生まれた。

●私は一人娘として生まれたが、お父様は兄弟がいる。

●お父様が原罪なく生まれたならば、その兄弟たちも原罪がないという話になる。

●だからお父様は原罪なく生まれたのではない。

 

つづく12月30日、430家庭以上の元老女性集会ではこう発言しました。

●原罪をもって生まれたお父様は、私、すなわち原罪なく地上で生まれた独生女に出会い、原罪の清算を受けるのだ。

●だから、お父様が私に会う前には、他の女性と結婚してはならなかった。


アボニムの血統に関する私たちの共通認識は、「アボニムは無原罪で生まれ、神の愛、生命、血統を地上にもたらした」というものです。
これがなければ、統一教会の信仰は成立しませんでした。

一方、先妻方の問題については、家庭を捨てざるを得なかったアボニムの過酷な歩みや、不幸な出来事により、三次にわたり延長されたと理解していたのです。

また、そもそも私たち統一食口は、韓氏オモニの話とは反対に、アボニムが堕落圏の天使長の手から、一人の女性、すなわち韓氏オモニを救い出したことに重大な救済摂理上の意義があると理解していました。

その関係は、アボニムが韓氏オモニの救い主です。

ところが韓氏オモニの説は、原罪のない自分によって、原罪あるアボニムが救われたというものです。
独生女論の帰結は、アボニム生前の両者の立場が逆転し、韓氏オモニがアボニムの救い主になり代わるものです。

恐るべきことは、独生女論がどんなに荒唐無稽な偽りの内容でも、今の家庭連合には、絶対権力者である韓氏オモニの言ったことに反論できる人物がいないことです。

そんなことをしたら、直ちに役職を解かれ、影響力を失い、収入はなくなり家族が苦しみます。幹部たちはそれが恐ろしくて、何も言えないのです。
韓氏オモニは、アボニムの聖和式の期間に、幹部150名をまえにして、アボニムは愛であなた方に対したが、私は冷淡にやると宣言したといいます。

その言葉のとおり、韓氏オモニは権力と恐怖で幹部を掌握しているのです。

〈姜賢實先生の文亨進ニムへの帰依は、韓氏オモニによほど衝撃を与えたようで、1月3日の新年の講演は、終始不機嫌な表情で、「私が印を与えず祝福しない後継者はない。摂理に後継者はいない」と、亨進ニムを念頭に置いたような批判をしていました。〉

 

●●●第三章
家庭連合は、独生女の真の意味をどう隠してきたか?

 今まで、家庭連合の幹部が皆さんに語ってきた「独生女」は、韓氏オモニの「独生女」とまったく違います。

2016年4月、徳野英治会長は「真の父母様の一体不可分を示す8つの根拠」で、独生女についてこう話しました。

●お母様は、天の独り子として、神さまはイエス様を送りになった。

●また、真のお父様を送りになった。

●そして、本来ならば2000年前も天の独り娘として、天は一人の女性を立てたかったにもかかわらず、それを立てることができなかった。

●故に、天は、私を、すなわち真のお母様を、天の独り娘としてこの地上に送られた、というみ言を語られながら、独生子、独生女というみ言を語られます。

 

どうですか、これは韓氏オモニの独生女とまったく違うものです。

「アボニム原罪あり」、「オモニ原罪なし」という核心部分がスッポリ抜けています。

しかしすでに、これより2年前の2014年7月1日、韓氏オモニはこう話していたのです。

●血統転換、私は母胎からだ。

●皆さんはこれを信じなければならない。

●お父様の役事はこれだ。イエスさまの顕現とともに、イエス様の使命を継承したそのときが、その瞬間が、お父様は独生子の資格だ。

 

これは動画ですから、ぜひご覧になってください。

かなり、えん曲な表現ですが、先の金振春院長の発表と基本的に同じで、自分は原罪なく生まれ、反対にアボニムは原罪をもって生まれ、イエス様の使命を継承したときに独生子の資格を得た、という内容です。

それから3か月後、「私を教育した人は誰もいない。独生子、独生女は同等だ。独生子が独生女を教育したとは言えない」とも言及しました。

アボニムは自分を教育しなかったし、アボニムと自分は「同等」、と言っているのです。

徳野会長はこれらの発言を知らないはずがありません。
よく知ったうえで、韓氏オモニは原罪がなく、アボニムは原罪があるという「教義」はひた隠し、ただ独生女という「言葉」だけに対し、さし障りない説明をしているのです。

それは、韓氏オモニの発言は、とうてい一般食口が受け入れられるものではないと分かっているからです。

オモニの説を公にするのは時期尚早で、もっとアボニムの教えを切り崩し、アボニムを忘れさせたあとで、全容を伝えようと考えているのです。

まったく有能で芸達者な人々です。

家庭連合は、永遠の命の問題であるメシア・アボニムの救いについて、韓氏オモニとみなさん教会員のあいだには深刻なギャップがあり、この組織は偽りのシステムになっているのです。

礼拝でたのしい話を聞き、「世界家庭」の明るい記事を読んでいれば、アボニム時代と何も変わらない平和な教会と感じるでしょうが、中心では、教会を破滅させる驚くべきことが起きているのです。

今年の1月から3月まで、澤田地平さんを中心とするサンクチュアリ教会の人々が、渋谷の本部前で「真理を問う行動」とし、韓氏オモニが「お父様は原罪あり」、「お母様は原罪なし」と言ったか否か、回答することを要求してきました。

言ってないならば「言ってない」と否定すればいいし、言ったならば堂々と「言った」と認めればいいのです。

簡単なことなのです。

しかし、家庭連合は一切答えようとしません。

言わないと答えればウソ、言ったと答えれば食口が逃げ出し、命取りになるから答えられないのです。

 

●●●第四章
家庭連合のウソの見ぬき方

 み言の記憶がウソを見わける尺度 

アボニムの聖和後、家庭連合は、天一国国歌改ざん神の呼称の変更経典の改ざん、そして独生女など、アボニムの真理と伝統を葬り去る行為をしてきました。

それを正当化するために様々なウソを重ねてきたのです。

そのウソを見破るのは意外に簡単です。
サンクチュアリ教会の主張を知らなくとも真偽を見分けることができます。

それは皆さんの記憶の中を探ればいいのです。

アボニムは真理を語り、決して、ウソの中に真理を混ぜて人を騙すようなことはしませんでした。
ですから、アボニムの言葉をしっかり思い起こせば、家庭連合が言っていることがウソか真実かを見分けることができるのです。

ところが問題があります。アボニムのみ言があまりに膨大だということです。
み言を全て記憶し、判断材料にすることはとても不可能です。

しかし、アボニムは、み言のテーマ選択に一貫した方法がありました。

重要なみ言は繰り返したということです。

一定の期間、何度も何度も重要テーマを繰り返し、私たちがはっきり認識するまで語られたということです。

そのため、アボニムが重要事項と判断されたものは、私たちは何度も聞き、内容をよく知り、それは全体食口が共有する認識になっているということです。

氏族メシア活動の重要性、あるいは生殖器を守ることなどは、徹底し語られ、食口はみなその重要性を理解し、共通認識になっています。

たとえば、「良心」の重要性も、90年代のはじめに集中して語られたと思います。

良心は父母よりも、師よりも、何よりも先にある、と語られ、良心にしたがって生活することの重要性を繰り返し語られました。

ですからこれは食口の共通認識になっています。

もし誰かが、我々の信仰において「良心」が重要でアボニムもそう語ったと指摘したら、まちがいなく真実です。

それは多くの食口も共有していることで、ほとんどの人が納得し、いらぬ混乱は生じません。
もし、違うという人や、知らないという人がいたら、み言の勉強不足と言われても仕方がありません。

以上のようにアボニムは、摂理上、重要なみ言は、繰り返し語られたので、すべての食口はそれをよく知り、共有しているのです。
反対に、重要度の低いものは、アボニムはあまり語らなかったので、記憶が曖昧だったり、忘れているのです。

それにより私たちは、膨大なアボニムのみ言のなかから、より重要なものとそうでないものを識別でき、世界の食口の、教義と信仰の統一性が保たれてきました。

その統一性を根本から崩したのが韓氏オモニです。

家庭連合は「天の父母様」という神の呼称、「経典改ざん」、そして「独生女」、「韓氏選民説」、「アボニムは清平だけに現れる」など、信仰の重要問題において、私たちがまったく知らなかったことを、アボニムの聖和後に突然持ち出し、強引に信仰体系の中心に据えたのです。

この馴染みのない言葉をむりに正当化するため、学者に命じ、膨大なみ言のなかから、自分たちに都合のいい言葉を探し出し、話を組み立てて偽りの教義をねつ造しました。

これが家庭連合のウソのつき方です。

その目的は、アボニムの伝統を葬り去り、家庭連合をアボニムの教会から、韓氏オモニの教会に変えることです。

ですから皆さんは、アボニム聖和後、家庭連合が推進したことが、アボニム時代に、自分の記憶が曖昧だったり、知らないことだったら、まずは疑ってみて、振り返るべきです。

そして彼らがやったことの内容を、統一教会の常識的信仰観で考えれば、家庭連合がアボニムのみ心に反して断行した背信行為であることに気づきます。

サンクチュアリ教会員の口ぐせは「家庭連合がおかしいことは原理と常識でちょっと考えれば分かるだろうに」です。

決して、難しいことではありません。

皆さんの記憶のなかに、アボニムの真理を正しく把握し、家庭連合のウソを見抜く尺度があるのです。

 

 教義ねつ造の手口 

それでは、家庭連合が、アボニムのみ言を利用し、ウソを組み立てるやり方を見てみましょう。

徳野会長は、サンクチュアリ教会が「独生女」を批判することに対し、このように言いました。

●お母さまのみ言(独生女)に対し、反対派は、そんなみ言は聞いたこともない、そんなみ言はお父様は語られたことはない、と批判していますが、実際に、お父様のみ言集を、全部ひも解いて調べてみますと、――「独り娘」という表現におきましても1959年10月11日に最初に語られて以来、180回、お父様は霊界に行かれる前に、地上におられる時に、すでに、「独り娘」という表現を、お父様ご自身が180回語っておられます。

●ゆえに、お母様が新しく語られたみ言ではありません。

 

徳野会長は、「反対派は、そんなみ言(独生女)は聞いたこともない、お父様は語られたことはないと批判する」と言いますが、それは反対派だけが言うことではなく、圧倒的多数の統一食口が共有していることです。

ならば、あなたは聞いたことがあったのですか?

そのため、「お父様のみ言集を、全部ひも解いて調べてみる」と、アボニムのみ言の一部を都合のいいように解釈し、私たちが認知していなかった内容の正当化をはかるのです。

独生女は57年も前に語られた言葉です。

1959年から180回語った言葉だとしていますが、ご聖婚の時期であり、その前後におおく語られたみ言です。

その後、私たちは「独生女」という言葉をすっかり忘れました。

ですからむしろ、反対に「なぜ、アボニムは、私たちが忘れる程度にしか独生女を語らなかったか?」という事実こそ注目すべきなのです。

アボニムにとってこの語は、復帰摂理において強調すべき言葉でも、語るべき重要性もない言葉だったのです。

ご自身の聖和後、韓氏オモニが「独生女」を取りあげ新教義をでっち上げるなど、絶対にアボニムのみ心ではあり得ないのです。

このように家庭連合は、「独生女」、「韓氏選民」、「天の父母という神の呼称」など食口が共有しなかった、不必要で、重要度のない言葉を担ぎあげ、信仰の中心に置いたのです。


そのため、統一食口の信仰は変質し、混乱し、分裂しました。

アボニムが必死に語り、真理の共有がなされ、見事に統一されていた私たちの信仰を、無残に分裂させた韓氏オモニ・家庭連合の罪は大きいのです。

亨進二代王は韓氏オモニに対し、何度も、「信仰を変えてはなりません、教会が分裂します」と訴えました。

家庭連合は、サンクチュアリ教会を「分派」と蔑視しますが、アボニム聖和後、家庭連合が韓氏オモニの異端説に染まり、まるごと、非アボニムの宗教に変質してしまったのです。


サンクチュアリ教会は、アボニムの信仰に戻すことを主張しているのです。

更に、卑劣な騙しの手法は、韓氏オモニ個人の問題なのに、「真の父母一体」という決まり文句で、絶対に韓氏オモニ単独の問題として扱わないことです。


まえの徳野氏の ―― 部分には、このような説明が入ります。


●独り子という表現は、すでに1956年4月8日に最初にお父様が語られて以来、なんと、1500回、この独り子という表現をしております。

 

サンクチュアリ教会は、イエス様とアボニムを示す、独り子(独生子)について批判したことなど一度もありません。

聖書にあらわれ、アボニムも繰り返し語られ、すべての食口、すべてのキリスト教徒も共有している言葉です。

「完全に共有している独生子」と「圧倒的に共有していない独生女」とは、同じものとして論じてはならないのです。

私たちは「独生女」だけを問題にしているのです。

ところが、徳野会長は、まったく違う「独生子」と「独生女」を、当たり前のごとく、同じものとして淡々と説明します。

この話術の巧みさには感心させられます。

食口は、変なことだと思いつつも、アボニムと結び付けられれば安心します。

ですから、家庭連合は異常なまでに「一体をなした真の父母」を強調します。


これが家庭連合の騙しの狡猾な手口です。

「真の父母」という言葉で、「アボニム」を隠れ蓑に使い、事実をおおい隠し、韓氏オモニのウソを真実と思わせるのです。

極めつきは、多くの食口が、韓氏オモニは霊界にいるアボニムと相談しながらしていると信じ込んでいることです。

現場の指導者がそんなことを言っているのでしょう。

これは、あまりにも食口をバカにした禁じ手で、もはや低級なインチキ宗教のやり方です。

 

●●●第五章
ソン・デオ博士が独生女論を批判

韓氏オモニの独生女論に対し、家庭連合内部から批判が噴出しました。

4月29日、ソウルの協会本部8階講堂で、金振春院長が60名の指導者に独生女の講義を行い、それに対し、ソン・デオ博士が反論したのです。要約は以下です。

●このような話を聞いて信仰がよくなりますか。

●アボニムの教えは太平洋のように広く深く広大無辺です。

●み言集だけでも615冊、その他の公私にわたるみ言を合わせれば同じくらいあるでしょう。

●そのすべてを確認し、整理することなどできません。

●しかしアボニムのみ言を正確に知る大原則があります。

●それは原理です。

●原理に基づけば、アボニムのみ言を原理的に解釈できない部分は私にはありません。

●しかし、この大原則を忘れ、み言だけにはまると、道を失います。

●また、アボニムが16才まで原罪があったかどうかなどは話す必要はありません。

●アボニムが原罪なく生まれたということが前提となってこそ、イエス様から再臨主の使命を受け継ぐ資格があるのです。

●それが何、DNAや科学的に証明せよとか言ってさわぐ人(金振春院長を指す)がいますが話になりません。


ソン・デオ博士
といえば、原理とみ言を深く理解し、その本質を突いた話は誰もが感銘をうけるアボニムの懐刀のような方です。

こんな場で、韓氏オモニの御威光を背にする金振春院長に対し、堂々と批判し、正論を述べるとはさすがです。

ソン・デオ博士は、韓氏オモニの踏絵を立派な反対理由を述べ突き返したのです。

ソン博士は、反骨精神旺盛な高麗大学出身ですが、教会で高大出身者の影響力は大きなものがあります。

梁昌植氏もソン先輩を見習うべきです。

博士の勇気ある行動に多くの人々が続くことを願います。

まちがいなく、ほとんどの人は、ソン博士とおなじことが言いたいのです。

しかし他の幹部は、ソン博士のようにアボニムに信頼されていた確固たる経歴や勇気がないので、韓氏オモニが恐ろしくて、「面従腹背」しているのです。

反論の内容もさすがです。


金振春院長の講義内容は「食口の信仰に役立たない」、「原理的でない」、「み言を利用し道を失っている」、「イエス様の使命を引き継いだアボニムに原罪があるはずがない」と、独生女論の核心をバッサリ切り捨てました。

まさにソン博士の言う通りです。韓氏オモニの言っていることが真実か否かは、原理と独生女論が、矛盾せず合致するものか否かを検証すればいいのです。

そこで、まずもって問題になるのは、総序の記述です。

『それゆえ神は、既にこの地上に、このような人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給うたのである。そのお方こそ、すなわち、文鮮明先生である』  
という重要箇所です。

この「神は文鮮明先生〈一人〉を遣わした」は、食口が長く共有するメシア観であり、アボニムも加筆訂正は命じませんでした。

しかし、家庭連合がいうように、韓氏オモニが「無原罪の独生女」ならば、神は文鮮明先生一人だけでなく、韓鶴子様も遣わしていたということになり、この部分を書き改めなければなりません。

しかし、いったいどう書くのでしょうか。

原理講論の出版後50年ものあいだ改めなかったものを、文鮮明先生聖和後、神が韓鶴子様も遣わしていたことが遅まきながら分かり、書き換えたということになります。

メシアの死後に、その夫人が、自分が無原罪の独生女だと名乗りはじめ、メシアが一人から二人に増えたということなのです。

この場当たり的な過程自体が、二人のメシアの葛藤関係を露呈し、宗教の中心が分裂し、動揺していることを内外に示します。

こんな出鱈目な教義を、誰が納得するでしょうか。

それにより、教義の一貫性と統一性が失われ、統一原理の根本が崩壊し、家庭連合が、辻褄が合わない教義をもつ低級な宗教に転落してしまいます。

このように独生女論は、原理の総序の内容と根本的に合致せず、矛盾します。

一方、原理の救済摂理と独生女が合致できるかを考えてみましょう。

再臨と救済に関する部分は以下です。

『ゆえに、イエスは〈自ら〉神を中心とする実体的な三位一体をつくり、霊肉共に真の父母となることによって、堕落人間を霊肉共に重生させ、彼らをして原罪を清算させて、神を中心とする実体的な三位一体をつくらせるために再臨されるのである。(キリスト論P268)』

原理講論は1966に出版されました。

徳野会長が指摘したように、アボニムは1959年以降180回、独生女という言葉を使いました。

ではなぜ、59年から7年後に出版された原理講論に、独生女という言葉があらわれないのでしょうか。

独生女が、韓氏オモニがいうように、アボニムを完成人間にするほど救いの摂理にとって重要な存在ならば、原理講論で教義化しなかったのは、明らかな不備であり間違いです。

上記の〈自ら〉には〈独生女を迎え〉という言葉が入るべきです。

しかし、言葉を入れるだけでは済みません。

独生女にもメシアと同じような宗教的背景がなければならないのです。

「メシア」とは、旧約・新約時代のメシア思想、メシア待望信仰の上に立つもので、その宗教的、歴史的背景があるから「救世主・メシア」が成立するのです。

しかし、独生女には、「独生女思想」も「独生女待望信仰」もなく、ユダヤキリスト教の宗教的、歴史的背景が全くないのです。


1966年にアボニムが、原理講論で独生女を教義化しなかったのは、そもそもできないからです。

韓氏オモニは、「人類歴史6000年は独生女である自分を迎えるためのものであった」と主張しますが、そんなことは、旧約、新約聖書の内容のなかに、宗教的にも歴史的にも、証明できるいかなる根拠も見い出せない、虚構のはなしです。

 

●●●第六章
アボニムのメシア性

私の記憶では、アボニムのみ言に、自分よりもイエス様よりも、アダムは清い血統の人だったという内容があったと思います。

堕落以前の時代に生まれたアダムは、最もすばらしい血統だったということです。
エス様とアボニムの血統問題ほど難しいものはありません。

それについてアボニムのみ言をあげてみましょう。

『幼い頃から先生は堕落の血とは関係がないというのです。それを知らねばなりません。先生は堕落した血統によって生まれて―、という人は狂った人達です。原理を知らないのです。(『み言選集』真本611巻P307-308) 』       

 
『お母様は生まれながらのお姫様のように生まれて、再臨主の奥様として生まれたと思いますか。言ってみてください。堕落した血統を持って生まれてきたのです。

(『み言選集』461巻. 2004.7.19 P26)』

ところが金振春院長は、自身が堕落の血統をもって生まれたというアボニムのみ言を探し出し、独生女論の根拠としました。
 
『先生も堕落の血統を受けて来たため、それを漂白を何度もして白紙状態として文章を書けるようにしたのです。(『み言選集』296巻.1998.11.3)』

うえの(A)、(B)は、私たちが長く共有してきた、アボニムと韓氏オモニの血統観といえます。

それに対し、(C)は、私たちが全く共有しないみ言で、40年以上信仰のある食口もこんな内容は知りません。

これこそ、膨大なアボニムのみ言から、自分に都合のいい箇所を探し出し、偽りの説をつくり上げる、家庭連合が行なう教義ねつ造の典型的手法です。

クリスチャンは、イエス様を無原罪の独り子、メシアと信じます。

しかしこれは、誰も事実を確認できない不可知のことで、信じる者にとっての真実なのです。

では、人にイエス様をメシアと信じさせ、信仰の力を与えるものは何でしょうか。

それはメシアでなければ持ちえない偉大な愛と信仰、それに基づく苦難に満ちた実践です。

それがあるがために、人はイエス様をメシアと信じ、限りない信仰の力を得ることができるのです。

これがイエス様におけるメシア性です。

『もしわたしが父のわざを行わないとすれば、わたしを信じなくてもよい。しかし、もし行っているなら、たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう。(ヨハネによる福音書10章)』

熱心なカトリック信者であるメル・ギブソン氏が、映画「パッション」(2004)で、イエス様がうけた拷問と十字架刑の苦痛をリアルに描いたのも、彼のイエス=メシア信仰の表明といえます。

昨年、マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作の「沈黙-サイレンス-」という映画をつくり、話題になりました。

主人公のロドリゴが苦難と迫害に耐えるシーンがあらわれますが、小説では、ロドリゴは苦しみ悩むとき、何度もイエス様の顔、特に十字架上のイエス様の顔を思い浮かべます。

人が苦しみの絶頂にあるとき、救いと力を与えてくれるものは、崇高な人物の苦難にまみれた生きざまなのです。


これは、他の宗教の聖人、教祖も同様です。

そして、私たちのアボニムは、どの宗教の聖人よりもこのメシア性を所有された方です。

『先生に財産があるとしたら、血涙。神さままでも泣かざるを得ない。これしかない。(み旨の道)』 

などのみ言と、生涯の歩みがそれを証明します。

アボニムは1946年、すなわち26才のとき、平壌に宣教に行かれました。
そのときすでに新しいメシア観、救いの教理をたずさえ伝道したのです。
それが故に、キリスト教北朝鮮当局から激しく迫害されました。
脱北者の悲惨な証言を聞けば、興南刑務所でアボニムがうけた苦しみがどんなにつらいものだったか想像できます。

このように、救いの教理と、迫害、苦難の歩みは表裏一体のものでした。

『先生がここまでくるには、どのくらいの蕩減の価を払ったか、どのくらい真剣だったか分からない。牢屋が問題ではない、拷問が問題ではない、首が飛ぶのが問題ではない。―― その真剣さは神を感動させ、神が同情せざるを得ない。 (「理想相対」1969.2.4.東京)』

ですから、アボニムにとって、自身と人類の血統転換は、血統という単なる先天的なものだけではなく、苦難と犠牲の歩みと不可分のものだったのです。

『ここまでくるには、血統的転換をいったい誰がするかというんだね。これは誰もできない。先生がやってきた。これは涙ぐましい、並々ならぬ心情的十字架を背負ってきたことを、あなたたちは分からなければならない。―― 転換の勝利圏を立たせるには、数千年の神の苦労のもとに、実体を中心とした先生の生涯のもとに植えて、神さまを下に、先生を下に足場として立ったのがあなたたちだ。(「血統的転換」1970.10.13.韓国水沢里)』

私たちが、アボニムをメシアと信じ、信仰的情熱と活動の原動力を得ているのは、人の救いのために通過したアボニムの苦難と犠牲の歩みというメシア性なのです

そしてこれは、アボニムの個人的要素で、誰も犯すことのできない神聖なものです。
こう考えて見ると、韓氏オモニが「栄光の賜物」の天一国国歌を、基元節を機に、電光石火のごとく廃した理由が分かります。

食口が、アボニムのメシア性を強力に発信する「栄光の賜物」の天一国国歌を歌っていたら、とうてい独生女論などは主張することはできなかったのです。

韓氏オモニの独生女論は、不可知のメシアの血統だけを問題にし、「人がなぜメシアを信じるか」についてはまるで欠けているのです。

私たち食口にとってアボニムの苦労の歩みは、成約信仰の最大の共有事項です。
しかし、韓氏オモニにとって、アボニムの苦難と犠牲の生涯は、いったい何なのでしょうか。

この方から、アボニムを讃美し、証する言葉はまったく聞くことができなくなりました。


韓氏オモニは、自分が無原罪の独生女だということを、神学者に説明させています。
天正宮の豪華なお部屋で、学者に命じ、自分が女性メシアであることを食口に説明させる、歴史上、こんな安楽なメシア、預言者、教祖はいなかったでしょう。


エス様もアボニムも血を流して自身がメシアであることを証明したのです。
それが宗教家の本道です。

自分がメシアであることを自身の生きざまで知らせず、学者を使って信者に説明させるメシア、それだけでも、この方はおかしいと思わなければなりません。

 

●●●第七章
沈みゆく家庭連合の船からアボニムの船へ

 独生女論はパリサイ人の立場 

私たちに無原罪の独生女による救いが必要でしょうか。
アボニムが地上にいらした時、私たちの救いは不充分だったのでしょうか。

もし不充分ならば、他の救いが必要でしょう。
しかし充分ならば、独生女論はいったい何のために存在するのでしょう。

アボニムは人類全体を救う完全な方法をつくりあげました。
それは巨大で堅固な大船(たいせん)に譬えられます。

何十億、何百億の人でも、アボニムの真理を受け入れ、祝福を経れば原罪を清算し、救いを得ることができる巨大な船です。

これで充分なはずです。

独生女論という新しい救いなど不必要であり、むしろアボニムの真の救いにとって障害物になります。
いまの家庭連合は「独生女」を認めなければ居ることができません。

改ざん天一国国歌」を歌い、「天の父母様」という神の呼称を使い、「韓氏が選ばれた氏族」であると認めなければなりません。

これらは、救済観、天一国国歌、神観、血統観など、信仰の根本にかかわるものです。

これが変われば別の宗教になってしまいます。

すなわち、今、皆さんが乗っている船は、アボニムの大船ではないのです。
すでに多くの人々が、アボニムの大船に乗り救われたにもかかわらず、韓氏オモニは、「独生女」という名の自分の船に乗れと要求しているのです。

この韓氏オモニの船は、2014年4月、多くの若者を死に追いやったあのセウォル号を思い起こさせます。

4月24日、全国教区長戦略会議で、金振春院長による、独生女論の発表後に行なわれた質疑応答で、「韓氏オモニの血統が原罪がない血統だということは認める」と協会役員、教区長は暗黙的な同意を示したそうです。

しかし、アボニムが原罪がある血統だったということは言わないでほしい。食口たちがこの内容を知れば、衝撃と混乱におちいるだろう。だから食口たちにはこの内容を知らせないようにしよう」と合意したといいます。

これほど偽りに満ちた合意があるでしょうか。
ここには真実も、食口に対する愛もありません。

まるで、セウォル号の船長や乗組員が、船が沈むことを知っていても乗客に知らせず、救出もせず、自分たちがいち早く逃げたことと似ています。

彼らが真の牧会者ならば、ソン・デオ博士のように反対を表明し、食口に韓氏オモニの真実を知らせ、家庭連合から共に退会するのが正しい選択ではないでしょうか。

自分と食口の永遠の命がかかっているのです。

このような苦しい立場に立たされた時こそ、アボニムから学んだ「良心」にしたがうべきなのです。

独生女論は、アボニムを偽り者とし、アボニムの神性と教えを破壊する神学です。

それを受け入れるということは、イエス・キリストを偽り者とし、殺害に同意したパリサイ人とおなじ立場です。

独生女論はメシア・アボニムを否定する現代のパリサイ人の教えなのです。
そんな教えをもつ人が、霊界でどんな裁きを受けるか、恐ろしいとしか言いようがありません。


サンクチュアリ教会はアボニムの大船》

サンクチュアリ教会は、アボニムに向かう信仰が息づいている教会です。

アボニムを誰よりも慕う、正統後継者であられる文亨進ニム御夫妻と、勝利したカインであられる文国進ニム御夫妻が指導します。

天一国国歌は「栄光の賜物」を歌い、「天のお父様・ハナニムアボジ」と祈り、たくましい壮年時代のアボニムの写真に敬礼します。

アボニムを慕い、アボニムに讃美を捧げ、アボニムに教えを乞います。サンクチュアリ教会では、今もアボニムが生きて、私たちを導いているのです。

おおくの食口は、アボニム聖和後の家庭連合は、なにか変だと感じていると思います。

現在、家庭連合は、清平に巨額の献金をつぎ込んで、多くの施設をつくろうとしていますが、当の韓国自体がどうしようもなく停滞し、危険な状態です。

アボニム時代、韓国には輝く未来が予想され、献金の価値がありました。

しかし今、韓国の未来には暗い材料しかないのです。
問題は、家庭連合がこの不都合な事実について一切口にしないことです。
皆さんはこの重大事に対し、「知らぬが仏」では済ませられません。

韓国の窮状と、韓氏オモニのアボニムへの裏切りは、決して無関係ではないのです。

それをもと返すため、サンクチュアリ教会は、東アジアの危機に警鐘を鳴らし、韓国、日本、アメリカの団結を推進する運動を展開し、韓国の保守派デモでは驚くべき影響力を発揮し、日本でも着実に成果をあげています。

アボニムだったら同じことをしたはずなのです。

また今の家庭連合の活動は、アボニムの遺産を食いつぶして行われています。
アボニムが永久に保存しなさいと命じた水沢里の聖地一帯も破壊し、マンションを建設しています。

水沢里聖地にあった修練所は、アボニムが多くのみ言を語られました。

1990年代初め、ここで日本女性に対し、高齢のアボニムが必死でみ言を伝えたのです。水沢里聖地は統一食口にとって命のように大切なところです。

また、多くのみ言を語られ、行事も挙行した、ニューヨーカービルも売り払ってしまいました。

家庭連合は、これらアボニムが活動され深い心情が染みついた貴重なものを現金化し、HJ天苑プロジェクト資金に充てています。

こんな計画をアボニムが認めるはずがありません。
彼らは何が真に価値あるものか、分からなくなっているのです。

韓氏オモニがアボニムに対する背信行為をやめなければ、韓国の運命は窮し、亡国の道に迷い込みます。

北朝鮮の核ミサイル開発がつづけば、韓国に甚大な被害がおよぶ、戦争の勃発は避けられません。

また、核武装した北朝鮮と北に追従する文政権のもとで韓半島が統一され、神が願わない高麗連邦になったら、韓国は中国、北朝鮮の勢力圏に組み込まれます。

そんな国に天地鮮鶴苑をつくってどうするのでしょうか。


家庭連合は、摂理的にも、信仰的にも、セウォル号のように海中深く没しつつあるのです。

家庭連合におられる皆さんは、これらのことを充分に考えて、ご自身の信仰を見直し、進路を模索してください。

サンクチュアリ教会は2015年以来、家庭連合をタイタニック号やセウォル号のような沈みゆく船とし、食口の皆さんに救命ボート活動をしてきました。

今日では全国124の救命ボートの支部教会が設けられています。

皆さんは今こそ、独生女の踏絵を断固として拒否し、サンクチュアリの救命ボートに乗り、アボニムの大船に乗り移ってください。

そして、文亨進二代王にしたがい、私たちと共に、アボニムの真実のみ旨を実現するために歩んでまいりましょう。

 おわり。

 

【永田正治さんのプロフィール】

1954年東京生まれ。高麗大学歴史学科卒業。崇実大学統一政策大学院修士、啓明大学日本学博士課程修了。慶州ソラボル大学勤務(1997—2007)。慶州歴史文化都市造成計画TF委員歴任。著作に『北朝鮮関連日本書籍の分析』、『徳川綱吉儒教政策』など。日本に帰国後は、信者の異宗教交流により宗教間交流の活性化をめざす「異宗教コミュニケーション」を提唱。「異宗教コミュニケーションのすすめ」、「宗教の復権と異宗教コミュニケーション」、「宗教多元主義と異宗教コミュニケーション-遠藤周作『深い河』を中心に」などがある。

 

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連載04「永田正治先生選集」「銃と平和(アメリカ・スイス・日本)」

 


銃と平和
アメリカ・スイス・日本

編集

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永田正治 masaharu nagata
 
  

 

●●●第一章
アメリカにおける銃の所有 -国民の権利

 

 銃と平和の問題を考えるとき、国によって意義が異なることが分かります。
大きくは、アメリカ型スイス型に分けられます。


アメリカ型は、まず、社会の治安を維持するために、善良な市民が銃を所持することが求められる国です。
スイス型は、外国の侵略から自国を守るために、市民が銃を所持することが義務になっている国です。



アメリカは、イギリスから独立するため市民が銃をもって立ち上がりました。建国史のなかに、銃を尊重させる原体験をもつアメリカ人にとって、銃とは自由と平等の象徴なのです。


憲法も市民が武装する権利を認めています。私たちがアメリカにおける銃について考えるとき、この点を念頭に入れなければ、何も分かりません。


しかし、多くの市民が銃を所持しているため、銃を使用した犯罪が問題になります。
銃による犯罪は、明らかな傾向があります。犯罪者が、銃を持たない個人や集団に対して一方的に銃で攻撃するというものです。銃乱射事件も、銃所持が禁じられている学校やキリスト教会、コンサート会場などで発生します。


卑劣な犯罪者は、必ず、銃により反撃されない場所を選びます。すなわち、銃の威力をよく知る犯罪者は、何よりも銃を恐れるのです。それは、銃犯罪が、銃の所有が禁じられている地域で多発し、反対に、銃の所有が認められ、多くの市民が銃を所持している地域では、銃犯罪が極めて少ないという統計でも示されます。

銃による犯罪は「銃所有の死角地帯」で起きるのです。


銃所有に反対する人々は、それらの実態をことさら無視し、銃そのものを敵視し、銃の所有が犯罪を生むという間違った主張を繰り返し、人々に感情的に訴えます。


ヒラリー・クリントンは銃所有を禁じる公約をしました。しかしこれは、逆に、銃犯罪を急増させる危険性があります。銃所有を禁じ「銃狩り」を行ったとしても、それに応じるのは善良な人々で、犯罪者は銃を隠し持ち、あるいは不法に手に入れるに違いありません。

それにより、銃所持の死角地帯が増え、一層多くの人々が危険に晒されるのです。


亨進ニムは、銃所有を推進するコミュニティーの人々は、法を順守し、銃の取り扱いと所持のルールを厳格に守る人々だと語ります。

彼らは銃をよく知っているが故に、ルールを守らない者は相手にしません。それは武道愛好会でルールを守らないような者は相手にされないのと同じです。

ですから、善良な市民が銃を所持していれば、犯罪者は市民の銃を恐れ、銃による犯罪は防止できるのです。


亨進ニムは、善良な市民の20%から30%が銃を所有し、携帯すれば、銃犯罪は解決できると語ります。


日本では、銃所有を主張する人を、凶器を好む恐ろしい人と感じるでしょうが、銃所有を支持するアメリカ人は、銃を責任をもって所有し、社会の安全に寄与しようという善良な市民が多いのです。


特に、他国のために戦った退役軍人は積極的な銃所有支持者です。このような銃に対する意識は、アメリカ軍の規律にも反映されます。世界一の軍事力は、「銃」が原点になっていると言えるのです。

日本は、銃を尊重する文化を持つアメリカ軍によって守られているのですから、私たちの銃に対する過度な否定的意識を変えるべきです。

 

●●●第二章
スイスにおける銃の保持 -国民の義務

 

 スイスは、750万人程度の小国ですが、ドイツ、フランス、イタリアという大国に隣接しています。自国の独立を維持することが難しい地政学的条件のなかで、他国の侵略を受けなったのは、この国が充実した軍事力を持っていたからです。


スイスは非武装中立などという幻想ではなく、強力な武力を持つ、「武装中立」を国是とする国です。


外国の侵略に対しては国民が一丸となって戦い、焦土作戦を決行しても、侵略を阻止するという強い意志をもちます。そのため、あのヒットラーのドイツもスイスを恐れ、侵攻を断念したのです。

スイスは、徴兵制があり4000名の職業軍人と21万人の予備軍をもちます。人口1億2千万の日本の自衛隊員が23万人であることを考えると、この数字がどれ程高いレベルであるか察せられます。


各家庭に自動小銃が貸与され、予備役の立場を離れるまで各自でそれを保持します。


スイスにおいては銃の所持が国民の義務なのです。そのため国民の銃に対する関心も強く、個人的に銃を所持している人も多いのです。


今のスイスは、ドイツ、フランス、イタリアという大国に侵略される恐れなど全くありません。むしろ、これら大国を中心に構成されるNATOの壁によって守られている安全な国といえます。


しかし、国防、安全保障に対する厳しい姿勢は少しも崩しません。それはスイスの周辺は安全でも、世界は依然として、極めて不安定で、危険で、平和とは程遠いものだからです。

スイス政府が発行している『民間防衛』(2003)という本には、思想侵略から核攻撃まで、あらゆる侵略を想定し、国民にそれに対応する教育を行っています。


スイスは、国家、国民がひとつとなり国防を担う、市民社会が強力な軍事機構になっている国です。

 

●●●第三章
日本と銃 -東アジアの危機に備えて

 

 日本における銃の意義は、スイスと類似しています。
日本は、北朝鮮、中国、ロシアという軍事強国に近接しています。

一方、長くアメリカと同盟をむすび、平和と独立を維持してきましたアメリカという他の追随を許さない超大国の強力な軍事力により日本の安全は保たれてきたのです。しかし将来、この構造は根本的に変わることが予想されます。

まず、中国が一貫してすさまじい勢いで軍事力を強化していること。
中国軍の更なる近代化によって、アメリカ軍の絶対優位は確実に崩れるということです。

次に、好戦的な北朝鮮が、核とミサイルを開発し、日本を壊滅させることができる軍事力を備えたことです。

現在、東アジアは、自由主義国家が、中国北朝鮮という核兵器を持つ共産独裁国家と対峙している情勢下にあります

日本、韓国、台湾の三国は何としても強くならなければならないのです。朝鮮半島有事には、米軍基地がある日本は攻撃されます。北朝鮮の脅威は核ミサイルだけではありません。軍事パレードに異様な姿をあらわした、恐るべき20万人の特殊部隊が存在します。

彼らは日本国内に潜入し、住民を殺害し、インフラを破壊し、原発を爆破するでしょう。

平昌オリンピック閉幕式に、あえてテロの責任者である金英哲を送ったのは、戦争が起これば特殊部隊によるテロを行うという強力なメッセージなのです。現在の東アジアは世界で最も危険な地域で、日本はスイスよりも遥かに危うい状況に置かれているのです


今や、戦争は充分にあり得るものになりました。特殊部隊の攻撃に対し、警察力では到底及びません。自衛隊も人員が足りません。市民レベルで防衛しなくては特殊部隊には対抗できないのです。


有事を想定した時に、狩猟目的以外の、市民レベルでの何らかの形態の銃保持が論じられます。このような議論は、日本の安全保障にとって決して無意味なものではありません。

それにはスイスの民間防衛のあり方から学ぶことが少なくないでしょう。


私たちは、アメリカ社会において、銃所有が国民に平和をもたらすことだと理解し、賛同しました。しかし、日本の治安は世界に誇る有数のものです。そのような日本において、ことさら銃の所有を主張することは無理があり、アメリカの議論を日本に適用することはできません。


国家の政策も国民感情も銃所有を拒絶するものです。


人々は、「銃所有」という言葉を聞いただけでも、95パーセントは即座に「NО」と答えるでしょう。この感情を理解しなければなりません。日本の状況を理解し、この国の平和にとって何が真に必要かを考えるべきです。


私たちはこの問題に対し、常に、国民の感情を深く考慮することが求められます。知恵深きサンクチュアリ教会員には自明のことですが、私自身の心構えとしても、国民の意識と遊離しないことを肝に銘じたいと思います。


そうすることによって始めて、私たちの主張が平和を創出する役割を担うものになることができます。

 

【永田正治さんのプロフィール】

1954年東京生まれ。高麗大学歴史学科卒業。崇実大学統一政策大学院修士、啓明大学日本学博士課程修了。慶州ソラボル大学勤務(1997—2007)。慶州歴史文化都市造成計画TF委員歴任。著作に『北朝鮮関連日本書籍の分析』、『徳川綱吉儒教政策』など。日本に帰国後は、信者の異宗教交流により宗教間交流の活性化をめざす「異宗教コミュニケーション」を提唱。「異宗教コミュニケーションのすすめ」、「宗教の復権と異宗教コミュニケーション」、「宗教多元主義と異宗教コミュニケーション-遠藤周作『深い河』を中心に」などがある。

 

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